第30話 ヤギ

 亀裂に潜むこと4時間。

 

 クロとシロはキダナケモと激しく戦っている。

 俺はただ亀裂に潜み、ぴんくを祈るように握りしめ続けている。

 ぴんくは俺の手汗でぬるぬるになり、すっかり死んだ目をしている。

 ごめんよぴんく。

 それにしても、こいつらどんだけタフなんだよ。

 俺は見ているだけで疲れ切ってぐったりしてきたよ。


「ぐぎゃあ!ぎゃあぎゃあ!!」

「……………………!!」

「ンメエエエエエエエ~~~~~~~~!」


 飽きもせずに延々戦っている。

 目は離せないけど、見ているだけで心臓に負担がかかる。

 俺は疲労と緊張で吐きそうになっているというのに、こいつら全然元気だ。

 ………………こんなことならもっと反対しとけばよかった。


 ちなみに相手はヤギだ。

 筋肉質の痩せ型で、でかい。

 後巻き角も生えている。

 全長5メートル体高2メートルくらいかな。

 若い頃乗っていたSUV車とちょうど同じくらいの大きさだ。

 キダナケモの中では割と小さめとはいえ、対峙した時に感じる威圧感は尋常じゃない。

 以前絡まれたチンピラや盗賊などは、この迫力を前にすると子供のお遊戯以下である。

 とにかく恐ろしく素早く、力強い。

 そして何より、頑強なのだ。

 ほぼメイスによる打撃やナイフや剣鉈による斬撃が通じていない。

 ただこいつは、ほぼ直線的な頭突きしかしてこない奴なので、まぁ比較的安全な方だとは思う。

 それでもあまりにも動きが速いせいで、シロは幾度も頭突きを食らい弾き飛ばされている。

 シロの巨体が軽々と数メートル吹き飛ばされる様子に見ているこちらが悲鳴を上げそうになる。

 もちろん俺が食らったら、間違いなく即死だろう。

 それでもシロはすぐにむくっと起き上がり、再び何事も無かったかのように武器を構える。

 こいつも大概おかしい耐久性をしている。

 

「ンメエエエエエエエ!! ンメエエエエエエ!!!」

「……………………………………!!」


 ああっ、また吹っ飛んだ。

 最初見たときは心臓が止まるかと思ったが、流石に慣れてきた。

 しかし、さすがにシロとヤギ両者とも最初に比べれば大分弱っており、たまにふらついたりしている。

 まだまだ闘争心に陰りは見えないが、肉体的にはそろそろ限界なのではないだろうか。


「ぐっぎゃあああああああ!ぎゃっぎゃっぎゃ!」


 いっぽうクロには疲労が見られない。

 シロが大丈夫と言うだけはある。

 ひたすら眼球や口内、肛門などの皮膚の薄そうなところを執拗に攻撃していた。

 致命的な傷をつけるには至らないが、ヤギはかなり嫌がっており、おかげでシロの負担をだいぶ軽減している。


「ぐっぎゃああああああ!ぎゃあぎゃぎゃ!」


 たまにヤギの背中に乗って踊ったりしている。

 随分余裕あるな………………。


「メエエエエエエッ」

「……………………ん!!」


 

 

