第100話 ウララウラ
「やはりウララさんはラウラ様だったのですね」
「はぃぃ……」
「ラウラ様、この者たちをご存じで?」
「ええ、とてもよく……」
メナスが全てわかっているといった表情で、ウララに微笑みかける。
なるほど、そういうことだったのか。
……どういうことだ?
いやまぁ領主代行がウララだったということか。
で、本名がラウラと……雑な偽名だな……。
「ラウラ……さま?」
「ぁうぁ…………。も、申し訳ありませんボナス様。あ、あのっ、どうか今まで通りでお願いします。いまは父より領主代行の命を受けておりますが、わ、私は特に爵位を持つわけでもなく、一役人に過ぎません。い、一応貴族ではありますが、所詮は出戻りの年増女なので……、そのことにももはや意味がありません……ああ、なんだか悲しくぅぅっ……」
「あ、いやいや……なんか、ごめんね……」
「ウララはラウラなの?」
「ええ、シロさん……。う、嘘をついてごめんなさいね」
「いいよ」
シロは特に気にした風でもなく、ピアスを指で揺らしながらいつものようにニコニコとしている。
ソファーに深く腰掛け、足を組んでリラックスしている様子がやたらと様になっている。
そんなシロの様子にラウラも少し落ち着いたようだ。
こんなことならコハクも連れてくればよかったな……。
メナスはただ笑顔を浮かべ、状況を見守るのに徹しており、ハジムラドは怪訝そうに俺達の顔を見比べている。
「ああ~、ハジムラド。なんというかウララ……ラウラはうちの露店の常連客で……」
「そういうことか。なるほど……お互い挨拶の手間が省けたと考えましょう」
「そういえば、輸送をお手伝いしてくださるのが、……メナス様ということでしょうか?」
「ええ。まぁ正直なところを申しますと、常連客達の間ではラウラ様のことはほぼ公然の秘密となっておりまして……私もいくらボナスさんからのお話とはいえ、いつもならば貴族の方々のお手伝いをするのは避けるところですが……、ラウラ様は一緒にコーヒーを飲む仲ですしね。是非お力になりたいと思った次第です」
「あぁ……メナス様! ありがとうございます!」
常連客達はラウラのこと知っていたのかよ……。
あの爺さん達侮れんな。
いや、俺が鈍すぎるのか。
すでにクロは飽きてきたのか、中庭にいた小鳥をいつの間にか呼び寄せ、きゃうきゃうぴーぴーと声を掛け合いながら指に乗せ遊んでいる。
どこで身につけたんだそんな技。
ここにいる面子は全員クロについて知っているので誰も気にしていない。
護衛の女性までもクロを暖かい眼差しで見守っているが…………護衛としてほんとうにそれでいいのか?
「俺としても、領主代行がウララ……ラウラだとわかってより協力しやすくなったよ」
「う、うれしいです……」
「それでは早速実務の話をしよう。村及びその周辺地域の現状については、昨日の段階でラウラ様とボナス達には説明しているので割愛する。なのでまずは、ボナスが昨日語っていた内容について、なるべく詳細な情報を共有してもらいたい」
「わかった。そうだな……まずはこれを見てもらった方が早いかな――――」
ヴァインツ村のすべての建物の配置図と村人についての詳細を記した紙を慎重に広げる。
雨の中、黒狼から逃げ回りながら持ち歩いた図面だ。
紙自体だいぶ痛んでおり、汚れも酷い。
早めに何かに書き写した方が良いかもしれない。
さらには小さく畳んで持ち歩いていたせいで、折り目の部分がかなり劣化し、穴の開いたところもある。
だが、情報としてはほぼ損なわれたところはないと思う。
あらためてこの紙を目の前にすると、どこからか黒狼の遠吠えが聞こえてくるような気がするな……。
「こ、これは素晴らしいですね。期待していた以上の情報量です……これほど緻密に、漏れなく……私達が管理しているサヴォイアの地図よりよくできていますね……」
「使用した紙も素晴らしいですね……表現方法も卓越しています」
