第114話 監視塔と魔法

 食後、コーヒーを飲みつつ海を眺めていると、ハジムラドがやってきた。

 アジールも一緒だ。


「ラウラ様、今後の動き方について相談しておきたいのですが、今よろしいですか?」

「んがっ……あっ、はい。大丈夫ですよ」


 コハクを抱いたまま、口を開けて幸せそうにうとうとしていたラウラだが、ハジムラドの声に目を覚ます。

 確かに、少しでも気を抜くと寝てしまいそうになる。

 十分に腹も膨らみ、海風も気持ち良い。

 穏やかな波の音が、いつのまにか意識を押し流していく。

 皆も弛緩した空気の中、思い思いにのんびりと体を休めていた。

 クロとシロ、ギゼラはお互いに髪の手入れをしあっている。

 二人がかりでブラシを当てられて、クロがくすぐったそうにしている。

 ザムザとミル、そしてオスカーは少し離れた岩場で、再び釣りに挑戦しているようだ。

 オスカーは無駄に竿を動かしすぎだな……。


「じゃあ、俺達は散歩にでも行くか」

「ボナス……。お前も参加に決まっているだろう」

「う~ん、変わった味だが……これはなかなかいけるな……」

「アジール。お前何当たり前のような顔で俺達の魚食ってんだよ」

「別にいいだろ。どうせ余ってるんだし」


 確かに調子に乗って作りすぎたせいで、煮魚の料理が残ってしまった。

 夕食に取っておこうと思ったが、食べきれるのであればその方が良い。

 別にまずくはないのだが、どちらかといえば失敗作だ。

 適当にミルのハーブをいれたら癖が強くなりすぎた。

 それに、どうせこの辺の海では魚はいくらでも釣れる。

 ザムザ達も何かは釣り上げてくるだろうし、既にアジトへ持って帰るための干物も大量に作ってある。

 ニーチェたちへのお土産も兼ねているのである程度は残しておきたいが、それを別にしても今日明日で食べきれる量ではない。

 いつのまにかハジムラドは当たり前のように自分の分のコーヒーを淹れている……。


「今後の方針についてだが…………、メナスキャラバンが帰ってくるまではレンガづくりとモンスターの処分、倒壊している建物の掃除と資材の仕分けを中心にやろうと思う」

「まぁ資材が無い以上そうするよりほかは無いよな」

「やはりボナス様の言った通り、村人を連れてきたのは正解でしたね。予想以上に順調で驚いています」

「いや、ラウラの功績がかなり大きいと思うよ」

「あ、ありがとうございます」

「ある程度うまくいくだろうと思ってはいたけど、まさかこんなに早く資材が無くなるとは俺も考えてなかったからなぁ……。そういえば、メナス達はいつ帰ってくると思う?」

「早くとも三日後だろうな」

「まぁ、今サヴォイアで資材調達は難しいようだし……、時間がかかるのは仕方ないか。メナス達が戻ってきたらどういった作業を予定しているんだ?」

「これまでの復興作業に加えて、畑に監視塔を計画している。それで……その仕事をボナスに頼みたい。これはラウラ様とも話していたことなのだが、村人たちが農作業を再開できれば、自立した生活の立て直しも一気に進むだろう」

「監視塔か……木造だろ?」

「実用的であれば何でも構わん。ただ、なるべく早く建てたい」


 頭の中にいくつか建物のイメージは浮かぶ。

 だがそれを建築する具体的な方法がいまいち定まらない。

 まず、木造で骨組を作るのが手っ取り早いが、サヴォイアではあまり太くて長い木材は手にはいらない。

 長い通し柱で高さを稼ぐような構造は難しいだろう。

 それほど耐震性は必要ないとはいえ、この場所は雨も降るし海風が強い時もある。

 上に積み上げていくような構造は少々不安に感じる。

 小さな部材を細かく組み上げ高さをかせぐにしても、金物で接合部を補強するのは難しそうだ。

 海が近いので錆が怖い。

 縄を使った接合部もありえなくはないが……、正直俺にはその手の知見が無い。

 結局のところ、どういった構造を採用するにしろ、手持ちの知識や技術で手っ取り早く建てるというのは難しそうだ。


「意外と悩ましいな……いくつ必要なんだ?」

「今のところ三ヵ所を予定しているが……難しいか?」

「う~ん……、一か所にまとめることは出来ないかな? そのかわり高さを稼いで、一階部分を倉庫兼応急避難場所にするのはどうだろう」

「そうだな……位置を再検討する必要はあるが、それでもかまわん」

「であれば一階兼基礎を日干しレンガと石で作って、その上に木造の櫓を立てよう。それならば見張り台は十メートル以上の高さに出来る」

「わ、私もお手伝いしますね!」

「いや、ラウラ様はモンスターの焼却やその他いろいろ仕事がありますので」

「あぁっ……、そうですね……」


 結構な大仕事になってきた気がするが、少し面白そうだ。

 アジトへ戻ってから図面を描くか。


「オスカーとギゼラがいれば……あとザムザの手も借りたいなぁ、それともう一人くらい……」

「……俺が行こう」

「ハジムラドが?」

「ああ。村周辺のモンスター討伐はある程度流れは出来ている。アジールとシロがいれば危険は無いだろう」

「それにしたって、ハジムラドもいい年だろ……体動くのか?」

「ボナスよりはな。それに畑は意外とモンスターも来る、遠距離攻撃に対応できた方が良いだろう。俺なら弓も使える。それに俺以上に多くの種類のモンスターと対峙した経験のある人間はサヴォイアにはいない。防衛機能という点でなら、何かとアドバイスはできる。基本的な構造が決まったら、様々なモンスターを想定したリスクの洗い出しをしながら詳細を詰めた方が良いだろう」

