第123話 休日①
猫車からラウラが無事巣立ち、一週間後。
久しぶりに丸一日アジトで休日を過ごす。
「これでいいかなぁ」
「ぐぎゃ~ぅ~」
休日と言いつつも、朝から俺は湖の岩場で監視塔の設計を見直していたりする。
一緒にくっついてきたクロは、小鳥もラウラも巣立ってしまい、最近どうも退屈なようだ。
ぐんにゃり俺の背中にもたれかかり、肩に顎を乗せて図面を覗き込んでくる。
ここ一週間、クロはずっとこんな感じだ。
「後で何か作ってみるから、ちょっと待っててくれな~。昼からいっぱい遊ぼう」
「ぎゃぅ~!」
「ぬわっ!」
いつもは明るいクロのそんな様子が何となく不憫で、思わず声をかける。
よっぽど刺激に飢えていたのか、クロは俺の頭を抱え込む様にして肩へと乗ってくる。
ちょうど座ったまま肩車をしているような体勢だ。
図面を見るにはやや苦しい体勢だが、クロは体重が軽くバランス感覚も良いので、あまり負担には感じない。
気を取り直し、クロの足が楽し気にプラプラ揺れるのを横目に、再び監視塔の設計に頭を戻す。
ちなみに監視塔は基礎部分まではすでに完成している。
ただ、資材の面で色々と問題があり、作業は少々遅れ気味だ。
ひとつは基礎の強度。
作った日干し煉瓦が思いがけず脆かったのだ。
特に水に濡れると強度が落ちてしまう。
それでも住宅の壁を作る分には十分なのだが、高さのある建物の基礎とするにはどうにも心もとない。
そこで、建物の四隅には煉瓦の代わりに石材を使い、残りの部分の日干し煉瓦についても、強度を上げたものを使用することにしたのだ。
ただ、石材はサヴォイアからの調達が難しく、最終的にはタミル山脈の麓から自前で採集する羽目になった。
言うまでもなく石材の切り出しは危険かつ重労働だ。
普通なら素人が手を出すような作業では無い。
だが、これには鬼達が大活躍してくれた。
百キロの岩を軽々運ぶ剛力と屈強な身体をいかんなく発揮して、かなり効率よく作業を進めることができた。
特にギゼラはノミやハンマーの取り扱いも上手く、基本的なやり方を説明するだけであっという間に石材加工のコツを掴んでしまった。
鍛冶が好きだというくらいだし、物性を直観的に把握する才能があるのだろう。
本人も能力を活かせるのが面白いのか、作業を楽しんでいたようだ。
ちなみにレンガの補強にはアジトのサトウキビを使った。
手っ取り早く粘土に何かを混ぜて補強できないかと色々実験したところ、サトウキビの搾りかすを砕いて繊維状になったものを混ぜると強くなることが分かった。
しかも水で濡れても全く溶け出す様子も無い。
保管中に少し発酵していたようなので、なんらかの接着成分が生成されたのかもしれない。
もしくはアジトで採れるものなので、普通のサトウキビと違い何らかの魔力的な作用があったのだろうか。
ちなみに試しにエリザベスの毛も混ぜてみたが、土が全く定着せず、ものにはならなかった。
そのもの自体の強度が高いのでかなり期待はしていたが、結局は適材適所、そう都合よくはいかないらしい……。
ともかく、基礎部分については、そうしたいくつかの工夫を重ねることで、何とかしっかりとしたものが出来上がった。
そして今頭を悩ませているのは、木材の問題について。
仕入れた木材の寸法が思った以上に短かったのだ。
資材について、隣領からの供給がより一層絞られているようで、メナス達の力をもってしても、あまり良質な木材は手に入れられなかったようだ。
その結果、必要部材とその接合部も増え、構造方法も変えざるをえなくなった。
それに伴い木材同士の接合方法を改めて考えたり、構造計算もやり直さなくてはならない。
実に面倒だ。
とはいえ監視塔づくりは半分趣味として取り組んでいるので別に構わないのだが、最終的に出来上がるものの完成度が下がるのは面白くない。
そういうことで休日にも関わらず図面をこねくり回しているわけだが……。
「あっ、ボナス様、クロさん!」
「ボナス、また監視塔のこと考えてるの~?」
「ぐぎゃう~!」
「ああ、明日から木組みの部分だからそれをちょっとね……。ギゼラとラウラは何か収穫?」
「ええ! 今日はこれでを使ってギゼラさんと一緒にケーキ作るんです!」
ラウラ達はどうやら果物を収穫していたようだ。
猫車から転げ落ちて以来、ラウラはやたらと活動的になった。