「ボナス、なぜこれほどのものを作ろうと思ったのだ?」
「いや、暇だったもんで……」
「……」
「……」
ラウラとハジムラドは見たことのない奇妙な虫でも見つけてしまったかのような顔で俺を見てくる。
メナスの上品な笑顔にも、妙に生暖かい眼差しが混ざった気がする。
当時のことはあまり正確には覚えていないが、黒狼の討伐では、戦力として役に立てることもなかった。
あまりに手持ち無沙汰だったので、自分ができることで、多少なりとも役に立ちそうなことをしただけなのだ。
「ま、まぁ、そういうわけで、村の状況を元に戻すのが目的であれば、その手掛かりにはなるだろうし、優先順位を考えて、おおよその段取りなら組めると思う」
「ぜ、ぜひお願いいたします! もちろんしっかりと報酬も用意いたしますので……もう、私にはこの手のことは何から手を付けていいのか全く分からなくって……」
「これで少しは先行きが見えたか……。より一層はやく拠点を築かねば……」
「わかったよ。まぁ段取りを組むのはそこまで手間でも無いので大丈夫だと思う。ただ、村人について少し思うところがあって……これは提案なのだが――――」
ラウラとハジムラドへ現在の村人の状況を説明し、次の遠征時に村人を連れていくことを提案する。
「それは…………私の失策ですね。他の仕事に気を取られて、そこまで頭が回っておりませんでした」
「いや……、ラウラ様は以前そういった可能性を指摘しておられた。俺が拠点設置をぐずぐずしていたのが最大の問題だろう」
「まぁ予想外のことばかり続いたんだし、仕方ないだろ。とりあえずそういうわけで、村長に話を持ち掛けていいかな?」
「お、お願いしますね。ああ、心強いですね…………ボナスさんはほんとうに」
「クロやシロ達がいるおかげで、気持ちに余裕があるだけだよ」
「ぎゃ~う~!」
「ふふっ」
「う、羨ましいです……」
もぞもぞと動く胸ポケットに向けて、ちゃんとわかっていると視線を投げかけておく。
ピリとの一件でも痛感したが、実際こいつらが近くにいるだけで、気持ちのありようがずいぶんと違う。
とにかく肝が据わるのだ。
もちろん彼女たちの圧倒的な力による安心感もある。
だがそれ以上に、背中を預けるという行為自体が、自分自身の力を底上げしてくれるような気がする。
「一応出発は六日後を予定しているので、その日程に合わせてもらえるか?」
「ああ、わかった。メナス達はそのスケジュールで大丈夫かな?」
「ええ、いつでも大丈夫ですが、持って行く物資はどれほどの物でしょうか?」
「今回は拠点建設用の資材はピリが、食糧はそれぞれが手配し、持って行くようにしたい。メナスには、村人の食糧を頼みたいのだが」
食糧を自分たちで管理できるのはむしろありがたい。
どんな環境であっても、なるべくなら食事は楽しいものであってほしい。
移動速度にもよるが、メナス達だけでなく体力のある村人には資材や食料の輸送を頼むべきだな。
一度自分自身の足で移動した道程なので、誰にどれだけの荷物を持たせるべきかイメージはしやすい。
今の段階で一輪車を村人に用意するのは難しそうだが、背負子くらいならすぐにでも作ることができる。
ヴァインツ村の井戸は水源となるタミル山脈が近いせいか、水量が多く水質も良い。
資材を持って行って風呂や共同の炊事場を作るのもいいだろう。
海が近いと色々と可能性も広がる。
マリー達と眺めた海辺の岩肌は白っぽい色をしていたので、うまくいけば石灰も手にはいる。
オリーブやブドウの木だってそれなりには残っているだろう。
船は出せないが、魚や貝、海藻は現地調達できそうだ。
やりようはいろいろありそうだな……。
具体的に考えると、少し楽しみになってくる。
「メナス様の輸送限界をお教えいただければ、それに合わせて備蓄倉庫から用意しておきますね」
「わかりました。出発の前々日までに手配いただければ大丈夫です」
「今回は何日くらい滞在する予定なんだ?」
