第124話 休日②

「それではモンスターについてお話しますね」

「ラウラはいろいろ知っているから、毎度のことながらほんとうに助かるよ」

「いえいえ。私がお話しできるのは貴族として一般的な知識で、大したものではありませんから。より実践的な内容についてはハジムラド様から聞いてくださいね。ええっと、まずは……昔から私達の王国ではモンスターは死者の国からやってくると言われています。ですが、実際はただ地下に空洞があるとそこから自然発生的に湧き出てくるというだけで、やろうと思えば人為的にそれを促進することも出来るようです。ただその辺の細かな条件や原理についての知識は、タミル帝国の呪術師たちが占有しているので私にはよくわかりません」

「地下か……クロもそうなのかなぁ」

「ぐぎゃ~ぅ~」


 先程から定期的にクロの手が頭の上から伸びてきて、口に果物を放り込んでくれる。

 このやたら明るい俺の相棒には暗い地下は似合わないような気がするが……。


「キダナケモとモンスターはまったく別物?」

「ええ、むしろ対極の存在と言えるかもしれませんね。キダナケモは前にもお話したように別世界から来たもの達だと考えられていますが、モンスターは間違いなくこの世界で生まれるものです。そしてモンスターは魔力が豊富な場所では生まれることはできませんし、魔力を扱うモンスターも基本的にはいません。そう言う意味でも魔力と親和性の高いキダナケモと正反対の性質を持ちます。あとは……、基本的に私達の王国ではキダナケモは恐れながらもどこか神聖視しているところはありますが、モンスターは単純に忌み嫌われていることが多いです。ですが面白いことに、これがタミル帝国に行くと全く逆になります。モンスターはそれほど嫌悪されませんし、労働力として当たり前に使役されていたりしますが、キダナケモは地獄から来た巨大な化物としてひたすら恐怖と嫌悪の対象となっています」

「それじゃあクロの目は……それに変身っていうのは……?」

「んんっ……っと、すいません。やっぱりこの果物美味しい~!」


 俺としては初めて聞くことばかりな上、クロに関することなので少しドキドキする。

 一方ラウラにとっては大した話では無いのだろう。

 ずいぶん暢気な様子で話の合間にもちゃっかり果物をぱくついている。

 ギゼラもすっかり休日モードなのか、俺の膝上で目をつむったまま、口をあーんと開けているだけだ。

 ちなみにその口には俺の頭上からクロが器用に果物を突っ込んでいる。

 それこそ鳥に餌をやっているような有様だ。

 ギゼラは口に果物を突っ込まれると、ふわっと表情がほころび、口をもぐもぐさせている。

 何となく頭を雑に撫でるとニヤニヤしている。

 幸せそうで何よりだ。


「ええと……、モンスターの変身はかなり珍しく、詳しいことはほぼ何も分かっていません。ですので一応仮説として聞いていただければと思います。まず先ほどもお話したように、基本的にモンスターは魔力ととても相性が悪いです。ですが、極稀にモンスターとして発生する際に、たまたま何かの間違いで魔力的に影響を受けて変質する個体がいるようです。ただし変質したモンスターは、その時点では普通のモンスターと何ら変わりありません。ですが、そうやって変質したモンスターの内さらに少数のものが、何かのきっかけで自分自身をより魔力的に親和性の高い形態へと変化させることがあるのです。その変化のことを私達は変身と呼んでいます。そうして変身したモンスターは魔力に干渉することで驚異的な力を発揮するものが多く、……とても大きな災厄をもたらす場合が多いです。かつてハジムラド様が倒した地竜などは正にその典型ですね」

「クロ、お前はなんだか凄い珍しい災厄らしいぞ!」

「ぐぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっ!」


 そう言ってクロの足をくすぐると、嬉しそうにジタバタと頭の上で身をよじる。

 そういえば以前メナスからクロを引き取る際、娘のエッダからも冗談めかして似たようなことを言われたな。


「それで、さっき言ってたクロの目には何かあるの?」

「多分ですが、クロさんは見ることが魔法的に強化されてそうですね」

「それは……視力が良い感じ?」

「もちろんそれもあるでしょう。ですが……それだけでも無さそうですね。クロさんの異常な物覚えの良さや、恐ろしく器用なのはその辺が関係してるのかもしれません。とはいえ実際のところ私達の魔法とは違うので正確には分かりませんが……」


 すっかり慣れてしまってはいるが、言われてみれば確かにクロのそう言った面は、いくら何でも能力が高すぎるとは思っていた。

 一度やって見せたことは決して忘れないし、覚えたことは誰よりもうまくこなす。

 どんなに器用な人間でも、あれほど綺麗に素早く果物の皮を剥くことなんて出来はしない。

 あれほど追い詰められた黒狼との戦いでも、クロだけは最後まで最前線にいて、まるで散歩でもしているかのような余裕を感じさせた。

 それはまるで敵の動きを完全に見切っているかのような動きだった。


「ちなみに聞いたことがあるかもしれませんが、モンスターの基本性質として有名なものが三つありまして……、一つは生殖機能が無いこと、二つ目は老化しないこと、三つめは命を弄ぶ性質があることですね。命を弄ぶ性質は、人に仇をなす形で現れることがほとんどですが……、クロさんにはあまりそういうところはありませんねぇ」

