第112話 ヴァインツ村①

 ヴァインツ村へ来て四日経った。

 復興は思った以上に順調だ。

 村人たちのモチベーションも高い。

 やはり自分たちの村へ戻れたのは嬉しいようだ。

 はやく元の暮らしを取り戻そうと意気込んでいる。

 そして何よりモンスターの掃討を手早く行えることが大きいようだ。

 とはいえ事前調査もしており、ボナス商会の戦力を考えればある程度予想通りではある。

 だが、ピリー傭兵団の連中には、かなりの衝撃を与えたようだ。

 とくに体の小さいクロは、それほど戦力として期待されていなかったのだろう。

 傭兵団員のほとんどは、村へ着くまで、ただ無関心に距離を取っていただけだった。

 それが夕食時になると、団員たちは皆興奮した様子で、クロの活躍をたたえていた。

 クロは誰かれ構わず肩を叩いて話しかける。

 当然付き合いの長い俺達でなければ何を言っているのか、ほとんどわからないだろう。

 だが、何を言っているのかわからなくても、彼女の陽気で魅力的な笑顔にあらがえるものは少ない。

 驚異的な戦闘力で尊敬を集め、底抜けの明るさで魅了し、あっという間に傭兵団の人気者になった。

 唯一言葉を話せないクロが、一番の人気者になるという……。

 毎度のことながら本当にこいつが小鬼なのかわからなくなる。

 もちろんシロやギゼラも相当活躍したのだろう。

 二日目以降、傭兵たちから恐怖と憧れが混ざったような視線を向けられるようになった。

 なぜかその様子にザムザが苦笑いしていたが、こいつも似たようなものだろう。

 そして、思いがけず活躍したのがラウラだ。

 やはり魔法というものは相当に便利なようで、戦闘以外でも色々と使えるようだ。

 まずはモンスターの死骸の焼却。

 当初は薪を温存するためにも、わざわざ穴を掘り埋めていた。

 だが、ラウラが意外と簡単そうに魔法を使うので、最初は遠慮がちだった傭兵団も次々に頼むようになった。

 確かに腐りかけた死骸を下手に移動させるには衛生上問題もある。

 集団行動をしている以上、病気は怖い。

 そういうわけで、消毒を兼ねて手早く焼却してもらえるのは実際かなりありがたい。

 他にも建材となる日干し煉瓦を作る際にも役に立った。

 直接的に土を掘るようなことはできないようだが、固い土壌の空隙を膨張させるなどして、間接的に作業効率を引き上げている。

 他にも、車輪を補強している鉄のベルトが伸びてしまった際も、温めたり冷やしたりすることで修理したりと、いろいろ細かい部分で役に立っている。

 かなり細やかに熱や気圧を操作できるようだ。

 やはりラウラは自分でも言っていたが、なかなか魔法が上手いようだ。

 意外なことに、ぴんくも彼女が魔法を使うたびに、口を開けて驚いていた。

 まぁ、確かにぴんくはあまり細やかな魔法を使うタイプではないよな……狙いも割と外れ気味だし……。

 そしてラウラの魔法を見たぴんくは、なぜかしばらく不貞腐れていた。

 だが、一度アイスコーヒーを作ってもらってからは、仲良くすることに決めたようだ。

 どうやらぴんくは熱いのも好きだが、冷たいのも好きらしい。

 食事時にラウラから氷を貰い、調理中の窯の中と氷水を往復するという、末期のサウナ好きみたいなことをしていた。

 見ようによっては拷問だが、果たして気持ち良いのだろうか……。

 まぁそういうわけで、彼女はここに来てからは、なにかと引っ張りだこなわけだ。


「ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃ!」

「いやぁぁぁああ、クロさん待って! ぁぁぁぁぁああああああっ、止まってえええええ!!」

「おーい、こっちだ~」

「ぐぎゃ~う~!」

「ひぅっ!」


 ただ、残念なことに彼女には体力が無かった。

 そこかしこで彼女を必要とする声は上がるのだが、なかなか行きつかない。

 とにかく歩くのが遅い。

 そして、すぐに息が切れる。

 少し急いで歩くだけで、フルマラソンでも完走したかのような有様になるのだ。

 それでも彼女は特に文句を言うでもなく、ボロボロになりながら頑張っていた。

 ある時、その様子を見ていたクロが、当たり前のようにラウラを猫車に乗せた。

 相当疲れていたのか、なぜかラウラも猫車へ乗り込むと、ほっとしたように三角座りになる。

 そして、まるで荷物のようにおとなしく運ばれていった。

 一度猫車の実験と称して、俺がクロを運んでやったせいかもしれない。

 確かにかなり楽しそうにしていた……。

 ただクロは卓越した運動神経は持つものの、筋力が強いわけでは無い。

 クロはかなりの速度を出してめちゃくちゃ楽しそうだが、見ていて怖くなるくらいフラフラしている。

 相当攻めた運転をしているが大丈夫だろうか……。

 ラウラは毎度絶叫をあげているが、それでも歩くよりましらしい。

 毎度呼ばれれば、自分からおとなしく乗り込んでいる。

 貴族としてそれでいいのかと思わなくもないが……、まぁふんぞり返って役に立たないよりははるかに良いのだろう。

 一度その様子を見ていたハジムラドがしばらく固まったあと、何か言おうかと口を開きかけたが、結局何も言わず首を振って立ち去っていった。


「ク、クロさん……はやいです……落ちちゃいます……」

「ぎゃう~?」

「ラウラ様これお願いします」

「あ、こ、これ燃やすんですね」


 クロは完全に楽しんでいるが、ラウラも表情を見るに、口で言うほど嫌がっているようでもない。

 むしろ若干この状況を楽しんでいる気もする。

 ただ……、モンスターを燃やしているせいか、土壌を柔らかくする際に土埃にまみれるせいか、この場にいる誰よりも薄汚れており、すでに以前のピリよりやばい匂いがしていたりする。

 ラウラは村人や傭兵団との距離をもっと詰めたいようだが、彼女が考えるのとは別の理由で、それができていないのかもしれない。

 まぁ何にせよ、彼女は思った以上に責任感と忍耐力のある人間だった。


「今日は蒸し風呂作るか」

「おお! いいなそれ! 俺も臭くてたまらんかったんだ」

「じゃあ~、オスカー親方作ってくれよ。大体の場所は決めてるんだ。物置小屋を改装すればすぐだろ」

「ボナス様、それはいいですね!」

「いやぁ、ラウラは凄いね。正直これほど役に立ってくれるなんて思ってなかったよ」

「私も直接人の役に立つようなことは初めてで……とても楽しいですね!」

「いやほんと……それに魔法って凄いね~。めちゃくちゃ便利だけど、魔力切れとかないの?」

「魔力? それはいったい……う~ん、あ~そうですね。魔法を使う感じって、計算することに似ているんです。だから疲れはしますし、集中力が無くなると効率が落ちたり間違いはしますけど、具体的に何かを消耗して魔法を使っているわけでは無いですから……、使えなくはならないですね」

