第138話 ラウラの休暇①

 数日後――。

 早めに露店を終わらせ、領主館へラウラを迎えに行く。

 今日から二泊三日、彼女はアジトで休暇を楽しむことになった。

 領主様のご息女をわが家へご招待。

 などといまさら言ってみたところで、もはや珍しいことは何もない。

 皆慣れたものだ。

 彼女の使っている生活用品一式も、すでにヴァインツ村復興のころからずっとアジトに置きっぱなしだ。


「さぁ! 早く帰りましょう!」

「いや、ラウラの自宅はここだろ……?」

「こ、心の故郷はアジトなのです!」

「まぁ……早く行こうか。今から戻れば日が沈む前にもいろいろとできそうだ」

「そうしましょう、そうしましょう!」

「ぎゃ~ぅ、ぐぎゃうぎゃう」

「ラウラ、荷物はこれで全部~?」

「あ、はい。荷物はこれで、ギゼラ様いつもすいません。お願いします」

「いいよ~。そんなことより、これありがとうね。ほんと嬉しいよ~」


 そう言うとギゼラは、その髪と同じように銀色に輝く眼鏡のつるを掴み、引き上げる。

 数日前にラウラがギゼラへとプレゼントした伊達眼鏡だ。

 どうもギゼラは出会った当初からラウラの眼鏡が気になっていたようで、なぜか装飾品として欲しがっていたのだ。

 当初自分で作ろうと試みていたようだが、どうもヒンジ部分がうまく作れず、諦めたようだった。

 それを聞いていたラウラが、こっそりと手配しておいてくれたらしい。

 眼鏡を貰ったギゼラの喜びようは凄かった。

 ラウラのことを花嫁のように抱き上げ、顔を真っ赤に照れる彼女とくるくる回っていた。

 しかし銀縁の眼鏡、意外なほどギゼラによく似合っている。

 最近では服装も洗練されているので、なおさらだ。

 一緒に図面を覗き込んでいると、眼鏡越しに揺れる彼女の大人びた瞳にドキリとさせられる。

 狙ってやってるわけでも無いのだろうが、外した眼鏡のつるを唇に押しあてるようにして、何か考え込んでいる姿などは、思わず見とれてしまうほど蠱惑的だ。

 彼女の理知的な側面と野性的な色気が繊細な銀色フレームを通して不思議と調和して、彼女を実に魅力的に見せている。

 うちの鬼達は一体どこへ向かっていくのだろうか……。

 鬼達は強い日差しが苦手なようで、逆光時に澄んだ青い目を眩しそうに細めていることが多いので、いずれサングラスを作ってみるのも面白いかもしれない。



 皆で街を抜け、エリザベスに合流する。

 黄緑色の小鳥がエリザベスからクロへと飛び移ってくる。

 クロが育てた小鳥だ。

 こいつがなかなか優秀で、毎回エリザベスを呼びに行ってくれるのだ。

 どうやら、羽まわりの気圧をある程度コントロールできるようなのだ。

 お使いを頼んだ時や、他の鳥と喧嘩をしている時など、小さな雲や衝撃波を生み出しながら、鳥とは思えない気持ちの悪い軌道を描き、狂った速度で空中を暴れまわっている。

 耳元でやられたら鼓膜がやられそうで怖い。

 普段から、我が物顔でボナス商会の露店を自由に飛び回っている。

 それでも、クロに限らず俺達の言うことはそれなりに理解しているようで、サヴォイアにいる時は、まるでただの可愛い小鳥のように振舞っている。

 この辺では見ないような美しい羽色と人懐っこい動きに、市場の皆からはとても可愛がられているようだ。


「ぐぎゃ~ぅ、どりぃ」

「ドリー、エリザベス今日もありがとう」


 ちなみに名前はドリーとなった。

 クロが名付けたが、由来はよくわからない。

 自由に空を飛び回れるようになった今でも、クロにはべったりだ。

 コハク以上に甘えん坊かもしれない。

 姿が見えない時でも、クロの髪に向かって名前を呼ぶと、ひょっこり顔を出すことが多い。


「うわぁ~! お久しぶりですエリザベスさん! 離れている間も色々お世話になってます!」

「ンメェ~?」

「このシャツ良いよな。ラウラにも良く似合ってるわ」

「ですよね、ボナス様! もう他の服が着れなくなりそう。でも、仕立屋の皆様にはかなり無理をさせてしまったかもしれません……」

「まぁトマスもやつれていたものの楽しそうにしてたし良いんじゃない。領主家御用達は名誉なことだろうさ」


