第102話 店番の手配と村人たち

「私がいつもみたいに店番すればいいんじゃないの?」

「儂らが見とくから何とかなるぞ……クロと会えんのは寂しいがなぁ……」

「ぐぎゃ~う~?」

「ああ、クロはかわいいのぉ……」


 露店に戻り、メラニーと遠征の話をすると、当たり前のように店番を名乗り出てくれた。

 なぜか常連の爺さん連中も、当然のような顔で話に乗っかってくる。

 こいつらは基本座って、クロやシロ、ギゼラを眺めながら、延々くっちゃべっているだけなので、まったく当てにはならない。

 まぁ、街の顔役とまではいかないまでも、それなりに影響力はあるようなので、何かの役には立っているのかもしれないが……。


「大丈夫だろ! 今や悪名高いボナス商会にわざわざ手を出してくるような奴もいないだろうしな!?」

「親方はいい加減仕事に戻れよ……お前最近働いている時間より、うちでだらけている時間の方が長いんじゃないか?」

「最近暇でなぁ……」

「暇って……あ、そうだ! 暇なら、ちょっと泊りがけの仕事しないか?」

「ああ~、さっき話していた遠征とか言ってたやつか。いいぞ! 金も無いしな!」

「誘っておいてなんだが……びっくりするくらい軽いな……」


 最近忘れそうになるが、オスカーは木工職人の親方なのだ。

 しかもなかなか腕が良い。

 いつもフラフラしているように見えるが、しっかりとした自分の店ももっている。

 体もでかいし、仕事もはやい。

 特に仕事を選ぶタイプでもないので、一緒に連れていくと何かと便利そうだ。


「まぁ、長くても十日らしいから、露店はなんとかなるか……」

「多分仕立屋のメアリが手伝ってくれると思うけど、いいかな?」

「ああ、次女の方ね。彼女は確かに接客向いてそうだね。まぁ、その辺の判断含め全部メラニーに任せるよ。大変そうだったら店閉めちゃえばいいし」

「わかった。コーヒーいれるのも慣れてきたし。気楽にやらせてもらうよ」

「よろしく!」

「なぁ、ボナス。俺はいつ、どこに行けばいいんだ? あと金はいくらもらえんだ?」

「ああ、出発は六日後早朝に東門だ。持って行けそうな道具は全部持ってきてくれ。重そうなら俺の方で運ぶことも出来るしな。あと金は大体日当で――――」

「――――よし、わかった!」


 そう言うとオスカーはコーヒーを飲み干し、足取りも軽く立ち去っていく。

 あいつの店、従業員と小鬼いたけど、どうすんだろう。

 まさか連れてこないよな……。

 つい勢いで適当に誘ってしまったが、ほんとうに大丈夫かな……なんだかいろいろ不安になってきた。


「ボナス、早めにミルちゃんのとこ行こう」

「それもそうだな。場合によっては話がこじれるかもしれんからなぁ……」





「――――そういうわけで、俺達は街に残らせてもらう!」

「お前ふざけんな! これから人手がいるってぇのに……故郷を見捨てるのかよ!」


 ああ、やっぱり面倒くさいことに…………。

 どうも村に帰りたくない若い独身連中と、さっさと村を立て直したい面子の間で揉め事が起きているようだ。

 街で暮らしたがっているのは十五名。

 女性も三人いる。

 それほど多いわけではないが……、それでも人口の一割程度、しかも若い人材が抜けるのはなかなか痛いな。

 こうなることも予想はしていたが、俺が来るまでにある程度話がついている程度だろうと気楽に考えてもいた。

 だが、残念なことに、しっかりとこじれているようだ……。

 ミルは渋い顔をしているものの、会話には参加していない。

 いつもの彼女ならば、こういった話もうまくまとめられただろう。

 だが彼女自身が村を抜ける側の人間なのだ。

 そのことについてはとっくに説明し終えて、理解も得ているようだが、さすがにこの話に加わるのは立場上難しいだろうな……。

 村長やマイルズも、苦い顔をしているが、あえてどちらかの立場に着く様子もない。

 マイルズは単純に以前やらかしてから発言力がほぼなくなっているだけだろう。

 村長はある程度この状況を見越した上で、静観するつもりのようだな……。

 これについては俺も口出しをしにくい。

 俺が村人だったとしても、街へ出たいと願っただろうからなぁ……。

 とはいえ、このまま喧嘩別れになるのをただ眺めているのも辛いものがある。


「ねぇ、あなたたち。街で寝る場所はあるの? お金はどうするの?」

「ギ、ギゼラさん……もちろん考えているよ! 寝る場所も五人で雑魚寝ができる部屋のある安い宿屋を見つけたんだ。金は……これから傭兵仕事で稼ぐ。村でも小鬼や黒狼を仕留めたこともある。それに当面の金も宿屋で仲良くなった男から借りたから、しばらくはなんとか暮らせるはずだ!」

