第101話 貴族
「ボナス様、あなた方の拠点に私を連れていってはもらえませんか?」
「ラウラ様、それはさすがに……」
「えぇ……」
「だ、だってコハクちゃんもいるし、きっと砂糖を使ったチョコレート以外のおやつもあるのでしょう? それに、ボナス商会の皆さんはいつもとっても楽しそうで……。なにより地獄の鍋は魔力的にみて、世界で最も特殊な地域のひとつですし、前々から面白そうだと思っていたのです!」
ワクワクと期待に満ちた顔で、身を乗り出して訴えかけてくる。
うーん、断りづらい…………。
正直いろいろと面倒なことになりそうなので、いまの時点では遠慮してもらいたい。
だが…………魔力的に特殊な地域というのは気になるな。
「う~ん、俺達もよくキダナケモから逃げ回ることもあるし、かなり危険だからなぁ…………。ところで魔力的に特殊とはどういうこと?」
「魔法が生まれた土地ということですね。わ、私も一応魔法使いですし、これでも王都の学校ではそれなりに優秀だったのですよ。それなのに、私たちの魔法のルーツが自領にありながらも行くことができないというのは、…………歯がゆいじゃないですか」
ラウラが気軽な調子で口を開くたびに、どんどん気になる言葉が出てくる。
この世界にもそれなりに馴染んだつもりではいたが、未だに全く触れたことの無いと思っていた魔法。
それが、意外と身近なものの可能性が出てきた。
これはかなり気になるな……。
とはいえ、今はあまりその辺の話を詳しく聞くべき時でもない。
ハジムラドもさきほどから眉間に皺が寄りっぱなしで、困り切った顔をしている。
「ラウラ様…………、まずは復興を終わらせてからにしませんか?」
「あっ…………ご、ごめんなさい。ボナスさんも今の話はお忘れください。もちろんあなたの秘密は口外いたしません。つ、つい魔が差して、ひどいわがままを言ってしまいました。ああっ……こんなんだから、出戻りさせられるのです、私は……ふぅぅっ……」
「まぁ、復興が終わったらまたその辺の話もゆっくり聞かせてもらえるとありがたいな」
「お気遣いありがとうございます。ただ、私は今回の遠征にはついて行くつもりですから。その道中で、お話しできると思いますよ?」
「ラウラ様……それは……」
ラウラはさも当然のように、遠征に参加するという。
ハジムラドが限界まで困り切ったように、天井を見上げる。
「ハジムラド様、大丈夫です! 領主の仕事については、問題ございません。私もこれまでの時間無駄に過ごしていたわけではないのですよ。領主の決裁が必要そうな案件に関しては先回りして対処しておりますし、現状私がいなければ進まない仕事はありません! こう見えてもお父様よりも事務処理はずっと得意なのです!」
ラウラはハジムラドの様子に焦ったのか、まくし立てるように説明する。
こういうときは意外と流暢に喋ることができるんだな。
妙な迫力まで感じる。
「それに、戦力として私は有用です! ええ、とても! 私はこう見えて魔法が得意ですしね!」
「ラウラはまほうがつかえるんだね」
「そうなんですよ、シロさん! 見ますか? うーんと…………」
ラウラは目を大きく見開き、眼鏡越しに中庭をじっと見つめる――――。
黄金色の瞳が一瞬輝いたかと思うと、その視線の先につむじ風が立ち上がり、次の瞬間直径一メートル程度の火柱が、轟々と音を立てて空高く吹き上がる。
「ほら! ね?」
いや……ほら、ね、じゃないだろ。
突然何をするんだこのお嬢さんは。
ほんの三秒程度のできごとだろうか。
余りに唐突で、うまく理解が追い付かない。
中庭を挟んだ役所側の扉が開き、男性職員がドアノブに手をかけたまま半身を出してキョロキョロと様子をうかがっている。
いま目の前で起こった非現実的な光景の痕跡は、なにも見当たらない。
職員は、ラウラが手を振ると小さく頭を下げ、すぐに体を引っ込める。