 ラウラはしゃがみこんだエリザベスの首筋へ抱き着くと、そのままクモのようによじ登っていく。

 昔は一人じゃエリザベスに登ることさえできなかったのに、逞しくなったもんだ……。

 それはともかく、仕立屋の長女ロミナから、エリザベスの生地が使えると聞いたラウラは、早速俺達と同じものを手配していたようだ。

 今日着ているものがまさにそうで、俺やザムザが作ったものと同じシャツ生地で作った、ベージュのワンピースだ。

 彼女の象牙色の肌や蜂蜜色の髪とグラデーションを作っており、年相応の落ち着きと洗練を感じさせる。

 ただ、街を出ると徐々に雰囲気が変わり、エリザベスと合流してからは一気に緊張感が無くなった。

 表情が幼げに緩み、いつのまにかワンピースのボタンもいくつか外し、首元を緩めて気崩している。

 そうしてエリザベスの背中で、子供のようにおくれ毛を揺らす姿は、むしろ少し艶めかしくも感じる。


「帰ってきた! 私は帰ってきたー!」

「お、おう。おかえり」

「まだ食事までは時間あるし、アジト内で行きたいところあれば、ついていくよ」

「ありがとうございます! それじゃあ――」


 アジトへついてからのラウラは、時間を惜しむ様に活動的だった。

 クロ達と湖で水浴びをすると、あっという間に野生児のような格好へ。

 それからはひたすらアジトのなかを歩き回っている。

 意外と足も速いので、ぼんやりしていると置いて行かれそうになる。

 クロの猫車と一体化していた頃が懐かしい。

 今思うと、あの頃のムチムチした体形も悪くなかった……。

 そういえば、あの人をダメにする猫車、最近ではたまにコハクが楽しんでいる。

 ガタガタ揺れるのが楽しいようだ。

 収穫などで猫車を使う際に、勝手に乗り込んでくるのだ。

 ちなみにラウラのアジト散策には、俺以外にもクロとコハクが、護衛としてついている。

 護衛と言っても、コハクはまだ生後半年にも満たない。

 体はずいぶん大きくなったが、顔つきはまだまだ幼い。

 果たして護衛になるのかとも思うが、シロが言うには、すでにコハクは俺位の生き物なら簡単に狩れる程度には頼りになるらしい。

 確かに、大きな肉球をグイっと押すと、ニュイッと出てくる大きく鋭い爪は下手なナイフより凶器になるだろう。

 あのかぎ爪で飛びかかられたら、間違いなく体はズタズタに引き裂かれるだろう。

 それに顎の力も凄まじい。

 今ではすっかり乳離れも済み、たまに骨付き肉をあげると、可愛い顔でバリボリと、凄い音を出しながらかみ砕いている。

 その気になれば俺の首の骨なんて簡単にかみ砕けそうだ。

 動きもネコ科特有のしなやかで素早い動きになってきた。

 今も俺の周りでクロと追いかけっこをしているが、いい勝負を繰り広げているようだ。

 クロ相手にスピード勝負で渡り合えるというのは相当凄いことだろう。


「なんかいつもより激しく尻尾からバチバチと……派手に火花散ってるなぁ」

「コハクちゃんは何か魔法を使っているみたいですね~。まったくどういった魔法かわかりませんが」

「やっぱそうなんだ。あのクロが、たまにとはいえ姿を見失ってるもんなぁ」


 それでも、まだまだクロには勝てないようだ。

 クロに捕まったコハクは、悔しそうな鳴き声を上げ、木の幹をバリバリと引っ掻いている。


「うにゃうぅ……うにゃう……」

「こーはーくー、ぎゃ~ぅ、ぐぎゃう!」

「あっ! キノコ!」

「おおっ!」

「ぎゃぁーぅ! らーうらー!」


 ラウラが早速キノコを見つけたようだ。

 この品種はかなり美味しいのだが、ラウラ以外だとなかなか見つけることができないので、最近はまったく食えていなかった。

 後でザムザとミルに調理してもらおう。


「そろそろ日も暮れてきたし、戻ろうか。今日は湖の畔で夕食だよ」

「あっ、もうそんな……。わかりました。湖といえばニーチェさん達にもまだあってません。手招きしてくれたのに……」

「どうせ木琴叩いてたら勝手に混ざってくるよ」

「うふふふっ、それは楽しみですね~」

「そういえば、今度みんなのこと、領主館に泊めてくれるんだってね」