ただ食事の量は変わってはいない。
アジトでの食事を我慢するくらいなら、太って爆発する方がまだましらしい。
その代わりに、とにかく体を動かすことにしたようだ。
とはいえ最初はヴァインツ村を少し歩き回るだけで息を切らし絶望的な顔をしていた。
だが初日の夕食で、体をしっかり動かすと食事が美味しくなることに気が付いたらしく、それからは闘志をみなぎらせ、いっそう頑張って動き回るようになった。
ただ……たまに疲れ切ったラウラの周りを、クロが妙にやさしい笑顔で猫車を押しながらウロウロと歩き回っている。
そのたびにフラフラと猫車へ吸い込まれそうになってはいるが、いまのところは歯を食いしばり何とか誘惑に抗えているようだ。
「ラウラ、なんだか顔がすっきりしてきたね」
「そ、そうですか!? うふふふっ」
あれからたった一週間だが、実際彼女は少し体が絞れてきたような気がする。
何より表情に自信が出てきた。
これは身体的な変化というよりも、精神的に前向きになっているからだろう。
実際彼女はヴァインツ村を歩き回る以外にも、アジトで皆の後ろをついて回り、積極的に色々なことに挑戦している。
とはいえ、当初は失敗続きで酷いものだった。
クロと果物採集へ行けば、鳥たちに驚いて木から落ちて青あざを作る。
シロと蜂蜜を取りに行けば、シロに群がる蜂の群れに驚き失神する。
ギゼラと洗濯に行けば湖に落ちておぼれかける。
ミルの料理を手伝おうとすると、髪の毛を焦がし指を切る。
どれも貴族のご令嬢がするようなことでは無いのだから、もちろんうまくできなくても仕方がない。
ほぼ毎日失敗と災難の連続で、普通なら落ち込みやる気もなくなりそうなものだが……、不思議と彼女はとても楽しそうだった。
いまでもたまに派手な失敗もするようだが、それでも持ち前の頭の良さを活かし、要点は掴んできているようだ。
大体のことはある程度こなせるようになってきた。
それにアジトの生態系に関わることは、魔力が見えることもあり、俺よりも多くのことを理解してそうな様子を見せることもある。
最初は怖がっていた、アジトの小さな生き物たち、鳥やハチなどともとても親密だ。
たまに蜂と何かしゃべっていることさえある。
かなり頭が良い蜂らしく、以前からシロとも意思疎通を行っている様子はよく見かけていた。
ただ、実際に蜂と会話している様子を目の前で見せられると、どうにも心配になってくる……。
一度聞いてみると、魔力が美しくてとても素晴らしい生き物たちだと、よくわからないことを力説されたが、魔法と縁遠い俺にはいまいち理解できなかった。
いくつかの飛行パターンや魔力変化を信号として受け取り意思疎通しているようだが、たとえ魔力が感知できたとしてもラウラでなければ高度過ぎて対応できない気がする。
ただ蜂たちはころころ丸っこくて、なかなか可愛いのは確かだ。
二本の指でつまむように転がすと、ちょっとうれしそうに羽を揺らす。
そんな様子を見ていると、何とも不思議な親しみがわいてくる。
そういうわけで、ラウラはお客さんであることを卒業し、いまやアジトの住人になりつつあるような気がする。
いまさら俺としては構わないのだが、立場的に色々大丈夫なのだろうか。
妙にたくましくなってきた今のラウラを見て、父である領主がどう思うか……少し心配になってくる。
ただまぁ、個人的には彼女の変化は好ましく見ている。
特に最近は一度膨れかけた体が少し締まって、出会った頃よりも健康的で魅力的に感じる。
「ラウラは少しだけ痩せたけど、おっぱいは大きいままだからいいと思うよ~」
「ギゼラさん!?」
「おぉ……ま、まぁ健康的で何よりだ」
「ぎゃぅ……」
ギゼラの意見には完全に賛成なのだが、余計なことは言わない。
一方クロのほうは、少し残念そうにため息をついている。
頭に彼女の肘が乗っかるのを感じる。
つまらなさそうに頬杖でもついているのだろうな……。
「そういえば他のみんなは何してるのかな?」
「たしか……シロはエリザベスとアジト周りの偵察と狩りに行ってるでしょ。ミルは保存食と昼食の下ごしらえだね。え~っと、オスカーとザムザは部屋の改装計画中じゃないかな~。二人とも岩壁亀裂の辺りでずっとぶつぶつ言いながらウロウロしていたよ」
「ああ~……そっちもやんないとなぁ」
