第40話 露店再開2日目

 翌朝起きると、既に3人が起きて朝食の準備に取り掛かっていた。


「シロ井戸水汲んできて~」

「うん」

「うっわークロはナイフの扱い凄いね」

「ぐぎゃうぎゃう!」

「あっはっはっは、空中で切らなくていいから」

「ぎゃっぎゃ!」

「それで何で綺麗に皮むけるの~意味わかんないんだけどー、あっはっはっ」


 朝から3人でキャッキャウフフしている。

 まぁギゼラがやたら楽しそうで何よりだ。

 俺は今のうちに金勘定しておく。

 ギゼラの分の金も一応把握しておく。

 資金的にはもともとそれなりに余裕があったが、一気に所持金が5倍くらいになった。

 鍛冶屋って儲かるのかな……。

 とはいえギゼラも仕入れなどの際はまとまった資金が必要だろう。

 無駄使いはできんな。

 チョコレートやコーヒーも今のところは供給量に余裕があるとはいえ、これだけで商売の拡大をできるほどではない。

 仲間も増えたし、もう少し商売のネタを考えなければ。

 今はコーヒーとチョコレートのおかげで結構な評判を得られたし、客層に恵まれている。

 これまでの評価を損ねるような商売をするわけにもいかないし、難しいところだな。


 


 朝食を食べ終え、露店へ向かう準備をしているとギゼラが愚痴ってきた。


「あーあ、またしばらく一人か~。早く帰ってきてね」

「どうせこれから嫌でも毎日顔を合わせる」

「ぐぎゃう!」

「えへへ。まぁそだね」


 ギゼラはうれしそうにニヤニヤデレデレしている。

 こいつは本当にいったいどんだけ仲間に飢えていたんだよ。

 鬼族のコミュニティの結びつきは想像以上なのかもしれない。

 まぁ無理してたぶんの反動だろう。

 はしゃぎ足りないのか、何故かクロを肩車している。


「ぎゃーう! ぐぎゃーう!」

「ギゼラ今日は何するの?」


 シロが肩車されたクロとハイタッチしながら聞く。


「一日中家で鍛冶かな」

「そっか、頑張ってね」

「ぐぎゃーう!」

「うっわ、クロそんなところで逆立ちしないでって、あっはっはっは」


 高いところが楽しくなってきたのか、クロがギゼラの上で曲芸のようなことをしている。

 クロの髪でギゼラの顔が覆い隠されている。

 何やってんだこいつら……。

 朝から元気すぎだろ。





 ミシャール市場に着くと、既に親方のオスカーが待っていた。

 どんだけコーヒー好きなんだ。

 仕事暇なんだろうか…………。

 箱代の5万レイはすぐに回収できそうだ。


「ボナス! 待っていたぞ!」

「おはよ。今作るからちょっと待っといて」

「私にも作って~。おはよう」

「メラニーおはよ」

「あっ、私も~」


 次々と他の露天商等も、朝の眠気覚ましに買いに来てくれる。

 徐々にカフェイン中毒者を生み出している。

 親方をはじめ、1日に2回以上買いに来てくれる人も意外といる。

 今後が楽しみだ。



「ボナス。久しぶり」

「おおっアジール! 元気だった?」


 以前傭兵を依頼したアジールがふらりとやってきた。

 なんかだか疲れた顔をしている。


「コーヒー貰える? 頭をスッキリさせたい…………あれ?そちらの二人は?」

「ぎゃうー?」

「うん? クロは知っているだろ? こっちの鬼はシロ。新しい仲間」

「んえ? うそだろ? いや小鬼って…………もういいや。 どうもシロさん、俺はアジール。よろしく」

「よろしく。コーヒーどうぞ」

「あ、ありがとう」


 何かを諦めたようにアジールは目を閉じでコーヒーを飲んでいる。

 以前会った時は爽やかな表情をしていたが、今日は眉間に皺が寄りっぱなしだな。


「何か厄介ごとでもあったのか?」

「ん~まぁなぁ。傭兵のマリー知っているだろ? 今度領主様から直接仕事を頼まれたらしいんだが、その補助に俺が指名されたんだ」

「なんだかいい話に聞こえるんだが…………」

「もちろん悪い話じゃない。報酬もかなりいいし、領主の仕事をこなしたと言えば、傭兵としての信用も段違いだ」

「ますますいい話にしか聞こえんぞ」

「…………面倒くさいんだよ、とにかく面倒くさい。人も集めにゃならんし、物資の手配や情報収集全部結局俺が手配せにゃならん…………マリーはどうせやらんしな。まぁそんなわけで、まずはその依頼の参加者を募っているんだが、全然上手くいかなくてなぁ」


 確かにマリーそういうのダメそうだなぁ~。

 中間管理職的な悲哀に暮れるアジールを見ていると、妙な親近感を感じてきた。


「何か手伝えるようなことがあればいいんだけどねぇ」

「そう言ってもらえるのはありがたいんだが…………、マリーと相性の良さそうな傭兵を紹介してくれ。あいつ好き嫌い激しすぎるんだよ。ほんといい加減にして欲しいわ…………」