「へ~、そういう感じなんだ」

「私は計算も得意ですし、魔法を使うのも同じように得意なんです。でもそのかわり……甘いものは沢山必要ですね!」

「じゃあ、はいどうぞ! 今日はバナナパンだよ」

「やった~! ミル様、ありがとうございます!」


 そういうわけで、ここ数日ラウラにはチョコレートをはじめ、アジトで作った砂糖たっぷりのおやつを献上し続けている。

 ミルが子供たちのために作り始めたものだが、二日目には全員の楽しみとなった。

 まぁ砂糖を入れてパンを焼くとやたらといい匂いがするわけで……仕方ないよな。

 さすがに一人あたりの分量は少なくなるが、それでもこの環境で食べられる甘いものは満足感が大きい。


「ねぇボナス。蒸し風呂もいいけど、クレーンのここどうすればいいか考えてくれた?」

「あ、あぁ――――」


 ちなみに猫車はギゼラとオスカーの頑張りにより、十五台も用意できた。

 思った以上にオスカーは段取りが良く、ギゼラは調整能力と技術力が高かった。

 そして、クレーンだ。

 屋根をどのように作り乗せるかを考えている時に、思わず「クレーンがあれば楽なのに」とつぶやいてしまった。

 それをギゼラとオスカーに聞かれたことで、いろいろと話が膨らみ、木製のクレーンを作ることになった。

 最初は大きめの天秤のような、簡素なものにするつもりだった。

 だが、ギゼラやオスカーにうまく乗せられ、気がつくと車輪を利用した巻き取り式の大掛かりなものの図面を描かされていた。

 それからはあっという間で、今ある猫車を一台流用し、あっという間にクレーンが出来上がった。

 おかげで作業効率や安全性もすいぶん良くなった。

 とはいえ木製のクレーンなんて現物で見たことがあるわけでも無く、何となくイメージで描いた図面だ。

 当然次から次へとトラブルは起きる。

 そしてそのたびに、ギゼラやオスカーから改善策をせっつかれるのだ。

 どうやらそうやって試行錯誤すること自体が楽しいようだ。

 さらにその過程で、俺から新しい知識を掘り起こすのも面白くてならないらしい。

 まぁ確かに、直観的になんとなく分かっていたことに、具体的な計算式や数字があてはめられていくのは面白いことなのかもしれない。

 てこの原理のような簡単なものですら感動していた。

 二人とも俺より地頭は良さそうなので、いずれは俺の知識を超えて、勝手に何かと作ってくれそうだ。



「ただいま、ボナス」

「シロ、おかえり」

「ボナス、そのパン俺にもくれよ」

「コーヒーも飲みたい」

「アジール、パンはミルに土下座して頼め。コーヒーは……ハジムラド、自分でいれてくれ。シロのは俺が……あ、クロが持ってきてくれたみたいだ」

「ぐぎゃ~う~」

「ボナス、クロ、ありがとう」


 シロが俺の隣へ腰掛け、ニコニコしながら静かにパンを食べ、コーヒーを飲む。

 毎度のことながら大量のモンスターを殺戮してきたのだろうが、とてもそんな風には見えない。

 シロとアジール、ハジムラドに加え、比較的腕の立つ傭兵数名は、村から少し離れた場所まで遠出して、モンスターを討伐して回っている。

 基本的にはモンスターの集中するタミル山脈側の方面に行っているようだが、まだそれなりにモンスター達はいるようだ。

 ほとんどは実力のある傭兵からすれば大した相手では無いようだが、極稀に強いものも混ざっているようだ。

 シロ曰く、キダナケモや先日の怪鳥から比べると、弱すぎて比べるにも値しないようだが……。


「あ~美味しかった! ミル様、ありがとうございます!」

「うん、明日も作るよ。でもメナス達が帰ってきたら、さすがにみんなの分作るのは難しそうだなぁ……」

「ある程度現場も落ち着いて来たし、俺達も一度アジトへ戻りたいな」

「そうだね」

「ぎゃうぐぎゃう!」

「水浴びしたいね~」

「私も新しい食材を調達したいね。野菜や果物が少なすぎるよ」


 皆も賛成なようだ。

 ちなみに今、メナスキャラバンとヴァインツ傭兵団、ピリー傭兵団の半数はここにはいない。

 サヴォイアへ資材を再調達しに行ってもらっているのだ。

 思いがけず拠点建設や建物の再建が順調に進み、建築資材があっという間に無くなってしまった。

 まぁ、クレーンなどを作っていたせいもあるのだが……。

 ちなみにシャベルは何かと役に立っているようだが、意外と武器として使われていたりする。

 特にハジムラドは気に入ったようで、ギゼラに特注品を依頼していた。

 傭兵は引退しているんじゃないのかと聞くと、庭で家庭菜園をするのにも使いたいらしい。

 この世界でも年を取ると野菜を育てたくなるのは共通なのだろうか……。


「そういやミル、ザムザはどこ行ったんだ?」

「村の外周で柵を作る手伝いをしているけど、もうそろそろ来ると思うよ」

「ああ、そういえば……」


 ザムザは二日目以降、村を囲む柵作りをしている。

 今でもたまにモンスターがふらりと現れることがあるので、村の中心から離れた作業をするのにはちょうどいい人選だ。

 ちなみにザムザは村人からの人気が凄まじい。

 特に女性。

 少女から老婆まで、村の女達が群がってくる。

 毎度その様子を見て、ミルが複雑そうな顔をしている。

 まぁ、元々の顔立ちや体格の良さに加え、最近は髪や服装も整えて、表情もずいぶん柔らかくなってきた。

 人気が出ないわけがない。

 ザムザとは二人で並んで歩くことも多いが、村人で俺に寄ってくるのはマイルズのような暑苦しい男か、小さな子供くらいだ。

 子供が寄ってくるのは、おもちゃ狙いだろう。

 クレーンの試作品を流用してシーソーを作ってやったのが記憶に残ったのだろう。

 あの時は半日くらい人気者になれた。

 たまに大人も乗っているようで、一度ピリとオスカーが楽しそうに乗っているのを見てしまった。


「――――ボナス、柵の材料がそろそろなくなりそうだ」

「おかえり、ザムザ。まぁそうだろうなメナス達が戻ってくるまで柵作りも休止かな。午後からは日干し煉瓦を作る作業に切り替えてくれ、んで明日は皆で一度アジトへ帰ろう」

「ああ、わかった」

「というわけで、ハジムラド。明日俺達一度戻っても大丈夫そうかな?」

「そうだな……問題ない。シロのおかげでかなり広範囲にわたってモンスターをせん滅できた。数日は安全だろう」

「おい、ボナス! 早く蒸し風呂作るぞ!」

「ああ、そういやそうだったな――――」

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