第104話 夜のアジト
夕食後。
ヴァインツ村へ行く前に用意できそうな有用な道具はないかとぼんやりと考えを巡らせているのだが、……ギゼラがやたらとくっついてくる。
サヴォイアからの帰り道、エリザベスの背中に揺られている時から、なぜかこんな調子だ。
ギゼラは見た目の色っぽさに反して、普段は意外と控え目だ。
たまに少し体を寄せて、からかってくる程度で、そこまで積極的にくっついてはこない。
だが、今日は妙に上機嫌で、猫のように体をすり寄せてくる。
「ギゼラが懐いてきてくれるなんて、珍しいな」
「そうかな? …………まぁそうかもね~。嫌だったかな?」
「うれしいね。もっと普段からくっついてきてくれよ」
「あっはは~。それはなんだか恥ずかしいなぁ」
すこし顔を赤くしたギゼラがそういって笑う。
こういう時、シロなどは一切の恥じらいもためらいもなく、素直に好意をぶつけてくるのだが、鬼の性格も色々あるようだ。
「おまえ昔、俺と子供作るとか言ってなかったか……?」
「いや~! も~! いまそんなこと言わないで! 恥ずかしいなぁ~もぅ~。はぁ……ボナスは凄いねぇ」
「うん?」
ひとしきりはずかしさに身もだえていたギゼラだが、一呼吸置くと、遠い目でなにかを思い返すようにそんなことを言いだす。
「私は何年かけても、結局全然うまくできなかったけど、……ボナスは間違えないね」
「あ~、今日のこと?」
「今日のこともそうだけど、いろいろだね~。私のやり方だと、敵はいなくなるけど……味方もいなくなって、結局最後は周りに誰もいなくなっちゃう。私、評判悪いでしょ?」
「宿屋の前でギゼラの名前を絶叫しながら、泣きながら逃げていった奴いてたな~。あれは面白かったわ!」
「も~! …………まぁでも、私はそんな女なんだよ」
「そういや最初闇市で出会った時は、やさぐれた顔してたな」
「でも、ボナスと一緒にいるようになってからは、どんどんと色んな人に囲まれるようになった。なんか、ほんと嘘みたいでさ~」
「まぁその悪評も、今になって有効活用されているわけだから、別にいいだろ? 当時は良くない時期で、今はたまたま運が向いてきているんだよ。別にギゼラが間違ったってわけじゃない」
「うふふっ、そうかもね~。まぁ私はいま、毎日すごく楽しいよ」
「そりゃ何よりだよ。んじゃ~まぁ、仲良くスコップの設計でもするか」
「うん。……で、スコップってなぁに?」
それからはいつものギゼラの様子に戻り、二人で簡易的なスコップの設計にのめりこむ。
しばらくはモンスターの処理や土木建築作業が多いはずだ。
スコップを用意して村人に持たせることができれば、作業もはかどるだろう。
気休め程度だが、モンスターに対する武器としても多少は役に立つはずだ。
「柄の部分は明日、親方にでも相談してみるか」
「そうだね、これは役に立つだろうねぇ~。材料さえあればそれほど技術もいらないから、ラウラに図面を渡して、量産してもらうのがいいかも」
「そうだな。ギゼラには鍛冶するにしても、もっと別の部分で活躍してもらった方が良いだろう」
「私が作ってもいいけど、今はみんなの武器を手入れしないとね~」
それからも暫くギゼラとアイデアを出し合いながら、ずいぶん長い時間過ごしてしまった。
いつもは日が暮れると、比較的早い時間に皆で寝るので、こんな時間まで起きて、頭を働かせているのは珍しい。
こういう話ができる相手はギゼラだけだ。
もの作りのセンスもよく、意外と聞き上手なので、つい時間を忘れて話し込んでしまう。
ギゼラはまだまだ元気なようだが、さすがに俺は眠くなってきたので、いいかげん話を切り上げることにする。
「今日の蝋燭はあんまり臭くなかったな。なんの油使ってんだろう」
「それは前にメナスから貰ったのだね。今度聞いてみよっと……。――――じゃあ、ボナス、おやすみ。ありがと」
蝋燭の火を消し、両手を上げて体を伸ばすと自然とあくびが出てくる。
そのまま寝床へ潜り込もうと歩き出す直前、ギゼラが急に身を寄せてきて、頬に軽くキスしたかと思うと、こちらが反応する前に、スタスタと足早に立ち去ってしまった。
思わず自分の頬に触れると、今日は忙しくて髭を剃っていなかったことを思い出す。
「明日朝髭剃らないとな…………寝よう」
夜、トイレに目が覚める。
変な時間に起きてしまったな……。
周りの連中を起こさないように、なんとか目を凝らし、手探りで岩壁ベッドから外へ出る。
クロがついてこないということは、今日はどうやら夜の散歩に出ているようだ。
崖の亀裂から外へ出る前に、食材置き場から干し肉を拝借し、ポケットへ入れる。
トイレは基本的に居住エリアから少し離れた場所へ移動して用を足す。
星明りの中、目を慣らしながらゆっくり歩いていると、夜のアジトの様子が徐々に見えてくる。
