第25話 シロ

 宿へ行く途中、周りの奴らがこっそりシロを見ているのが分かる。

 まあ見るよな。

 めちゃくちゃでかいもの。

 2メートル位かと思っていたけが、立ち上がると2.2メートルくらいあった。

 俺も180センチメートルくらいはあるので小さいほうでは無いが、周りから見ると大人と子供だろう。

 シロは何も喋らないが、とりあえずはおとなしくついてきている。

 クロはシロに、ぐぎゃぐぎゃと延々話しかけている。

 先輩気分なのかもしれない。

 頼むから怒らせてくれるなよ。

 たまにシロも謎に頷き返しているし、特に嫌そうにしてもいないので、まあ大丈夫だろう。


 なんにしても、これでそう簡単にチンピラや盗賊に襲われることは無いだろう。

 むしろ一番の脅威はシロになったわけだが……。

 もしシロに襲われたら瞬殺されそうだ。

 果たして三角岩まで一緒に行っても大丈夫だろうか。





 宿に戻り、シロの分の追加料金を支払い、中庭で食事の準備をする。

 食事と言っても、いつもの鍋に肉と野菜、芋等を適当に入れ、灰汁をとりつつ茹でて味噌を入れただけのものだ。

 調理はクロと協力して進める。

 シロはしゃがんで、ずっと鍋を見ている。


「ぐぎゃあぎゃあ」

「…………」


 シロはクロに邪魔だと追い払われたが、ちょっと離れたところでまたおとなしく鍋を見ている。

 徐々に中庭にいい香りが漂う。


「ぐぎゃ?ぐぎゃぐぎゃ」

「そろそろいいか」


 今回は3人分に加え、芋と肉を山盛りにしている。

 予定より早く帰ることになったので、食材には大分余裕がある。


「さあどうぞ」


 クロとシロの分を椀に取り分け、スプーンを差して渡す。


「…………?」

「ぐぎゃっぎゃっぎゃ!」


 クロはいつも通りキャッキャしながら楽しそうに食べていく。

 シロはこちらと椀を交互に見つめてくるので、どうぞと勧める。

 椀を受け取ると、意外と静かにスプーンですくって、ゆっくりと食べだした。

 観察していては気まずかろうと、自分の椀に集中する。


「うーん、うまいうまい」

「ぎゃっぎゃっぎゃ!」


 もちろん肉や野菜もうまいのだが、このねっとりとした芋も食べ応えがあっていい。

 肉や野菜の出汁と味噌をまとった、やや熱い芋の独特の食感と味は中々だ。

 飲み下すと、腹に熱そのものが溜まるような充足感を感じる。

 ふと見るともうシロの椀は空になっていた。


「まだまだあるから、おかわりどうぞ」

「ぐぎゃっ!」


 クロがシロの椀を持ってよそってやっている。

 なんだかその様子を見るシロの顔がとろんとしている。

 クロが椀を渡すとまた静かにゆっくりと食べだす。

 なんだかぽやんとした顔をして、ひとくちずつ、しっかり味わって食べている様子だ。

 そうしている姿は、最初会った時とずいぶんと印象が違うものだ。

 結局そのまま鍋が空になるまで、シロはゆっくりと食べ続けた。

 食べ終えると、ひとつ息をついて、こっちを見てにっこり笑った。


「…………ボナス」


 でかい鬼男とはいえ、これだけ顔が整っているとドキッとする。

 俺が乙女だったら落ちていたな。

 全体的な雰囲気も大分柔らかい感じになった。

 なんとなくこの感じだと、色々信用してもいいじゃないかという気になってくるな。

 見た目と種族の性質上、警戒せざるを得ない雰囲気だったが、今はだいぶ親しみが持てる。

 実はかなり穏やかな奴なのかもしれない。

 後、喋れたのかよ。

 ささやくような声だったが、何とか名前を呼ばれたのは聞き取れた。

 まぁ感謝されたと思っておこう。



 うーん……もうこいつ、アジトまで連れて行ってしまおうかな。

 あまりしゃべらないから情報も漏れ無さそうだし。

 それに個人的にこいつは結構気に入った。

 クロとも相性が良さそうだ。

 見た目もかっこいいし、周りにいられても鬱陶しくないだろう。

 何より滞っている力仕事を任せられそうだ。


「シロ、ちょっと相談があるんだ」

「…………?」

「実は明日からしばらく俺の家に行こうかと考えているんだ。だけど、場所がサヴォイの街から結構距離があるせいで、移動に2日ほどかかる。一緒にくる?」

「……(コクコク)」


 えらくあっさり決めるな。

