第121話 監視塔着工

 ラウラ達がアジトへ遊びに来た日から三週間後。

 ヴァインツ村の柵はすっかり完成し、規則正しく村を取り囲んでいる。

 一応木材の表面は腐らないように焼いているが、地面を掘り直接柱を立てているだけなのでいずれは朽ちるだろう。

 それでも黒狼に襲われたときのものよりも、はるかに堅牢だし、細かく補修していけば数年は持つはずだ。

 そういうわけで、いまだにモンスターは襲来してくるものの、柵のおかげでかなり対処しやすくなった。

 これならば村人だけでも何とか対応できる。

 モンスターへの対応という点については、これで一区切りついたと言っていいだろう。

 もちろん、モンスターは放っておいても自然に発生するものらしく、特にタミル山脈は昔からその数は多い方なので、ある程度は仕方が無いようだが……。


「これでモンスターへの対応も楽になったかな」

「ああ。だが……どうにも気持ち悪いな」

「ん? モンスターのことか? ハジムラド」

「通常、モンスターの分布がこの程度だと、村まで来る奴らはもっと少なくなるはずなのだが……」


 当初に比べると、村へ来るモンスターの数は圧倒的に減ったという印象だ。

 だが、どうやらハジムラドは納得いっていないようだ。

 アジールの報告によると、村の外周部はだいぶ落ち着きを取り戻し、かつての状況に戻りつつあるらしい。

 にもかかわらず、村へと襲い掛かってくるモンスターは少々多すぎるようだ。

 その状況がハジムラドには何となく気持ち悪いらしい。

 傭兵経験の最も豊富なハジムラドがそう感じているのはやや気になるところだ。

 復興があまりに順調なことで、俺含め村人や傭兵は今ではだいぶ楽観的に構えているが、あまり油断しすぎない方が良いのかもしれない。


「とはいえこれ以上見張りの数を増やしたところでどうしようもないしなぁ……。とりあえず建物の再建は順調なんだ、そう酷いことも起こらんだろ。後はメナス達が戻れば監視塔も建てられるだろうし、そうなればまた何か見えてくるかも」

「確かにな。実際シロ達が村の外を定期的に周回してくれているのも心強い。現状少々のことがあっても対応できるだろう。それにしても……メナス達にはずいぶん助けられたな」


 メナスやヴァインツ傭兵団、ピリ傭兵団には、すでに何度も往復してもらっている。

 建築が順調な分、資材がすぐに不足してしまうのだ。

 黒狼襲撃時からの付き合いなので、ボナス商会とヴァインツ村の住人たちの連携はなかなかに強固なものがある。

 特に今回はオスカーやギゼラが技術的にもかなり頼りになるので、面白いように作業が捗る。

 結果、補給したそばから資材を消費していくことになるのだ。

 だがメナス達のおかげで、こちらがあれこれ手配を依頼する前に、当たり前のように不足しているものが補充されていく。

 これは、なかなか心強いことだ。

 手早く必要な資材を調達するというのは、それほど簡単ことではない。

 大工でもない人間が、いま何が不足しているのかを把握するには、現場をよく観察する必要があるし、コミュニケーション能力も試される。

 驚いたのはエッダがその役をとても上手くこなしていたことだ。

 これまであまり仕事をしているイメージは無かったが、意外に観察力もあり、歯に衣着せぬ物言いも、良い具合に作用しているようだ。

 おまけに意外と数字にも強いようで、帳簿などもしっかりつけており、かなり正確に在庫管理をしていた。

 丸太の上に蟹股で座り、猫車で運ばれているラウラを指差して、ゲラゲラ笑っている様子からは想像できない優秀さだ。

 やはりエッダも商会の一員であり、あのメナスの娘なのだなと妙に感心させられてしまった。

 また、メナス商会は資材調達の手際もなかなか良いようだ。

 当然、ある程度顔が広くなくては仕入先を見つけることさえできないし、品質を見極める目もいる。

 目利きができなければ、領主のお墨付きがあるとはいえ、隙あらば足元を見られるのがこの世界だ。

 予算が大きいことを見越して吹っ掛けてくることもあるだろう。

 それなりに交渉力がなければ、まともな買い物など出来ないのだ。

 そう言う意味では経験豊富で、顔が広く、目利きもしっかりしているメナスの存在は本当にありがたい。


「ただ、そろそろ俺達も一度サヴォイアへは行っておきたいなぁ」

「ああ……、ずいぶんと長くいてもらってるからな。当初予定していた依頼はとっくに達成しているから、いつでも構わんぞ。監視塔はなるべく早く作ってほしいが……まぁそれもそこまで急ぎはしない」