何となく気が抜けたようなその光景を見ながら、いま見たことをゆっくり咀嚼する。
なるほど、これが魔法か……。
確かにぴんくの攻撃を彷彿とさせるものはある。
黒狼と戦った時、皆が俺を魔法使いだと勘違いしたのも分かる。
個人が扱うには、あまりにも唐突で、不条理な力だ。
俺は常日頃、地獄の鍋で不条理な仲間と敵に囲まれて暮らしている。
そのおかげか、恐怖はあまり感じない。
むしろ興味の方が先に立つくらいだ。
だが……、普通はどうなんだろう。
こんな力を見せられると、とてもじゃないが同じ人間だとは思えないのではなかろうか。
周りの人間が、異様なほど貴族を恐れ、避けるのもなんとなく分かってきた。
だが、同様のことはたぶん、貴族側にもいえるのだろう。
彼らは果たして魔法を使えない者達を同じ仲間だと認識できるのだろうか。
魔法が使えるということは、俺達が知りえない何かを感知し、干渉しているということだ。
自分たちが当たり前に感じているものを、同じように認識できない。
見えている世界が違うと言っていいだろう。
この世界の貴族というものは、俺が考えていたようなものとは少し違うのかもしれないな……。
ひとまずこの世界の社会的な構造は置いておくとしても、単純に貴族、魔法使いはやばいな。
実際魔法使いと普通の人間では戦いにもならないだろう。
ほぼ何の予備動作もなく、あれほどの事象を軽々と引き起こすのだ。
視界に入るだけで一瞬で燃やされるなど、抗うすべがない。
せめてそれっぽい詠唱とか唱えろよ…………。
「ラウラ、すごいね」
「ぐぎゃう~!」
クロとシロは特に恐れた様子もなく、無邪気に魔法を見て喜んでいる。
まぁ、こいつらなら魔法使いと相対しても当たり前のように戦えそうだな……。
「ラ、ラウラ様、あまりこのような場所で魔法は……」
「あ、すみません……。でも、ボナスさん驚きました? どうです!? これなら戦力にもなるでしょう!?」
「いやぁ……、びっくりしたわ」
実際かなり驚いた。
確かに彼女の言う通り、間違いなく戦力にはなりそうだ。
とはいえ、そのあたりの判断を俺ができるわけでもないのだが……。
思考を整理しながら気持ちを落ち着けていると、シロが不思議そうに、ポケットと俺の顔の間で視線を往復させる。
ぴんくに慣れているシロとしては、いまさら俺がなにに驚いているのか、よくわからないのかもしれないな。
確かに、ぴんくの目を焼く様な超大火力の光線と比べてしまうと、先ほどの火柱もほんとうにささやかなものではある。
とはいえ、知人がちょっとした会話の流れのかなで、当たり前のように突然火柱出したんだ。
ましてや今まで俺は、魔法なんて全く意識してこなかったんだ。
そりゃ驚くだろう……。
だが意外なことに、この場で驚いていたのは、俺だけだったようだ。
ハジムラドも、そしてメナスさえも大して驚いた様子は見受けられない。
護衛もただ困ったような顔をしているばかりだ。
貴族というのは、ごく当たり前にこういうものなのか……。
「ラウラ様、貴族の方々の戦力は当然理解しております。ですが、遠征となると万が一ということがあります……」
「大丈夫です! 先ほども申しました通り、例え万が一のことがあったとしても、私の命には政治的な価値はもうありませんから。もちろんお父様は悲しむでしょうが、私も十代の未婚の令嬢ではありません。残念なことに……三十代のお、おばさんなのです……」
「私から見ればラウラ様はまだまだ可憐で美しいですよ?」
「あ、ありがとうございます、メナス様。まぁ……そういうわけで、今回のような場合は、私自身が戦力として働くのが、最もサヴォイアへ貢献する方法なのです。難しい判断が必要な場合も、現場ですぐに対応できますしね」
「俺はどうもすこし常識が抜け落ちているらしいので、この件には口を出さないつもりだよ。ただラウラ、遠征はなんというか…………かな~り、臭そうだぞ。トイレも無いし……、いつ体を洗えるのかもわからんよ」