日中のアジトにはたくさんの鳥の鳴き声や、遠くからキダナケモの雄叫びが聞こえたりするのだが、夜はとても静かだ。
だが、意外なことに、夜の生き物たちは数が多く、とても活動的である。
昼間はあまり見かけないような小動物や、虫などが姿をあらわし、そこかしこで小さな影が静かに動き回っている。
ここに来た当初、夜は恐ろしく不安に感じ、ずいぶんと緊張したものだが、今ではあまり危険を感じなくなった。
もちろん実際のところはわからない。
体は小さくとも、ぴんくのような力を持つ生き物もいるのだ。
毒を持つものや病気を媒介するような危険な生き物もいるだろう。
だが、少なくとも今のところは、どの生き物もこちらへ干渉してくるようなこともなく、夜に危険な目にはあったことはない。
ただ、ごくまれに、空中をひものような生き物が飛んでいたり、青白い光が岩壁を滑るように移動していたりと、不思議な現象に出くわすことはある。
そんな時は、ほんとうに大丈夫なのか少し不安になりはするが、それ以上に、その神秘的な雰囲気に好奇心がくすぐられる。
そんなアジトの夜の景色を楽しみつつ、いつもの場所で用を足し、そのまま湖の方へ向かう。
夜は意外と寒く感じることが多いが、今日は風が暖かく、気分良く歩ける。
そうして、いつも釣りをする大岩の上へと到着する。
夜の湖は美しい。
満天の星空を遮るものがなく、そしてその景色をそっくりそのまま湖にも映しこんでいて、それこそ今にも妖精や精霊でも出てくるのではと期待させるような幻想的な雰囲気が漂っている。
そんな情景を頭を空っぽにして眺めていると、昼間のあらゆるごたごたが、きれいさっぱり洗い流されるような心地がする。
「よし、今日はどうかな~」
慎重に岩の突端まで行き、湖を覗き込む。
相変わらず星空を写し込むばかりで、とくに変わったところは見られない。
その場へしゃがみ込むと、持ってきた干し肉をポケットから取り出し、岩の上から湖に向かって左右に振る。
しばらくそうやっていたが、湖には何の変化も無い。
いい加減戻って寝ようかと考えていると、少し離れた湖面がさざ波だっていることに気が付く。
目をこらしてその様子を見ていると、水の中にいる何かが、ゆっくりと小さな波を立てながら、一直線にこちらへ近寄ってくる。
それが足元へ到達すると、静かにまた波が収まっていく。
そうして波の痕跡か完全に消えた瞬間、黄色い小さい手が水の中からニョキッと伸びてくる。
「きたきた。久しぶりだな」
俺は岩から限界まで身を乗り出し、その手を取り、指でつまむように小さく握手し、最後に干し肉を持たせる。
自分でも、いったい何をしているのかはよくわからないが、すでにこれは何度か繰り返しているやりとりであり、俺が手探りで見つけだした、実績あるやり方なのだ。
干し肉を掴んだ黄色い手は、チャポンという小さな音とともに引っ込んでいく。
体を戻し、少し後ろへ下がり、何の変化もない湖面をしばらく眺める。
すると突然、水面から滑り出すように、大きなカワウソのような生き物が現れ、こちらの大岩へと飛び乗ってくる。
そうしてそのままこちらへ向けて、よたよたと二足歩行で近寄ってくる。
黄色い小さな両手には、大きな魚がしっかりと抱え込まれており、それをこちらへと押し付けるように差し出しながら、つぶらな瞳で見上げてくる。
「ありがとう。朝飯に使わせてもらうよ」
「ニェ~」
このカワウソもどき、体は明るい灰色で、手足と尻尾だけが黄色く、ぼんやりと光っている。
最初昼間に見たときは、ただ手が黄色いだけかと思っていたが、夜に見ると明らかだ。
鼻の先から尻尾の先まで、全長は二メートルくらいあるだろうか。
立ち上がった際の頭の位置は腰位くらいまでしかないのだが、尻尾が長いのだ。
水中では自由自在に素早く動き回っているようだが、陸地で動くのはあまり得意ではないらしい。
短い足で何故か二足歩行をし、前のめりで手を突き出すように、よたよたと歩く。
さらにはある程度こちらの言っていることも分かるようで、喋りかけると独特の甲高い声で答える。
「ニェ……」
「ニェッ」
「ニェ~」
そして、一匹が姿を現すと、さらに数匹が次々に岩場に上がってくる…………。
とりあえず他のカワウソもどきにも干し肉を握らせると、やはり湖へ飛び込み、同じように魚を持ってよたよたと迫ってくる。
「ああ、ありがとう。それにしても……なんでお前たちは他に人がいる時は出てこないんだ?」
「ニェ?」
「俺の仲間だから大丈夫だぞ」
「ニィ~」
こちらの言葉にしっかりと反応はするものの、理解しているのかどうかはわからない。
だが見た目の雰囲気が妙に人間臭く、つい話しかけてしまう。
大体の場合、干し肉を渡した後も、しばらくは各々自由に岩場で寝転んでいることが多い。