「ええ、いつも私ばかりお邪魔してますからね」

「いやぁ~、助かるよ」


 今度アジールと飲みに行く日、ボナス商会の面子はラウラの自宅、つまり領主館へと招かれることになったのだ。

 言うまでもなく、領主館はサヴォイアで最も立派な建物だ。

 それなりに歴史もありそうだ。

 俺も少し興味があるので、行ってみたかったが……まぁ、仕方がない。

 ちなみにオスカーは俺と一緒に来ることとなった。

 どうもアジールの行きつけの店は、オスカーの行きつけでもあったようだ。

 顔なじみがいるらしい。

 ますますどんな店かよくわからなくなってきたな……。



 ラウラとのんびり話しながら戻っていると、湖の方から柔らかい木琴の音が聞こえてくる。

 皆すでに集まっているようだ。

 この調子っぱずれなクリスマスソングはニーチェの演奏だろう。

 一度何となく演奏した際に、なにか強い感銘を受けたようだった。

 それから何度も強請られるまま演奏するうちに、ニーチェが自分でも演奏するようになったのだ。

 アジトの気候にはまったくそぐわない楽曲だが、ワクワクと楽し気な旋律に、思わず足が速くなる。

 夕暮れの中、木立の間から聞こえてくる音楽に吸い寄せられるように湖へ向かっていると、何やら悪い魔法にでもかかったような気持ちになってくるが、遠目にニーチェの姿が見えてくると、その珍妙な様子に思わず笑ってしまう。



「ニーチェさんお久しぶりです。上手になりましたねぇ」

「ニィ」


 湖の畔に付くと、シロとエリザベス以外は全員集合しているようだった。

 ザムザとミルは仲良く食事の準備をしている。

 この二人は、俺達がサヴォイアへ行っている間も、アジトで留守番をしつつ、料理の準備などをしてくれていたのだ。

 今日は手の込んだ料理が食べられるだろう。

 ミルは、どうも最近サヴォイアから帰ってくると、ザムザとの距離がやたら近くなる。

 最近、サヴォイアに行くと、ザムザにやたら女性が群がってくるせいだろう。

 普段のミルは、それほど気にする様子は見せていないが、内心かなり不安に感じているのかもしれない。

 ミルはああ見えて結構スケベなので、ザムザも早々に食われるのではと思っていたが、意外と恥ずかしがり屋なので進展が無い。

 岩壁ベッドは広いし快適だが、それぞれの個室を早く用意してやった方が良いかもしれない。

 別に二人の仲を応援したいわけでは無いが、やはりプライベートな空間が無いのは、ミルのようなタイプには辛いだろう。

 少しづつ手は入れてはいるものの、今はまだ食料保管場所などの共用部を改築している程度だ。

 ギゼラとオスカーの三人で、毎日のように図面を囲んではいるものの、まだまだ考えなくてはいけないことは多い。


「オスカー、どうだ釣れたか?」

「んあ~、今日はダメだなぁ……」


 一人釣りに興じていたオスカーに声をかける。

 だが、今日は調子が悪かったようだ。

 オスカーが投げやりに釣竿を揺らしながらそう答える。

 なぜか、カワウソもどきの一体が、オスカーの横でだらしなく寝転びながら、釣りの様子を物憂げに眺めている。

 今日はサービスしないのだろうか。


「まだシロとエリザベスは戻ってない?」

「ああ、そういや遅いな」


 ちなみにシロとエリザベスはアジト周辺の見回りに出かけている。

 ほぼ日課のようなものだ。

 切り立つ崖をシロを乗せたエリザベスが猛烈な速さで駆け回るのも、今では見慣れた光景だ。

 たまに巨大なキダナケモを戦果として持って帰ってくることもある。

 ただ、少しだけ心配ではある。

 最近ではずいぶんとその頻度は減ったものの、相変わらずたまにボロボロになって帰ってくることがあるのだ。

 キダナケモと戦ったり、逃げ回ったりしているようだが……。

 とはいえシロはああ見えてかなり慎重だし、勘も良い。

 体格から誤解されがちだが、どちらかと言えばなるべく戦闘を避けるような気質だ。

 一般に、鬼男が好むような戦闘による勇猛さや、強大な敵を打ち倒すことによって得られる名誉などは心底どうでもいいと考えているし、むしろそういったものを軽蔑してさえいるように感じる。

