第58話 閃光
ザムザの背後に移動し、タイミングを見計らう。
何とか呼吸を整える。
周囲をうかがい、ぴんくを手に握る。
緊張で手汗がヌルヌルだ。
ぴんくが嫌そうな顔をしている。
皆俺の行動に不思議そうな顔をする。
「俺の隠し種で攻撃する! ここだけの秘密だぞー!」
一瞬黒狼の攻撃が途切れた瞬間、ザムザの背後から飛び出す。
ぴんくがやれやれと言った顔で小さな口を開く――――。
「ぴんくたのむ」
――――目のくらむような閃光が暴力的に暗闇を切り裂く。
夜中にぴんくの力を見るのは初めてだ。
あまりの光に目の奥が焼かれるようだ。
目の前の全てが光に飲まれ消し飛ぶと同時に、何も見えなくなる。
前方から感じる強烈な熱波で顔が熱い。
周囲を静寂が支配する。
徐々に目が見えてくる。
全員が俺を唖然とした顔で見ている。
すでにぴんくはポケットに戻っているようだ。
「ちょっとは減ったか?」
「あ、ああ……」
「ボナスお前…………貴族だったのか?」
「貴族? いや違うが」
「でもお前今のはどう見ても…………魔法だろ?」
アジールが貴族だ、魔法だと訳の分からないことを言ってくる。
どうやら、まだ俺の全く知らないこの世界の常識があるようだ。
「正直よくわからんが、まぁ今は良いだろ」
「ま、まぁそれもそうだな、とにかく黒狼は相当量消し飛んだことだけは確かだ。とはいえまだ倒し残しがいるのも間違いないだろう。今のうちに出来るだけ距離を稼ごう」
ぴんくも力を使ってしまい、もうキダナケモに対抗する当てがない。
とは言えここまで来たらもうどうしようもない。
「わかった。走るか」
みんなとりあえず一旦我に返ったようだ。
ケインは首を振って考えるのを諦めたようだ。
ミルは膝に手をついて吐いている。
本当に体力の限界なのだろう。
ザムザは意外と驚いていないな。
よく見るとフラフラしており、単に驚く余裕さえないのかもしれない。
少し休むべきだろうか――。
その時再び遠吠えが聞こえる。
全員の顔に再び緊張が走る。
「少しは休ませてくれよ…………」
「まったくだ」
それからさらに走っているが、一向に遠吠えが遠くならない。
それどころかむしろ近づいてきている気さえする。
既にみんなの疲労は限界に近付いている。
また黒狼と交戦するにしても、少しでも体を休ませなくては。
「ダメだ、休憩しよう」
アジールが休憩を提案してくる。
ケインの顔色がかなり悪い。
座り込んだまま、青白い顔で荒い息をつき、目がうつろだ。
よく見ると、腕だけでなく足もやられており、出血が凄まじい。
「ボナス。俺は置いて行ってくれ」
「え? 何言ってんだよ!」
「いやいい。俺だって元傭兵だ。こうなったら終わりだってことはよくわかっている」
「俺が背負えば行ける」
「いいんだよザムザ。俺はもともと傭兵だ。年取って体力も落ちて、村で安定した生活をしてみたが、本当はいつも心の何処かで傭兵らしく戦場で死にたいとも思っていたんだ。俺は村のみんなのため、命懸けで戦った。だからこれでいいんだ。お前ならわかるだろ?」
「ああ、だが村を救った英雄のお前を、黒狼なんぞに食わせたくはない」
「――――ミル。任せていいか?」
「いやだよ!」
「お前は俺と同じ元傭兵で村の人間だ。お前が介錯して、生き証人となって村のみんなに伝えてくれ」
「――――――――わかった」
アジールもザムザも何も言わず2人をじっと見つめている。
俺は何もできない。
ケインが死んだ。
自分が死にそうになった時より、死を身近に感じる。
寒くも無いのに、体が凍えるようなきがする。
あんなに気丈だったミルが今は子供のように泣きじゃくっている。
相変わらず黒狼の遠吠えが止まない。
心にじわじわと重い絶望が広がる。
