第74話 復興方針
アジールの話を要約すると、復興の基本方針は3つある。
まずひとつめは、ヴァインツ村周辺の治安確保。
未だ恐ろしい数の黒狼の死骸が村の周囲には散乱しており、それらを早急に処分する必要がある。
すでに腐敗が始まっており、ひどい悪臭を放っているらしい。
さらに場所によっては、死体漁りをするモンスター達も集まってきており、非常に危険かつ劣悪な環境だということだ。
これらの死骸処分とモンスター討伐が、ハジムラドを中心とした傭兵団により現状行われているらしい。
「俺も一度村に行ったが、中々に酷い有様だったな……。あれじゃあ、村とその周辺の死骸処理だけで、しばらくは手一杯だろうなぁ」
「確かにあの物量だもんな……あれほど広範囲に広がっていなければ焼き払えそうなんだが……」
「それに村周辺の死骸を処理し終えたとしても、さらに遠くの死骸までは処理できん。間違いなく周囲のモンスターが集まってきているだろう」
「しばらく治安維持は必須ということか」
2つ目は村人への資金援助だが、これは現状未着手らしい。
未だ被害状況の総括も出来ていないので、ハジムラドがサヴォイアに帰還してから、領主代行と手配する予定らしい。
「とはいえ正直なところ、誰にいくら渡したらいいのやら……。領主代行もハジムラドも正直良くわからんようだ。村人を交えて相談すると余計な混乱を生みそうだし……なかなか難しい」
「う~ん……、被害状況が整理できていれば、多少のアドバイスならできるのかなぁ」
3つ目は最低限の生活拠点の確保。
これは死骸処理と治安維持が見込めた段階で、無理やりでも進めたいようだ。
傭兵と言えどもやはり長期の野宿は辛いらしい。
なるべく早く避難民をサヴォイアから移動させたいという思惑もありそうだ。
時間がたつほど、サヴォイアに定住を考える人間も増えてくるだろう。
そうなると村の再建はさらに難しくなる。
「とはいえ実質的にはそれもなかなか難しい。サヴォイアには多少なりとも金の余裕はあるらしい。だが人材の余裕がまるで無い。街の職人の手も、長期に借りることは出来ん。ということで、村の再建は領主としては資金援助だけで、実際の作業については、できるだけ村の人手だけで対応してもらう方針らしい。だが……、村唯一の大工、マイルズがまるで頼りにならなくてなぁ……大工の腕以外は良い奴なんだが」
「まぁ普段立て慣れた住宅じゃなくて、仮設のものと言われると、意外と難しいのかもなぁ。資材や食料は大丈夫なのか?」
「いや、そこが今後一番の問題となる部分なんだ――」
どうも隣のカノーザ領からの物資が中々入ってこないようだ。
普段通りの流通量は何とか確保できているようだが、村の再建のための資材や村人のための食料の確保には難航しているらしい。
現状は領内のストックで対応しているようだが、既に底は見えてきているとのことだ。
「まぁこういうのは、誰かのくだらない思惑が影響しているのだろう。いずれにしろ、俺にはよくわからんし、どうしようもできん。領主様か、代行様に任せるほかない。…………まぁ概ねシュトルム商会がろくでもないことしてるんだろうがな」
「シュトルム商会か……なんか聞いたことあるな。う~ん……あぁ、メナスが昔話してくれたような気がする」
「カノーザ領を中心に活動する大商会だ。サヴォイアの流通にも絶大な影響力があるらしい。会長のカミラが凄い美人らしい」
「そうそう、そのカミラに気をつけろって言われたぞ」
「随分大きい商会らしいからなぁ。ヤバいこともしてるんだろう。まぁ傭兵の俺には知る由も無い。なぁザムザ……、それちょっとだけ分けてくれないか?」
最後に無責任にそう言うと、ザムザにデザートを強請りだす。
昼にも食べたミルのコンポートの残りだ。
ザムザが嫌そうに断っていると、ミルが見かねて新しいものを持ってきた。
「おぉ、うまそ~」
「お前甘いものって苦手じゃなかった?」
「酒が飲めない時は甘いもの食いたくなるんだ。あとクロ、コーヒーよろしく」
「ぐぎゃあ~?」
「すいません、クロさん。どうかコーヒーお願いします」
「アジールはやたらと格好はつけるけど、プライドはまるで無いのが良いよね」
ギゼラが感心したように言う。
アジールは無駄に自慢げに親指を立てている。
クロは仕方なさそうに、アジールの分のコーヒーも用意してやっている。
「格好悪い傭兵も、プライドが高い傭兵もすぐ死ぬからな」
「そんな話は初めて聞くけどね」
ミルは、心底どうでもよさそうにそう言うと、物足りなそうにアジールの皿を見ているザムザに、自分のコンポートをこっそり分けてやっている。
ザムザが無邪気に喜んでいる。
「それで結局のところ、復興を手伝うとして、俺達はどうすればいいんだ?」
「う~ん、まずはハジムラドに会う必要があるな……。確か5日後に一度サヴォイアへ戻ってくるはずだ。そのタイミングまでにサヴォイアへ来ておいてくれればいい」
「5日か……わかった。それよりも少し早めにサヴォイアへ行くことにする。特に俺達が街へ行くことに問題は無いんだな?」
「ああ、マリーが上手くやったようだ。今回の件で、お前らのことは大っぴらにはなっていない。その分だけ、マリーの伝説は増えたけどな……。ただ村人があまり長くサヴォイアに滞在していると、いずれお前たちの噂も広まるかもな」
「なるほどな……」
あたりまえだが、結局早めに復興することが、誰にとっても得になるわけだな。
すっかり休暇を満喫した感はあるが、気持ちを切り替えて早めに出たいところだなぁ……。
「じゃあ、くれぐれも頼んだぞ! 絶対に5日後にはサヴォイアにいておいてくれよ?」
「ああ、多分な……」
「多分……いや絶対だぞ!? 頼んだぞ!」
「アジール、おいていくよ」
アジールは結局泊まらず、このままヴァインツ村へ向かい、ハジムラドと合流するようだ。
色々と適当なことを言いつつも、仕事はきっちりとこなす男だ。
ハジムラドやマリーが怖いだけかもしれんが、それにしたって疲れているだろうに、よくやる。
とりあえず、こいつに死なれても寝覚めが悪いので、シロとエリザベスに三角岩まで送ってもらうことにした。
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