干し肉をとろけるような表情でかじっている奴や、岩に張り付くように大の字で寝そべっている奴もいる。
いつも最初に姿を現す奴は、慣れたもので、今も俺の膝の上に顎を乗せて、しっぽと頭を揺らしている。
いまいちよく生態のわからない生き物だが、何とも言えない愛嬌がある。
ただ、なかなか臆病な性質のようで、なぜか俺一人の時、しかも夜にだけ、こうして姿を見せてくれる。
「かわいい」
「ニィ~!」
「ニッ!」
「ニィ~ニィ~ニィ~……」
「あっ、シロか。ついてきていたのか?」
「なんかボナスがゴソゴソ干し肉もって……フラフラ出ていくから……。心配するよね」
「ごめんごめん」
カワウソもどきたちは俺の膝に顎を乗せていた奴以外、慌てて湖に飛び込む。
残された一体は、目と口を見開いて目に涙を浮かべ、絶望の表情でシロに抱きかかえられている。
「この子はなあに?」
「俺もよくわからんのだよな……あ~なんか泣いてるから俺が預かるよ」
シロからカワウソもどきを受け取るが、思った以上に重くて、そのまま尻餅をついてしまう。
そのまま逃げればいいだろうに、カワウソもどきは俺のシャツを両手で掴んで、必死で顔を隠している。
「まぁ襲い掛かってくるわけでも無いし、……干し肉をあげると魚をくれるんだ」
「ほんとだ、このお魚はこの子たちが集めてきてくれたんだね」
「この岩場、景色が良いだろ? 眠れない夜、たまに来たりしてたんだけど、あるとき水の中に黄色い光が見えたことがあって、何だろうと思ってたんだが――――」
俺は以前クロと釣りをした時のことなどをシロに説明しつつ、カワウソもどきの湿った体をやさしくさする。
どうもそれが気持ち良かったのか、しばらくするとさっきまでの怯えた様子が嘘のように、ゴロゴロと転がるように体を預けてくる。
なかなかかわいいのだが、めちゃくちゃ重いし、服が濡れる。
「やっぱりかわいいね」
「こいつめちゃくちゃ重いわ」
シロが俺のポケットから干し肉を抜き取り、カワウソもどきにあげようとしている。
カワウソもどきは心配そうな顔をしながら、俺とシロの顔を見比べている。
そうしてしばらく迷っている様子だったが、最終的には片手で俺のシャツを掴みながら、もう片方の手でシロから干し肉をゆっくりと摘まみ取った。
「んふふっ」
「ちょっとは慣れてきたのかな?」
「あっ……干し肉もっともらっていい?」
「いいよ」
そう言ってシロが視線を逸らしたその先には、先ほど飛び込んでいったカワウソもどき達が、大岩の上に手をかけ、顔を並べて、こちらの様子を心配そうにのぞき込んでいた。
どうやら、俺だけが知っていた夜のこの景色は、これからはシロにも共有されそうだ。
何となく俺だけの秘密にしておきたい気もしていたが、シロやカワウソもどきたちの様子を見ていると、これはこれで悪くない気がしてくる。
「臆病な奴らだから、驚かさないようにな」
「うん。わぁ……そうやって歩くんだ……。はい、あげる」
いつの間にか餌付けに成功したシロが、カワウソたちと握手している。
俺の時より慣れるペースが速いな。
シロは服が濡れないようにと、ためらいもなく裸になると、少し慣れてきたカワウソもどきたちと戯れだす。
俺と違い、軽々と抱き上げたりしている。
カワウソもどきも高い場所が面白いようで、小さな手を叩いて喜んでいる。
そうしていると、まるで人間の子供のようだな。
「おもしろい子達だね~」
「昼間にさ、俺がなかなか釣れない時に、こっそり魚を付けてくれたりするんだよな。まぁ口じゃない場所に針がかかっていたりするんだけど……」
「ボナスといると、いつもおもしろいことがおきるね~」
ひとしきりカワウソもどきと遊んだシロはそう言うと、俺の隣に肩を寄せるように座る。
逆隣りには最初のカワウソもどきが、足を放り出すように座り、湖を眺めながら干し肉をかじっている。
「こういう夜もわるくないな」
「そうだね」
「ただまぁ……気を付けないと、少し寝不足になるかもしれない……」
「うふふっ。そうかもね……あっ」
先程までずいぶんのんびりくつろいでいたカワウソもどきたちが、再び大慌てで湖へ飛び込んでいく。
ちょうど俺の横に座っていた奴だけは、首をかしげながらその様子を見ている。
「ぐぎゃ~ぅ~?」
「ニェ……」
「あぁ……これはやっぱり寝不足になりそうだな」
突如目の前に現れたクロを見て、俺の横にいたカワウソもどきは目を見開いた状態で完全に固まっている。
どうやらクロは夜の散歩中に俺達を見つけたようだ。
さて……、まだ干し肉は少しだけ残っている。
クロもうまく打ち解けられるかな~。
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