「――――来るぞ!」
「立て! 弔い合戦だミル!」
「うあああああああああああ!」
黒狼たちが再び追いついてきた。
即座にアジールが気持ちを切り替える。
流石に一流の傭兵だ。
ぴんくによって相当数燃やしたはずだが、それでも狼達はひたすらに追いかけてくる。
ただ、完全に晴れあがったおかげで、周囲の様子はしっかりと見える。
今はまだ数匹単位で襲ってきているだけのようだ。
ミルのザムザを使った戦法を見習い、アジールの補助的な立ち位置で参戦してみる。
意外と杖は攻撃の出が早いので、嫌がらせのような攻撃がしやすい。
これならザムザの邪魔にならず、補助できそうだ。
まだもう少しだけ粘れるかもしれない……。
しかし時間がたつほどに、黒狼たちは着実に増えていく。
恐ろしいことに自分たちの進行方向からも遠吠えが聞こえてくる。
囲まれたか。
それまで冷静を保っていたアジールの顔が苦し気に崩れる。
いよいよまずい状況なのだろう。
振り向くと黒狼の影が近寄ってくるのが分かる。
4匹か。
さすがにこれだけ見ていると、もうこいつらの動きや攻撃パターンも大体わかってきた。
だからと言って、対応できるわけでは無いのだが。
何とか攻撃をいなすことに専念する。
だが、そのうちの一体がしつこい。
鼻先に叩き込んだはずの杖が、威力が弱かったせいか、食らいつかれてしまい離れない。
腹を何度も蹴り飛ばすが、口を離さない。
みな自分たちに襲い掛かる黒狼の相手で精いっぱいだ。
助けは期待できない。
杖に食いついた黒狼が、まるでこちらをあざ笑うかのように、黄色い目でこちらを見る。
ふと気が付くと、別の黒狼が直ぐ近くに回り込んできている。
挟まれた。
そして唯一の武器は自由にならない。
「ああ、終わったわ…………」
手から力が抜ける。
思わず膝から崩れそうになる。
だが唐突に、杖に感じていた抵抗力が急に消失する。
俺を見ていた黒狼の首がころころと転がる。
「ぐぎゃうー!!」
そして次の瞬間、聞きなれた声とともに黒い塊が俺に飛びついてくる。
「ぁあああああああ、クロおおおおおおお! 良かった生きてた、ああ、良かった――」
「ぎゃうぎゃうぎゃーう!」
俺はクロを抱きしめたまま涙が止まらなくなる。
だが既に疲労の限界だったのだろう、そのまま倒れそうになる。
せめて後ろに転がろうと重心を移動させると、力強い腕にクロごと軽々とすくい上げられてしまう。
「おまたせ、ボナス」
「シロー!! お前も無事だったか!! ああ、ギゼラも!! よかったぁ……」
皆全身赤黒い血がこびりついており、鬼2人は服が破け半裸だ。
だが彼女たちのまとう雰囲気はいつも通りだ。
ただただ嬉しい。
今まで無理やり抑えていた心が、解き放たれたように軽くなる気がする。
ギゼラも少し恥ずかしそうな、でもどこか嬉しそうな顔でみんなに抱き着いてくる。
「ああ、早くアジトに帰りたいな。みんなでゆっくりしたいな」
「ぐぎゃうぎゃう!」
「うん。帰ろう」
「アジトわたしまだ行ったことないよ!」
「楽しそうなところ悪いのだけれど、今のうちに距離を稼ぐわよ」
いつのまにか、マリーも合流していたようだ。
きっちり、アジール達に張り付いていた黒狼をせん滅していた。
もう全員ドロドロのボロボロだが、気持ち的には楽になった。
例えこれからどんなまずい状況になるとしても、耐えられる気がしてくる。
それに究極、どうせ死ぬならこいつらと一緒が良い。
ザムザもやっと気持ちに余裕が出たのだろう。
無事だった仲間達を見て、とても嬉しそうな顔をしている。
何とかここまで来たんだ、生き抜いてやる――――。
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