第139話 ラウラの休暇②

「砂……シロの言ってた通りだな」

「ぐぎゃぅ……」

「意外と広いですね~」

「うっすらとすり鉢状になってるか」

「昨日より、すこしだけ大きくなったかも」


 クロとシロ、そしてラウラで昨日話していた砂地を訪れた。

 エリザベスとコハクも一緒だ。

 俺とラウラの腰にはロープが結ばれており、シロがそれを掴んでいる。

 エリザベスの毛糸を何重にも編み込んだ、非常に頑丈なロープだ。

 束ねた状態で保管していたものを、そのまま持ってきた。

 正確な長さは分からないが、それぞれ二十メートルくらいはあるだろう。

 引きずらないよう、シロが長さを調整してくれている。

 リードを付けられるペットの気持ちとはこういう感じなんだろうか。

 だとすると、意外とペットも気を使っているのかもしれない。

 出しなにオスカーから、お前らこのままどこかに売られていきそうだなと、ありがたい感想を貰った。

 否定できない。

 正直俺もそう思ってた。

 昔メナスキャラバンに連れられてた頃のクロを思い出す。

 しかし、俺はともかく、貴族のご令嬢にこれでよかったのだろうか。

 本人はなぜか嬉しそうだが……。

 なにはともあれ、安全第一だ。

 ぼんやりとしている俺たち二人に危険が迫った時に、シロに引っ張ってもらう手筈になっている。

 これから向かうのは最も危険なアジトの南方だ。

 しかも唐突に不自然な砂場ができているのだ。

 どんな危険な生き物が住み着いていたとしてもおかしくはない。

 体裁なんて気にしている余裕はない。


「メェ~……」

「にゃうにゃう?」


 ちなみにエリザベスとコハクもついてきている。

 エリザベスは何となく嫌そうにメェメェ鳴きながら、砂地を蹄でつついている。

 彼女の体重でも蹄が少しめり込む程度で、体ごと沈み込むようなことは無さそうだ。

 ただ、砂の上を歩くと、砂埃のような細かい粒子が白く舞い上がる。


「なんだか埃っぽいな」

「ん~、鼻がむずむずしますね」

「んにゃう」


 大量の砂は魔法などによる強烈な温度差を利用して作られた可能性も考えたが、そういうわけでは無さそうだ。

 もっと単純に、力技で元の地盤を砕き、こすり合わされて作られたような感じがする。

 最近できた割に砂の粒子が意外に丸まっているし、これほど埃っぽいのもそのせいだろう。


「何か生きものいそう?」

「う~ん、この下にはいないですねぇ……もう少し真ん中の方見てみます?」

「そうだなぁ……、もう少しだけ見てみようか」

「なんか嫌な感じ。真ん中には行かない方がいい気がする」

「シロがそう言うと本当にやばそうな気がしてくるなぁ。まぁ実際怪しいけど……。じゃあ、ぎりぎり中心が確認できるくらいの距離まで近寄って、そこから見るだけにしておこうか」

「わかりました」


 皆でゆっくりと中心に向かい進んでいく。

 誰も声を発しない。

 すり鉢状の砂地をその中心へと降りていくにつれ、シロのいう嫌な感じが俺にもわかってくる。

 空気は乾燥しているのに、なぜかべとつく様な感じがする。


「この辺までにしておこう。どうも気味が悪い」

「はい。なんだか嫌な感じが……あれ、う~ん、やっぱり中心、それも地下に何かいるような感じが……」

「生き物?」

「たぶん生き物でしょうね。なにか大きな塊が埋まっています。ただ……動きはありません。でもなんだか変な感じですねぇ~……うーん。んあぁ、埃っぽ……ひぇっ……っんくしゅん!」