「マリーと組みたいって奴は多そうだけどな」

「それはそうなんだ。だがそのせいで今度は厄介な傭兵を断って回る必要があってなぁ。くっそーなんで俺がこんなことせにゃならんのだ…………」


 相当不満が溜まってるようだ。

 目ではシロの胸や尻を追いかけながらも、延々愚痴っている。

 こいつ本当にどうしようもないな……。


「どんな依頼内容なのかは秘密なのか?」

「いやべつに……。何てことの無い黒狼狩りだよ。なんか南のほうで大量に湧いたらしいんで、間引いてくれとのことだ」

「間引くだけでも結構人数いるものなのか」

「いや、適当に間引くだけなら俺ひとりでも十分だが、北にはヴァインツっていう漁村があって、そこを守るのも仕事に含まれている」

「ああ、そういうことか。村の規模は知らんが、小さくても結構人数いりそうだなぁ」

「最低5人、出来れば10人は欲しいところだな」


 その程度ならすぐに集められそうな気がしてしまう。

 マリーのお眼鏡に叶うのはそんな難しいのか。

 そう考えると結構面倒くさい奴だな。

 まあそれが許されるほどの実力の持ち主なのだろうが。


「おーい! ボナスー! 何なのよー!」

「おっ、エッダ。久しぶり~」


 アジールの愚痴に付き合っていたら、メナスキャラバンのエッダが珍しく怒りながらやってきた。


「あんなお菓子隠し持ってるなんて、どういうことだよー!」

「ああ、チョコレートのことか。あれうまかったでしょ?」

「最高。腰抜けたわ」


 こいつはジェダと同じく肉至上主義者かと思っていたら、甘いものも好きだったらしい。

 なんかアジールが吸い寄せられるようにエッダの横顔を見つめている。

 こいつが尻と胸以外を真剣に見ているのは珍しいな。


「なぁ、ボナス。このお嬢さんにコーヒー1杯」

「うん? あなたはだあれ?」

「こいつは残念な色男のアジール。こっちは残念な美人のエッダだ。似た者同士仲良くしろよ」

「うおいっ!」

「ちょっとー!」

「ぐぎゃうぎゃうー!」


 クロが良いタイミングでコーヒーを持ってくる。

 苦いのが嫌いなエッダの好みを先取りして、しっかりミルクまで入れている。


「クロひさしぶりー! なにこれー? いい香りだねこれ。 チョコついてるじゃーん!」

「ぎゃうー!」

「えっと、アジールさん? ありがとね」

「いやいや、朝から目の覚めるような美人に会えたんだ。これくらい当然だよ」


 エッダがにっこり笑いかける。

 さっきまでぐにゃぐにゃになって愚痴っていたアジールが、急に格好つけだした。

 こういうのが好みなのか…………。


「おいしい~! 何だよボナスー。 チョコもだけど、こんないいの持ってたんならもっと早く出してよー!」

「まぁ色々タイミングが悪かったんだ、勘弁してくれ」


 そう言いつつコーヒーをごくごくと飲み干す。

 文句をつけたくなる飲み方だが、まぁカフェオレだしな…………。


「あのチョコレートの箱は売ってないの? あれめちゃくちゃ欲しいんだけど」

「あれはまだ売り物じゃないの。まぁ、でもメナスには世話になってるから、特別分けてあげるわ」

「いやったー!」

「ぎゃーう!」


 何故かクロとハイタッチしている。


「それじゃ、私行くよ。実は朝の準備中に抜け出してきたんだー。早く戻んないと怒られちゃう」

「はいはい、ちゃんとみんなで分けて食べろよー。メナスによろしく」

「エッダさんまたな!」

「はーい、それじゃねー!」


 アジールがエッダの後ろ姿を目を細めながら見ている。

 冷えたコーヒーを一気に流し込むと、矢継ぎ早に質問してくる。


「ああ…………可愛いなあの子…………。エッダさんはよく来るのか? メナスって? 独身か? 男はいるのか?」

「まぁ落ち着けよ。俺もあんまりエッダのプライベートは知らん。メナスは俺が色々世話になっているキャラバンのボスで、エッダの母親だ」

「そうかぁ…………それにしても可愛かったなぁ、ふわっふわした感じでさ」


 うわ~こりゃあ重症だな。

 意外とエッダはモテるのか。

 まぁメナスの娘だけあって普通に美人だし、立ち振る舞いも意外と気品があるからな。

 俺にはお肉大好き、育ち盛りの腕白小娘くらいにしか思えんが。


「とりあえず…………、お前はさっさと依頼に参加する傭兵を集めたほうが良いんじゃないのか?」

「んああああ! せっかく忘れてたのに! まぁ行くわ……可愛かったなぁ…………」


 そういうとアジールは哀愁漂う背中を見せつつ、トボトボと人ごみに消えていく。

 あいつ、思ったより面白い奴だな。


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