第125話 楽器①

 オスカーが持ってきた木材を使って木琴もどきを作ることにした。

 先ほどまで集まっていた面々も、それぞれ自分の仕事に戻ったようだ。

 オスカーから工具は借りたが、作業は自分でしなければいけない。


「ぐぎゃ~ぅ~」

「どうやって作るかな……」


 ちなみにクロだけは俺が何をするのか興味があるようで、ずっとくっついている。

 木琴を作ると言っても、専門的な知識はまるでない。

 だが、木を並べて叩けばとりあえず音は鳴る。

 別に売り物にするようなものを作るわけでは無いのだ。

 まぁ何とかなるだろう――――。



「……全然うまくいかんな」

「ぐぎゃーぅ?」


 適当に十三枚の木で寸法を調整すれば1オクターブ位は簡単に作れるかと甘く考えていたがどうもうまくいかない。

 雑ながら一応計算で寸法を割り出しているはずなのだが、完全に調子はずれの十二音階だ。

 アジト音階ということで……いや、さすがにもう少し何とかしたいところだ。

 ボナス商会の文化レベルが疑われてしまう。


「まぁ、乾燥もいまいちだし、こんなに節だらけじゃ密度もだいぶ違うよな。せめて乾燥だけでも……ラウラできないかな」

「ぐぎゃうぎゃう?」

「あ、呼んできてくれる? ついでにエリザベスの毛糸も少しお願いしてもいいかな?」

「ぎゃ~ぅ~」


 クロはそう答えると、あっという間に走っていった。

 猫車に乗せて戻ってこないか少し心配だな……。

 待っている間に節や欠損の少ない材を選り分けておく。

 残りの材料は音板を乗せる枠にでも利用しよう。

 木琴のバチは釣り竿にも使っている細い竹みたいな材でいいか……。

 そういや本物は音板に紐を通して浮かせていたような……さすがに俺には無理だなぁ。

 オスカーに頼めばできそうだが、時間はかかるだろう。

 とりあえず今日の所は枠に仮固定して乗せるだけにしておこう。

 共鳴管はどうしようかな。

 金属で作るのはギゼラでも厳しいだろうし、さすがに大げさだなぁ……。

 大きな竹でもあれば代替できそうだが、アジトで手に入るものでは太さが足りない。

 あとでオスカーに相談してみるか。

 しばらく切り出した十三枚の音板を木片でコンコン叩きながら、微調整を試みる。

 先程からチラチラと湖からニーチェたちがのぞき見しているのが見える。

 気になっているようだが、日中はよほどのことが無い限り湖から上がってこないんだよなぁ。


「ボナス様、およびですか?」

「ぎゃうぎゃーぅ!」

「ラウラ、何度もごめんよ。実はお願いが――――」


 ラウラに事情を説明し、木材の乾燥をお願いする。

 彼女は軽い調子で快諾し、木材を手に取り、色々と試みてくれているようだ。


「う~ん、こんなものかしら?」

「ぐぎゃう!?」

「うわっ」

「あっ、ちょっと失敗です……。これくらいかな?」


 岩の上に並べた木材に対して何らかの魔法を試みているようだ。

 当然何をしているのかよくわからないが、木材から湯気が出ているところを見ると、内部の水分に直接干渉しているのだろうか……。

 一度だけ木材を炸裂させたりしつつも、最終的にはうまく木材を乾燥させてくれた。

 何もしていない木材が白い湯気を立てながら、体をよじるように少し変形する。

 不思議な絵面だ。

 しかしこれは生き物にも同じことができそうだな……。


「魔法はやっぱり凄まじいなぁ……カリッカリだね。ありがとう!」

「いえいえ。ちょっと乾燥させすぎちゃって、形がいびつになっちゃいましたね」

「これくらいなら全然問題ないよ。いや~ほんと助かった」

「お役に立てて良かったです! それじゃ、お昼ご飯の用意に戻りますね。もうすぐですから、お二人も切りのいいところで戻ってきてくださいね~!」

「はーい」

「ぐぎゃ~ぅ」


 そう言うとラウラは意外と軽やかにタッタッタッと小走りで駆けていく。

 なんだかずいぶんとたくましくなったな。

 あのガクガクした謎のスキップが少し懐かしい……。


 音板は乾燥したことで、思った以上に音が変わった。

 多少は寸法と音程の関係性がまともになってきた気がする。

 後は音板の裏側削って調整するか。

 しかし……、こういう調整は明確な基準が無いとやってるうちに訳が分からなくなるんだよな。

 周波数を計測できれば簡単なのだが、そんなことをできるはずもなく。

 勘で頑張るしかないか。

 クロにはその間にバチを作っておいてもらう。



「なぁクロ~。みんなの名前は言えるようになってきた?」

「ぎゃ~ぅ? うぎゃぅんゃぅ……ぼーなーす、しーろ、ぎーぜーら、みる」

「おお~! いいね!」

「じゃむじゃっ!」

「おしい! ザムザだな」

「じゃむじゃっ!」

「お、おおぉ……おっけー!」

「あうあー、おじゅかー」

「ラウラとオスカーだな」

「らーうーら、おーすかー」


 ぴんくがポケットから出てきた。

 クロを期待した顔で見つめている。

 

