第103話 闇市の宿屋

 案内された宿屋は、ギゼラの家からすぐ近くの通り沿いにあった。

 宿の出入り口に十人前後の男達がうろうろしている。

 全員何らかの武器を携帯しており、暗く荒んだ表情で周囲を油断なく警戒している。

 妙に物々しくはあるが、とくに驚きはない。

 闇市の周辺ではよく見る光景だ。

 とりあえずサラを先頭にクロとシロ、その後ろに俺、ギゼラ、が並び、最後にコハクを抱いたミルとザムザが続く。

 なんとなく全員で来てしまったが、当然殴り込みをかけるつもりはない。

 ただ借金を建て替えにきただけだ。

 揉め事はなるべく避けたいところだ。

 だが、どうやら向こうはそう思っていないらしい。


「ん? 何だお前ら……?」

「な、なにしに来た!?」

「おい……あれって……」

「う、うわああああっ! ギゼラだあああああああああ!」

「他にも……、鬼が……三人、何の冗談だよ……」

「おい、あれ、最近ピリー傭兵団を締め上げたっていうボナスとかいうやつじゃないか?」

「そういやギゼラがボナス商会とかいうところに入ったって聞いたぞ」

「こりゃ逃げた方が良いな……早く……逃げよう!」


 俺達が近づくにつれ、あっという間に蜂の巣をつついたような騒ぎになってくる。

 どうも単なる宿屋というわけでは無いようだ。

 それほど大きな建物には見えないのだが、小さな入り口から馬鹿みたいに大量の人が吹き出してきて、慌てふためいている。


「す、すいません。借金を返しに来ました!」

「はあ!? あああ……なんだ? 借金?」

「ばかやろう、早くドアを閉めろ! 殺されるぞ!」


 サラが緊張した顔をしつつも、半開きのドアの前に立ち、大きな声で要件を告げる。

 まだ入り口周りにいた連中が、一斉にサラを見るが、次の瞬間蜘蛛の子を散らしたように逃げていき、最後に派手な音をたててドアが閉められる。

 シロとクロは不思議そうに首をかしげている。

 ミシャールの市場周辺でも、だいたいこの面子でうろうろしているが、とくに騒ぎになることなどない。

 むしろ最近では、すれ違う人々から笑顔で挨拶されるくらいだというのに……。

 一体この反応の差は何なのだろうか。

 ホラー映画の化け物にでもなったかのような気持ちになるが、ギゼラはまるで気にした様子もなく、暢気に笑っている。

 後ろではコハクを抱いたザムザがミルと楽しそうに新しいジャムを作る算段をしている。

 こいつら自由だな……。


「ぎゃう~?」

「この人数で来たのがまずかったのかな……」

「ボ、ボナスさん……これは一体……?」

「う~ん、反応がないな」

「あけるよ」

「あっ、シロちょ……」


 クロがやたらとリズミカルに扉をノックをするが反応がない。

 シロが面倒くさそうに取っ手を掴むと、激しい破壊音とともに丁番ごと扉を毟り取る。

 扉だったものを放り捨て、止める間もなく、そのままスタスタと中へ入っていくので、皆でぞろぞろとついて行く。


「シロ、揉め事はなるべく避けて、穏便に行こうな?」

「うん」

 

 シロはこちら振り向くとニコリと笑顔を浮かべるが、分かっているのかはかなり怪しい。

 サラは状況について行けず固まっていたが、妙に楽しそうなミルに肩を押されるようにして、なんとかついてきてはいるようだ。

 狭い玄関を抜けるとホールのような場所に出たが、ここも人の気配がない。

 逃げたのか息を殺しているのかはわからないが、妙に静かだ。

 やや不気味な印象を受けるが、シロは相変わらず迷いなく一定のペースで進み続ける。

 エントランスホールから廊下を通り、片っ端からドアを開けていくが、どの部屋にも誰もいない。

 最終的に、廊下の突き当りの部屋の前に皆が集まる。

 この部屋にだけ鍵がかかっているようだ。

 とりあえずシロがドアを破壊する前に、部屋の中に向けて声をかけておく。


「え~、ボナス商会のボナスだ! 少し話をしたいのだが……開けてもらえるかな?」

「………………」

「ただ知り合いの借りた金を返しに来ただけなんだが……」

「………………」

「ボナス。ドアあけようか?」

「ま、まて! ……わかった! 今開けるから、入ってくれ!」


 部屋から焦った声とともに、人が慌てて動き回るような音が聞こえる。

 少しすると、金属同士のこすれあうような音がして、ドアがゆっくりと開けられる。

 中は窓の無い倉庫のような部屋のようだ。

 家具や荷物が不自然に配置されており、雑然とした印象だ。

 部屋の中央には、大きなテーブルとそれを囲うようなソファや椅子が乱雑に置かれている。

 だが座っている者は一人もおらず、十数名の男たちが、余裕のない表情で抜き身の武器を構えている。

 揉め事の予感しかしないが、ギゼラはその様子を見て、鼻で笑っている。


「私たちはただお金を渡しに来ただけなのに~、武器を構えて何するつもりなのかな~?」

「あ、いやっ、ギゼラ……さん。て、敵対するつもりは無いんだ。お、お前達武器をしまえ! はやく!」


 武器を構えていた連中は大慌てで、武器を下ろし、手を離す。

 部屋の隅の方に立っている悪いネズミのような顔をした小柄の男が慌てたように周囲の男たちへ指示を飛ばす。

 どうやらこの男が、この連中のリーダーのようだ。

 全員慌てたように武器を構えるのをやめる。


「座っても?」

「あ、ああ」

「ボナス商会のボナスだ。そちらは?」

「あ、ああ……マーセラスだ」

「マーセラスも座っては?」

「そ、それもそうだな……」

 

 とりあえず俺はよくわからないこの状況を整理することをあきらめ、ただ目的を果たすため、この男と話を進めることにする。

 マーセラスは視線をせわしなく移動させながらも、素直に向かいのソファーへ座る。

 シロとギゼラが俺の両側に座る。

 領主館と違い小さなソファーなのでギュウギュウだ。

 俺が子供のように見えていなければいいのだが……。

 コハクを抱いたザムザとミル、サラは俺の後ろで立っているようだ。

 そして何故かワクワクした顔のクロが、するするとマーセラスの座るソファーへ土足で上がり、しゃがみこんだと思ったら、横からマーセラスの顔を見ている。


「ぐぎゃ~う~ぎゃ~う~あ~」

「え? あ、え……な……」


 クロは妙に悪そうな顔で、歯をむき出したりしつつ変な声をあげる。

 マーセラスは目の端でクロをとらえているようだが、そちらへは意地でも顔を向けないように身をすくませ、こちらをに助けを求めるように顔を向けている。

 気のせいか、マーセラスの顔色がどんどん悪くなっていっている気がする。

 相変わらずクロは唐突に訳の分からないことをするな。

 まぁクロがずいぶん楽しそうなので放っておくか……。


「ヴァインツ村の連中が金を借りに来たようだが、覚えているかな?」

「あ、ああ」

「実はいろいろあって、それを俺が立て替えようと思ているんだが…………」

「…………」

「構わないかな?」

「ぐぎゃ~う~?」

「わ、わかった! 全く問題ない!」

「それはよかった」


 俺が質問すると同時にクロがマーセラスの顔を覗き込むように動く。

 マーセラスはクロと目が合ったようだが、すぐ目を逸らし、焦ったように返事を叫ぶ。

 部屋のなかはかなり涼しいが、マーセラスは汗だくになっている。

 そういやクロは昔もモンスターの振りをして遊んでいたような…………まぁモンスターなのは間違いないか。

 俺は付き合いが長いせいか、こんな姿もなんとも愛らしく感じてしまうのだが、マーセラスは猛獣でもけしかけられたかのようなひどい顔をしている。

 

「――――えーっと、これでヴァインツ村の連中が借りていた金は全部かな? サラもいいか?」

「は、はい! まちがいありません!」

「あ、ああ確かに……。間違いなく返してもらった……」

「何かそう言った書類は無いのか?」

「いや……そう言ったものはない」

「ふ~ん、そっか。それと、ちょっと手違いで玄関のドアを壊してしまって、申し訳ない。今度ちゃんと修理費を――――」

「いや、大丈夫だ! 古いドアでちょうど交換しようと思っていたんだ! 気にせずそのまま帰ってくれ!」

「なんかわるいな……あれ? ん~? なんかお前……見たことあるような気が……」

「!? ……サ、サヴォイアじゃよくある顔だ」


 これほど品の無い顔はサヴォイアでもそう見ない気がする。

 後ろに並ぶ男たちの顔も念のため一人ずつ確認するが、全員首が取れそうなほど不自然に顔を逸らしていく。

 絶対に目を合わさないという強い意志を感じる。

 やはり数人見たことがあるような、ないような……。

 だが、ミシャールを拠点に活動している俺に、こんなガラの悪い知り合いはいないはずだ。


「ああ~、そうか! はじめてこの街に来た時、俺の後をつけていた奴らか! なるほど、おまえらだったのか~」

「な、なんだ!? …………知らんぞ、そんな事。知らん…………」

「いやまぁ……、今更どうでもいいことだ。気にしないでくれ……。そんなことよりも、これから先、俺の知り合いのヴァインツ村の連中がここへ泊まることになるらしいから、くれぐれもよろしく頼むよ!」

「わかった! もちろんだ。……可能な限り便宜を図ろう!」

「それは助かるよ。じゃあ、そういうことで、みんな戻ろうか~」


 やはりこいつらは、街に慣れていない田舎者や力の無さそうな奴を見つけては、あの手この手で金をむしり取っているようだ。

 ひとつ間違えたら、今頃俺もここでろくでもない仕事の片棒を担がされていたのかもしれない。

 とはいえ、実際に何か被害にあったわけでも無い。

 あの時はひどく恐ろしく、不安でたまらなかったが、いまさら腹も立たない。

 それにこの怯えようだ。

 ギゼラの言う通り、あえて俺達に敵対してくるようなことはなさそうだ。

 むしろこちらがマフィアにでもなったようで、複雑な心持にさせられる…………。

 それに例えこいつらを排除したとしても、どうせもっと面倒な奴がすぐに湧いて出るだけだ。

 であるならば、これ以上を望むのは、領主の仕事だな。

 後はラウラの親父さんにでも頑張ってもらいたい。


 しかし少々振る舞いには気を付けなくては。

 これ以上妙な噂が広まっては困る。

 舐められなくなったのは良いが、調子に乗ってはいけないな。

 なるべく良識を持って行動しなければ、せっかくコツコツと築いたミシャール市場周辺の善良で真っ当なコミュニティやラウラ達からの信用を失う。

 やっぱりドアはきっちり弁償するとしよう……。

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