「ラウラはつい最近弄ばれていたような気がしなくも無いが……」

「んえぇ!?」


 意外と俺達を甲斐甲斐しく世話してくれているのも、実はそう言う気質のせいなのだろうか。

 そう言う意味では俺は間違いなく弄ばれている気もするが……。

 ただこれは弄ばれているというより、単純に面倒を見てくれているだけな気もする。

 まぁ、命を弄ぶというのも言葉の解釈次第だろうし、そもそもモンスターが自分でそう言ったわけでも無いだろうからなぁ。

 しかし……やはり老化もしないのか。


「ま、まぁ解釈はいろいろできますよね……。ちなみにこの三つの性質については魔人が言っていたのでほぼ間違いないでしょう」

「魔人ってまた……どういう存在?」

「簡単に言うと、人が生きたままモンスターになったものですね。ある条件で魔法使いでないものが長期間地下にいると、そういうこともあるようです。詳しくは、呪術知識の中でもかなり高度な内容らしく、詳しくはタミル帝国の高位貴族にでも聞いてみなければわかりませんが……」

「魔人がいるなら……魔獣もいるの?」

「いますよ! 動物が生きたままモンスターになったものですね。魔人や魔獣は確認されている個体はとても少ないですが、実際は世界中にそれなりの数、隠れ住んでいると考えられています。モンスターになるとやはり生殖機能は失うようですが、寿命がありませんからね……敵に回すとなかなか厄介です。しかも生き物に干渉して、その姿形や性質を作り替えるという、とても恐ろしい能力を持っています」

「それって……人や動物をモンスターのように変えられる力があるってこと?」

「ええ、自分自身の姿形も変質させられるようですよ」

「それは……対抗しようがなくない?」

「実際見たことはありませんが……普通の人間が相手するのはかなり難しいでしょうねぇ。ただし、彼らにも苦手なことがあって、魔力的な影響があるとうまくその力を発揮できないようなのです。つまり私達魔法使いこそが、彼らの天敵ということですね。なので私達魔法使いにとっては、普通の人や動物と大して変わりません。彼らは魔法を使えませんしね。むしろ変身したモンスターの方が魔力に適応している分、私達にはとってはずっと怖いですね」

「確かに……変身したモンスターであるクロには魔法使いのラウラも姿形を変えられそうになっていたもんな」

「そ、そう言う意味ではありません!」

「一般人的にはどちらも脅威だろうけど、何となく魔人や魔獣はその在り方からして禍々しいものを感じるなぁ……」

「ですが、タミル帝国では魔人は信仰の対象ですよ。実際明らかにしていませんが、国として魔人を何人か囲い込んでいるという噂です」

「魔法と縁遠そうな俺からすると、やっぱりなんか怖いなぁ。でもそう聞くと今回の黒狼の件も関係してそうな……」

「その可能性は否定できませんね。少なくとも呪術師が裏でろくでもないことをしたのは間違いないでしょう」

「しかし……命を弄ぶ性質か……クロはそのうち俺のことを食べちゃうのかな?」

「ぎゃうぐぎゃうぎゃうぎゃう! ぎゃうぎゃうぎゃう!」

「いやいや、冗談だから! ごめんって~! ぐぇっ、ギゼラ助けてくれ~」

「あっはっはっはっはっ、ボナスの命が弄ばれてる~! あっはっはっはっ!」


 肩に乗っているクロは足をばたつかせ、大層お怒りだ。

 太ももで首が締まり、今まさに俺の命が弄ばれている。


「本当にみなさん仲が良いですね~」

「あ、あぁ……まぁ実際、クロになら食われたとしても何の文句も無いけどね。俺なんてこいつがいなければとっくに死んでそうだし、たとえ運よく生きていたとしても、クロと出会えなかった人生なんて考えたくもないね」

「ぼーなーすー!」

「んぬわわっ」

「えぇっ!? クロさんが喋った!?」

「お~、久しぶりに聞いた~」


 クロは俺の顔を抱え込み、頭をこすりつけてくる。

 確かにこいつが人前で俺の名前を呼ぶのは珍しいのかもしれない。

 二人でいる時はたまに名前を呼んでくるし、最近は他のみんなの名前も発声練習中だったりする。

 どうやら鳥たちとの付き合いで、何かコツを掴んだらしく、意外としっかりとした声になってきている。


「まぁ、何にしても……めちゃくちゃ可愛い声だな、クロ!」

「きゃぅ~!」

「あっはっはっはっ!」


 クロのボリューム感のありすぎる髪をかき回していると、ギゼラも笑いながら混ざってくる。

 それぞれ変な姿勢のまま抱き着いてくるので、三人が絡まったようになる。


「わ、わたしも! うん~……こっちから、いや、うんん~……」

「何してるんだお前ら…………?」

「おう、オスカー。見たらわかるだろ。命を弄ぶ儀式だ!」

「はぁ? まぁよくわからんが、とりあえず頼まれてた端材、ここに置いておくぞ!」


 俺達の横で、ラウラが妙な姿勢で手を出したり引っ込めたりしていると、オスカーが余った木材を切りそろえたものを持ってきてくれた。

 何か休日に遊べる、ボードゲームのようなものか楽器でも作れないかと思って頼んでいたものだ。

 もう少し監視塔の設計に集中して、さっさと図面を仕上げてしまう方が効率が良さそうだが……、いまは何となくもう少しクロ達と一緒に戯れたい気分だ。

 木琴でも作ろうかな。

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