第113話 ヴァインツ村②
蒸し風呂が完成した。
予想以上にはやくできたが、完成度は高い。
シロとギゼラ、オスカーが手伝ってくれたおかげだろう。
俺はほぼ指示を出しているだけだった。
鬼達は小回りが利く分、下手な重機より優秀だ。
加えてオスカーは手先も器用で、作業も早い。
それに作業自体も大したものでは無かった。
単に物置小屋の屋根をかけなおし、手前に目隠しの柵を設けただけだ。
掃除していた時間の方が長かったくらいだ。
後は熱した石と水桶を用意すれば良いだろう。
「――――こんなもんかな。みんなお疲れ様。夜が楽しみだなぁ」
「簡単にできたね~。使ってみて良かったらアジトにも作ってもいいかも。シロどう思う?」
「湖のそばにあったら素敵かも」
「たしかにそれは魅力的だなぁ。まぁ……、いまはまず昼ごはんだな。オスカー、今日も昼飯釣りに行くか?」
「当たり前だ!」
「下手なのに好きだねぇ」
「ボナスもだろ! それにしてもこの釣竿……こんな材質の木はこの辺では見たことがない。いいなぁ……欲しいなぁ……ちょっと分けてくれんか? 俺も自前の釣竿を作りたいぞ!」
「あぁ……まぁ、また今度持ってきてやるよ」
オスカーはすっかり釣りが気に入ったようだ。
俺が貸した釣竿を無駄にしならせながら、物欲しげな顔をしている。
サヴォイアの傭兵連中は頑なに魚を食おうとしないし、釣りにも関心が無いようだが、こいつはどうも変わっている。
基本的に新しい物が好きなんだろう。
誘うと喜んでついてきて、釣りも、釣った魚を食うのもすぐに気に入った。
夜まで釣りへ行こうと誘われる。
ちなみに鬼達も釣りは性に合っているようだ。
海に限らず湖でも良く釣りを楽しむようになった。
短気なイメージの鬼だが、うちの連中は変わっているから特別なのだろうか……。
「実は新しい仕掛け作ったんだ~」
「おおっ、ギゼラ……いつのまに……毎回ジワジワ改良してくるな」
「今日はシロに負けないよ~」
「あははっ、たのしみだね~」
「んじゃ、さっさと他の連中も誘っていくか~!」
ちなみに食料はピリやメナスたちがかなり余裕を見て持ってきてくれた。
ただ、俺達はそれには手を付けていない。
基本よくわからない豆と麦、腐りかけの肉だ、正直あまりうまそうではない。
豆と麦は食えるのだが、肉が厳しい。
ちなみに肉は腐りかけていなくても、あまりうまくない。
モンスターの肉らしいが、どうも食感が悪く、臭みも強い。
俺としては新鮮な魚が食えるのであれば、あえてあの肉を食おうとは思えない。
普段キダナケモのやたらとうまい肉を食べている仲間達も、まったく同じ感想だ。
いつの間にか皆すっかり舌が肥えてしまったようだ。
ちなみに俺達も自前で食材を持ち込んでいる。
怪鳥の鶏肉やアジトで採れる野菜や芋類等、油や調味料をそれなりの量を用意してあった。
だが、初日、二日目とボナス商会とメナスキャラバンで食事をした結果、ほぼ全て食べつくしてしまったのだ。
メナスキャラバンとはお互い遠慮するような仲でもないので全く構わないが、予想以上に食材を消費してしまった。
怪鳥の唐揚げがうますぎたせいだ。
もちろん肉もうまかったが、使った油もとんでもなくうまかった。
怪鳥の皮から採った油だ。
せっかくなので残った油をメナス達にも分けてやったが、とても喜んでもらえた。
今度芋好きなシロにフライドポテトを作ってやろう。
油を取り終えた皮もかなりうまかった。
カリカリに揚がった鳥皮へ少し塩を振る。
それだけで、無性に酒が飲みたくなる味になる。
メナスは唐揚げよりむしろ鳥皮の方が気に入ったようだった。
エッダは顔の輪郭が変わるほど唐揚げを頬張っていたし、ジェダはその味に妙な唸り声をあげながら泣いていた。
メナス達からはお返しに酒を差し入れしてもらい、鬼達やミル、ぴんくも喜んでいた。
そんなわけで、ほぼ宴会状態になってしまい、たった二日間で七日分の肉を平らげてしまった。
