第31話 エリザベス

「お前名前、バフォメットかエリザベスどっちがいい? …………バフォメット?」

「メッ!」

「………………エリザベス?」

「メエエエ~!」

「ああ、そう。じゃあエリザベスで、よろしくエリザベス」

「メエエエ~」

「ぐぎゃあ! ぎゃ!」

「エリザベス。よろしく」


 ということで、ヤギの名前はエリザベスになった。

 ちなみにヤギだけあって崖は簡単に上り下りできるようだ。

 むしろ崖が好きなようで、よく崖を走り回っている。


 あれから特に暴れることも無く、アジトでおとなしくその辺の草を食い散らかしている。

 植物であればほぼ何でも食べるようだが、見た目通り食べる量は凄まじい。

 とはいえ、ここは植物の成長速度が馬鹿みたいに早いので、食いつくされることは無いだろう。

 クロやシロはたまにエリザベスに乗っているようだ。

 尋常じゃない速度で駆け回って遊んでいるのを見かける。

 なんだかすごく楽しそうで羨ましい。

 俺も一度だけゆっくりと乗せてもらった。

 エリザベスはゆっくり歩いているだけだったが、大型トラックにでも乗っているような気分で、結構楽しかった。

 ただし、危ないからと半分シロに抱っこされた状態ではあったが。

 確かに一人ではうまく乗れる気がしないけどね。


 エリザベスは最初ヤギ臭かったが、湖で洗ったりクロに執拗にブラッシングされたりしているうちに匂いはしなくなった。

 エリザベス自身も水浴びやブラッシングはかなり気持ちいいようで、よく水場へ行くクロにすり寄っておねだりしている。


 後エリザベスにはヤギ乳を搾らせてもらっている。

 エリザベスは当然ながら出産していないので、ヤギ乳はそこまで期待していなかったが、少量はでるようだ。

 ただ少量と言ってもあの体格なので結構な量にはなる。

 濃厚で甘く、かなりうまい。

 素晴らしい。

 何故か乳しぼりはシロにしてもらうと具合がいいようだ。

 他の人だとうまく絞れない。

 握力の問題かもしれない。

 最初腹を壊さないか若干心配だったが、特に問題はなかった。

 ぴんくもヤギ乳はお気に入りだ。

 夢が広がる。

 これは生クリームやバター、チーズも手にはいるのかもしれない。

 作り方は分からないが、街で聞けばなんとかなるだろう。

 とりあえずミルクチョコレートは作らなければ。

 ずっと乳を出してくれるかはわからないけど、今はありがたくいただいておこう。


 ちなみに、エリザベスは基本皆と上手くやっているが、ぴんくだけは怖いようだ。

 いまでもぴんくを見かけるとビクビクしている。

 おかげでほぼピンクの乗り物として一体化している俺は、エリザベスがかわいそうであまり近寄れない。


 

 エリザベスはヤギにしてはかなり毛が多く、手触りがとても良い。

 おかげで俺含む皆に定期的にモフられている。


「お前ナイフや剣鉈で攻撃しても傷つかないのに、なんて柔らかくて気持ちいい毛なんだ」

「メエエエエエエ~」

「ぎゃう~」

「………………きもちい」

「メエエエエ~メエエエエエ~」


 エリザベスも満更でもなさそうだ。

 実際手触りはまんまカシミアなんだよな。

 なんとかこの毛を収穫できないだろうか。

 独特の光沢があるので生地にするときっといいものになると思う。

 ただ刈ることができないんだよなぁ。

 クロにキンキンに研いでもらったナイフでも中々切れない。

 これはハサミがあっても無理だろうなぁ……。

 

