第20話 準備

 宿に戻り、荷物を整理する。

 クロには材料を渡し、料理をお願いする。


「料理よろしく! 何かあれば呼びに来てくれ」

「ぐぎゃぐぎゃ!」


 

 暫く鞄の荷物を整理していると、クロが温かな湯気を上げる木椀を2人分持ってくる。

 アジトから持ってきた肉や芋、野菜を味噌で煮たスープだった。

 暖かいものが食べられるのはやはり良いな。


「うまいうまい」

「ぐぎゃあぐぎゃあ」


 その後調理道具を片付け、お湯を沸かしコーヒーを淹れる。

 試しにカップアンドソーサーを使ってみる。

 事前に軽く水洗いして確認してはいたので、それほど心配はしていなかったが、実際にコーヒーを淹れても問題ない。

 

 「木製は意外とありだな」

 「ぐぎゃうぎゃう」

 

 口当たりが柔らかくて良い。

 断熱性能も高いので、持ち手が無くても熱くないし、冷めにくい。

 耐久性は劣るだろうが、落としても割れないので悪くない。

 よく考えりゃ汁椀と同じ合理性があるのか。


 

 残りのお湯で体を拭き、早めに横になる。

 クロも隣に転がってくる。

 基本的に寝る際は、俺は布にくるまって寝るのがこちらに来てからの習慣になった。

 一方クロは全裸で寝る。

 暗闇の中で、クロのしなやかで柔らかいからだの輪郭がうっすらと浮かび上がり、どうにも落ち着かない気持ちにさせられる。

 控え目に言ってもあまりにも美しすぎる均整を持った体なのだ。

 普段は陽気で頼れる相棒なのだが、寝る時はあまりにも静かで、その美しさが目につきすぎる。

 流石に下着とか買ってやった方が良いな、目の毒だ。

 髪の毛も何とかならんかな。

 モサモサしてこそばゆい。

 ぼんやりとクロと今後のことを考えていると、いつのまにか寝ていた。





「ぐぎゃぐぎゃ」

「うーん、もう朝か――起きたよ。おはようクロ」


 最近は朝用事がある場合は、クロに起こしてもらうことにしている。

 基本的にクロは寝坊しないからだ。

 むしろ寝ていない可能性すらある。

 いつどんな時でも、目を閉じているクロに声をかけると、直ぐに目を開けてむくっと起き上がる。

 もしかしたら、いつものように俺の真似をしているだけなのかもしれない。

 睡眠をとっているのではなく、ただ寝る真似をしているだけ。

 ありそうだな……。

 まあ助かることはあっても困ることは無いのだが。


「じゃあ忘れ物が無いように準備して行くか~」

「ぐぎゃ!」


 昨日とっておいた残り物を食べ、お湯を入れてコーヒーを淹れる。

 再度確認のためカップアンドソーサーを使ってみる。

 挽きたてには劣るが十分美味しい。


「よし、おいしいなクロ」

「ぐぎゃう!」


 やや酸味は強いが、とてもフルーティーで、華やかな味だ。

 この味でダメなら仕方がない。

 

 