 ラウラのお嬢様らしからぬくしゃみが、静かな砂地に響き渡る。

 そして一瞬の沈黙の後――ドクンと、まるで心臓が動き始めたかのように、空間が大きく脈打つ。

 だが目の前に広がる風景には何も変化はない。

 シロが金棒を構え、クロもいつの間にかナイフを抜いている。


「あっ、中心が! なにか……来ます!」

「うわっ、な、なんだあれ……いや、ひとまず皆逃げよ――」


 砂地の中心が大きく盛り上がり、弾けた。

 あたりは白い砂埃に覆われる。

 まともに呼吸もできない。

 突如砂嵐にでも巻き込まれたような有様だ。

 視界の大部分を奪われる。

 だがそれでも、目の前で何か白く光るものが砂地の中心から空へ昇っていくのは、はっきりと見える。

 太陽の光を強く反射して、白銀の鱗をもつ巨大龍が天へと帰っていくようだ。

 だが、その龍は空中でバラバラに解け、小さなひものような物体となり、周囲へまき散らされていく。

 そして俺達の頭上を、大量のひも状の物体が通り過ぎていく。

 海の底からイワシの群れでも見上げているような気持ちになる。

 恐ろしい数だ――数万いや、数億かもしれない。

 そしてそれらは雨のように砂地へと降り注ぐ。


「へび?」

「いや、シロ。これは蛇というより……ミミズだな」

「なっ、これは……サンドワーム?」

「ぐぎゃうぎゃう!」

「うわっ、クロ、大丈夫か!? ひぇっ……、き、気持ちわりぃ……」

「ボナス――、まずいかも。囲まれてる……」


 ひも状の物体は金属質の鈍い光沢を持つ巨大なミミズ、サンドワームのようだ。

 近くへ落ちてきた一匹をクロが両手で捕まえてきた。

 上空へ吹き出していった際はそれこそミミズのように小さく見えたが、近くで見ると直径二十センチメートル、長さも二メートル以上はありそうだ。

 クロの腕の中でビチビチと暴れまわっており、たまに先端がにゅるっと剥けて、歯がびっしりと生えた口が現れる。

 人の奥歯のような歯が、規則性を持って並んでいる。

 クロは感動したように、目を輝かせてその様子を見せてくる。

 想像以上に気持ち悪い。

 噛まれたら体がえぐられ、すり潰されそうだ。

 クロが口をパクパクさせながら何か迷っている。


「いや、それはだめだろ!?」

「クロ、ダメだよ。食べちゃダメ」

「メェ!」

「ぎゃぅ……」


 シロがワームを叩き落とし金棒で頭を潰す。

 頭を潰されたワームの体はまだビチビチと動いており、コハクがじゃれついている。

 ワームの造形には全員引き気味だが、特にエリザベスが嫌そうだ。

 蹄で遠くへ蹴とばした。

 クロとコハクだけが少し残念そうな顔をしている。


「なんか周りがヤバいことになってるな。逃げられんのかこれ……」

「下手に魔法を使うのも……あれ、泳いでいますね……」


 どうやら大量のワームに囲まれてしまったようだ。

 砂地の最外周部をワームの群れがグルグルと移動している。

 まるで魚の群れのように、砂を泳ぎ回遊している。

 一匹一匹はそれぞれの習性に従い、単純な動きを繰り返しているだけなのだろうが、それが群れとなると、まるで巨大なひとつの生き物に見えてくる。

 近くで見るとあれほど気持ち悪かったサンドワームだが、遠目には美しくさえある。

 たまに空中へと飛び出し、また砂へと潜っていく。

 ワームが泳いでいる砂は、ブクブクと液体のように泡立って見える。

 あれも魔法だろうか……。


「エリザベスに乗ってジャンプすれば飛び越せるか?」

「ぐぎゃうぎゃう!」

「ボナスさん、徐々にワームの囲いが小さくなって……迫ってきているようです!」

「よし――、行くしかないか!」


 皆飢えたノミのように、いっせいにエリザベスへ飛びつくと、その背中へ這いあがる。

 そうして最後にラウラがエリザベスの背中に到達した瞬間、蹄が地面を蹴る。

 凄まじい加速だ。

 両手でしっかりと毛を掴んでいても、体が吹き飛びそうになる。

 もちろん、シロが俺とラウラの縄を短く持ってくれているので落ちることはない。