 と思っていたら、ブラッシングの時に出た毛をクロが貯めていた。

 体がでかいだけあって、大量にある。

 しかも綺麗に洗ってあるじゃないか………………ふわっふわだわぁ。


「これいいなぁ~! きもちいなぁ~! さすがクロだわ」

「ぎゃっぎゃっぎゃ!」


 これは生地にしたいなぁ。

 今度街で何とかならないか調べてみるか。

 染色できるとさらにいいんだけどなぁ…………。




 エリザベスがきてから2週間ほどが経った。


 なんだか、からだがひと回り大きくなっており、毛も増えた。

 さらには角もグルんと太く長くなった。

 中々かっこいい巻き角で、悪魔っぽい。

 やっぱりこいつの名前はバフォメットの方がよかったんじゃなかろうか。

 シロもそうだったが、この場所はなんかでかくなる成分でもでているのだろうか…………。

 俺のサイズは一向に変わらんけど。

 

 アジトでの暮らしにも大分慣れたようで、今ではたまにぴんくを頭に乗せて歩いていることもある。

 でもぴんくは若干偉そうで、エリザベスは微妙に困った顔をしている。

 

 基本的にアジトの中でのんびりしているが、別に首輪をしているわけでもないので、たまに外へも出かけているようだ。

 とはいえその日のうちに帰ってくるので、ここでの暮らしは快適なのだろう。

 まぁ地獄の鍋で、他にこんなに水や植物があるところは無さそうだしな。

 

 しかしこいつは果たしてペットと呼べるのだろうか…………?

 一応名前を呼ぶと、どこからともなくやってくる。

 崖にいることも多いせいか、たまに上空から降ってきて焦る。


 エリザベスはぴんく同様中々頭もいいようで、大体こちらが言っていることは理解しているようだ。

 たまにシロより理解しているのではと思う時もある。

 どうもキダナケモでも小型のものは、意外と理性的で頭もいいようだ。

 大きければ大きい程、狂気を強く感じる。

 まだまだ地獄の鍋とキダナケモには謎が多い。

 商売が落ち着いたら探索を再開したいところだ。


 地獄の鍋と言えば、たまにシロがエリザベスに乗ってアジトの外を走り回っているようだ。

 シロを乗せて崖を駆け上がっていく姿は神話的でかっこいい。

 まぁ、あいつらなら大概大丈夫だろう…………。

 そう思って放置していたら、ある日シロとエリザベスが、軽自動車位あるウサギを乗せて帰ってきた。

 どうやら狩ってきたようだ。


「ボナス………………これ食べよう?」

「メエエ~!」

「お、おう………………まぁいいんだけどな。メイスボロボロだっただろ? どうやって狩ってきたのよ」

「殴った」

「メエ~!」

「後、エリザベスが角で刺したり………………」

「なるほど…………」


 正直危ないことはなるべく避けてほしいが、もうとやかく言うのはやめておこう。

 文明に飼いならされてふにゃふにゃ生きてきた俺に比べれば、荒事の判断力はシロのほうが遥かに優れている。

 そもそもそんなに戦うのが好きなタイプでもなさそうだし、無茶はしないだろう。

 ミルクチョコレートを試作していたクロが、なにごとかと駆け寄ってきた。


「ぎゃう? ぎゃぎゃ~! ぎゃっぎゃっぎゃっ!」


 クロがウサギを見てはしゃぎだす。

 2人で水場へウサギもどきの解体に行くようだ。

 クロが着替えやブラシ等も用意しているので、ついでに水浴びもするのだろう。

 エリザベスはその辺の草を食べだした。


「お前優秀だなぁ~」

「メエエエ~」

「ぐぎゃっぎゃっぎゃ!」

「あぁ、エリザベスも洗うのね」

「メェ? メエ~メエ~メエ~」


 おとなしく連行されていく。

 まあエリザベスも水浴び好きだもんな。


 それにしても小型とは言え、キダナケモをぴんくなしで狩れるようになったかぁ。

 俺は何もしてないというのに、いつのまにかアジトの戦力は増強され、豊かになっていく。

 金くらいはちゃんと稼がないと、立つ瀬がない。

 今度こそ街行くか。

 ちなみにウサギは煮ても焼いてもコクがあって、たまらなく美味しかった。

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