第41話 地竜殺し

 昼飯を食べ終わり、洗い物をしていると、ハジムラドがやってきた。


「今は休憩中か?」

「ああ、だけど別にいいよ。今用意するから待っていてくれ」

「悪いな」


 今日も届けようと思っていたが、直接買いに来てくれたようだ。

 紺色の高級そうなローブを羽織っており、腰には装飾が美しい小さな直剣を差している。

 こいつはぱっと見た感じ、前髪の後退した地味な髭面ではあるが、いつも洒落た格好をしている。

 いつも通り中指の指輪をいじりながら、屋台にもたれかかり、つまらなさそうに通りを見ている。


「コーヒーとチョコレート気に入ってくれた?」

「ああ、どちらも気に入った。眠気覚ましにも良いらしいな」

「よかったよ。先にこれの味見してみてもらえるか? いずれ商品化しようかと思っているオレンジチョコ」

「いい香りだ。…………チョコレートにわずかな酸味と柑橘類特有のフレーバーが加わっている。チョコレートが持っているフルーティーさもより強調されている。うまいな。オレンジは皮だけ使うのもいいかもしれん。香りがより引き立つだろうし、チョコレートの苦みと皮の苦みが絡み合い、より複雑な味わいになるだろう」


 こいつこんなに喋る男だったのか。

 かなりの食通だな。

 しかも逐一的確な意見だわ。

 今までで一番参考になる。


「凄いな、そんな少量でよくそれだけ分析できるなぁ…………。ありがとう。参考にさせてもらう」

「ぐぎゃーう」


 クロがコーヒーを持ってきてくれた。

 ハジムラドはコップを掴むと、顔を寄せしばらく香りを確かめ、口をつける。


「香りが違う。明日からは直接買いにこよう」

「まあ出来立てはやっぱりね」


 そんな様子を横から眺めていたメラニーが、おずおずと声をかけてきた。


「あのー、もしかして地竜殺しのハジムラドさんですか?」

「ああ。元な」

「うわ~。なんだその二つ名。かっこいいな」

「あれ? ボナスは知らなかったの? 前まで領主の専属傭兵だった人で、サヴォイアでは有名人だよ。ちなみに今の専属はマリーさん」

「もう斡旋所の受付員だ。今の仕事の方が性に合っている」


 意外なようなそうでもないような…………。

 こいつの窓口、人気がないのはみんなビビっていたからなのか。


「いやぁ、優秀な職員だとは思っていたが、まさか傭兵としてもそんなに強いとは知らなかったわ」

「別に強くないぞ。戦闘力は並みだ」

「俺にはその辺の違いは分からんけどね。とはいえマリーが強いのくらいは分かるけど」

「傭兵にそんな戦闘力はいらん」

「とはいえマリーが引き継いだんでしょ?」

「俺はマリーが後を継ぐのに反対したぐらいだ。まあ色々な事情があって結局そうなったが…………。むしろ本当はお前のような奴こそ傭兵に向いていると思うぞ」

「ええ~ボナスが!? 全然ぴんと来ないわ」


 メラニーが当たり前のように失礼なことを言ってくる。

 まぁ俺も向いてないと思うけどな。


「ボナスは傭兵しちゃダメ」

「ぐぎゃう?」


 シロにダメだしされる。

 ハジムラドはそんなこちらの様子を横目に、最後の一口を飲み終え、カップアンドソーサーを返してくる。


「まあ、お前はコーヒーとチョコレートを作れ」

「心配しなくてもそうするわ」

「明日もやっているのか?」

「その予定だよ」

「そうか、またくる。うまかったよ」


 そういうとハジムラドはさっさと斡旋所の方へ歩き去っていった。


「うーんあいつが地竜かぁ」

「実は別の通り名もあって、狡猾のハジムラドって呼ばれることもあるみたいよ」

「なるほど…………そういうことか」


 まぁ確かにモンスターと正面切って戦うタイプじゃないよな。

 それでも地竜を倒すだけの実力がある。

 結果を出し、評価され、恐れられ、そして目立たない。

 どんな人生を歩んできたのか気になるな。

 ハジムラドは俺より10歳ほど上か……参考にさせてもらおう。





「ねぇボナス。よかったら今度みんなでわたしの家に遊びに来ない?」

「うん? メラニーの家に?」

「そう。クロやシロさんとも仲良くなってきたし、なによりあんたたち見てると楽しそうでね~。私結構料理うまいし、どうよ?」

「ぐぎゃうぎゃう!」

「メラニーありがと」


 すでに、クロとシロは行く気だな。

 俺にも異存はない。


「そう言ってもらえるなら喜んで行くけど。…………実は最近もう一人仲間が増えたんだ。そいつも連れてっていい?」

「ギゼラさんでしょ? 一度会ってるよ。もちろん一緒に来てよ」

「あれ? そうだったか。じゃあせっかくだし、みんなでお邪魔しようかな」

「じゃあ明後日どうよ? 明日マリーさんと飲みに行くんでしょ?」


 やばい。

 危ない…………普通に忘れていたわ。

 なんでメラニーが覚えていて俺が忘れているんだ。

 スマホは無いし、メモ帳やふせんも当然存在しない。

 残念な俺の脳では、あっという間に全てが記憶の彼方へ消えていく。


「そうだったな。んじゃ明後日で。…………あっ、燻製肉持って行くからそれも使ってみて。結構評判良いから。今度もってくるよ」

「いいね。うわーなんかワクワクしてきたっ」

「ぎゃうぐぎゃう!」

「あ、ギゼラが来た」

「おーい! みんな~何となく迎えに来たよ」


 周りより頭ひとつ分背が高いので、ただ歩いているだけで十分目立つ。

 今日は一日家で鍛冶仕事の予定と言ってたような。


「鍛冶はもういいの?」

「うん。なんかみんなの顔見たくなってきたから、きちゃった」

「ギゼラさん。こんにちは」

「俺が露店始めた当初から、お世話になっているメラニーだ」

「メラニーさん? こんにちは。よろしくね」


 ギゼラがにっこり笑いかけるとメラニーは顔を赤くしている。

 こいつシロに対してもこんな感じなんだよな。

 まぁ鬼女は何となく中性的な感じがするから、わからんでも無いが。


「明後日メラニーの家にみんなで遊びに行くことになったよ」

「そうなんだ。よろしくね」

「う、うん。よろしく…………」


 何モジモジしてんだよ。

 俺に話しかける時は、いつもやたらと気やすい感じのくせに。


「それじゃ、ギゼラもちょっと露店手伝ってくれる?」

「いいよー! シロ、クロ一緒に頑張ろうね~」

「うん」

「ぎゃーう!」


 午後からもそれなりに盛況だった。

 ギゼラは鬼だし体も大きいが顔立ちは整っており、上品で美しい。

 加えて仲間になってからは、笑顔も増えたし愛想もいい。

 うっとり眺める女性や、鼻の下を伸ばした男客も多かった。

 露店における俺の存在感がどんどん空気と化していくのを感じる……。

 そろそろ服装のアップグレードをしたい。

 明日はちょっと買い物に出てみるか。

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