「宿屋の場所はどこにあるの? お金はいつまでにいくら返すの?」


 ギゼラはやや固い表情で、あまり聞きなれない少し冷たい声色で質問を続ける。

 彼女がこの手のことに自分から首を突っ込むのは珍しいな。

 

「ドゴール市場の裏手。あまり快適ではないし、変な奴もいるけど……。それでも、はぐれないように動けば大丈夫だ!」

「お金は十日以内に返せばいいって。もしそれ以上になったら多めに返してもらうって言われてはいるけど……でも、その場合も仕事を紹介してくれるって言ってた」

「そうなんだ。ねぇ、どうするボナス?」


 そこで俺に振ってくるのかよ……。

 まぁ彼女にしては珍しく甘えてきてくれたと考えよう。

 だが、何も俺達がわざわざこのような役回りを買って出る必要は無いだろう。

 若者たちが無鉄砲に自滅していき、一部の幸運なものが成功を収めるのは世の習いではある。

 俺としては正直もう放っておいてもいいのではと思うのだが…………、ギゼラにとって何か思うところがあるのであれば、できるだけその意は汲んでやりたい。


「こいつら全員数か月もすれば野垂れ死んでそうだな、ギゼラ」

「一月持つ子が何人いるかな~」

「な、なんでだよ! 住む場所も、金も、仕事もちゃんと考えてるだろうがよ!」

「闇市で金を借りるなんて、奴隷契約と変わらないよ。基本的にお金は返せないようになっているし、そうなればきつい仕事を死ぬまでやり続けることになるんだよ」

「え……そ、そんな……」

「でも、傭兵の仕事をすれば!」

「十五人みんなが戦えるわけじゃないでしょ。それに武器や防具も無いんじゃないの? 報酬の相場は分かっているの?」

「え、それはまぁ……えっと……どうだろう?」


 ギゼラが問いただすたびに、あれほど息巻いていた若者たちが、徐々に不安げな表情になっていき、今は仲間内でぼそぼそと自信なさげに話し合っている。

 まぁ、実際はいろいろとやりようはありそうでだが、うまくいくには相当の幸運が必要だろう。

 それに、すでに金を借りてしまっているのは、…………かなりまずいな。


「なぁギゼラ、うちの商会で肩代わりすると揉め事になるかな?」

「うん? 揉め事……あっはっはっは。なるわけないよ~。いまサヴォイアでボナス商会を敵に回そうとするような間抜けな組織は、なかなか無いんじゃないかなぁ~」

「え? そうなの?」

「ま~私自身が闇市周辺では色々と怖がられているみたいだし、クロやシロ、ザムザだって相当目立つからね。マリーやハジムラドみたいなサヴォイアでも有名な傭兵なんかとも懇意にしていて、機嫌を損ねたボナス商会長は傭兵団長に殴りかかるし~、あっはっはっはっ。あれ面白かったね~。しかも、今は領主代行が後ろ盾でしょ? まぁ普通に考えれば、敢えて敵対したいとは思わないよね~」

「そうなんだ……まぁじゃあ後で借金はうちで引き受けると打診しに行くとするか」

「えっ……別に俺達は……」

「ありがたいです!」


 十五人の間でも表面上の反応は様々だが、基本的にほぼ全員ほっとしたような顔をしている。

 俺が言うのもなんだが、なんてふわふわした奴らなんだ…………。


「それでだな――。お前たちは街に住みたければそれはそれでいいと思う。だが、借金を肩代わりしてやる代わりに、基本的に街とヴァインツ村の間に物資の輸送、村人が街へ来る際の護衛と案内を仕事として積極的にこなすんだ。今後そういった依頼は間違いなく増えるはずだ。それと、お前たちが元々住んでいた家は貰い受けて修繕、改築して、村の復興作業の拠点に使わせてもらう。今の村には傭兵たちが駐屯できるような場所が必要だし、お前たちが仕事で傭兵として村に来た時、使えるような施設があった方が良いだろう」

「わ、わかった……。助かる……」

「わかりました!」

「それで、お前たちはヴァインツ傭兵団と名乗っておくんだ。基本的にはヴァインツ村の仕事を優先的にこなす傭兵団だ。どうせお前たちのほとんどは、いずれ夢破れて静かに暮らしたくなる。そうなったときでも、ヴァインツ村の名前を捨てていなければ、多少は村に戻りやすくなるだろ?」

「俺は静かになんて暮らしたくない……街での暮らしのほうが性に合っている。村には戻るつもりはない……と思う……」

「まぁ単純に故郷を失わずに済むと思えばいいだろ? お前たちが将来どうするかは置いておいたとしても、街の誰かがヴァインツ村へ定住しようとする窓口があれば、ヴァインツ村としても助かるんだよ。辺境の村で人口を維持していくのが難しいのはお前たちも知ってるだろ? 仕事をしながら街で仲間を増やし、傭兵団を大きくして、街での暮らしが嫌になった仲間を村へ仲介すればいい。逆に村から街へ出たい人間の受け皿にもなるしな」

「ありがとうごいざます! ありがとうございます!」

「確かに、それなら……」

 

 街で暮らしたがっている若い連中だけでなく、村の立て直しを急ぎたがっていた連中も納得しているようだ。

 相当に楽観的な試算だが、このまま放置しても、喧嘩別れするだけだろう。

 そうなることと比べれば、はるかに未来がある提案なはずだ。

 俺としても得られるものがなくもない。

 貸した金はすぐには返ってこないだろうが、街の中で気楽に使える人材が確保できるのはかなり助かる。

 露店の手伝いなどをさせてもいいのかもしれない。

 人気が出てきて嬉しい反面、なにかと人手が足りないのも事実だ。

 それに収穫物もアジトだけに頼るのは限界がある。

 いずれはヴァインツ村の作物なども使って品数を増やしていきたい。

 そう考えると俺も前向きに金を出せる。

 なんにしても、こういうのはさっさとリーダーを決めておかないとだめだな。


「よし、えーっと……サラ! お前がヴァインツ傭兵団の団長だ!」

「はいっ! ……え? 団長?」


 先程から男たちがもごもごと言い訳じみた反応をする中で、この子だけはハキハキと俺に感謝していた。

 窓口になるのであれば、こういう子の方が良いだろう。

 特に美人というわけでは無いが、大きなたれ目に赤みがかった髪、そばかすが目立つ顔はどこか愛嬌がある。

 この子は確か村ではヤギとヒツジを育てていたはずだな。

 まだ二十歳とのことだったが、両親を早くに亡くし、村のはずれにある家畜小屋が隣接した大きい家に一人で住んでいたのをよく覚えている。

 黒狼の襲撃で、飼育していた家畜は間違いなく全滅しただろう。

 そうか……そのことがあるから街に出る決断をしたのか。

 無鉄砲なだけの奴もいるが、こういう事情の子もいるようだ。

 ゼロどころかマイナス出発の村で、新しい仕事を提供するのは難しいだろうからなぁ……。

 そのあたりを察して、村長も引き留めなかったのだろうか。


「ボナスさん……さすがに私が傭兵団の団長をするのは無理がありませんか……?」

「いける! いや、どうなんだろう……?」

「大丈夫だよ。ボナス商会のボナスに任命されたって周りに言っておけばいいと思うよ」

「私も賛成だよ。サラはこう見えてなかなか要領が良い。羊と同じように男どもを上手く動かして使い倒すだろうさ」

「お前らヒツジくらいには役に立てよ~。んじゃ~そういういうことでよろしく、サラ」

「は、はい!」

「ヒ、ヒツジ……」


 ギゼラもミルも問題ないと判断したようだ。

 さっきから何かとぶつくさ言っていた男たちだが、サラを団長に据えることについては特に何も言ってこないところをみると、意外と適役なのかもしれない。

 この話についてはこれで良かったのだろうか…………。

 そんなことを考えていると、後ろからギゼラが腕を回し、静かに体を寄せてくる。

 彼女の過去はよく知らないが、もしかすると彼女にも無鉄砲で世間知らずな時代があったのかもしれないな…………。

 

 クロとシロは早々に飽きたのか、同じく退屈している子供たちの相手をしていたようだ。

 シロは意外と器用に赤ん坊を抱いてニコニコとあやしている。

 クロは少し大きな子供たちと十対一のサッカーのようなことをして、えらく盛り上がっているようだ。

 何人集まろうとも子供達ではクロからボールを奪うのは難しそうだな……。


「遠征についての細かいことは明日に回して、さっさと借金の処理をしてしまおうか。あまり時間がかかると、コハクを心配してエリザベスが来てしまいそうだ。それじゃ、サラ、案内してもらえるか?」

「わ、わかりました!」

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