第21話 開店

 まずは、試しに一杯ドリップしてみるか。

 香りが広がれば、宣伝にもなるかもしれない。


「クロ、ドリップ頼んでいいかい? 試しに2人で飲んでみよう」

「ぐぎゃぐぎゃ!」


 ドリップするとコーヒーのいい香りがあたりに広がりはじめる。

 この場所は人通りが少ないがゼロではない。

 通りかかる人はこちらをチラチラ見る。

 周囲の露店で働く人も、気になるようだ。

 でもなかなか近寄ってきてはくれない。

 何か声を出して客寄せした方が良いのかな。

 こういう客商売をしたことが無いので、妥当な振る舞い方が分からない。

 とりあえずニコニコしとくか。


「ぐぎゃあ?」


 クロが不思議そうな顔でこちらを見ている。

 暫くクロと2人でコーヒーをぼんやりと飲む。

 だが、全然人が寄ってこない。

 

 ――――これはだめかもしれない。

 まだ開始30分も経っていないのに、既に心が折れそうだ。

 お客さんが来ないとこんなに辛いのか。

 とはいえ、さすがにもう少しだけ耐えてみよう。


「ちょっといいかい?」


 クロの髪の毛を編み込みながら現実逃避をしていると、唐突に声をかけられる。


「ああっ、はい! いらっしゃい!」

「さっきからいい匂いしてるけど、これは何ていうものなんだい?」


 若い職人ぽい男が看板を指さしながら聞いてくる。

 ついに初めてのお客さんが!


「これはコーヒーという苦みと香りを楽しむ飲み物で、こっちはチョコレートと言って、これも苦みと甘みを楽しむお菓子なんだ! もし飲んでみて苦みがきつければ、ミルクを入れると味が落ち着くよ!」


「ふ~ん、苦いのかぁ。匂いは良いんだけどなぁ。やっぱり辞めとくよ。苦いのは得意じゃないんだ。悪いね」

「ああ……それじゃ、残念だけど仕方ない。もし好きそうな人がいたら紹介してやってね」

「ああ、それじゃ」


 確かに苦みを楽しむって言われてもイメージがわかないよな。

 これは早速戦略ミスかもしれん。

 もっととっつきやすい商品にすれば良かったかな。

 いっそカフェオレメインで考えればよかったかもしれないなぁ。


「なぁあんた。それ一杯貰えるかい?」

「え?あ、はい。今入れるんでちょっと待ってね。」


 横の露店で雑貨やアクセサリーを売っている店主が、思いがけず声をかけてきてくれた。

 30代くらいの色白黒髪で細身の女性だ。

 全身にアクセサリーを付けて眠そうな顔をして座っている。

 うちと違って顔見知りの客がぽつぽつとだが来ているようだ。

 とはいえ基本的には俺と同じく暇そうだ。


「苦いのは大丈夫かな?」

「あんまり苦いのは勘弁だけど、まぁ飲んでみて合わなけりゃミルク入れてもらえんだろ?」

「ああ、もちろん。そっちの店の椅子で飲む?」

「そうだね。さっきからずっと思っていたけど、いい香りだねぇ。楽しみだ」

「はいどうぞ。飲み終わったら器を取りに行くよ」


 そう言って隣の屋台までカップアンドソーサーを届ける。

 女は匂いを嗅いだ後、慎重に口をつけ、味を確認しているようだ。


「うーん苦い……でもこれは……不思議な味……。意外と流行るかもしれない」

「おお!それは嬉しい!正直もうだめかと思っていたんだけど、ある程度売れてくれそうかな?」

「そうだねぇ、確かに売り方は難しいだろうねぇ。ちょっとミルクも入れてもらえる?」

「どうぞどうぞ。――そういえば俺はボナスって言うんだ。見ての通り今日から露店を初めた新米だ。よろしく先輩」

「ああ、私はメラニー。自作のアクセサリーと生活雑貨の小売りをしているんだ。よろしくね」


 そういいながら、コーヒーに口を付けている。

 これなら他の人にも受け入れられるかもしれない。


「チョコレートも試してみてね」

「ああ、どれどれ――――甘い! これは美味しいね! うわーこれは凄いわ。なるほど、このセットなら受け入れやすいね。中々よく考えられてるじゃないか」

「コーヒーもミルク入れると飲みやすいでしょ?」

「ああ、いいね~これは……いいね!」


 そういいながら2枚目のチョコレートも味わっている。

 甘いものは受け方がまるで違うな。

 やはり砂糖は最強だな。


「このチョコレートだけ売ったりはしないの?」

「今のところ、あんまりたくさん手に入れられないんだ。しばらくは難しいかなぁ」

「それは残念だねぇ。これが大量に手にはいりゃ簡単に一財産築けちまうだろうに」

「まぁ、世の中そんなうまい話は無いってことさ」


 やはり甘いものの取り扱いは気を付けないとな。

 下手すると、直ぐに悪目立ちしそうだ。


「すいません。私にもそれもらえます?」

「ああ、はい!いらっしゃい!」

「俺にもひとつもらえるかい?」


 一連のやり取りを見ていたのだろうか、人が寄ってきてくれた。

 手早く2杯用意して、チョコレートを添えてカウンターに置く。

 既にその後ろで様子を見ている人がいるな。

 我ながら単純なもので、急にすべてうまくいくような気がしてきた。


「ミルクで苦みは調整するので、欲しければいつでも声をかけてね」

「うぅ……私にはちょっと苦いわ、私のには少しミルクいれてもらえるかしら?」

「うーん、不思議な味だな。――おおっ、このチョコレートと併せて飲むと最高だな!」

「あら美味しいわね。ミルクを入れると全然苦くないのね」

「へ~面白そうだな、俺にもくれ」


 時間帯もあるのだろうか、人が人を呼ぶように、どんどん来る。

 メラニーに感謝だな。

 後でチョコを差し入れしよう。

 何とかクロと二人で対応していると、いつの間にか昼前になっていた。

 人もやっと切れたし、傭兵も迎えに行かねば。

 自分で食べるために作ったチョコレートのかけらを皿に乗せ、メラニーの露店に行く。


「メラニー! これどうぞ。なんかメラニーのおかげで人が次々来たよ」

「ありがとう! せっかくだから貰っとくよ。味は間違いないんだし、どのみち時間の問題だったとは思うけどね。――ああっ甘ーい!」


 基本メラニーはいつも眠そうな目をしているが、チョコレートを食べた瞬間だけは目が開く。

 そういや目が開くと言えば、カフェインの影響とか大丈夫かな。

 まぁ小さな子供には与えないように言っておくか。


「ちょっとこれから少しだけ人を迎えに行くんだけど一応見ておいてもらえるかな?」

「ああ、いっといでよ。でも金や貴重品は置いてかないでくれよ」

「ありがとう! すぐ戻るよ!」


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