 さらに30分ほど経過した。

 シロはもう数えきれないほど剣鉈とメイスで攻撃を加えている。

 徐々にダメージは蓄積していたようで、ヤギは攻撃を受けるのを嫌がりだした。

 たまに足をもつれさせているようにも見える。

 だがそれはシロも同様だ。

 1時間ほどまえからずっと肩で息をしており、攻撃を食らう回数も増えている。

 シロの剣鉈はとっくに折れており、今はグニャグニャに曲がったメイスのみで戦っている。

 体に傷は見当たらないが、服はボロボロで、すでに半裸だ。


 そろそろ介入してもいいのではないだろうか。

 確かにシロには傷ひとつないし、まだ余裕があるのかもしれない。

 クロに至ってはずっとあのテンションで、しかも徐々に動きが良くなってきている気さえする。

 そう、余裕がないのは俺だ。

 とはいえここでぴんくで介入すると、何となく今までの流れを全て台無しにしてしまいそうな気もする。

 なので、別の手段をとることにする。

 実はこっそりと、ちょっとした罠を仕掛けておいたのだ。

 とはいえ気休め程度の罠だ。

 あまり使うつもりもなかったし、中々使えるタイミングも無かったが、今実にいいポジションにヤギがいる。

 仕掛けは単純で、ただの縄で作ったくくり罠を改良したものだ。

 メナスから買った丈夫そうなロープを、さらに3重に編んで作った縄なので、キダナケモの脚力でも直ぐに切れることは無いと思う。

 タイミングよくロープを引っ張れば、足に絡まり動きを制限するだけのものだ。


「クロ! シロ! そろそろ罠も使おう! 誘導してくれ!」

「ぐっぎゃぎゃっぎゃ!」

「うん!」

「メエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」


 きたきた。

 近くで見ると結構ヨタヨタだな。


「よいしょおおおおおおお!!」

「ぐぎゃああっ!」


 おおクロが上手いこと両後ろ足を誘導してくれた。


「よーし!! よしよしよし!! かかったぞー!!」

「ンメエエエエエエエエエエエエエ~~~~!!」

「………………!」



 地面が揺れるような凄まじい音を立てて、ついにヤギが転倒した。

 すかさずシロが飛び込んできて、グニャグニャになったメイスで柔らかそうな腹を連打する。

 クロも狂ったようにナイフで切りつける。


「………………ん!」

「ぐぎゃっぐぎゃ!ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃ!」

「ンメエッ! ンメエエッ!」


 さすがにヤギもたまらないようだ。

 狂ったように暴れまわって何とか立ち上がろうとするが、後ろ足が絡まっているのと、シロの全体重を乗せた猛攻により上手く立ち上がれない。

 その間にもゴンッゴンッと鈍い音を響かせながらメイスが叩き込まれる。


 流石にもうこれで倒しきれ無ければ、ぴんく介入もやむなしだろう。

 完全に位置取りするためになるべくヤギへ近づいておく。


「ンメエエエエ!? メエ!? メエエエエエ!!」


 俺が頭にぴんくをのせて近づいていくと、それまで何とか立て直そうと暴れていたヤギが、急に怯えだす。

 暴れるのもやめて、シロとクロに攻撃されるがまま、怯えた目でこちらを見ている。


 こいつキダナケモのくせに目がまともだ。

 意外と理性があるのか……。


「あっ! まてぴんくー!」


 ぴんくが俺の頭からするすると降りていき、ヤギの腹によじ登っていった。


「2人ともちょい止まって! なんかぴんくが………………」


 もうヤギは涙を流して震えている。

 なんだかちょっとかわいそうになってくる。

 シロもヤギに警戒しつつも微妙な顔をしている。

 クロは勝利の踊りを踊っている。


「メッ…………メメッ…………メェッェェ…………」


 ぴんくがヤギの顔の上に行き、口を開いたり閉じたりするたびに、ヤギが変な声を出す。

 こいつ…………遊んでいやがる。

 ぴんくも4時間俺の手汗にまみれてストレスがたまっていたのかもしれない…………。


「ぴんく…………もう……あんまりいじめるなよ…………」


 そう声をかけると、満足したのかスルスルとヤギから降りてまた俺の頭の上に戻ってきた。

 この状況どうすんだよ。


「なあ、これどうするよ?」

「ん~…………………………」

「ぎゃう? ぎゃうぎゃうぎゃう!」

「メェェェ……………………」


 シロはすっかりやる気をなくしてしまっている。

 クロがヤギをペシペシ叩き、目をキラキラさせながら何かを主張している。

 ああ…………飼いたいの……か……な?

 いや~流石にやばいのではないだろうか。

 暴れたら大惨事だろ。

 俺なんてすぐ死んじゃうわ。


「クロ…………流石にこいつを飼うのは――――」

「メェェ~~メェェェ~~」

「ぎゃうぎゃう!」

「……………………」


 ヤギが憐れみを誘う目でこっちを見てくる。

 なんて罪悪感を煽ってくるんだ……。

 シロもそんな目で俺を見てくるな。

 お前さっきまでメイスでボッコボコに殴ってたろ………………。

 あっ、こいつメスか。

 ヤギ乳とれんのかな……少なくとも毛は使えそうだな。

 …………ありだな。


「クロ、シロ…………面倒はちゃんと見るんだよ」

「ぎゃうー!!」

「うん」

「ヤギよ。命は助けてやるから、おとなしく暮らすんだぞ」

「メエ~」


 理解しているのかは謎だ。

 ということで、アジトにペットが増えた。

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