第22話 傭兵

 やや緊張しつつ、傭兵斡旋所に入っていく。

 昨日のカウンターで髭面男と背の高い金髪の男が何か話しているのが見える。

 あの男が今回の傭兵か。


「こんにちは」

「おおっ、お前さんが俺の雇い主かな?」

「そういうことになるのかな」


 20代後半くらいか。

 喋り方が明るく爽やかだ。

 彫が深く、中々整った顔立ちをしている。

 背が高く、筋肉質な体系だ。

 胸板が厚く腕も太い。

 よく日焼けしていて野性味もあり、女にモテそうだ。


「2人ともいいかね? 一応今回の依頼についての確認をする。まずは依頼者がボナス。請負うのはアジールだ」

「ボナスだ。よろしく」

「ああ、俺はアジール。よろしく」

「請負金はボナスからすでに預かっている。報酬は依頼達成の確認後、アジールに渡す」

「依頼達成の確認はどうやるんだ?」


 アジールはこのやり取りに慣れているのだろう。

 特に疑問も無いようで、退屈そうに隣の窓口に並んでいる女傭兵の胸や尻を目で追いかけている。


「ボナスには依頼が終わったら、報告に来る義務がある。もし報告を怠ればブラックリスト入りだ。そうなると、今後依頼を出せなくなるので注意するように」

「わかった。当日中でなければまずいのかな?」

「通常は翌日までだが、今であれば3者合意のもと期限を別に決めることもできる」


 意外とルールはきちんとしている。

 国で統一した基準があるのかもしれない。

 依頼が領を跨ぐこともあるだろうし、地方領主が細かくルールを決めて、管理運用するにはコストが高くつきすぎるか……。


「へ~そんな取り決めがあったのか。今まで知らなかったわ」

「俺はとりあえず明日までの報告で問題ないよ」


 アジールは傭兵歴長そうだが、意外とこういう細かなルールについては知らないようだ。

 それにしてもやっぱこの髭面男、細かいところまできっちりしている。

 他の受付を知らないので比較はできないが、なかなか優秀そうだ。


「次に依頼内容の確認だ。内容は時間内の店番及び護衛。両者いいかね?」

「ああ、それでいい」

「俺も問題ない」

「では以上だ。報告を忘れないように」


 そう言い残すと、髭面は引っ込んでいった。


「それじゃ早速市場へ向かっていいかな? あまり長く店を空けたくないんだ」

「ああ、もちろん。とっとと行こうか」


 やや足早で市場に戻る。

 アジールは結構立派な剣や防具を身に着けている。

 とはいえマリーほどの迫力は感じない。

 それでもよく鍛えられているのはわかる。

 装備品が使い込まれている様子からも、熟練の傭兵であることがうかがえる。


「アジールはベテランみたいだけど、よくこんな仕事受けてくれたね。まぁ凄く助かるんだけど」

「今は他に美味しい仕事も無いからな。昼間から酒場に入り浸るよりはましだろ?」

「そりゃ傭兵も、いつも気を張るような仕事ばかりしてるわけでもないか」

「そうそう。とはいえちゃんと護衛はするんで任せてくれ」

「助かるわ。よろしく」



 市場に戻るとメラニーがクロにアクセサリーを付けて遊んでいた。

 なんだか2人とも、えらく楽しそうだ。


「お待たせ! 悪いねちょっと長引いて」

「いや~クロって面白いね。いい暇つぶしになったよ。この子一体何なんだい?」

「ぐっぎゃっっぎゃっぎゃ!」

「ああ、一応小鬼」

「全然そう見えないわ……」

「よく言われるよ。愉快な奴だろ?」

「それは間違いないね!」


 アジールは少し警戒した顔をして、クロをじっと見ている。

 マリーもそうだったが、やはり傭兵やってる奴らは、小鬼の様子を警戒するな。

 依頼の中で、モンスターとしての小鬼と直接対峙することも多いだろうから、気になるのかな。


「これは本当に小鬼なのか?」

「ああ、みんな不思議そうにするね」

「名前はクロだ。色々手伝ってもらってる」

「ぐぎゃあ!」

「それは……まぁそういうこともありえるのか? う~ん……」


 あまり納得はいって無さそうだな。

 とはいえ、慣れてもらうしかない。

 再び看板を掲げて、コーヒーを淹れる。


「これが売り物のコーヒーとチョコレートのセットだ。試しに飲んでみてよ」

「じゃあ、遠慮なくいただこうかな」

「苦みがきついようであれば、ミルクで調整するんで言ってくれ」

「おおっ! これはうまいな。なるほどなぁ……このチョコレートというのもうまい。これで500レイなら個人的に買いに来てもいいな」

「飲むと頭が冴えるし、眠気覚ましにもなるよ。苦みは大丈夫かい?」

「俺はむしろこの苦みがいい。かなり気に入ったよ」


 コーヒーへの食いつきは、アジールが今までで一番いい気がする。

 またこのやり取りが宣伝になったのか、客が寄ってきてくれた。


「いい香りね。私ももらえるかしら?」

「はいどーぞ! 500レイだよ」


 それからもパラパラとお客は来る。

 今日予定していた30杯はそろそろ達成しそうだ。

 アジールが本当に気に入ってくれたようで、改めて自腹で買ってくれた。

 まぁ店の周りとずっとうろうろしているだけで、暇なのもあるだろうが。

 

