第137話 露店②
ラウラは短い時間ながら、お菓子とコハクを十分に堪能できたようだ。
帰り際、コハクを抱きしめながら、次にアジトへ遊びに来る日時をやたらしつこく確認していたが、耳元でうるさかっただろう、最終的にコハクの大きな肉球で口を抑えつけられると、嬉しそうにニヤニヤしながら仕事へと戻っていった。
「おお~、繁盛してるな」
「アジール、お前寝癖が酷いな。こんな時間まで寝てたのか?」
「ああ、寝たのが朝方だったからなぁ」
ちょうどラウラと入れ替わるようにしてアジールがやって来る。
こいつとはヴァインツ村でもしょっちゅう顔をあわせていたので、何の新鮮味も感じない。
それにしても今日は酷い顔をしている。
村にいる時はそれなりに緊張感のある顔をしていたような気もするが、街へ戻ってきてからは酒に女とひたすら呆けた生活を送っているようだ。
傭兵らしいと言えばその通りなのだが……。
体格も良く、顔立ちも整っているだけに残念だ。
街でのだらしない様子でもそれなりにモテているようだが、ザムザと並ぶとどうにも三枚目感が出てしまう。
「ザムザのやつ、村でもそうだったが、あいつは本当に女子供に人気あるなぁ」
「村では普通に男たちにも好かれてたろ。お前も顔は良い方だとは思うが……、あいつと並ぶとなんか残念な感じになるよなぁ」
ちなみにザムザは俺達のように、毎日サヴォイアへ来ているわけでは無い。
ただし、来ると延々街の女達に群がられている。
鬼として野性味のある整った顔立ちをしているが、最近では身なりも整え、振る舞い自体も理知的で落ち着きがあるせいで、客たちは誰もザムザを怖がるようなことはない。
まだ若く素直な性格でもあるので、たまに見せる素朴な笑顔にやられる女たちも多いようだ。
シロやギゼラと比べても街の人々との距離は近い気がする。
彼女達はザムザに比べても、もうひと回り体が大きいので、街の人々も気後れするのだろう。
どちらかといえば、男女関係なく憧れのような視線を、遠目に向けられていることの方が多い気がする。
「前までは、ザムザを囲む女たちもお互い牽制するように妙な空気感を出していたんだが……、最近なんか仲いいんだよな」
「凄いな。これがハーレムとかいうやつか?」
「いや、どうなんだろう。アジトでは普通にミルと仲いいけど」
「同じ鬼のシロやギゼラはどう思ってるんだ?」
「ダメな弟と接するような扱いだな。とはいえ、結構可愛がられてるんじゃないか? たまにシロとギゼラの二人でザムザを鍛えているぞ。ただなぁ……、鬼って死ななければかすり傷だと思ってるところがあるから……。怖いんだよ、音が。もう、凄いんだわ……人の体から出たらだめな音がするんだよ」
「今のザムザは鬼男の中でもかなり強い方だと思うがなぁ……。あ、コーヒーくれよ」
「よし、久しぶりに俺がいれてやろう」
最近、常連達は俺がコーヒーをいれようとすると、頼んでもいないのに、勝手に手伝ってきてやらせてもらえない。
それぞれに好みがあるのは分かるのだが、クロだと皆大人しく待っているのは腑に落ちない。
その点アジールは誰がいれても文句は言わないし、大体俺に話しかけてくるので、こいつのコーヒーはだいたい俺がいれている気がする。
最近では俺がいれたコーヒーを嬉しそうに飲んでくれるのはクロとシロ以外はこいつくらいのものだ。
「うまいな」
「そうだろう! あれ……、やっぱクロのいれたやつの方がうまいような……」
「しかし、お前たちは一仕事終わったというのに……よくそんなに働くよなぁ」
「一仕事と言っても、俺達は毎日アジトへ帰っていたからなぁ。特に危険もなかったし、それほど大変だとは思わなかったかなぁ……最後を除いてだが」
「ああ……あれは災難だったな」
「まったくだ。魔人て何なんだろうなぁ……」
ちょうど俺達が魔人と戦っていた時、アジールは俺達がいたタミル山脈とは逆側の警備に出ていた。
それゆえ、ことの顛末を聞いたのは夕食時になってからだった。
アジールはルーカスが魔人だったことを聞いて、何とも暗い顔をしていたのを思い出す。
「ルーカスとはサヴォイアへ来る前からの付き合いだったんだが……魔人とはな。まったく……馬鹿な男だ。だが、魔人といっても案外弱い生き物なのかもしれないな」
「ハジムラドと戦っている様子は恐ろしく強く感じたがな」
「俺はその状況には立ち会えなかったのでよくわからん。だが……普段のあいつは、それほど余裕のある生き方をしているようには見えなかった。たとえそれが演技だとしても、何年もそんな演技をし続けなければならないなんて……それこそ不自由だろ」
「確かにな。結局あっさり死んでしまったしな」
「ああ……、しかし良くハジムラドは生き残れたな、腕を取られかけたと聞いたが」
「ぴんくのおかげかでなんとか」