 ちなみに家屋もかなりの棟数復旧できた。

 今では村人も傭兵も、しっかりとした屋根のある建物に寝泊まりしている。

 あとは残りの住戸を補修、再建しつつ、監視塔を建て終えたら、この仕事もひと段落したと言っても良いだろう。


「ああ、まぁ既に十分すぎる報酬は貰っているし、監視塔ができてからにするよ。むしろハジムラドとアジールは一度もサヴォイアへ戻っていないが大丈夫なのか?」

「別に大したことは無い。むしろ傭兵仕事としては今回の遠征はかなり楽な方だ。風呂もあるし食い物にも困らん。安定した補給まである。おまけにお前の商会の狂った戦力のおかげで、モンスターに対する不安がほぼ無かった。期待はしていたが……、それ以上だったな。正直お前達には頭が上がらんよ」

「そう言ってもらえると悪い気はしないな。だけど期待以上と言えば、ラウラもかなり良い動きをしてくれているんだ」


 重機が無いような場所で、地盤の状況を細かくいじれるような能力はかなり助かる。

 人力で土を掘り返すのは心身ともにこたえる作業だ。

 その労力が軽減できたのは非常に大きい。

 加えて熱もかなり細かく操作できるので、猫車や木製クレーンなどの金物を使った道具の補修も非常に手早くできた。

 当初は温度調整が難しく苦戦していたようだが、アジトで生活するうちにギゼラとも仲良くなり、その結果研究熱心な二人は、かなり高度なことまでできるようになったようだ。


「確かに、ラウラ様はここに来て自信を付けられたようだな。それに、ずいぶん明るくなられた気も。ただ……しかし少々……」

「ああ……」

「うん? どうしたの~?」

「ボナス、水平は多分これで取れていると思うぞ」


 ちなみに今はハジムラドに加えギゼラとザムザ、オスカーと監視塔の建築位置を決めているところだったりする。

 杭を打ち縄を張り、地面に図面を描いていくような作業だ。

 平面的な位置を決めるのはロープと三角形の比を使えばそこまで難しくは無いのだが、高さ関係がやっかいだ。

 選定した建築場所が、傾斜地であることもあり、水平をきっちり計測するのがなかなか難しい。

 高さのある建物になるので、平屋の住戸のようにいい加減にはできない。

 レーザー水平器があるわけでも無いので、わざわざ細長い木箱を組み、水を張ることで同じ高さを求める。

 そうして一定間隔で、基準となる高さを杭へと描き込んでいく作業をしているのだ。

 もっと楽なやり方に慣れている俺としては、ひたすら面倒な作業に感じるのだが、皆は意外にこの工程を楽しんでいる。

 オスカーも元々大工というわけでも無いので、あまりこういったやり方は知らなかったようだ。

 やることなすことひたすら感心してくれるので気分はいい。

 ギゼラもこういった知識は大好物なので、普段は大人っぽい目をキラキラさせて、ザムザと姉弟のようにはしゃいでいる。

 意外なことにハジムラドも興味があるようで、何かと積極的に手伝ってくれている。


「そうだな、水平はほぼ問題ないだろうな。いや~ギゼラ、ちょっと最近のラウラについて話していただけだよ……」

「ああ、ラウラか! 最近太ってきたな!」

「おい、オスカー……まぁそうなんだが…‥」

「そうだね~。顔がまるくなってきて可愛いね~」

「ああ……そうね、ぽっちゃりとしてね……」


 ちなみに、俺達ボナス商会はあれから毎晩アジトへ帰っている。

 サヴォイアへの通勤と同じようなものだ。

 その方がリフレッシュできるし、実際日中の生産性も高くなった気がする。

 そして、当たり前のようにラウラは毎日ついてくる。

 もちろん何も困ることは無いし、俺含めボナス商会の皆もラウラを歓迎している。

