第26話 盗賊

 朝起きるのが遅れた。

 クロに起こしてもらうのを頼み忘れたな。


 目を覚ますと既に部屋には誰もいない。

 宿の中庭に出てみると、クロとシロが2人で朝食の支度をしていた。

 こいつら仲いいな。

 何か鬼同士で通じ合うものがあるのだろうか。


「おはよう。クロ、シロ」

「ぐぎゃぐぎゃ!」

「ボナス……」


 シロはまたささやくように何か言ってる。

 挨拶だろうか。

 すると最近グータラしっぱなしだったぴんくが、のこのことポケットから出てきた。


 ――その瞬間、シロが恐ろしい速さで立ち上がり、目にもとまらぬ速さで腰から何か取りだし、振りかぶった。

 俺はあまりに突然のことで、呆気に取られて何もできない。

 クロが慌ててぴんくとシロの間に割り込み、シロの体へしがみつくようにして止める。

 シロが手に持っていたのは、1.2メートルくらいの鉄の棒で、先が膨らんだもの、いわゆるメイスと呼ばれるものだった。

 我に返って声を上げる。

 

「シロ! 大丈夫だ! このトカゲは仲間だ! なかまのぴんくだ」


 俺は急ぎぴんくを手でつかみ、こいつは無害で大丈夫だとアピールをする。

 シロは目を青くぎらつかせながら、振りかぶった姿勢から動かず、ぴんくからも目を離さない。

 それを見ていたぴんくが面倒くさそうに手を振ると、やっとシロはメイスを下ろし、ローブの中へ引っ込めた。


「シロは、ぴんくやその仲間を見たことがあるのか?」

「……(フルフル)」


 どうもぴんくや、その仲間を見たことは無いらしい。

 ではどうして、シロはあんなに激しく反応したのだろう。

 ぴんくは普通に見ればただのトカゲだ。

 単純に第六感が優れており、何らかの方法でぴんくのやばい力を察知したのだろうか。

 もしくは地獄の鍋の生き物には、特有の何かがあり、それを感知したのだろうか。

 どちらにしろ、少なくともシロは個人的な感情でぴんくを攻撃しようとしたわけでは無さそうだ。

 ただ反射的に身を守るために、武器を構えたのだろう。

 ぴんくが敵対的でないことがわかると、すぐに攻撃をやめたので間違いない。

 問題は、シロが地獄の鍋にこれから向かうということに抵抗がないかだ。


「シロ、実はぴんくとは地獄の鍋で出会ったんだ。――そして俺の家はその地獄の鍋にあるんだ」

「!!」


 シロは一瞬目を見開いて、俺とクロ、ぴんくを見た。

 リアクションを見るに、シロはやはり、地獄の鍋について何らかの知識がありそうだ。


「場所が場所なだけに、それなりに危険ではあるんだが、一応安全を確保する方法があるんだ。その方法を駆使して、今までも何度も行き来している」

「…………(コクコク)」

「昨日は、ぴんくのことに加え、そのことをあまりきちんと説明していなかったよ。申し訳ない。――――それで、改めてどうだろう、一緒に来るかい?」

「…………(コクコク)」


 迷いは全く無さそうだな。

 むしろシロは、俺たちを守るために、行動しようとしてくれたのかもしれない。

 それにしても、ぴんくを紹介し忘れたのはうっかりしていた。


「それじゃ、ちょっと煮すぎたけど朝ごはん食べて、出発しようか」

「ぎゃっぎゃっぎゃ!」

「…………(コクコク)」


 シロは食事の間、ずっとぴんくに食べ物を小さく切って食べさせてあげていた。

 ちょっと楽しそうだ。

 ぴんくも満更では無さそうな顔をしている。

 和解できたようで何よりだ。

 

 食後は、ひたすら荷物を整理する。

 背負子はクロとシロが持ってくれることになった。

 これなら今度来るときは大幅に荷物を増やせそうだ。

 次回はもっと多くの商品を持ち込めるな。

 サヴォイアへ入る際にかかる費用及び食費も増えるだろうし、しっかり稼がなくては。

 そうして俺たちはサヴォイアを後にした。






 


