第27話 帰還
朝。
いよいよ今日はアジトを目指す。
もうシロは信用してアジトへ連れて行ってもいいだろう。
ここからはキダナケモが出るかもしれない。
人の悪意も怖いが、あいつらはもっと怖い。
改めて気を引き締めていこう。
「シロ。これから地獄の鍋に入っていくから十分気を付けて。もし襲われたら俺が、というかぴんくに倒してもらうから前には出ないようにね。」
「……?」
「うーん何というか……ぴんくはとても強い火を出すことができるんだ」
「…………?」
まるでピンと来ていないが、実戦で見ればわかるだろう。
シロはぴんくが何かしらの力を秘めていることには気が付いているはずだ。
「ぎゃーぎゃっ。きゃー?ぎゃっぎゃっ!」
クロがぴんくのブレスの説明を頑張ってしている。
ぴんくの真似が秀逸だな。
面白すぎる。
「…………(コクコク)」
伝わったのかよ……。
なんだか負けた気がする。
結局キダナケモに襲撃されることも無く、無事にアジトへ着いた。
地獄の鍋の乾いた空気と植物の匂いのする少し湿った空気が混ざり合うこの感じ。
久しぶりの我が家だ。
「んああ~帰ってきた~! やっぱり落ち着く」
「ぐぎゃう! ぎゃうぎゃう~~!」
実際はかなりの危険地帯だが、どんな場所であれ、住み慣れれば意外と快適に暮らせるもんだ。
まだ日が沈むまで時間があるし、果物の収穫と水浴びくらいしておきたいところだな。
「クロ、久しぶりに水浴びへ行くか! シロにも用意してやってくれ」
「ぎゃーっぎゃっぎゃっ!」
「…………?」
シロは不思議そうに首をかしげているが、クロはすっかりはしゃいでいる。
まぁクロは俺より水浴び好きなくらいだからな。
いそいそと着替えやブラシ、オイルなんかを用意している。
街でも色々と俺とクロの下着や服等々は買ってきている。
クロはとりわけお洒落さんなので、最近は欲しい服があると中々諦めてくれない。
透明感のある明るい大きな瞳でじっと見つめられると、つい買ってしまう。
以前、髪の毛ぼさぼさの時は、派手な布を巻き付けた怪しい奴、という感じだった。
しかし髪の毛を自分でセットするようになってからは、本当に洒落た感じになってきた。
俺もそろそろ見た目には気を付けていくか。
情報を得る術が発達していないと、見た目の持つ意味があまりにも大きい。
あんまり貧相だと直ぐになめられて、目を付けられる。
昨日も、俺達がもう少しまともな格好をしていれば、襲われなかったかもしれない。
街の人々も姿恰好をほんとうによく観察して、態度を使い分けている。
この遠慮なく人を値踏みしてくる感覚にも徐々に慣れてきた。
シロやクロも同様だな。
実力並みの恰好をさせていかないと無駄な揉め事が増える。
シロのサイズに合う古着があるかが心配だ……。
手っ取り早くオレンジを収穫し、3人でむしゃむしゃ食べながら湖の安全ポイントに向かう。
到着するや否や、この旅で汚れきった服を全て脱ぎ捨て、思いっきり水面に飛び込む。
「うっあああ……きもちい~」
ずっと乾燥した埃っぽい空気にさらされてきた肌が、水を吸って生き返るようだ。
やはりこの環境で身近に湖がある生活というのは、本当に恵まれている。
「ぎゃーっぎゃっぎゃ!」
「…………!!」
クロとシロも楽しそうだ。
やっと人心地つけた気分だ。
しばらく水辺で体を洗い、涼むとするか……。
ふとクロを見ると、水面をじっと見つめている。
水を含んでボリュームの抑えられた波打つ黒髪に、無邪気に明るい瞳。
こうしてみるとまるで湖の妖精のように美しい。
などと思っていたら、カエルを捕まえて食った。
やっぱ生でいっちゃうのかぁ………………。
こいつ、前からたまに虫やカエル、魚なんかを見かけると、唐突に捕まえて食べるんだよな。
湖の妖精は幻だったようだ。
「ぐぎゃあ?」
「いいよいいよ! 一人でお食べ」
そして結構な割合で俺にも食べろと進めてくる。
半分こしてくるのは見た目にきつい……。
シロはクロに渡された布でゴシゴシと気持ちよさそうに体を洗っている。
…………んん!? あっれぇ~?