その分楽しかったので全く構わないが、しばらく肉は我慢だな。
ちなみに二日目には当たり前のような顔をして、オスカー親方も混ざっていた。
あとは…………色々と気を使い村人や傭兵たちと食事をしていたラウラが凄い目でこちらを見ていたような気もするので、いずれ何かご馳走したほうがいいだろう……。
基本的に彼女は寛容で温厚な性格だが、食いものが絡むと凄みを感じるからな…………食いしん坊なのだろうか。
「ぐぎゃ~う~」
「おっ、今日もラウラが一緒か」
「ご、ご迷惑でしたか?」
「いやいや、ただラウラ……もう猫車で運ばれることに抵抗が無くなっているよな」
「たまに怖いですけど……ら、楽なのでつい……」
「ま、まぁ釣りに行こうか。ミルとザムザは先に行ってそうだ」
ラウラが当たり前のように猫車で運ばれてくる。
何度見ても違和感が凄い。
子供なら微笑ましいのだろうが……。
猫車で運ばれ続けているせいか、意外とクロとラウラは仲が良い。
クロは魔法が好きなようだし、ラウラは世話好きなクロに猫車以外にも色々と助けられているようだ。
まともなトイレや風呂も無いような環境の中、身だしなみについて色々と細かく面倒を見てもらっていたようだ。
それに加え、どうもクロがいると他の連中とも喋りやすいようだ。
相変わらず何かと有能すぎる小鬼だ…………見習いたい。
そういうわけで、俺達が釣りをするようになってからは、ラウラもクロにくっついて参加するようになったのだ。
ちなみに、彼女は釣りには興味が無いようだが、魚は普通に食べる。
しかもなかなか気に入ったようで、結構な量をずいぶんおいしそうに食べる……。
そして、ラウラと違い釣りに興味が無いわけではないのだが、実は俺とクロも釣りには参加していなかったりする。
俺は皆が釣りをしている岩場から少し離れた小さな浜辺で、ひとりで地味に海藻を拾っていたりする。
多分昆布……だと思う。
茹でると懐かしい味がする。
はじめ仲間内では変な顔をされたが、スープにすると納得してもらえた。
特にミルはその味に強い衝撃を受けていた。
身近な食材、調味料を見逃していたことがショックだったのだろうか。
「ぐっぎゃ~ぅ!!」
少し離れた岩場で、クロがナイフ片手に海へ飛び込むのが見える。
俺が海藻を拾い集めるようになってから、クロは素潜りをするようになったのだ。
釣りも楽しいようだが、いまは素潜り漁が面白いらしい。
よくわからない軟体動物や、食べると死にそうな雰囲気の生き物も捕まえてはくるが、ウニやアワビ、貝や伊勢海老のようなおいしく食べられそうな海の幸も、大量に捕まえてきてくれる。
随分長い間海の中に潜ることができるようで、たまに心配になるが本人はまったく余裕そうだ。
クロとしては海の中の世界が新鮮で楽しいらしい。
海から上がるといつも、興奮冷めやらぬ様子で、いろいろと説明してくれる。
濡れた体も乾かさずに、全身を使い身振り手振りで見たものを伝えてくれるのだ。
実際あまりよくわからないことが多いが、とりあえず水中で見た魚介類の真似は可愛く面白い。
ゴーグルをしているわけでも無いのに良く見えるものだ。
中にはクロより大きい魚もいるようで、食われないかは少し心配だ……。
ただ、海から上がってくる姿が妖怪っぽいせいか、毎度ラウラが悲鳴を上げている。
凄いボリュームの髪が全身にまとわりついた状態で上がってくるので、慣れるまでは仕方ないだろう。
ちなみにラウラは俺達が食材を集めている間、近くの岩の上でごろごろとコハクや小鳥と幸せそうに遊んでいる。
コハクもずいぶん付き合いが長いので、ラウラには懐いているようだ。
たまに遠慮なく飛びついて、彼女ごとひっくり返っている。
コハク、結構体が大きいし、重いんだよな……。
「そろそろ火の支度をしておくか……。ラウラ、お願いできる?」
「はーい」
ラウラに火種をもらう。
ついでに薪を乾燥させてくれたようで、火付きが良い。
相変わらず魔法は便利だ。
ぴんくがポケット口に両手を乗せ、その様子を物憂げに眺めている。