 なので、肉の確保とアジトの保守以外を目的として、積極的に戦うことはまず無いだろう。

 それに、本当に危ないことがあれば、俺達に相談するだろうし、クロやぴんくなど、仲間の協力を素直に仰ぐはずだ。

 自然相手の危機管理については、誰よりも信用できると思う。


「まぁ、シロならば大丈夫だろう」

「違いない。エリザベスもいるしな!」

「あっ、ニーチェの仲間がお土産持ってきてくれたぞ……結構いっぱいあるな」

「ニィニィ!」

「う、うぉっ、なんだ!? ウネウネと蛇みたいで気持ちわりぃな!」

「ありがとうな~。いやオスカー、それうまいんだぞ、かなり。食ったことなかったっけ?」

「あっ、まずい逃げるぞ!」

「うわっ、木桶に入れるんだ、ぬぁあああっ、ヌルヌルとこいつめ!」


 さっきまで物憂げにしていたニーチェの仲間が、いつのまにか湖でウナギを捕まえてきてくれた。

 やはり釣れない時は、彼らはおまけしてくれるらしい。

 それにしてもウナギは久しぶりなので、純粋に嬉しい。

 あ、また持ってきた……数も多いな。

 俺とオスカーがみっともない姿でウナギと無駄に格闘している間にも、どんどんと捕まえてきてくれる。

 これだけでも十分腹いっぱいになりそうだな。


「クロ、捌くの手伝ってくれ~」

「ぎゃ~ぅ?」

「ひっ、ひえええっ。な、何ですかそれ!? ボナス様、そ、それも食べられるのですか? ヒュドラ!?」

「あれ~? ラウラも初めてだっけ? こう見えて結構うまいんだよ。なぁ、ギゼラ」

「おっ、ウナギだ~! そうだよラウラ、これおいしいんだよ。だよね~、ニーチェ」

「ニェ」


 ギゼラはなぜか伊達眼鏡をかけたニーチェをおんぶしている。

 ニーチェたちはギゼラにはいつもされるがままだ。

 それに最近ではむしろ自発的に甘えにいっている気もする。

 仲間内で一番水浴びが好きなギゼラは、湖にいる時間も長い。

 気が付くと日中でもニーチェと泳いでいたりする。

 ニーチェたちは警戒心が高く、昼間はなかなか姿を現さないのだが、ギゼラのことは相当気に入っているようだ。

 何となくニーチェたちとギゼラの様子を見ていると、ギゼラが保育所の先生に見えておもしろい。


「ウナギいっぱい捕まえてくれたんだね~。えらいね~」

「ニィ!」

「ニェニェ」

「ぎゃぁぐぎゃぁ、ぎゃうぎゃうぎゃうぎゃう」

「相変わらずはっやいなぁ……」


 そんなことを考えている間に、クロが凄い速さでウナギを捌いていく。

 相変わらず異様に素早い。

 職人芸というよりも、手品でも見せられているような気になる。

 俺も邪魔にならない程度に串打ちを手伝っていく。

 ギゼラが鉄串を用意してくれたので、以前に比べると遥かに楽だ。

 ちょうど全てのウナギを串打ちし終えたタイミングで、アジトに力強く蹄を駆る音が響き渡る。


「ちょうどシロ達も帰ってきたようだな! エリザベスはなんであんな垂直の崖を走れるんだろうなぁ」

「ザムザ~、これ焼くからちょっと場所空けてくれ」

「うん? ああ、ウナギか。じゃあボナス、ここで一緒に焼こう」

「そうだ、わすれてた! 先にタレ作るわ。あっ、シロお帰り」

「ただいま、ちょっと遅くなっちゃった。ごめんね」

「何かあったの?」

「うーん、ちょっと変なもの見つけたから調べてた。ご飯食べてるときに話すね。ふぅ~、お腹すいたな……あっ、ウナギ」

「変なもの? まぁ、後で良いか。ふふふっ、この味噌たまりと砂糖でなんちゃってウナギのたれを――」


 狩りでもしているのだろうと思っていたが、どうやら違ったようだ。

 変なものを見つけたというのは気になるが、急を要するほどのことでは無いようだ。

 今はウナギを美味しく焼き上げることに集中しよう。

 オスカーとラウラも初めてらしいし、せっかくならおいしく食べてもらいたい。


「うわっ、旨そうな匂いだなぁ! これはたまらんぞ、ボナス!」

「本当ですね、さっきまでそれほどでもなかったんですが、一気にお腹がすいてきました。まったくー、まだこんな食材を隠してたんですね!」

「よーし、じゃあ食べようか~。ああ、この匂い……やっぱ米欲しくなるなぁ……」


 どうもメナスキャラバンの連中の話を聞いていると、タミル帝国に行けば、米と似たようなものはありそうだが、今の状況ではさすがに足を踏み入れる気にはなれない。

 帝国はその広大な領土故、市場に集まってくる食材の種類も尋常じゃないらしい。

