第34話 酒場

 ギゼラは慣れた様子でどんどん進んでいく。

 あまり治安のよろしく無さそうな細い路地へと入っていく。

 このあたりはガラの悪い連中が多い。

 路地に入った瞬間、視線が集中するのを感じる。

 だが、ギゼラを確認した瞬間、全員目をそらし、さりげなさを装いつつ離れていく。

 これは…………ギゼラ、既に何人かやってんな…………。

 この路地では完全にアンタッチャブルな存在と認知されているようだ。


「こっちーこっちー、ここがわたしの家なんだ。ちょっと荷物置いてくるよ」

「どうぞ~」


 治安はあまり良くなさそうだが、間口の狭い変わった住宅が多くて面白い。

 もう少し商売が落ち着いたら、アジトの住処もバージョンアップしたいなぁ。


「ボナスは私とクロの間にいなくちゃダメッ」

「ぎゃうぎゃう!」

「あ、はい…………」


 街並みが意外と面白く、ついうろうろ歩き回ってしまう。

 シロが俺を子供のように抱える。


「おまたせー。んじゃいこっか」

「この辺治安悪そうだけど、泥棒とか大丈夫?」

「いや~最初は大変だったよ。強盗やら泥棒やらいっぱい来てさー。でも何度かきっちり倒しておくと、そのうち誰も近寄らなくなったんだー」

「きっちり…………」

「ついたよー! 墓場の野良犬亭! ここの鍋美味しいんだ~」


 食欲無くすような名前してんな。

 しかし中に入ると結構いい雰囲気だ。

 店内の天井が低い割に、窓が大きい。

 アットホームな雰囲気と、開放感のバランスが良く、リラックスできそうだ。

 各テーブルに置かれたキャンドルがさらにいい雰囲気を作り出している。


「なかなかいい雰囲気のお店だね」

「でしょ、最近よく来るんだよね」


 何故か店員は全員爺さんだ。

 意外とフットワークは軽いな。

 丸テーブルの4人席に座る。


「いらっしゃい。ギゼラはいつものでいいな。3人はどうする?」

「とりあえず同じので」

「じゃあ野良犬鍋4つに火酒だな」

「火酒はちょっと強そうだな…………。なんかエールとかあるかな?」

「あるぞ、後の二人は火酒でいいか?」

「ぐぎゃあ?」

「あ、いや火酒1つとエール2つで」


 野良犬鍋か…………大丈夫かよ。

 そういやこっちきてから外食は初めてか。

 酒も本当に久しぶりだな。

 あんまり飲みすぎないように気を付けよう。


「いや~それにしてもシロに仲間が出来てほんと良かったよ」

「うん。心配かけたみたいで、ごめんね」

「集落出た女鬼は私たちだけだからね。やっぱ心配しちゃうよ」

「おまたせ」


 酒が出てきた。

 木を鉄でかしめた、小さな樽のようなジョッキに、不規則な泡がじゅくじゅくと乗っている。

 少し口に含むと、予想通り生ぬるく酸っぱい。

 独特の甘みと、フルーティーさがある。

 当然飲みなれたビールとは全然違うが、これはこういうものと思えば悪くないのかもしれない。


「シロとボナスはどうやって出会ったの?」

「マリーの紹介」

「マリー?」

「俺は今この街の外に住んでいて、不定期でミシャールの市場で露店しているんだけど、中々道中の身の安全が保てなくて、誰か頼りになる人を探していたんだ。そうしたら、常連のマリーと言う傭兵がシロを紹介してくれたんだ」

「ふ~ん。街の外に住んでるって西の街道沿い?」

「いや西の方」

「ええー地獄の鍋方面? あんなところでよく住むねー。変わり者だねボナスも」

「いいところだよ」


 ギゼラは見る間に酒を空けていき、既に2杯目を注文している。

 ふと見ると、シロのジョッキも既に空だ。

 やっぱ鬼は酒好きなんだろうか。


「シロもおかわりしていいからね」

「うん」

「ギゼラはどうして街で仕事してるの?」

「うんー? 私昔から鍛冶仕事が好きでさ、集落でも鍛冶仕事やりたかったんだけど、みんながあれは男の仕事だからって、やらせてくれなかったんだよね。んで集落出たの。もう6年位前だけどね」


 結構保守的な集落なのかな。

 せっかくの酒の席だ、前から気になっていたことを聞いてみるか。


「そういえばシロも何か集落出たのは理由があったの?」

「うん。集落が嫌になった」

「シロはね~何かにつけて乱暴で粗野な集落の男たちと、それを良しとする集落のみんなが嫌になった感じかな」


 ギゼラが解説してくれる。

 シロもうなずいているのでその通りなのだろう。

 

「ボナスはあんまり知らないかもしれないけど、男の鬼って弱いくせにほんと乱暴だし粗野なのよ。鬼女はみんなそんなところが可愛いって思うみたいなんだけど、私たちは例外みたい。私も鬼男はもう嫌なんだよねー。まぁ私の場合はサヴォイアに来てから嫌いになったんだけどね」


 いつのまにか2人とも3杯目だな…………あれ4杯目?