「たしかに……現場の声は重要だな」


 還暦手前とは言え、かつては地竜殺しと呼ばれ、サヴォイアの傭兵で最も優秀だった男だ。

 実際何かと頼りにはなるだろうな……。


「ボナス、ハジムラドはなかなかモンスターの習性に詳しかったし、それに応じた戦い方も色々知ってるみたい」

「そうか……まぁ、シロがいうならば間違いないか」


 シロが髪を梳かしてもらいながら、こちらへ声をかけてくる。

 モンスター討伐に同行するあいだ、実際にハジムラドのそう言った面での優秀さを色々と見ていたのだろう。

 確かに村の周辺と言えども相当に広い。

 広範囲に点在するモンスターを効率よく討伐するには、単に戦闘能力が高いだけではだめなのだろう。

 むしろモンスターの習性をよく理解し、それに合わせた戦略を組み立てることの方が重要となる。


「避難場所を兼ねるのであれば、簡単な迎撃手段も用意したほうがいいだろう」

「なるほどな。まぁ……俺と鬼だけじゃ常識的な視点に欠けそうでもあるしな」


 それに……、ハジムラドとしては俺が非常識なものを作らないか、心配しているのかもしれない。

 確かに、ヴァインツ村に軍事拠点と誤解されそうなものがあってはいろいろとまずいだろう。

 俺ではその辺のさじ加減が分からない。


「それが同行する一番の理由だな。お前達は優秀だが、目を離していると何かとんでもないことをしでかしそうで心配だ」

「あぁ、わかったわかった。とりあえず、同行するならしっかりとこき使わせてもらうわ!」


 ハジムラドは、コーヒーを飲み干すと立ち上がる。

 村長にでも会いに行くのだろう。

 俺達や傭兵だけでなく、村人への連絡や指示も細かく定期的に行っている。

 アジールと同じ傭兵とは思えないマメさだ。


「おいボナス、これなかなかうまかったぞ。今日の晩飯はそっちに混ざろうかな」

「アジール、お前はいつのまに……って、あんだけあったのに全部食ったのかよ!」

「以前この村に泊まった時の魚はいまいちだったが、これはうまかったわ」

「それでは、ボナスよろしく頼む。行くぞアジール」

「ああ、わかった……。なぁボナス、晩飯は焼き魚も食ってみたいんで頼むわ」

「晩飯は……ミルかザムザに頼めよ……」

「ご苦労様です、ハジムラド様」

「いえ、慣れておりますので……。ラウラ様はもう少しゆっくりしてください。さすがに働きすぎです」

「だ、大丈夫です! クロさんが運んでくれるので全然疲れませんよ!」

「ぐぎゃうぎゃう~!」

「…………そうですか」


 ハジムラドは何かもの言いたげだが、結局何も言わずにアジールを連れて立ち去った。

 まぁ実際のところ、ラウラの体調は良さそうだ。

 食事もしっかりと食べている。

 良く働いた分、いつもよりおいしく感じるらしい。

 驚くほど順応性が高い。

 今回の遠征では当初彼女に抱いてイメージとは色々と違う面が見えた。

 元々悪い感情は持っていなかったが、思た以上に魅力的な女性だ。

 彼女ならば…………アジトへ連れて行ってもいいのかもしれない。


「明日、俺達は拠点へ一度帰ろうかと思うんだけど」

「あっ、そうなんですね……ざ、残念です……」

「もし、良ければだけど、一緒に――――」

「行きます! ぜひ! やったああ!」


 ラウラは食い気味に返事すると、妙にガクガクした動きでこちらへ近寄ってくる。

 スキップ……なのだろうか……、ちょっと怖い。


「ありがとうございます! ボナスさん!」

「あ、ああ……」

「ぎゃう~! ぎゃう~!」


 クロが便乗して俺の周りをまわる。

 なぜかラウラの不格好なスキップを完全にトレースしている。

 トリッキーな動きすぎて怖い。

 クロは割とラウラのことが気に入っていたし、嬉しいのだろうな。


「うんしょっと……。やっとコハクちゃんのお家にお邪魔できます!」

「んなぅ~?」


 上機嫌なラウラに抱き上げられ、コハクは不思議そうにその顔を見つめている。

 なぜか両頬を大きな肉球でもみほぐすように交互に押しつけている。

 最近たまにコハクを抱き上げるとやってくる動きだ。

 ラウラは顔を歪ませながらも幸せそうだ。


「それにしてもコハクちゃんは魔力の扱いが上手ですね~」

「うぇ? コハクって魔法使ってるの?」

「まだ魔法を使っていると言えるほどではありませんが、いずれは凄い魔法を使いそうです! さすがキダナケモですね!」

「えっ、コハクがキダナケモってわかるの?」

「魔力を動かしていますからね」

「やっぱ魔力って…………魔力って何?」

「実際に魔法を使わない人に説明するのはとても難しいのですが……」


 思いがけず魔法の話が飛び出てきた。