 クロと一緒に残りのお湯で体を拭いて身だしなみを整える。

 後は持って行く荷物を再確認。

 荷重の半分は水瓶とやかん、それに薪だ。

 借りる屋台には七輪もどきが付いていたが、薪は持参する必要がある。

 次に重いのは食材。

 とは言え提供するのは、今のところコーヒーとチョコレートだけである。

 コーヒーはアジトで粉に挽いてきた。

 後はその場でドリップするだけだ。

 チョコレートも作り溜めしてきた。

 シート状のチョコレートを1センチ角にカットしている。

 それらをコーヒー一杯につき2枚づつ提供する予定だ。

 そのセットが200人分。

 まぁ3日で半分も売れれば満足だ。


「とはいえ全然売れなかったら流石に凹むな」

「ぐぎゃうぎゃうぎゃう!」

「ありがとうなークロ」


 クロが大丈夫だと言わんばかりに、大きな瞳で俺をじっと見上げてくる。

 かわいい奴め。

 とはいえ一度覚悟をしていても、何度となく不安がぶり返してくる。

 短期的には苦戦する可能性はあるが、長期的には絶対に勝てる戦いだ。

 自信を持とう。

 後は好みによって苦みを調整するために、ヤギのミルクを使う予定だ。

 ヤギのミルクは市場でも簡単に手にはいる。

 牛乳と比べて多少癖はあるが、なかなかうまい。

 おまけにかなり安い。

 コーヒーやチョコレートの苦みが強いのを嫌がる人もいるだろう。

 そういう人には、ヤギのミルクを使用したカフェオレを提供する予定だ。

 砂糖はクロが来てからかなり生産効率が上がり、在庫がたっぷりある。

 しかし、砂糖自体を生産できることは知られたくない。

 あくまで甘みはチョコレートの味として認知される方が望ましい。

 もしチョコレートの出所を聞かれた場合、地獄の鍋で、命懸けで採取していると説明する。

 実際嘘は無い。

 後は色々使うであろう布切れ等の細々したものを詰め込む。


「ぐぎゃっぎゃ?」

「ああ、そろそろ行こうか!」

「ぐっぎゃ!」




 まだ外は少し明るくなり始めたばかりだ。

 それなのに、市場は既に活気がある。

 ひんやりとした朝の空気の中、みんな出店準備のため忙しく動き回っている。

 とはいえ広場にはまだまだ空きスペースが目立つ。

 昼間のことを思うと、屋台はまだ6割くらいしか出ていないようだ。


 さて……あの滑る老婆はこの時間でもいるのだろうか。

 キョロキョロしていると何時の間にか目の前に老婆がいた。


「屋台を借りたいのかい?」

「あ、ああ。選んでもいいかな?」


 こいつ暗殺者になるべきだったんじゃないか。

 しかも当然のように俺の顔を覚えている。


「はいどうぞ」

「結構色々あるなあ……」


 広場の隅の方で屋台を選ぶ。

 どれも年季が入っているが、それなりに清掃はされているようだ。

 色やサイズに統一感が無い。

 あまり時間はかけられないが、目移りするな。

 そんな中ひとつの屋台が目に留まった。

 2メートルくらいの間口の屋台で、全体的に緑色に塗装され、黄色の縁取りで装飾されている。

 何となく好きな色使いだな。

 滞在時間を増やしてもらうのに、リラックスできる緑は良いだろう。

 黄色い縁取りも中々目を引く。

 小さな七輪のようなものも付属している。

 ちょうど3人ほどが立ち飲みできるだろう。

 だからといって1人で飲んでいても寂しい感じもしない。

 これが良いかな。


「これいくらかな?」

「一日6000レイだね」

「じゃあこれでお願い。……とりあえず3日ほど借りられるかな?」

「前払いで18000レイだね。もし紛失、大きな破損があった場合は20万レイだからね」

「はいよ。営業が終わったら何処においておけばいいのかな?」

「この辺に適当に置いておけば片付けとくよ。それじゃ、案内するよ」

「……場所って決まっているのかな?」

「まあ正式に決まっているわけじゃないけどね。揉め事を避けるためにも慣例で私が決めることになっているのさ。……ついておいで」



 ――――結局案内されたのは、市場の中で最も人通りの少ない奥の方だ。

 まぁ日当たりはいいし、むしろこれくらいの方が落ち着いてコーヒーを飲んでもらえるかもしれない。


「ここだよ。何か問題あるかい?」

「へえ……まぁいいと思うよ。ちなみに婆さんはこの辺の顔役かな?」


 場所を決められるというのは、かなり大きな権限だ。

 小間使いみたいなことをしているが、実際はかなり顔が利くはずだ。


「たまたまこの市場の入り口にある建物で、昔から薪を売っていただけさ。まあ……色々あって、いつの間にかこの市場を取り仕切ることになったね」

「ふ~ん。俺はボナスって言うんだ。よろしく」

「わたしゃクララ。命が惜しけりゃ持ち逃げするんじゃないよ」


 そう言い残すと、また滑るように消えていった。

 クララ……怖いよクララ。

 ここで商売する限りは、あの婆さんに嫌われるとまずそうだな。

 注意しておくか。


 さて、後はミルクを買って店の準備だな。

 とりあえず今回は1杯500レイで売ってみる予定だ。

 500レイ硬貨は一般に流通しているし、日常的によく使う。

 会計の手間も少なそうだ。

 文字は書けないので、コーヒーとチョコレート、500レイ硬貨一枚の絵を木工所で貰ってきた端材に描く。

 とりあえずこれを看板にする。

 クロには井戸から水を汲んできてもらう。

 

「さて、いよいよ開店だ。頑張ろうなクロ」

「ぐぎゃうー!」

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