 ただ本当に傭兵が必要なのかは若干怪しいところだ。

 実際市場でいるうちは、それほど警戒しなくてもいいのではと感じる。

 もちろん牽制にはなっていると思うが、目につく限り傭兵を雇っている店はない。


「メラニー今ちょっといいかな?」

「うーん? ああ、ボナス。さっきのチョコレート美味しかったよ。ありがとね」

「いえいえ。それでちょっと教えてほしいんだけど、この辺の治安はそれほど悪くないのかな?俺びびって傭兵まで雇っちゃったんだけど」

「いや、それで正解だと思うよ。あんたサヴォイに来たばかりだろ? それになんかこう言っちゃあなんだけど、お金に余裕がありそうな割に、隙が多いし……弱そう」

「うわぁ……全くその通りだけどショックだわ。俺そんなに弱そう?」

「そうだねえ。私が強盗ならボナスを標的にするね。だからもうちょっと街に慣れるまでは誰でもいいから一人傭兵を付けておくのは悪くないとおもうよ。今日来てるあんな立派な傭兵じゃなくてもいいからさ」


 やっぱりそう見られていたのか……。

 傭兵はやはり必要か。


「メラニーは女一人なのによくやっているね」

「まあこの街に住んで長いからね。周りの店の奴らも全員顔見知りだもの」

「なるほどなぁ……。これからもよろしく先輩!たまにチョコレート貢ぐから、またアドバイス頂戴!」

「あはははっ、それは嬉しいね。こっちこそよろしく」


 結局傭兵は雇い続ける必要がありそうだな。

 金銭的にはなんとか持続できそうだが、手続きが面倒くさいんだよな。

 人が毎回変わるのも結構ストレスだし……。

 アジールは結構優秀だ。

 このレベルの傭兵に連続して頼めるのなら最高なんだが、そういうわけにもいかないだろう。

 傭兵斡旋所でまた相談してみるか。





 慣れない客商売をこなしていると、あっという間に時間が過ぎる。

 気が付くと、日もだいぶと傾いている。

 今日は結局31杯売れた。

 予定していた数も捌けたし、初日としては上出来だろう。

 利益はほぼ無いが、今は手持ちの金が極端に減らなければ、良しとしよう。

 暫くは安全かつ地道に常連を作るのが目標だ。


「なぁアジール。明日は別の用事があるのかな?」

「いや特に予定は無いが、明日の傭兵はハジムラドが、もう手配しているんじゃないかな」


 よく考えれば当然か。

 しかし、毎回人が変わるのは色々心配だな。

 昼に屋台を抜けなければならないのも厄介だ。

 うーん……悩ましいが、今のところ如何ともしがたいな。

 相性の良い傭兵を見つけるいい機会と考えて我慢するか。


「ハジムラドって……あの斡旋所の受付の髭の人かな?」

「ああ、あの斡旋所で一番の古株だ。愛想は無いし、……恐れられてはいるが、信用できるぞ」


 確かにあの手の人物は、粛々と仕事をこなしながら、いつの間にかこちらを観察し、多くの情報を引き出す。

 しかも相手の感情は見えない。

 いかにも傭兵が苦手としそうな人種だ。


「なんとなくわかる気もするよ。それにしても残念だなあ、明日もできれば頼みたかったんだが……」

「まぁ俺も楽な仕事だったし、また依頼を見かけたら受けるようにするよ」

「ああ、そうしてもらえると助かる」



 それから片付けを終わらせ、メラニーに改めて挨拶し、アジールと宿に向かう。

 今日は体力的にはかなり余裕だったな。

 クロが喜んで手伝ってくれるせいで余計に楽だ。

 明日はもうちょっと遅い時間まで粘ってみてもいいかもしれない。




 2日目は、意外なことにリピーターが多く来てくれた。

 そういえば木工屋の親方も来てくれた。

 実は昨日も来てくれていたのだが、まさかリピートまでしてくれるとは思っていなかった。

 飲んでいる間中、このコップは俺が作ったって話を繰り返すのもご愛敬だ。

 メラニーもその日は2杯買ってくれた。

 ほぼチョコレート狙いだろうけど、コーヒーもカフェオレにすると、おいしく楽しめているようだ。

 いずれカプチーノを作ってあげたい。

 リピートしてくれたお客さんは、どうも味を気に入ってもらえたという人以外にも、気分がスッキリして仕事に集中できたという人も多かった。

 俺自身は飲み慣れすぎて、まったく実感はなかったが、きちんとカフェインは仕事をしていたようだ。

 それ以外、商売については特に昨日と変わることは無かった。

 結局この日は35杯売れた。


 ちなみに今回の傭兵は中々やばい奴だった。

 挙動不審で、話しかけてもたまにしか反応が返ってこなかった。

 何より嫌だったのは、腰につけている財布代わりの革袋をチラチラ見ていたことだ。

 結局この日は早めに店を閉じてしまった。

 この傭兵と長く一緒にいるのは危険な気がしてきたからだ。

 まぁ俺も思い過ごしかもしれんが、少なくとも気分は良くない。

 思った以上に傭兵当たりはずれが激しい。

 明日はまともな傭兵が来るといいなぁ…………。

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