第24話 鬼

 次の日、朝から久しぶりにゴロゴロとだらけてしまった。

 商売がひと段落して気が抜けたのだろう。

 昼前になり、顔を洗って気合を入れなおす。

 クロとコーヒーを作り水筒に入れる。

 チョコレートとカップアンドソーサーもいくつか鞄に入れる。

 フロントでその他の荷物を預け、斡旋所へ向かう。





 斡旋所に入ると、端っこのテーブルにマリーと目つきの鋭い白髪の大男が座っている。

 相変わらず斡旋所は混雑しているが、そこだけ人が近寄らない。

 マリーだけでも迫力が凄いのに、2mは超えてそうな大男が近くにいるせいで、雰囲気がやばいことになっている。

 正直今は近寄りたくない。


「ボナス。こっちよ」

「あ、ああ……こんにちは」


 大男は姿勢を変えず目だけで、こちらを見る。

 黒いローブで大きな全身をすっぽり覆っているため、かなり威圧感を感じる。

 光彩の色は綺麗なアイスブルーだが、目つきが険しく、やや落ちくぼんでおり、眉間に皺が寄っている。

 目が合うと、その迫力に思わずたじろいでしまう。

 髪に眉毛、まつ毛までも真っ白だ。

 肌の色はグレーがかった褐色だ。

 褐色の肌に白い髪が映える。

 さらに青い瞳と相まって、どこか神秘的にも感じる。

 背が高すぎて分かりにくいが、顔は意外と線が細くて中性的な顔立ちだ。

 色々な要素をまとめると、不機嫌顔の美丈夫だ。


「マリー、こちらは?」

「名前は…………わからないわ」


 まじかよ。

 どういう話なんだこれ……。


「種族は鬼族だと思う。多分山鬼族ね」

「ええっと、俺常識に疎くって……鬼族?山鬼族……とは?」

「鬼族は優秀な戦闘民族で山鬼族は東のタミル山脈に住んでいる鬼のことよ。特徴は……頑丈なことね」

「……頑丈?」

「少々の怪我はすぐ回復するわ。後……とても強くて凶暴ね。よく切れて暴れているのを見かけるわね。ほかには……角が生えていたと思う。この辺の傭兵でもたまに見かけるわ」


 凶暴な鬼と言われてもなぁ。

 俺にどうしろと。

 モンスターとはどうも違うようだが……聞けないよなぁ。

 下手に聞いたら切れられそうだ。

 まさか、その切れやすく凶暴な鬼を俺に雇えという話なのだろうか?