なにか魔法について思うところでもあるのだろうか……。
「ぎゃ~ぅ~!」
「おお~、今日も大量だねぇ」
「うわぁ~! クロさん凄い!」
クロから収穫物のたくさん入った籠を預かる。
中を覗き込むと、いろいろな生き物がせわしなくうごめいている。
やや不気味だが、半分くらいは食えそうだ。
後でミルに仕分けてもらおう。
網や鍋を乗せて収穫物を焼く準備を整える。
クロは皆を呼びに行ってくれたようだ。
「あっ、これ昨日も食べたものですね! こ、こんな不気味なのにあんなにおいしいなんて……」
「それ、生でも食べると最高にうまいと思うんだがなぁ……」
「ええっ!? ボナス様、生はさすがにまずいのでは……?」
改めて見るとラウラは本当にボロボロだ。
もちろん遠征に参加している連中は、俺含め総じて酷い有様ではある。
ただラウラの場合、以前の気品あふれる姿を知っているだけに、余計そう感じる。
この姿を領主に見られたら俺達は殺されるんじゃないだろうか…………。
サヴォイアを出る前はふわふわしていた金髪も今はべっとりしている。
モンスターの死骸を大量に焼いているせいで、顔や服も煤だらけだ。
色白なので余計に目立つ。
高価そうな眼鏡もすっかり曇っている。
だが、表情は意外なほど晴れやかで、随分と楽しそうだ。
「みてみて~! なんかおっきいの釣れた~!」
「うわぁ! 凄いですね、ギゼラ様!」
「でかいなぁ~、それ前に釣竿折れて逃げられたやつかもな~」
「手ごたえは似たような感じだったかも。今回は……改良したからね!」
「あっ、あの貝があるな……」
今日はギゼラが大物を釣り上げたようだ。
軽々と片手で持っているが、百五十センチメートルくらいありそうだ。
シロやミル、ザムザもそれぞれ小ぶりながら数匹釣り上げたようだ。
短時間の割にはなかなかの成果だ。
オスカーだけはしょんぼりした顔をしている。
また釣れなかったのか…………。
ちなみにザムザはアワビが好きなようだ。
俺もそこそこ好きだが、それほど沢山食べるようなものでもない。
数が採れる割に皆にはそれほど人気が無い。
前回も皆はそこそこに手を付けて、残りはザムザが一人でむしゃむしゃと大量に食べていた。
「よし……、これはこのまま――――あぁっ、シロ……」
「ダメだよ、ボナス。ちゃんと焼いて食べよ? この間お腹壊したばかりでしょ?」
「あぁ……うん……」
ウニを生で食ってやろうとしたところでシロに取り上げられる。
確かにこれが実際にウニなのかどうかもよくわからんし、謎の寄生虫がいる可能性もある。
それでも生で食ってみたかったが……。
最近食事では色々と失敗しており、ずいぶんシロを心配させているので、とても逆らえない。
「あっ、ぴんく……おまえ……クロもっ」
「ぐぎゃう~!」
いつの間にかぴんくが俺が食べ損ねたウニに顔を突っ込んでうまそうに食べている。
クロもその真似をして……実にうまそうだ……。
「相変わらずボナスは学ばないねぇ~」
「うわっ、うめぇ! このトゲトゲ、気持ち悪いがうめぇな!」
ぴんくとクロがあまりにもうまそうに食べるのを見てか、親方が真似しだした。
「シ、シロ……ぴんくとクロに、親方まで……」
「ぴんくはよくわかんないけど、小鬼は毒キノコ食べても、腐った黒狼食べてもお腹は壊さないの。オスカーは……どうでもいい」
シロは無慈悲だった。
だが……オスカーの様子を観察して、数日元気だったら俺もこっそり食ってやろう。
「ダメだよ、ボナス」
「あ、あぁ…………もちろんわかってるよ!」
「まったく……、ボナスは相変わらずだねぇ~」
ポイポイと素早く魚介類の仕分け作業をしながら、ミルが呆れたような声を出す。
こっそりウニへ手を伸ばしかけていたラウラも、ミルの声にびくっとして手を引っ込めていた。
このお嬢様も大概だな……。
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