 なかなかそそられる話だ。

 状況が落ち着いたら是非一度見に行ってみたい。


「うめぇな! なんだこれ、うめぇな! いやぁ~、見た目はあんな気持ちわりぃのになぁ……今日だけは釣れなくてよかったかもしれんな!」

「素晴らしいですね! ああっ、やっぱりお休みして良かった。これを食べさせるために手招きしてくれてたんですね、ニーチェさん!」

「ニェ……」


 もちろんウナギ以外にもミルとザムザが手の込んだ料理を大量に用意してくれている。

 最近は一部の内臓料理にも挑戦しており、下ごしらえは大変だが、香味野菜などとともに、じっくりと煮込まれたものはたまらなくうまい。

 今日もザムザとミルが朝から用意してくれていたようだ。

 目の前で湯気をたてているこの大鍋料理も間違いなくうまいはずだ。

 ニーチェたちもこの料理には強く反応して、さっそくギゼラ先生を皆で囲み強請っている。

 シロは相変わらずほっこりした顔で芋料理を頬張っている。

 ほんと芋好きだな……。


「おいしいねぇ」

「あっつつっ……ああ、やっぱりうまいなぁ。そういやシロ、今日見つけた変なものって何だったの?」

「うん? ああ、アジトの南の方に変な……、地面が砂になってたの」

「南かぁ……。砂地だと、西側にも結構そんな場所なかったっけ?」

「う~ん……、もっとたっぷりと深いところまで細かい砂が敷き詰められていて、踏み込むと足が沈み込みそうになる感じ。けっこうアジトから近い場所で、十日くらい前までは普通の地面だったと思う。大きさはねぇ……アジトがこれくらいだとすると――、これくらいかな?」

「直径百メートルくらいか、でかいな……。アリジゴクみたいなのが住み着いたのかな」

「そうだね。周りをグルグル回った感じだと反応は無かったけど、もしかすると中には何かいるかも」

「気になるな……。ただなぁ……南の方の奴らはいろいろ洒落にならんからなぁ……」


 近所で怪奇現象。

 確かに気になりはする。

 だが正直なところ、あまりアジトの南方へは積極的に関わりたくはない。

 昔クロと出会う前、何度も散策してみたが、今思い返すとあれはかなり際どい挑戦だった。

 ぴんくが一緒だったとはいえ、生き残れたのは相当に運が良かった。

 まずはキダナケモとの遭遇率が南方へ行くにしたがって異様に高くなる。

 体の大きさも桁違いに大きい。

 ある意味、そのことには救われた面もある。

 ぴんくの超火力は、たとえ南方の化け物達であっても簡単に溶かす。

 だが、飛行能力や遠距離攻撃能力を持つもの、攻撃に毒を使うものなどに遭遇していたら、太刀打ちできなかっただろう。

 南方から現れたと思われる、コハクの母親だってそうだ。

 体格的にそれほど大きくなくても、想像を超える知性や機動力を持つような生き物に狙われれば勝ち目は薄い。

 エリザベスだって南の連中とまともにやりあえば、無事では済まないだろう。


「南って言っても、アジトから直ぐの場所だよ」

「あ、そうなんだ。じゃあ見るだけ見に行ってみようかな。簡単に測量しておいて、大きさに変化が無いかだけでも、しばらく観察してみるか。場合によっては、相手しやすそうなキダナケモを砂地に釣ってきて、様子を見てみてもいいかもしれないな」

「ボナス様。私であれば例え砂の中であっても、そこにキダナケモがいれば、すぐにわかると思います。もしよろしければ、明日一緒に行ってみませんか?」

「ああ、そうなんだ。魔法でわかる感じ? あのキノコみたいに感知するのかな?」

「そうですね。どのような生物がいるかまではわかりませんが、いるかどうか、ある程度の大きさまではわかると思いますよ?」

「でもなぁ……せっかくの休暇だし、今回はアジトでゆっくりした方が良いんじゃない?」

「いえいえ、どうせ休みの度に来ますから! むしろ何か少しでもアジトのためになるようなことがあるのであれば、ぜひ協力させてほしいです!」

「あ、ああ、そうなんだ。それはありがたいが……シロ、どう思う?」

「う~ん、わかんない。でも、見るだけならいいかも」

「それじゃあ明日、クロとシロ、エリザベスにラウラで少し様子を見に行ってみるか」

「わかりました! あまりアジトの外は散策したことが無いので楽しみです!」

「何かあったときのために、逃げ方の算段だけはしっかりしておくか~」

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