 凄まじい砂埃を上げながらエリザベスは全力で駆ける。

 この調子なら何とかうまくいきそうだ――。

 そんなことを考えたのが良くなかったのだろうか。

 エリザベスの体が急にガクンと沈む。

 それまで、ただひたすらグルグルと俺達の周りを泳いでいたワームの群れが、エリザベスの足元にもあらわれたのだ。

 砂が泡立ち、エリザベスが沈む。

 慌てたエリザベスがとんでもない勢いで暴れる。

 ロデオなんて生易しい物じゃない。

 交通事故そのものだ。

 俺とラウラのシートベルトはシロが握っているが、そのシロでさえ体が浮き上がっている。

 そうしてその勢いで、俺達は皆そろってエリザベスの背中から放り出されてしまう。


「ぐぎゃぅーあ~!」

「うわわわわっ」

「ああっ! エリザベスさん! 暴れると余計沈みまっ――きゃああああああ!」

「んっ!」


 一瞬の浮遊感の後、ぐっと腰を引っ張られるような感覚があり、次の瞬間ラウラと折り重なるようにシロに抱きとめられる。

 地面へ落下した際の衝撃に備えていたが、シロがうまく着地してくれたようだ。

 衝撃は少ない。

 ラウラはこんな状況だというのに、悲鳴を上げつつもエリザベスの状況を心配している。

 あのワーム程度の攻撃では、エリザベスを傷つけることはできないだろう。

 だが確かに、もし頭まで砂に沈み込んでしまえば、窒息してしまうかもしれない。

 ワームの攻撃より、体が沈むことのほうが問題だ。

 急いで全員の状況を確かめる。


「クロ! ……は大丈夫そうだな。コハクも無事か。エリザベスにワームが……なぜ……」


 大量のワームが次々とエリザベスへ襲い掛かっている。

 エリザベスも何とかその強大な脚力でもって、砂地から飛び出ようとするが、少し出ては沈み込みを繰り返している。

 数匹のワームが俺達へも襲い掛かってくる。

 そのほとんどは、シロの金棒で潰される。

 試しに俺も愛用の杖を叩きつけてみる。


「うへっ、きもち悪い手応えだなぁ……まぁでも、俺でもいけるな」

「か、体は脆いですね。魔法にも弱いです」


 俺の攻撃が通用する、はじめてのキダナケモかもしれない。

 ラウラも目についた奴らを手当たり次第に燃やしている。

 クロやコハクは少し離れた位置にいるが、俺達と同じ状況のようだ。

 クロは襲い来るワームを軽く避けつつ、すれ違いざまに切り殺しながら走り回っている。

 相変わらず簡単なようにみえるが、よく見ると絶対に真似できない類の動きだ。

 コハクもじゃれつくようにして、爪や牙でうまく対応している。

 単体で相手をしてみると、意外と弱い相手だ。

 生理的に気持ち悪いが、黒狼の方が遥かに恐ろしかった。

 だが……、エリザベスの状況はかなりまずい。

 群がっているサンドワームの数がいくらなんでも多すぎる。

 地上でエリザベスへ襲い掛かっているものだけでも数千はいるだろう。

 体表のほとんどが覆いつくれている。

 彼女の白い毛や大きな角が部分的には見えるだけだ。

 地中にはどれほどいることやら想像もつかない。

 だが何よりまずいのは、彼女の体が徐々に砂に飲み込まれていることだ。

 ぴんくにお願いしても、サンドワームの群れを何とかしたくても、これじゃあエリザベスごと焼いてしまうことになる。

 やりにくいな……。


「ボナス、ラウラ。まずは砂の外へ、今なら……大丈夫だとおもう」

「え? ああ、回遊していたワームがエリザベスの方へとられて、囲いが少し薄くなってるのか」

「待ってください! このままではエリザベスさんが砂に飲まれちゃいます! わ、私は……、私を残して行ってください。何とかできるかもしれません。私は魔法使いです。大丈夫! 大丈夫です!」

「けど……」


 ラウラが泣きそうな顔でそう訴える。

 シロも辛そうな顔だ。

 判断を迷う。

 考えなければ――集中しよう。

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