 多分今まで着の身着のままの生活だったんだろうし、今更どこ行こうが気にしない感じかな。

 一緒に飯を食ってみて、シロも俺となら一緒に行ってもいいかなと思ったのかもしれない。

 餌付成功。


「じゃあ明日からもよろしく。今日の午後はアジトに持って帰るものの買い出しに出かけるから一緒に来てくれるかな?」

「…………(コクコク)」

「それじゃあ、よろしく」


 ということで、午後は市場を中心に買い出しへ出かけた。

 シロの物で後々必要になりそうなものは、色々買いこんでおいた。

 クロはブラシとヘアオイルのセットを買ってほしいようだ。

 黒い目でじっと商品を見つめ、指をくわえていたので、買ってやった。

 髪の毛落ち着くと良いな……。

 しかしこのオイルは、アーモンドの香りがするな。

 アーモンド……、チョコレートに混ぜたいな。

 ナッツ系が無いか、今度来た時にもうちょっと探索してみるか。


 

 市場をうろうろしていると、昨日お別れを言ったばかりのメラニーとも会った。

 お別れを言ったばかりで再会したせいか、ちょっと気恥ずかしい……。

 シロを見て最初は驚いていたが、途中からうっとりと頬を染めていた。

 まあ、気持ちはわかるぞ。

 アジールもワイルドで、中々いい男だったが、シロのほうが女性受けしそうだよな。

 飯食ってから表情も柔らかくなって、なおさらだな。

 結局今回稼いだ僅かな利益は、あっという間に吹っ飛んでいき、やや赤字気味だ。

 次回はもっと稼いでやるぞ!

 それにしてもシロがいると街を歩いている際の安心感が違う。

 まず絡まれないだろうし、絡まれても何とでもしてくれそうな安心感がある。

 クロはシロに肩車してもらったりと、ずっとはしゃいでいる。

 ずいぶんと仲良くなったのね。


 

 調子に乗って他の市場も練り歩いているうちに、いつのまにか夕方になった。

 これまで、街の中では緊張しながらの移動だったので、シロのおかげでリラックスでき、つい楽しんで徘徊してしまった。

 あせって必要な買い物を何とか終わらせる。

 宿についてからは、俺は明日の出発準備をする。


「クロ晩御飯頼んだ!」

「ぎゃうぎゃう!」

「…………?」

「あ~、シロもできる範囲で手伝ってやって」

「…………(コクコク)」


 シロはクロについて水汲みなどを手伝っている様子だった。

 ほぼ昼飯と同じ内容のものを、やや多めに作ったようだが、シロは昼飯と同じようにゆっくりと味わって全て平らげた。

 流石に体が大きいだけあって、作ったら作っただけ食べそうだ。


 

 食後、クロは髪の毛を延々とかしている。

 1時間くらいそうしているうちに、髪の毛のボリュームが半分くらいに落ち着いた。

 オイルとブラシだけでそんななるのか………………凄いな。

 まだまだボリュームはかなりのものだが、顔が見えるようになった。

 普段あまり見えなかったが、基本的には可愛らしい顔立ちなので、髪の毛をセットするだけでだいぶ印象が変わる。

 シロと並ぶと中々絵になる。

 黙っていると美男美女だな。

 髪の色も白と黒で、2人とも角がある。

 お互いの個性を引き立てているように見える。

 そこにパッとしない俺が混ざると、どういう感じに見えるのだろうか……。

 せめて俺は服装だけでも何とかしていきたいな。

 ちなみにシロの角は2本あった。

 髪と同じく真っ白で、少しだけ湾曲した、小さな象牙のような角だった。


 あ、やばい寝る場所どうしよう…………。




 とりあえず3人で川の字で寝ることにした。

 クロが真ん中だ。

 すまんクロ。

 シロは風呂に入ってないせいで若干臭いのだよ。

 それにしてもまるで身動き取れない。

 いくらなんでもベッドが小さすぎるぜ。

 後シロに飯を食わせて以来、こっちをニコニコ見てくるからなんか気恥ずかしい。

 こりゃ寝られないかもしれない。

 若干しっとりしたクロの髪の毛で遊んでいると、アーモンドの香りがする。

 結構いい香りだ。

 いずれは香水とかも売り出すのもありだな。

 なんとなくその香りをかいでぼんやりしていたら、あっという間に寝てしまった。


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