 街をでて15分くらい歩いたところで、前に4人組の男が立ちふさがった。

 またかよ。

 サヴォイアの治安はどうなっているのだろうか…………。

 前回の反省を活かし、こういう時の振る舞いについてどうするか、クロとは決めておいた。

 人影が見えた時点で背負子を下ろし、近づいてくる男たちを観察する。

 本来は逃げる予定だったが、今はシロが加わっている。

 

 どうするか……。

 1人は2日目に雇った挙動不審な傭兵だった。

 金を払って傭兵雇った結末がこれとはな。

 いくら辺境でも治安悪すぎだろ。

 それとも俺の運が悪すぎるだけなのか。

 本当にうんざりする。

 

 全員抜き身の剣を持っている。

 体格も全員それなりだ。

 この間のチンピラよりたちが悪いな。

 今回は4人の距離が近い。

 逃げられないことよりも、シロへの警戒を優先しているのだろう。

 この4人だけならぴんくに頼んでも良いが、他にも人を潜ませている可能性が高い。

 たった4人では、シロと相対するにはリスクが高いと考えるはずだ。


「シロ、多分強盗だ。隠れている奴がどっかにいる。クロ頼む」

「ぎゃっ」

「…………」


 シロはローブからゆっくりとメイスを取り出すと肩に担ぎ、目の前の4人を無感情な目で見下ろす。

 メイスを構えるとローブからむき出しの腕が見える。

 軽く腕を振り、グリップを握りこむと、凄まじい筋肉が浮かび上がる。

 こんな時だが惚れ惚れする筋肉だ。

 さらにはリーチが狂ってる。

 そもそも身長も高ければ腕も長い。

 この腕は一体どれだけの暴力を生み出しうるのだろうか。

 この強盗、よくこんな奴の前に立つな。

 ほんとうに馬鹿なんじゃないかな。


「お、おいっ! 用があるのはそこの商人だ! 鬼のお前には用は無い! 引っ込んでいてくれ! …………いや少し話をしたい!」

「ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃ」


 男たちが何か焦ってしゃべりだすと同時に、クロが後ろを向いて軽快に走り出す。

 隠れている奴を見つけたのかな?

 シロはゆっくりと俺の前に出る。

 その動作はぴんくと相対した時とは違い、だいぶ余裕を感じさせる動きだ。


「おい! 動くな! 今の女はどこ行った!?」

「や、やめろ! お前たちは囲まれている!」


 一応俺もこん棒を構える。

 まぁシロの邪魔にはならんようにしよう。


「ひいいっああああああっ」


 後ろのほうから男の悲鳴が断続的に聞こえる。

 クロがやったのか……。

 あいつも前の姿から成長して、強くなったのだろうか。

 とりあえず無理して怪我をしないでほしい。


「おい! なんだ! 何やってんだお前ら!」

「くそがっ! 勝手に動くなって言ってんだろうが!!」


 シロがおもむろに前に進むと、横から男が剣を上段に構えて、奇声をあげて振りかぶってくる。

 一瞬シロのメイスを持った手がぶれたかと思うと、バンッという炸裂音とともにその男は胴体の一部をまき散らしながら5メートルくらい吹き飛んでいった。


「なっ!」

「えっ?」

「うわあぁぁぁあああ!」


 2人はあまりのことに呆然とし、状況をよく把握できていないようだ。

 かくいう俺も、シロが一体何をしているのか理解できない。

 1人は恐怖に駆られて逃げ出そうとする。

 そこにシロが一歩踏み込んだかと思うと、左手で腰帯を掴み、軽々と頭上に持ち上げる。

 そして次の瞬間、とんでもない速度で地面に叩きつける。

 独特の軋轢音とともに、体が変な形に曲がり、動かなくなった。

 少なくとも背骨は折れていそうだ。


「くっそおおおおおおお!」

「いあああああああっ!」


 残りの2人も何とか剣を構え直すが、すっかり腰が引けている。

 

 シロが一歩大きく踏み込む。

 それだけで、簡単に二人の間合いに入り込む。

 腕も長ければ足も長い。一歩の踏み込みが規格外に大きく、そして力強い。

 そしてその勢いのまま、メイスが軽く振り抜かれる。


 ――――バンッ、バンッ、バンッと炸裂音がする。

 まるで軽やかにテニスでもしているような動きだ。

 スイングが早すぎて先端が見えない。

 そしてその音がする度に、二人は体の一部を失っていく。

 抵抗をする間もなく、最終的にはぼろ雑巾のように倒れ伏す。

 