う~ん、そうか………………シロも女だったか~。
ショックだ。
こいつとはこれから男同士気兼ねない付き合いをすることを想像していた。
まあ確かに顔もよく見れば女性的な顔しているよな。
普通に胸もあるが、さらしみたいなのを巻いているせいで大胸筋かと思っていたわ。
今でこそニコニコしているし、柔らかい印象だが、会った当初は結構きつそうな感じだったからなぁ。
体もでかいせいで、完全に勘違いしてしまったな。
その時の印象が強すぎて、これまで全く気が付けなかったのか。
やはり第一印象というのは中々覆せないものなんだな。
それにしてもかっこいい体形だなぁ。
かなりの筋肉量だが、そもそも高身長で、手足が長いので、むしろスレンダーに見える。
……惚れ惚れするようなシックスパックだ。
そりゃこんな体に生まれたら、万能感に支配されて凶暴にもなるわな。
少なくとも世界観は変わりそうだ。
加えて宝石のように青く輝く瞳にシルクのような白髪、健康的で滑らかな褐色の肌。
羨ましい。
「シロはかっこいいなぁ」
「………………?」
「もちろんクロもかっこいいぞ!」
「ぎゃうー!」
クロの体形も小さいがプロポーションは美しいし、ネコのようなしなやかさを感じる。
この2人の水浴びは本当に絵になるな。
生物的に隔絶したものがあるせいか、美しいのだが単純に性的には見ることはできない。
良いような、残念なような。
まぁいずれ見え方も変わってくるのだろう。
クロがシロを洗うのを手伝いだした。
「ぎゃうー!ぎゃっぎゃっぎゃ」
「…………………………」
2人の角に目がいく。
まるで人間ではないことを証明するかのように、2人には角が生えている。
昨日2人が、盗賊達をごみのように処理していた姿を思い出す。
正直、ほとほと盗賊にはうんざりしていたので、彼女たちの活躍には胸のすくような思いをした。
その一方で、多分彼女たちには俺とは全く違う形で、命や世界が見ていると思ってしまった。
とはいえシロに関してはまぁ、違うとはいえ似たような世界観を持っているのだろう。
だが、クロはモンスターだ。
彼女は真似がとてもうまい。
最近では、すっかり人と接しているような気がする。
しかし、毎日ずっと一緒にいると、何となくやはり人ではないなと思わされることもある。
彼女にとって俺と一緒にいることはとても特別なことで、大切にしてくれていることを強く感じる。
その一方で、彼女が先ほど食べたカエルも、昨日殺した盗賊も、もしかすると俺やクロ自身でさえ、その命に違いを感じていないようにも思える。
むしろ人間こそが、当然のように個別の命に個別の価値、あるいは意味を感じてしまう、変な生き物なのかもしれない。
多分我々が考える残虐性という概念は彼女にはないのだろう。
それゆえ普段はとても陽気で楽しい奴だが、場合によっては恐ろしく残虐に振る舞っているように見えることもある。
「クロー!ぴんくも洗ってやってくれ~」
「ぎゃうぎゃう!」
シロを洗い終えたクロに声をかける。
ぴんくが回収されていき、クロに丁寧に洗われている。
マッサージみたいで気持ちいいのか、うっとりしている………………。
ぴんくは本当に人間らしく振舞う。
けれど、クロに言えたことは、ぴんくだって似たようなものだろう。
何時の間にか俺のポケットを住処として生活しているし、不思議なほど親近感を覚えるが、どう考えても人とは全く違う謎生物だ。
そして、そんな生き物たちと同じ場所で仲良く暮らそうとするのは、ある意味とても危険で無謀なことかもしれない。
たまたま今、奇跡的に際どい均衡の元、上手くやれているだけで、次の瞬間全ては台無しになるのかもしれない。
しかしそうだとしても、この今の状況はとても心満たされるものがある。
人間の価値観を超えて、より大きな自然に包摂されていくような安心感さえ覚える。
このアジトを取り巻く、過酷で美しい類まれなこの環境は、自然にそういう気持ちにさせてくれる。
美女2人の水浴びシーンを眺めていることに対する言い訳のように、無駄に抽象的なことを考えてしまった。
「そろそろ帰ってなにか食べようか」
「ぎゃう!」
「……(コク)」
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