「ぅんぎゃうぁぅ……ぴっんくっ、ぴんくっ!」

「おお~完璧だな! じゃあ、ザムザは……?」

「じゃむじゃっ!」


 まだ会話するのは難しそうだが、名前を呼び合えるだけでもうれしいものだ。

 ぴんくも満足そうだ。

 そうこうしている間に音板の微調整も限界まで来た。

 俺の耳ではこれ以上やっても余計に変な音程になりそうだ。


「よし~、こんなものかな! まだなんかちょっと音程が気持ち悪い気もするけど、まぁいいか!」

「ぎゃ~ぅ~!」

「クロの方は良い感じだな~。なんか……やたらリズム感良いな」


 クロに頼んだバチの方はとっくに出来上がっていたようだ。

 球形に削った木材に竹のような棒を刺し、小さなくさびで固定している。

 綺麗にエリザベスの毛糸も巻き付けられており完成度が高い。

 俺の音板と違い売り物になりそうな品質だ。

 先程からクロは完成したバチで、リズミカルに色々なものを叩きながら発声練習をしている。

 とりあえず二本の桁に少し波打った音板を十三枚並べ叩いてみると、意外とそれっぽい音が出ている。


「ぎゃぅ~!」

「おお~それっぽいね!」


 一オクターブで演奏できる童謡などを適当に叩いてみると、クロが手を叩いて喜んでくれる。

 微妙に音程がずれている気もするが、木の柔らかい音と相まって悪くない。

 独特の緩さを感じさせる音色に妙な味わい深さを感じる。

 クロは早速俺がやった音楽を手真似で演奏している。

 迷いなく手を動かしつつ、目をキラキラさせながらこちらを見てくるので、手を叩いて褒め返しておく。

 もう手元は見なくても演奏できるんだな……。

 ニーチェも手を岩にかけて、顔半分だけだし、こっそりこちらを見ている。

 そんなに気になるなら出てくればいいのに……。


「ぼーなすー! ぎゃうぐぎゃうぎゃう!」

「よし~! ひとまずごはん食べるか。午後からオスカーに手伝わせよう! ニーチェもまた後でな」

「ぐぎゃ~ぅ~」

「にぃ」


 ニーチェが小さく手を振りかえしてくる。

 せっかくだから四オクターブ位作りたいなぁ……。

 上機嫌でしがみついてくるクロを背負い、皆の方へ歩いていく。


「ぐぎゃうぎゃう!」

「おっ、シロか~。あいつほんとカッコいいなぁ」


 肩越しにクロが指差す方を見ると、エリザベスに乗ったシロが崖を駆け下りているところだった。

 エリザベスの凄まじい跳躍を見ていると、普段俺達を乗せている時は、相当手加減して移動してくれていることがよくわかる。

 背中に何か獲物を括り付けているようなので、二人で狩りでもしてきたのだろうか。

 相変わらず神話の英雄のような奴らだな。

 クロと二人そんな様子を見ながら歩いていると、シロとエリザベスはそのまま駆けて俺達のほうまできた。


「乗ってく?」

「お、おう。ありがとう」

「しーろ、ぎゃーぅ!」

「うわぁ。クロ、おしゃべり上手になったね――――」


 シロのあまりにも爽やかで格好いい登場に気圧されつつも、素直にナンパされておく。

 エリザベスの背中へクロごと引っ張り上げてもらい、お持ち帰りしてもらおう。

 当のシロは名前を呼ばれたのが嬉しいらしく、いつもにもまして笑顔でクロと話している。

 この二人は付き合いも古いし、元々仲が良い。

 お互いに対して強い信頼を感じる。

 

「このでかいアナグマのようなのは……狩ってきたの?」

「うん。夜ご飯だね。ボナス達は何かしていたの?」

「ぐぎゃうぎゃうぎゃう!」

「ああ、湖の岩場でちょっと楽器を作ってた。とはいってもまだ全然できてないから、昼からも作業するけどね」

「へ~そうなんだ。わたしも獲物の下処理終わったら見にいくね」

「ああ。まぁ、地味な作業だけどな」

「エリザベスも洗ったげたいし、ちょうどいいよ。あっ、いい匂い~」


 あっという間に食事場へつく。

 既に他のみんなは揃って、食事をテーブルに並べていた。

 最近ラウラとミルが新しい種類のハーブを手に入れたようで、香りや味のバリエーションが凄い。

 ミル達の料理はいつもうまいが、これほど凝った食事は普段味わえない。

 休みの日の醍醐味だな。

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