 その時、急にシロの脚に矢が生えた。

 

「シロ!」


 シロは全く表情を変えず射手を探している。

 大丈夫そうか。

 俺も急いで射手を探すが、それよりも早く、シロがメイスを投げる。

 鈍い衝撃音とともに近くの地面に赤いシミが出来た。

 どうもシロを狙撃するため、機会をうかがいずっと地面に伏していた奴がいたらしい。

 頭を潰したようだ。

 

「脚は大丈夫か?」

「…………(コクコク)」


 何事もなかたように、矢を引っこ抜く。

 すると、あっという間に皮膚が再生し、傷がふさがる。

 何だこれ……。

 クロも怪我の回復が早めだが、それとも比べ物にならない速度で治っていく。

 その戦闘力も相まって、クロよりモンスター感がある。

 

「ぐぎゃぐぎゃ!」

「お、おかえり。ケガしてないか?」

「ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっ!」


 血まみれのクロが楽しそうに戻ってきた。

 まさにこいつら鬼だな。

 

 今回は余裕があった分、余計に周りのグロい展開に引いてしまう。

 主に身内のせいだが、俺にはあまりにもハードすぎる。

 今日はとてもじゃないが、飯は食えないだろうな。

 

 シロもてくてく歩いてくる。


「シロもお疲れ様。本当に鬼のようにとはよく言ったものだわ。恐ろしく強いね」

「…………(ニコニコ)」

「……持ち物漁ってくるから。2人とも休んでおいて」


 せめて事後処理位は俺がしよう。

 こういうのにも慣れていかなければならない。


 結局盗賊は全部で8人いたようだ。

 背後に3人いたようで、全員クロに首を急所攻撃され、ほぼ一撃で絶命した模様。

 3人を瞬殺するとか何処の暗殺者だよ。

 あまり死体を見ていると吐いてしまうので、薄目で金目の物を漁る。

 シロが倒した方は酷すぎて薄目でも無理だった。

 全員の財布を抜き取り終えるころには、すべての朝食をすっかり吐ききってしまった。

 シロは心配そうに、グロい死体を生み出したその手で背中を優しくさすってくれる。

 何とも言えない気持ちにはなるが、優しく頼りになる奴であることは間違いない。


「シロ、ありがとう」

「………………(ニコニコ)」

 

 金銭的には約10万レアの収益だ。

 今回得た商売の利益より、遥かに大きい額だ。

 とは言え、これが多いのか少ないのかは分からない。

 どんなに儲かるとしても、しばらくこういうのは勘弁してほしい。

 とりあえず今は少し休憩が必要だ。


 

 それから小一時間休み、何とか持ち直す。

 やっと足に力が入るようになってきたので、三角岩目指して再び歩きだした。


 

 三角岩には陽が沈むまでには無事着いた。

 結局今回メナス達とは会えずじまいだったな。

 まぁ気持ち的にはそれどころでは無いので、今回は会えなくてよかったのかもしれない。


 その日の夕食は予想通り、まったく食欲がわかなかった。

 クロとシロは相変わらずモリモリ食べている。

 ただ、俺が食べていないので2人とも心配しているようだ。

 クロが手にスプーンを持って何とか食べさせようとしてくる。


「ぐぎゃ~~~~」

「わかったわかった、ちょっとだけもらうよ」

 

 クロの可愛さとコミカルさの混ざった表情や仕草に、少し心が軽くなる。

 結局差し出されるスプーンから一口だけ食べると、意外と食欲も戻ってきて、その後は普通に食べることができた。

 

「クロ、ありがとうな~」

「ぐぎゃう~!」

 

 夜になり、地面にキリムを敷き体を休める。

 3人で横になりつつ、久しぶりに荒野で満天の星空を見上げる。

 そうして、ただぼんやりと風の音を聞いていると、大分気分が晴れてきた。

 俺は街の中より、こういう景色に包まれて暮らしている方が幸せを感じる性質なのかもしれない。

 この世界での野宿は、徹底的に不便で、恐ろしく危険だ。

 しかし、心の底からの自由を感じる。

 この感覚に比べると、昔行ったキャンプや山登りさえも、作為的で人工的なレジャーのように思え、どこか息苦しいものにすら感じられる。

 

 さて、明日はいよいよ懐かしの我が家、アジトへの帰還だ。

 

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