「うぅっ…………だ、大丈夫です! み、みんなで臭くなれば怖くない!」
ラウラは一瞬怯むが、すぐに持ち直す。
意外と意志は固いのかもしれない。
「ラウラ様、分かりました。私としては素直に賛成はできませんが……一応筋は通っていますし、どのみち最終的にはあなた様に決定権があります。しかし…………そういうところは、サヴォリエ様と似ておられますな」
「お、お父様と!? あそこまでわがままではありませんよ!? …………たぶん」
ラウラの父親とはあまり絡まない方が良さそうだな……。
ハジムラドも隠居していたところを無理やり引きずり出されたようだし、マリーも黒狼戦から休む間もなく半強制的に首都へ連れていかれたらしい。
人使いはかなり荒そうだ。
今後のことを考えると、むしろ領主不在のうちにラウラとの関係をしっかりと作っておいたほうが、安全かもしれないな。
「そ、それでは皆様、六日後の朝、東門に集合しましょうか。もちろんそれまでにも何かありましたらいつでも相談にいらしてくださいね。ボナス様はすでにお持ちですが、メナス様にも街の出入りと領主館への立ち入りができる木札をお渡ししておきます。有効期限は……半年にしておきますね。最終的な報酬とは別に、今回協力いただくことに対する感謝のしるしとして、メナス商会の商売にもどうぞご活用ください」
「ありがとうございます。ですが、私のような一商人にそのような貴重な……」
「いえ、人柄に優れ、実績もある商人と伝手ができることはとても大きいことです。サヴォイアには大した産業も無く、領地を跨いで商売ができる商会もほぼおりません。おかげで今回のようなことがあると、隣領の商会にいいようにやられてしまい…………。そういうわけで、メナス様との出会いは、私にとってほんとうに貴重なものなのです」
「まぁメナスは間違いなく頼りになるよ。俺も頭が上がらないわ」
「ボナスさんは相変わらず大げさですねぇ……」
メナスが珍しく少し照れたような笑顔を見せる。
実際ラウラからすると、メナスとの関係は大きいだろう。
年齢もメナスはラウラよりひと回り程度上だ。
仕事以外の面でも、いろいろと頼りになるに違いない。
タミル帝国でのメナスの立場を考えると、サヴォイアの貴族と懇意になるのは少し心配にも思えるが、聡明な彼女のことだ、そのあたりもしっかりと勘定に入ってはいるのだろう。
「ボナス様、メナス様、ご協力ほんとうにありがとうございます。わ、私程度では大した力にはなりませんが、今後何かあった場合は、ラウラ・サヴォイアがあなた方の後ろ盾となります。名前を出していただいても構いませんからね」
「ああ、今後ともよろしく!」
「よろしくお願いしますね」
その後、各々連絡手段などの確認をした後、解散となった。
結局マリーが言っていたように、領主家の人間に後ろ盾となってもらうことになったな…………。
ラウラは貴族としてはいろいろと問題がありそうだが、それでも人間的には嫌いじゃない。
もちろんそれほど付き合いが長いわけでも無いので、いまいち掴み切れないところもあるが、本質的には誠実な人間だろう。
魔法やこの世界のことについても、貴族ならでは視点で色々教えてもらえそうだ。
最終的にどう転ぶか、次の遠征次第ではあるものの、とりあえずいまは良い出会いだったと考えよう。
それにしても、これからいろいろとしなければならないことが多いな……。
露店をどうするべきかも悩ましいし、村人への説明もある。
遠征用の食料も用意しなければならないし、武器や道具、建築資材なども手配した方が良いだろう。
面倒くさいような気もするが、やりようによっては面白そうだ。
村人との話は帰りにするとして、まずは露店について考えるか。
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