「ただこの鬼族の人は、かなり性格が穏やかみたい。切れたりしないと思うわ…………たぶん」


 たぶんかぁ……。

 見た目からは、穏やかなのか判断できない。

 どっちかというと、目つきが険しすぎて怖い。

 とはいえマリーの意見である。

 それなりに信用できそうな気もする。

 でも、たぶんかぁ……怖いなぁ。


「この人、ボナスの屋台で雇ってみないかしら?」

「うん? この人を? 傭兵としてでは無くて? 屋台の店員として?」

「良い人だとは思うのよ。以前面倒くさいモンスターに絡まれたとき、手伝ってもらったの。その時見た限りだけど、間違いなく強いし、なにより冷静だわ」


 マリーが強いということは相当だろう。

 ただ、マリーと違って全体的にボロボロだ。

 ローブもところどころ擦り切れており、かなり汚い。

 風呂にも入って無さそうだ。

 そういうのは気にしないタイプなのか。

 飲食店だと流石にそれはまずいぞ……。


「それ以来、サヴォイで見かけるたびに声をかけているのだけど……まともに依頼を受けていないみたいなの。しかも見るたびに荒んでいる気がして……」


 要するに、ほっとけなかったのか。

 であれば、余裕のありそうなマリーが、手っ取り早く何とかしてやればいい気もするが……。

 まあ、マリーもあまりしゃべるほうではないし、人間関係で器用に振舞えるタイプではないか。


 改めてよく見てみる。

 髪の毛の量が多い上にボサボサで、さらには背が高すぎて角が見えないな。

 う~ん、確かに目つきはきついが、攻撃的な感じはしないな。

 かなり小汚い格好だが、それでも高身長にこのルックスだと女にモテそうだ。

 客寄せになるかな……。

 だが、こいつ目当ての客が増えると…………それはそれで俺の精神が蝕まれそうだ。

 まあそれはともかく、マリーが連れてきたということは、それなりの適性や俺との相性も考慮しているはずだ。

 ただ、コミュニケーション取れるか不安だ。

 喋れないのか、喋らないのか……どっちにしろ、色々と厄介そうではあるなぁ。

 おとなしく待ち合わせに現れたということは、ある程度聞き取りはできているはずだが……。

 まぁもしこの体格の男が、店に座っていてくれれば、それだけでも防犯効果は絶大だろうしなあ。

 う~ん、やはり掴めないなぁ。

 こういう時は……、とにかく話してみるか。


「俺はボナスって言うんだ。ボナスだ。よろしく。で、こいつは小鬼のクロだ」

「ぎゃうぎゃう!」


 クロよ……元気なのは良いが相手は鬼だぞ、小鬼的に大丈夫なのか。


「…………(コク)」


 喋らないが……小さく頷いたな。

 やはりこちらの言っていることは、ある程度伝わっているのかな。


「俺は今ミシャール市場で、コーヒーという飲み物とチョコレートという食べ物を売って商売しているんだ。だけど一人で商売していると、どうしても安全の確保が難しい。それで、長期に用心棒をしてくれる人物を探していたんだ」


 じっとこちらを見ながら話を聞いている。

 一応関心は持ってくれているのかな。


「それでそのことをマリーに相談したら、あんたを紹介してくれたわけだ。正直なところ、あまり多くの金は支払えないけど、試しに数日だけでもどうだろうか?」

「短い付き合いだけど、ボナスは良い人……だと思う? もし今、何も仕事をしていないのならば雇ってもらうのもいいと思うわよ」


 マリーもフォローしてくれる。

 だがなぜに疑問形なんだ……。

 こっちの話をじっと聞いてはいるようだが、それ以上の反応はない……。

 言葉を理解している上で答えないのか、理解しきれず答えられないのかわからないな。


「今はあまり金銭的にも余裕が無いので、日当で5000レイしか出せないが、今後様子を見つつ増やしていくこともできるかもしれない」

「…………」


 相変わらず鋭い目つきでこちらを見ているだけで、特に反応がない。

 どうもピンと来てないことだけは分かる。

 内容がまずいのか、金額がまずいのか、言葉をよくわかっていないのか……。

 どうしたものやら。

 まぁ、提案が気に入らない感じでは無いので、多分だが言葉の問題だろうな。

 ある程度の言語は把握しているようだが、数字や細かい意味についてはあまり理解していない気がしてきた。

 こういう時はとりあえず言語以外でのアプローチが有効だろう。


「実は今日、その商品をマリーに頼まれて持ってきたんだ、良かったら試してみてくれ。――これがチョコレートで……これがコーヒー。コーヒーはマリー用に入れてあるんで、ミルクも入っていて飲みやすいと思うよ。マリーもどうぞ」

「あら、ありがとう」


 自分とマリー、大男の分のカップアンドソーサーをテーブルに並べる。

 水筒からまだ十分暖かいコーヒーを淹れ、チョコレートを添える。


「さあ折角なので、試しにどうぞ!」


 そう言って大男にチョコレートとコーヒーを押し付ける。

 最初何となく不思議そうに見ているだけだったが、暫くするとカップアンドソーサーをゆっくり手に取って、口を付けた。

 そして一瞬でカフェオレを飲み切り、チョコレートも口に放り込んだ。

 ちらりと牙が見える。

 おおぉ…………さすが鬼。

 そして咀嚼するまでも無く、喉が動き、そして涙を一滴ながした。

 涙?