オスカーが加わったことで、岩壁ベッドもそろそろ限界だ。
なによりあいつはいびきがうるさい。
三方向岩壁なので音が良く響くのだ。
そういうわけで、とりあえず一人一部屋、岩肌を削り個室を作る予定だ。
かなり大変な作業になることが予想されるので、今までなかなか実行に移せなかったが、今回ヴァインツ村で石を切り出すという貴重な経験によって気持ちの踏ん切りがついた。
そういうわけで、皆の要求をある程度取りまとめていたのだが、各自それぞれ要望が違う。
ミル、オスカーはいろいろ道具の保管などもしたいようで、それなりに大きい空間が欲しいようだ。
他の面子はどちらかというと共有スペースを大きく便利にしていきたいとのこと。
ギゼラも職人だが、道具は共有でもいいらしい。
種族的に考え方が違うのだろうか。
なんにしろ大掛かりな作業にはなるだろうから、本格的に着手するのはヴァインツ村の件が片付いてからだろう。
ザムザやオスカーはいろいろ構想を練って楽しんでいるのだろう。
「ラウラ、ひとつ果物頂戴~」
「はい、クロさんもどうぞ~!」
「ありがとう」
「ぎゃうぐぎゃう!」
最近大量に採れるマンゴーのような果物だ。
ただマンゴーより強烈な甘い香りがする。
朝食から間もいないが、ラウラの背負う籠から漂ってくるその香りに、我慢できなくなってきた。
「ぐぎゃぅ~」
「あ~うんまい」
ラウラから手渡されたマンゴーのような果物は二つともクロが受け取る。
すぐに頭上からクロの手が伸びてきて、綺麗に剥かれ一口大の果物が口の中へ放り込まれる。
果汁が頭に垂れることもなく器用なものだ。
いつものことだが油断するとついクロに甘やかされてしまう。
俺もそのうちラウラのように太らされてしまいそうだな……。
「それにしてもボナス様は本当にクロさんと仲が良いですね~」
「ぐぎゃ~う?」
ラウラは俺とクロを見てしみじみとそう言う。
日常のやり取りなのであまりピンとこないが、もちろんクロは俺にとってかけがえのない存在である。
とはいえ、クロは大体みんなと仲が良いと思うが……。
「ラウラもだいぶ仲良くなっているだろ」
「まぁそうですけど、その中でもお二人は特別というか……。もちろん私も仲良くなりましたけどね! でもクロさんに甘えちゃうと、私ダメになりそうで……」
「クロはボナスのことだけは特別だからねぇ~」
ギゼラは俺にくっついているクロを見てそう言う。
ラウラもうんうんと頷いている。
もちろん俺にとってクロは特別だが、誰とでも仲の良いクロが、仲間達からそう見られていることは意外な気もする。
「モンスターでここまで変身するなんて、ほんとうに珍しいですけどね」
「うん? 変身っていうのは?」
「クロさんは出会った時からこの姿だったのですか?」
「いや違うね。前はもっと小っちゃくて~……小鬼っぽかった?」
「ぎゃう~?」
「それじゃあやっぱり変身したのですね!」
昔メナス達が言っていた成長のことだろうか。
あの時はモンスター含めこの世界について何も分からなかったので、多少不思議なことが起ころうが、それほど気にもしていなかった。
だが確かに、結局何がどうしてこうなったのだろうか。
クロと似たようなモンスターなど見たことも無い。
普段彼女がモンスターであること自体忘れそうになるが、ほんとうのところ一体どういう存在なのだろうか……。
「どんなモンスターも変身するの?」
「いえ、魔力的な因子が混ざった場合だけです。クロさんの場合は目でしょうね~」
「目……に魔力? まぁクロの目は綺麗だと思うけども」
「ぐぎゃ~ぅ~ぁ~ぅ~」
頭上から覗き込む様にクロが目をあわせてくる。
人間離れした光彩と色合いだが、本当に美しい目だ。
とりあえずかわいいのでほっぺたをモチモチと堪能しておく。
「なんかあんまりその辺の知識も無くって……、少し基礎的なことからモンスターについて教えてもらえる?」
「もちろんいいですよ! ただ、ちょっと長くなりそうなので、私も果物をいただきますね。ギゼラさんも食べます?」
「たべる~」
そう言うとラウラは木陰にハンカチを敷き腰掛け、果物の皮を剥く。
ギゼラは俺の膝を枕にして大胆に寝そべると、リラックスした表情で湖を眺めている。
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