 なかなか詳しく聞けるような機会も無かったので、いいタイミングかもしれない。

 やはり魔法という言葉はどこか心躍るものがある。

 何らかの方法で、あの不思議な力を自分も使えるかもしれないと、子供のように期待してしまう。

 それに、つい先日の怪鳥のこともある。

 あの時はずいぶん魔法に苦しめられた。

 結局俺達はただひたすら逃げるだけで、有効な対抗策は思い浮かばなかった。

 運良く小鳥たちのおかげで生き延びることができただけだ。

 いつまた同じようなことが起きるとも限らないのだ。

 やはり自分や仲間の身を守るためにも、魔法についての知識は学んでおきたい。

 ラウラはコハクを抱いたまま、その場にストンと座りなおすと、虚空を探るように目を動かす。

 どう説明すれば俺が理解できるのかを考えているのだろう。

 それまでの少しぽやんとした様子から、理知的な雰囲気へ切り替わっていくのを感じる。


「――――うまくできる自信はありませんが……とりあえず説明してみますね。えーっと……まず、魔力はどんな場所にも存在しています。そしてその魔力は、わずかに高くなったり低くなったりを緩やかに繰り返しています。私達魔法使いにはそれが魔力の揺らめきとして知覚できるのです」

「視覚的に見えている感じ?」

「感覚的にはとても近いのですが……目を閉じていても感じることはできます」

「なるほど……」


 五感以外の感覚器官があるようなものなのだろう。

 しかしだとすると、ほんとうに別の生き物のようだな……。


「そして、そういう緩やかな魔力の揺らぎが広がる世界において、魔法使いが唯一干渉できることは……邪魔することです。わずかに魔力が高くなった状態が再び低く安定した状態へと戻ろうとするのを邪魔すること。それが魔法使いのできる唯一のことです」


 もしかすると自分にも凄まじい魔法が使えるのではと、少しドキドキしながら話を聞いていたが。

 なんだか地味な話になってきたな……。

 そして、俺にはどうも魔法を使うのは無理そうな気配が漂ってきている。

 少なくともそのような魔力の揺らぎというものを感知したことはない……。


「そうやって、魔力が低くなるのを邪魔する作業を何度も繰り返すことで、極端に魔力が高い状態を作り出せます。えーっと……、以前少しお話しましたが、その作業が計算にとてもよく似ています。 ちなみに魔力が高くなるほど、邪魔するのにより多くの計算が必要になるので、その分とても疲れますし、失敗も増えます」

「それが魔法?」

「いえ……、少し違いますね。ええっと……そうして極端に魔力が高い状態を作り出した後、邪魔するのをやめると――――伸びきったゴムから急に手を離したように、魔力は安定した状態へと急激に戻ろうとします。そのとき、何らかの物理現象を伴うのです。熱くなったり冷たくなったり、空気が膨らんだり縮んだり、光が出たり消えたり…………、それが一般に魔法と呼ばれるものになりますね。後は魔力を高める場所の配列、レイアウトでその物理現象の種類が決まり、魔力の高低差がその威力を決めます」


 少しイメージはつかめた。

 だが多分、魔力という概念も分かりやすさを重視した表現に過ぎないのだろう。

 何となく察するに、俺の理解力に合わせた説明をしてくれた気がする。

 実際は、彼女の説明してくれたことの背後に、より複雑な理屈が膨大に存在しそうだ。

 自分に感知できない力の話なので、なかなか実感は持てないが、理解はできる。


「ラウラの説明だと、常時魔力の揺らぎがあるということは、いま目の前でも何らかの魔法は起こっているということなのかな?」

「ええ、そうですね。規模が小さすぎて知覚できませんが……」

「魔法使いが魔法を使おうとする際の、その……計算のような操作は阻止できないの?」

「簡単にできますよ……魔法使い同士であればですが。魔法を阻止するのに必要な計算量は、魔法を使うために必要な計算量の一割程度に過ぎません。なので……魔法使い同士の戦いになった場合は、基本的に魔法では勝負がつきません。腕力がものを言いますね!」


 ラウラが貧弱そうな腕をクイッと曲げて笑う。

 どんなに凄い魔法を使えたとしても、結局最後は物理で殴るのか……。

 魔法使いとはいったい……。

 しかし逆に魔法を使えない人間にとっては、発動するまで感知できない力というものはかなり恐ろしいな。


「それじゃあ……コハクの話に戻るけど、キダナケモも魔法を使うのかな?」

「う~ん、少し順番が違いますね。私達魔法使いがキダナケモの末裔なのです」


 ラウラがさも当たり前のように衝撃的なことを言う。

 これ、俺が聞いてもいい話なのかなぁ…………。

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