 ただその結果……、ラウラは明らかに太ってきている。

 毎日うまいうまいと、ひたすらアジトの料理を食べまくり、毎食後デザートもたっぷりと食べている。

 さすがに鬼達ほど食べているわけではないが、その勢いに釣られるようにして、モリモリと見ていて気持ちのいい程食べている。

 所作はやたらと上品なので気が付きにくいが、もしかすると俺よりよく食べているかもしれない。

 しかも最近は、ミルに料理を教えてもらっているようで、味見と称してせっせとつまみ食いまでしているようだ。

 何よりまずいのが、クロの猫車で運ばれることにすっかり慣れ切ってしまったことだ。

 ヴァインツ村にいる間はほぼ猫車に乗っている気がする。

 もはや一体化していると言ってもいいだろう。

 最近ではクロの巧妙な操作にあわせて、重心移動することを身に着けたようだ。

 二人の息も妙にあってきたようで、ヴァインツ村中を楽しそうに爆走していたりする。

 猫車自体もなぜかリボンなどで装飾されており、ちゃっかりエリザベスの毛で作ったクッションなども敷き詰め、妙に居心地が良さそうだ。

 食事中でさえ猫車に乗ったままだったりする。

 どう考えても運動不足だ。

 今はまだ少しふっくらしている程度で可愛げもあるが、この生活をこれ以上続けると、彼女は引き返せないところに行ってしまう気がする。

 別に自覚しているなら、少々体形が変化したからと言って、とやかく言うつもりは無い。

 最終的には本人の自由だ。

 だが明らかに、ラウラは自分自身の体の変化にまだ気が付いていない。

 たまに猫車に乗り込む際、不思議そうに首をひねっていたりする程度だ。

 中年の俺は、その様子を見ているとハラハラしてしまうのだ。

 彼女もそれなりにいい年なので、一度つき始めた脂肪を減らすのはなかなか大変だろうし、明らかに不健康だ。

 さすがにそろそろ誰か教えてやってほしいのだが、皆そのことには触れない。

 明らかに同じようなことを思っている人間が数名いることは間違いない。

 ラウラが猫車の中で、おいしそうにデザートを食べている時や、昼寝をしている時に、何とも言えない表情を浮かべている奴らが数名いるのだ。

 あいつらは皆、ラウラが少しずつ膨らんでいることに気が付いているはずだ。

 だが、お互いにお前が言えという気配を漂わせつつ、自分たちは口をつぐんでいる。

 言い方に配慮が求められそうなので、出来ればハジムラドに頼みたいのだが、こいつも苦虫をかみつぶしたような表情をするばかりで、ラウラへ直接何か指摘するようなことは決して無い。

 鬼達やミルはむしろ大きくなるのは良いことだ位の認識のようだし、クロはむしろラウラの育成を楽しんでいる感じがする。

 オスカーあたりが空気を読まずに言ってくれれば助かるのだが、こいつは声がでかい癖に意外とそう言うことに関しては敏感だったりする。

 何かしらの危険を察知しているのか、本人の目の前では話題にすら出さない。


「んでもまぁ、運動不足は体に悪いしなぁ~。ボナス、言ってやれよ!」

「嫌だ! 俺は多分……言い方を間違えそうな気がする。だから嫌だ! ハジムラド、お前――――」

「俺にはお前たちが何の話をしているのかいまいちよくわからんな」

「ハジムラド汚い! こいつは汚い大人だ!」

「あっ、ミルちゃんが来たね。そろそろお昼ごはんかな?」


 ミルが村から呼びに来てくれたようだ。

 だが昼食にしては早すぎる気もする。


「おーい! メナス達が戻ってきたよ!」

「おお! 今回は早かったな~。まぁ作業の切りもいいし、一度村へ戻ろうか」

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