「そんな美味しかったかい?」

「…………(コクコク)」


 頷いてはいるが、いくら何でも美味しいからって泣くほどではないだろう……。

 心なしか少しだけ目つきが柔らかくなっている気がする。


「えーっと、よければ、チョコレートをもうひとつどうぞ」

「私にもちょうだい」

「はいはい、どうぞ!」


 2人にプライベート用として持ってきている、やや大きめの欠片をわたす。

 マリーはニコニコしながらそのチョコレートを幸せそうにかじっている。

 鬼男は先ほどと同じように、すぐに食べてしまった。

 表情がなんだか先ほどより穏やかになっている気がする。


 …………こいつはただ単に限界まで腹が減っているだけなのでは。

 そしてマリーは自分の仕事はやり切ったとばかりに、自分のコーヒーをゆったりと楽しんでいる。

 そうだろうと思ったけど、超マイペースな奴だな。


「もし、うちで働いてくれれば、食事は俺が用意するよ。ほぼ自炊になるし、特にうまいわけでは無いけど、沢山食べることはできると思うよ」


 急に目の前まで男がぐっと近づいてきた。

 尋常じゃない圧迫感に腰が抜けそうだが、何とか踏ん張る。

 マリーが全然気にせずチョコレートを楽しんでいる……多分安全なのだろう。

 細かい条件に付いて話そうと思ったら、この世界の握手をしてきた。

 意外とすらりとした綺麗な手だと思ったが、手を握った瞬間言い知れない恐怖を感じる。

 ただ柔らかく握手しただけだが、まるで猛獣の口に頭を突っ込んだかのような気持ちだ。

 生物として別次元の強さを感じる。

 

「お、おう。よろしく?……従業員になってくれるってことのかな?」

「…………(コクコク)」


 なるのかよ。

 やっぱり腹減っていただけなのでは。

 しかしまずいな、流れでなんとなく従業員に誘ってしまった。

 いまさらやっぱ無しでとは言えないな………………。

 うっかり機嫌を損ねて、気まぐれにひねり殺されたりしないだろうか。

 まぁでもここまで腹が減っていて、暴れていないのを見ると、本当に温和な性格なのかもしれない。


「話はついたかしら?」


 すっかりコーヒーとチョコレートを楽しみ終えたマリーが満足げに聞いてくる。

 なんとなく、マリーの狙い通りに全て収まったような気がする。

 マリーはとにかく勘が良いのだろう。

 誰に、どんな話を、どのタイミングで繋げば上手くいくかを、計算ではなく、直観でわかるタイプだ。

 ともかく、ここまで来たらもう後には引けない。

 腹をくくって、この鬼と何とかやっていくか。


「ああ、とりあえず従業員をやってもらうことになりそうだよ。詳細は何も決まってないけど……」

「それは良かったわ。またお店再開したら伝言よろしく。2人とも、それじゃあね」


 マリーはそう言うと、用事はもう終わりとばかりに、すっと立ち上がり、止める間もなく斡旋所を出て行ってしまった。

 いきなり2人で取り残される。

 これからどう振舞えと……?

 …………まあそんなことも言ってられないか。


「まずは、名前を何て呼べばいいかな?」

「…………?」

「それじゃ~、ええっと……とりあえず、シロと呼ばせてもらうけどいいかな?」

「…………(コクコク)」


 一応頷いているが、分かっているのかは謎だ。

 仕方ないので、もう一人でも話を無理やり進めていくしかない。


「それじゃシロ、腹も減ってきたので一度宿に戻って昼飯を作るよ。作業しながら、飯を食いながら話をしようと思う」

「……」

「ぐぎゃあぐぎゃあ!」

「預けている荷物とかあるかな?」

「……」

「ぐぎゃあぐぎゃあ」


 こちらを見つめてくるばかりで反応が無い。

 なんだかな……。

 そういや俺の仲間にはまともに喋れる奴がひとりもいないな……。

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