「モンスターが徘徊するような環境に村人を戻すからには、ある程度の戦力は常駐させねばならんだろうな。数日中に無理やりにでも拠点を設置し、その後は交代制となるだろうな……。できればボナス達には拠点設置までは行動をともにしてほしい。日数はそうだな……移動、村内のモンスター掃討、最低限の拠点建築で五日程度か。もし十日を超えることがあれば一度サヴォイアへ戻り作戦を再考すべきだろう」
「五日か……ん~相談なんだが、二人は戦力として常駐させるので、適当に帰ってもいい?」
「そうだな……鬼を二人残してくれるなら十分だが」
「クロもつよいよ?」
「ぐぎゃう! ぎゃぐぎゃう!」
「……わかった」
ここ最近のサヴォイア通勤で分かったことだが、特に乗り手がいなくても、エリザベスにきちんとお願いしておけば、大体の時間で迎えに来てくれる。
どうもエリザベスは俺達の言葉は完全に理解しているようだ。
たまに俺が思いつきで馬鹿なことをしようとすると、先読みして止めてきたりもする。
もともとは甘え上手でかわいらしく、穏やかな性格だったが、コハクが来てからは面倒見のよさや、思慮深さが目立つようになってきた。
「そういえば、ボナスさん達は、地獄の鍋の何処かに拠点をかまえているのですよね?」
「んあ!? あ~……う~ん?」
ラウラがなんでもないことのように、核心をついてくる。
口ぶりからは、ずいぶん前から気が付いていたようだが……。
「そこで砂糖やチョコレートの原料を手に入れているのでは? 毎日東門から街を出入りされてますし、この辺りでは手に入らない砂糖や珍しい果物、チョコレートも持っておりますし……そういうことかと思っていたのですが……。それにサヴォイア全域の地理を把握している私が知る限り、こ、この近辺でそう言ったことが可能である地域は存在しないはずですもの。……未開拓な土地である、地獄の鍋以外では」
ラウラは人差し指を立て、はちみつ色の髪を揺らしながら、一つ一つ思い出すように虚空を指さしながら説明する。
そうやって丁寧に指摘されると、少しでもごまかせるのではと考えていた自分が恥ずかしくなってくる。
バレバレだな……。
「あ、べ、別に接収しようなどとは思ってはおりませんので、安心してくださいね。わ、私はそもそも、そう言ったやり方を好みません。それに……個人としては大きな資産かもしれませんが、領地をまかなえるほど大規模なものではないでしょう? 私の見立てでは個人資産の域を出ないものだと思うのです。大規模であれば、さすがに目立ちますし、そうなれば私達の耳にも届くでしょうから……。ですからサヴォイアの領主家としても、ボナスさんを応援こそしますが、それを邪魔するような行為をする理由はありません。どのみちこの近辺の気候風土では、タミル山脈の麓を除き、農作物の大量生産は不可能ですし…………何より政治的に難しい辺境の領主家としては、あまり大きなものは抱え込みたくはないのですよ」
最初に出会った際、砂糖について指摘されたときも思ったが、ラウラは頭の回転がはやい。
いつもは喋り方や、振る舞いのせいで、そう見えないが、ふとした瞬間に思いがけない聡明さを見せる。
普段はやわらかい雰囲気の黄金色の瞳が、そのときばかりは少し恐ろしいものに感じる。
「ラウラは凄いね……。まぁでもそれを聞いて少し安心したよ。一応は秘密にはしておいてほしいけども……」
「わかりました。愚かな人間というのはどこにでもいるものですからね……私や護衛が口外することはありませんよ。ただ、その代わりというわけではありませんが、一点お願いが…………」
ある意味領主側からお墨付きをもらったようなものなので、少し安心していたら、最後にお願いがあるようだ……。
まぁここまで内情を把握されているのだ。
よっぽどの無茶でなければ、受けるつもりだが、妙に深刻な顔をしているのが少し怖い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます