第122話 メナスの勧告

 村へ戻ると、メナス商会とヴァインツ傭兵団の皆で荷下ろしをしているところだった。

 何となく楽しげな雰囲気が漂ってくる。

 少し生意気だったヴァインツ傭兵団の若い奴らも、今ではすっかり手なずけられているようだ。

 メナスは言うに及ばず、ガザットやジェダなどの指示にも喜んで従っている。

 大きな仕入れで、本物の商人のやり取りを見せられ、何か目が覚めるものでもあったのだろうか。

 普段鬼達に囲まれているとその辺の感性が麻痺してくるが、メナス商会の連中は皆なかなか迫力もあるし格好良い。

 厳しい環境を往来しながら、難しい商売を長年続けているだけのことはある。

 おまけに皆癖者ぞろいではあるが、とても穏やかで気立てが良い。

 若い奴らが憧れるのもうなずける。


「メナス、お疲れ様」

「ありがとうございます。サヴォイアの露店のことなどいくつかお話したいこともありますし、お昼ご一緒にどうですか?」

「もちろん、喜んで」

「じゃあボナス。すこし早いけど昼食用意しちゃうよ」

「ミル、俺も手伝うぞ」

「じゃあザムザもよろしく!」

「ボナス! 俺は飯ができるまで、仕入れてきた木材を見てくる」

「それじゃあオスカー、一応図面と部材リストを渡しておくから確認しておいてくれ。気になることがあれば遠慮なく書き込んでいいよ」

「まかせろ! ああそうだ、メナス。もう木に墨を入れてもいいか?」

「もちろんです」


 オスカーは仕事になるとやたらと手が早い。

 特にボナス商会に加わることが決まってから、より仕事に前のめりで楽しそうだ。

 工房を経営するのは本当にストレスだったんだろうなぁ……。


 荷下ろしが終わった者から合流していき、そのうち何人かは食事の支度に加わっている。

 お互いよく知った仲だ。

 それぞれ持ち寄った食材を分け合いつつ、自然に協力して食事の準備を整えていく。

 主にミルとザムザの仕切りだが、いろいろな食材が並んでいく。

 サヴォイアとヴァインツ村、アジトの物が入り混じった食卓だ。

 すべて出来上がる頃にはクロやシロ、ラウラも合流するだろう。


「何からお話ししましょうか……。そうですね、まずは海藻と干物についてお話しますね」

「ああ、そう言えば……。反応はどうだった?」


 メナスは唇に人差し指をあてつつ、しばらく虚空に目線をさまよわせていたが、目の前で焼かれている干物を見て、まずは食材について話すことに決めたようだ。

 実は前もって、海藻や干物などをメナスへ預け、サヴォイアで商品としての価値を試してもらっていたのだ。

 ただし海産物については、商品というより、むしろ観光資源として考えている。

 外交上船を出すことはできないので、産業として成立するほど魚は採れない。

 とはいえ魚自体はとても多い。

 この地で楽しむ分には磯釣りでも十分な量確保できるだろう。

 それに今はこんな状況だが、ヴァインツ村の景色はなかなか美しい。

 エメラルドグリーンの海とタミル山脈という、恵まれた自然環境もそろっている。

 この地域には珍しく雨も降り、農作物も収穫できるし、以前はワインも作っていたようだ。

 アジトからも近いので、俺も個人的に別荘でも建てようかと考えるくらいには魅力的な土地だ。

 現状サヴォイア東部は地獄の鍋のイメージが強く、一般人はまず近寄らない。

 だが、実際はヴァインツ村までのルートでキダナケモに襲われることはまず無い。

 極稀にモンスターに襲われることもあるようだが、確率的には他の場所と大して変わらないようだ。

 少なくとも傭兵団などにくっついて移動すれば、まず身の危険は無いだろう。

 ということで、サヴォイアから手近な観光地として、ヴァインツ傭兵団の護衛付きで売り出すのはなかなか良いのではと思っている。

 ヴァインツ村観光地化計画。

 まぁそう簡単に行くとは思えないし、いろいろと別の課題も出てくるだろう。

 だが、現状の村は今後存続できるか怪しい規模だし、もう少し位活気が出てほしい。

 ヴァインツ傭兵団にとっても、村へ貢献する形で定期的に里帰りできるし、小遣い稼ぎにもちょうど良いだろう。


「干物はそれなりに好評でしたね。少量ですが別の地域の魚がサヴォイアでも流通しているようですしね。それに領外から来た人たちにとってはそれほど珍しい物でも無いのでしょう。懐かしがっている傭兵の方が結構いましたねぇ」

「へぇ~、そうなんだね」

「ボナスさんがおっしゃっていた通り、今回は広く意見を集めるために無料で試食してもらいましたが、売り物にするならばなかなか良い値段が付きそうでしたよ」

「おおっ! それじゃあ……海藻の方は?」

「そうですねぇ……海藻はまだすぐには商品にはならないでしょうね。そのままですと、関心を持ってもらうのも難しく……。何か名物となる料理を主軸に売り込めると良いのですが」

「あぁ……まぁ、確かにそれもそうか。結構良い出汁でるから何か目新しいスープ料理でも作れればいいんだけど……」


 ふと以前闇市で食べた麺料理を思い出す。

 あの時は地獄を見たが、麺料理はありかもしれないな……。

 出汁の効いたスープにあの麺はかなり合いそうな気がする。

 うどんなのか蕎麦なのか、それともラーメンなのかはわからないが、サヴォイアで受けそうなものを皆で考えるのも面白そうだな。


「ありがとう、メナス。また少し考えてみるよ」

「あら? 何か考えがありそうですね。またいつでも協力しますから言ってくださいね」

「ああ、ほんと毎回助かっているよ。それで……うちの露店は大丈夫そうだった?」

「ええ。頼まれていた、コーヒーやチョコレート、ミルさんの新作のお菓子も補充しましたが――――あら、今日も美味しそうですね~。ミルさんありがとうございます」

「魚のフライは骨を取ってるから食べやすいと思うよ。それでメナスさん、あたしのサヴォイアへ持って行ってもらったお菓子はどうだったかな?」


 ミルのお菓子の話をしていると、ちょうどいいタイミングで魚のフライを持って本人がやってきた。

 メナスは柔らかな笑顔を浮かべつつ、上品に魚のフライを口に運んでいる。

 その様子を見ていると、急に腹が減ってくる。

 うまそうだな……。

 俺は魚のフライをパンに挟み、レモンと似た柑橘果汁をたっぷりかけて齧り付く。

 酸味がさっぱりしていて心地良いだけでなく、香りが素晴らしい。

 最近お気に入りの食べ方だ。

 ちなみにぴんくは苦手なようで、勝手に振りかけたらめちゃくちゃ怒られた。


「ボナス商会のミルのお菓子と言えば半年先まで予約が埋まっていますよ?」

「うわぁ……そんなに……。ほんとにみんな美味しいと思ってくれてるのかな?」

「もちろんです。味の評判も間違いないと思いますよ。幸運にも食べることができた人ほど次の予約を入れたがりますからね。むしろ予約を管理しているメラニーさんがなかなか大変そうで……。それはともかく……ボナスさん、その素敵な香りのする果物、私にもいただけますか?」

「もちろん。好みもあると思うけど、揚げ物には合うと思うよ~。はい、どうぞ――――」

「ありがとうございます。あぁっ……、やっぱりいい香りですね。脂の多い料理をさっぱりと食べるのに良さそうです」


 メナスは果実に鼻を寄せ、顔をほころばせる。

 一見無邪気に見える仕草なのだが、なんだか妙に色っぽい。

 少し離れた場所で食事をしていたハジムラドが、何やら食器を落として焦っている。

 何やってんだあいつ……。


「ハジムラドさんも良ければ使いますか?」

「んんっ、あ、ああ……そうだな」


 上品な笑顔で問いかけるメナスにハジムラドはどぎまぎした様子でそう答える。

 気持ちはわからんでも無いが、顔を赤らめた髭面なんて見たくはない。

 それにしても、メナスはこういう顔をした中高年をそこかしこで量産していくな……。


「露店ずいぶん離れてしまっているけど、大丈夫そうかな……?」

「常連のみなさんが協力的なのもあって、とてもうまくやれていると思いますよ。ただお客さんたちは、クロちゃんやシロさん、ギゼラさんに早く会いたいようですよ」

「もう俺の存在はすっかり忘れられてそうだな……。そういえば仕立屋の次女、メアリも手伝ってくれているんだよね?」

「ええ、かなりいろいろと頑張ってくれていますよ。露店のテーブルクロスやリネン類もかなりこだわったものを用意したようで、とても素敵でしたね。テーブル上の日除け用の布地もなかなか綺麗な色柄のものに変わっていました。おまけにぴんくちゃんの刺繍の入った可愛らしいエプロンを着て、すっかり露店に馴染んでいましたねぇ」


 どうもメアリは彼女の趣味嗜好を暴走させ、やりたいようにやっているようだ。

 とは言え彼女は趣味もいいし、しっかりと仕事もこなしてくれているようなので、ありがたいばかりだ。

 本業の方がおろそかになっていなければいいのだが……。


「ぐぎゃうぎゃう~!」

「あ、メナス様。お疲れ様です!」

「ありがとうございます。ラウラ様」


 クロが猫車を走らせ、派手にターンを決めて登場する。

 もちろん猫車にはラウラが乗っている。

 そのまま降りる様子もなく、クロから手渡された料理を嬉しそうに受け取っている。

 完全に一体化しているな……。

 クロは飼っている小鳥へ向けるものと同じ視線をラウラへ向けている気がする。

 ちなみに小鳥はもう自由に飛び回り、自分でえさを食べており、ただ甘えに来る程度だ。

 そういうわけで、もうまったく手がかからなくなってしまった小鳥の代わりとして、ラウラを育てているのかもしれない。

 最近アジトでも身だしなみも良く整えてやっているし、動きやすい服も作ってやっていた。

 だがクロよ、その雛は若干まずい方向に育ちすぎている気がするぞ……。


「うわぁ、今日はお魚のフライ! このパンととっても合うんですよね~! あっ、あの果実もアジトから持ってきたのですね!」

「ところでラウラ様……最近ずっとその猫車に乗られていますね」

「ええ、最初は少し怖かったのですけど、クロさんとも息があってきて、今じゃ歩いてる方が落ち着かないくらいです! ――――ああ、今日のご飯も美味しい!」

「確かに、見ているとなんだか楽しそうに見えますね。でもラウラ様、運動不足にならないように気をつけなくてはいけませんよ?」

「……運動不足ですか?」

「ええ、あまり食べてばかりで体を動かさないでいると、体の調子が悪くなったり、余計な脂が体についてしまいますからね」

「……よ、余計な脂……」

「そうですよ。私も食べるのは好きですが、良く体を動かすようにしていますからね。ある程度の年齢になってくると、一度余計な脂が付くとなかなか戻りませんからね。気をつけないとどんどん体形が崩れていってしまいます」

「……戻らない……体形が崩れ……」


 何食わぬ顔で料理をつまみつつ、心の中では全力でメナスを応援する。

 先程までは元気いっぱいだったラウラだが、手に持ったサンドイッチを見つめながら、徐々に捨てられた子犬のような顔になっていく。


「ラウラ様は私に比べればまだまだ若く美しいですから、今の内から気を付けておけば大丈夫ですよ」

「そ、そうですか! まだ大丈夫です……よね?」

「そうだね。ラウラは最近顔がまるくなってきて、健康そうだから大丈夫だよ~」

「……顔が……まるい……」


 悪気の無いギゼラの一言により、ラウラは親友に背中を刺されたような顔をしている。

 そうして何かを焦って確認するように、ハジムラドをはじめメナス商会やヴァインツ傭兵団の連中の顔を一人づつ見ていく。

 だが、皆ラウラと目が合いそうになると、妙な角度に首を曲げ、全力で視線を逸らしていく。

 そのたびにラウラは、どんどん大きく目を見開いていく。


「ぐぎゃ~ぅ~」

「ク、クロさん?」


 ラウラがクロの声に振り替えると、とてもにこやかな笑顔で、顔の周りのまるく撫でるようなジェスチャーをしている。

 私が育てたと言わんばかりの満足げな様子だ。


「う、うそでしょ…………ボナス様?」

「う、うん? 何かな?」

「私、まるくなりましたか?」

「そうだね、性格的には少しおだや――――」

「物理的には?」

「ど、どうなのかな~? 俺にはよくわからなかったけど、運動不足は良くないからこれから気を付けて行けばいいんじゃないかな?」

「そ、そうですよね。これから少し気を付け――――」


 気を取り直したようにラウラが身じろぎした瞬間、バキッガタンッという音と共に猫車の軸受けが壊れ、バランスを崩したラウラが猫車からゴロンと転げ落ちる。

 全員あまりのことに沈黙する。


「………………あ、明日から自分の足で歩きます! クロさん、今までありがとうございました! うわぁぁぁぁぁぁん!」

「ぐぎゃぅ~……」


 ラウラは少しむっちりした体でのっそりと立ち上がると、泣きながらそう宣言し、どこかへヨタヨタと走り去っていった。

 何とも言えない空気がその場を支配する。

 だが、俺としては内心ほっとしていたりもする。

 毎度のことながらメナスには頭が上がらない。

 ラウラや俺達のことを本気で気遣ってくれたのだろう。

 雰囲気的に今は言えないが、心の中で最大限の感謝を送ろう。

 クロだけは壊れた猫車をしょんぼりした顔で見つめている。

 また何かおもちゃでも作ってやろう……。

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