「ああ、なるほどな……魔人は魔法には極端に弱いからなぁ。うまく侵食できなかったんだろう」
「侵食? 侵食ってなんだ?」
「モンスターは命を弄ぶ性質があるのは知っているだろ? 魔人はもう少し込み入った能力があって、触れることで生きものの体を作り替えることができるらしい。ただ魔法を使うような奴や、その影響下にある生きものには手が出せない」
「そういえば、ラウラも似たようなことを言ってたような気がするな」
「ただまぁ、侵食するには時間がかかる。その間にぴんくがなんか魔法で影響を及ぼして、ハジムラドは難を逃れたのだろ」
「アジール、お前詳しいなぁ」
「魔人とは今までに何度も遭遇しているからな。それほど珍しいもんでもない。お前らの存在の方がよっぽど珍しいと思うぞ」
普段馬鹿なことばかり言いあっているせいで忘れそうになるが、こいつもサヴォイアでは最上位の傭兵なのだ。
この手の知識については、当然かなり詳しい。
それにしても、あらためて考えると不思議な男だ。
刹那的に生きているように見えるが、意外に用意周到で準備が良い。
だらしなく、いい加減なようでいて、仕事はきっちりとこなす。
そしていつも最後まで生き残る。
傭兵に対して詮索は禁物だが、こいつがどんな人生を送ってきたのか聞いてみたくなる。
「魔人は俺やぴんくのことを排除したいようではあったが、それが最終目的とも思えないし……結局、何がしたかったんだろうな」
「単にタミル帝国の意向で、復興の邪魔をしたかったんじゃないか? なのにお前が参加したせいであっさりと復興してしまって、しかも下手すると前より村が良くなっている。本来は身を隠して邪魔をする予定だったんだろうが……全然うまくいかんので、キレて強引な手に出たんだろうな。あいつは昔からそういうところあったからな」
「そうなのか?」
「普段は優秀な奴なんだが、うまくいかなくなると、すぐに投げやりになって強引なやり方をする。ほんとにあいつは昔から……ああ、正直うんざりしてくるな。色々と疲れた……」
ルーカスは結局魔人であったとはいえ、アジールも一言では言い尽くせない付き合いが色々とあったのだろう。
特に魔人としての振る舞いを直接見たわけでは無いのだ。
古い友人に裏切られたと同時に亡くしたような、やりきれない思いがあるのかもしれない。
「俺にはあれだ、休暇が必要だな」
「お前ついさっきまで寝てただろ。それにヴァインツ村だってそこまで悪い場所じゃ無かったって、前に言ってなかったか?」
「ああ……そうだったか。まぁ、海は良いよな」
「お前は海が嫌いなのかと思ってたが……。あんまり近寄らなかっただろ。魚も食わないし」
「あの眺めが好きなんだよ。遠目に見るのが良い。ただし、海水は嫌いだ……べとつくし。ヴァインツ村なぁ……戦争になるかもしれんのだろ? せっかく復興したのに、クソ過ぎる」
「ラウラの見立てでは、ヴァインツ村へ被害が及ぶようなことには、そうそうならないようだが……」
「確かにな。レナス王国は強い。魔法使いが反則すぎる……。なんにしても俺は戦争は嫌いだ。考えるだけでも飯がまずくなる。なので……気分転換を兼ねてしばらくサヴォイアを出ようかと思ってる」
「急だな……」
その口調から察するに、前々から決めていたことのようだ。
今回のことは、良い機会だったのだろう。
こいつとはサヴォイアへ来たばかりの頃からの付き合いだ。
気兼ねなく話せる相手でもあったので、残念だ。
この露店で俺にコーヒーを注文するやつがいなくなってしまうじゃないか。
「とはいえ今日明日出ていくわけじゃないがな。それにあれだ、約束してたろ」
「うん? なんかあったっけ?」
「いい店連れてってやるって言ってたろ?」
「あぁ……、いやそれはまぁ、興味がないわけじゃないんだが、ちょっと……」
無意識にシロの方を見てしまう。
ちょうどコハクの相手をしてたようだ。
シロが相手をしていると、コハクもまだ普通の猫のように見えるな。
俺が視線を向けると、シロとコハク、揃ってこちらを向いて首をかしげる。
何でもないと手を振ると、シロも笑顔で手を振り返してくる。
爽やかな彼女の笑顔に、なぜか訓練でボコボコに顔を変形させたザムザの姿が頭をよぎる。
やはりアジールには悪いが、妙な店に行くのはやめておこう。
「いやいや……そういうのじゃない、普通の店だ。たまには男同士飲もうぜ」
「それならまぁ……」
「いい胸をした店員がいるんだ」
「結局それかよ! まぁ行くけども……」
アジールが街を出るのであれば、もういつ会えるとも限らない。
これが最後になってもおかしくはないのだ。
一度くらいサシで飲んでみるのも悪くは無いだろう。
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