「乱暴な人は嫌い」

「だよね、結局優しい男が一番よ」

「ボナスはね、とってもやさしいんだー」

「なんだよーくっそーいいなー。シロ、自慢かよー」


 珍しくシロが饒舌だ…………。

 あ、4杯目も空に。

 何かやばい気がする。

 店員さん早く食い物持ってきてくれ!


「ぐぎゃうぎゃぎゃう~!」

「あれ、この子も結構飲めるじゃないー」


 何時の間にかクロもジョッキを空にしている。

 なんかやたら陽気になって…………いつものことか。


「お待たせ。うちの自慢の野良犬鍋だ」

「ありがとう! さぁみんな食べようぜ! 俺は腹がペコペコだよ」

「おー来た来た。これ最近好きなんだー」


 火鍋っぽい。

 ということは唐辛子あるのかな。

 明日市場で探してみよう。

 肉は相変わらず臭みが強くていまいちだが、唐辛子のおかげで気にならない。

 これは確かに結構うまい。

 久しぶりのスパイスに食が進む。

 結構な量だったが、あっという間に食べてしまった。


「そういえばギゼラ、甘いの大丈夫?」

「うんー? 甘いの? そんなの嫌いな奴っているの?」

「今扱っている商品にチョコレートってのがあるんだけど、試しに食べてみて感想教えてもらえる?」

「いいよーどーんとこーい! あははははは」


 こいつ見た目変わらんが、結構酔ってるな。

 シロはまだ鍋をゆっくり食べているけどいつも通りだな。

 クロは…………踊ってるが、まぁいつも通りだ。


「これ、どうぞ」

「あーんしてー」


 俺よりでかい鬼だが、お姉さん系の美人なのでちょっとドキドキしてしまう。


「あ、あーん」


 ――――ぱくっ。


「なんでシロが食べるんだよ! あたしのでしょー」


 おまえらキャッキャしているが、俺は指食いちぎられるかと思ったぞ。

 ライオンのじゃれあいに混ざる子ウサギの気持ちだわ。


「もう普通に食いなよ。はいどーぞ」

「ちぇっ………………あ、あ、あまーい! なにこれー!」

「チョコレートだって。おいしい?」

「酒に合うわ! もう一杯持ってきてー!」


 うわっ、甘いもので酒飲めるタイプか。


「どう美味しかった?」

「ボナス、これはおいしいよ。反則だよー」

「おいしいでしょ」

「シロ! ずるいわーなんだよもー! 私んとこにくるのは暴力大好きな鬼の男か鬼みたいな奴らばっかだよ!」

「まぁそれは武器のメイスを売ってるからしかたないんじゃ…………」

「しかもたまに発情した鬼男どもが群れて家に上がり込んできたりさー! ろくなことないわ!」

「それ大丈夫なのかよ…………」

「うふふふっ」

「あはははははっ、鬼の男が鬼の女にかなうわけないじゃんーボッコボコよーあははははっ」


 鬼族は、女の方が普通に強いのか。

 中々複雑な種族特性だな…………。

 なんか鬼族の男がちょっと不憫に思えてきたな。



 それからもシロとギゼラが無限に飲み続け、俺はよくわからんエール2杯で気持ち悪くなってきた。

 なんなんだよあのエール、めちゃ気持ち悪いよ………………。

 最終的に気が付くと、俺はご機嫌なシロの膝の上で頭を撫でられている。

 酔っていて気持ち悪いし、意外とがっちり固められ逃げられない。

 シロはひたすら上機嫌にニコニコしながら子供のように俺を可愛がる。


「ボナスー。うふふふふっ」


 どうしてこんな年にもなってこんな辱めをうけねばならんのだ。

 何かに新しい性癖が目覚める前にやめてほしい。


「ぐぎゃ!ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃ!」

「おおおおおお!」

「すげー!」

「何だあのねーちゃん! かっけー!」

「あっはっはっはっはっはっ」


 クロはひたすらアクロバティックに踊り、酒場を盛り上げている。

 それを見ているギゼラはひたすら馬鹿笑いしている。

 ぴんくは何時の間にかギゼラの火酒の中で泳いでいる。

 …………まぁたまにはこういうのも悪くないか。





「ボナスさ。あの、あのさ…………相談なんだけど…………えーっと、私も仲間に入れてくれないかな。私鍛冶は大好きだし、ずっと続けていきたいんだけど、もうそろそろ限界なんだよね」


 ひとしきり飲んで騒いで、そろそろ解散かなと言う時になって、ギゼラが急にまじめな顔でそんなことを言いだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る