第59話 総力戦

「あの閃光はあなただったの? あれが見えた瞬間、クロとシロが狂ったように走り出して大変だったわ」

「俺の秘密兵器」

「あなた貴族だったの?」

「いやそういうわけでは無いんだが……」

「でもあれ魔法でしょう?」

「う~ん。いずれ話すからとりあえず秘密にしておいて」

「…………まぁ、いいけど」


 小走りで移動しつつ、お互いのこれまでの状況などについて確認しあう。

 マリー達はあの後、ギリギリまで時間を稼ぎ、燃える村をつっきったらしい。

 そこからは、無理しない程度に黒狼の数を減らしつつ、ジワジワ退却していたようだ。

 自分たちの安全を優先し、4人で固まり連携することで、それぞれの負担を減らしたらしい。

 ただ、俺達がどちらに逃げていったのかわからず、困っていたようだ。

 そんな時、突如強烈な閃光が黒狼を焼くのを見る。

 次の瞬間クロとシロが弾かれたように駆け出し、マリーとギゼラは何とかはぐれないように、必死で追いかけて来たらしい。

 ちなみに黒狼は、マリーの見立てで、当初の2割程度まで減ってはいるようだ。

 まだそんなにいるのかよ……。

 いったい元はどれほどいたのだろうか。



 全員徹夜な上に、満身創痍だ。

 細かな怪我は数えきれないが、それよりもスタミナと集中力がもう限界だ。

 脚の筋肉もいい加減言うことを聞かなくなってきており、立っているだけで筋肉が細かく痙攣する。

 少しでも気を抜くと、足がもつれて倒れそうになる。

 これは程度の差こそあれ、俺だけの問題ではない。

 マリーやアジール、ミルやギゼラ、ザムザも同様だ。

 クロとシロだけは、恐ろしいことにまだ余裕がありそうだ。

 正直エリザベスと戦っていた時の方がずっと厳しそうな顔をしていた。

 

 今回マリーは何度もクロに命を助けられたらしく、クロに話しかける時だけは別人のように暖かい声をだすようになった。

 まぁ気持ちはよく分かる。

 あいつのあの美しく澄んだ子供のような瞳でじっと見つめられると、何かたまらない気持ちにさせられ、つい抱きしめたくなる。


「ぎゃーうー?」

「なんでもないよ。クロがいてくれて心強いなって思っただけだ」

「本当ね」

「ぐぎゃうぎゃう~!」


 こんな時でもクロは何処か能天気で、そんな姿に少し癒される。

 

 


 それからも度々黒狼たちには襲われている。

 とはいえ今は頼りになる仲間たちが皆そろっている。

 今までに比べると大分余裕があるような気さえしてくる。

 だが、やはり襲われる頻度は徐々に上がっているようだ。

 さすがに足の速さで黒狼には勝てないか。

 

 ふとあたりを見回すと、空がうっすらと明るい。

 もうすぐ夜が明けそうだ。

 肌を撫でる風も変わってきた。

 懐かしい乾いた空気だ。

 そろそろ地獄の鍋じゃないだろうか。

 どこかほっとする気もするが別の不安が首をもたげる。

 キダナケモが現れたらどうしよう……。

 いまさら考えても仕方ないか。

 全力で黒狼を擦り付けつつ、逃げ回り、後は祈ろう。





 ついに移動できなくなった。

 別に誰かが負傷したりしたわけでは無い。

 黒狼が飽和したのだ。

 シロやクロも仲間を守ることを重視した戦い方をしている。

 加えてみんな体力の限界で、効率的な戦など出来るはずもなく、せん滅が追いつかない。

 その結果、ついに倒される以上の黒狼が集まってくるようになったのだ。

 そうなると取り囲む黒狼達は加速度的に増えていく。



「ボナス! あの魔法はもう出せないの?」

「いやぁ……俺の魔法というわけではないんだが。ちょっと力を蓄え中。後半日くらいはかかる」

「マリー耐えよう。私達ならいける」

「俺は気を抜くと気絶しそうなんだが?」

「気を抜くな、アジール」

「俺は行ける!」

「やるじゃない、ザムザ」


 ザムザは珍しくギゼラに褒められ、嬉しそうにしている。

 実際ザムザはかなり頑張っていると思う。

 誰よりも黒狼に食いつかれているはずだが、一度たりとも泣き言も、不満も言わない。

 こいつ、いずれは本当に英雄と呼ばれるようになるんじゃないだろうか。


「ザムザには、本当に助けられたよ。勇敢に戦い、みんなを守り抜いてくれた」

「えらい」


 シロにまで褒められ、今度は目をウルウルさせて泣きそうになっている。

 こいつやっぱりかわいいな。


「私はそろそろ限界だよ。少し後ろに下がらせてもらいたい」

「ミルは十分活躍してくれた。さすがに少し休んでくれ」

「わるいね。まったく…………またパンを焼ける日が来るのかね」

「大丈夫だ。これが終わったら思う存分焼いてくれ。ミルは良い女だし、みんな通い詰めるさ。なぁアジール」

「ああ、間違いないな」


 ミルは荒い息を整えながら、目を閉じたまま鼻で笑うが、珍しく表情が柔らかい。

 少しだけ気を緩められたようだ。

 彼女にもずいぶん助けられた。

 もちろん戦力としては、他のメンバーに比べれば数段劣るだろう。

 だが、驚くべき忍耐力を発揮し、自分のできることをきっちりこなしている。

 頼りになりそうだとは思っていたが、まさかただのパン屋が、ここまでしっかりとした戦力になるとは思っていなかった。


 疲労がある限界を超えたことで生まれる、少し気の抜けたやり取りをしている間も、黒狼たちは容赦なく飛びかかってくる。

 皆心身ともに限界には達しているものの、さすがに黒狼の相手も慣れきっている。

 効率よく作業的にひたすら処理していく。

 合流する前までの絶望感はもう感じ無い。

 もちろん余裕があるわけでは無い。

 だが、これほどの仲間に恵まれ、限界まで戦ったのだ。

 覚悟はすっかり決まっている。

 いつ死んでもいいような気さえしてくる。

 今はただ意識がシャットダウンしないようにだけ気を付ける。

 眠気に耐えつつ、みんなで雑談し、内職でもしている風情だ。

 とはいえ着実に体力は削られていく。

 こちらの持久力か、黒狼の暴力的な数か。

 どちらが勝つのか、正直予想できない。

 俺も出来る範囲は杖で攻撃はしているが、動き詰めで体中悲鳴を上げている。

 気を抜くとぶっ倒れそうになる。

 そのたびにケインの顔を思い出し、なけなしの恐怖と無念を燃料に、何とか踏みとどまる。


 ほぼ我慢大会の様相を呈する中、最初に膝をついたのは、マリーだった。

 相変わらずの剣の冴えで、一撃で黒狼を仕留めた瞬間、白目をむいてぶっ倒れた。


「マリー! うわわわっ」


 慌てて脚を掴んで、仲間たちの円陣の中心へと引っ張り込む。

 白目をむいたまま、半開きの口から涎を垂れ流している。

 

「くっそっ、結構重いなこいつ……」

 

 よく考えれば当然か。

 彼女だけは俺達より半日早く動き始めていた。

 おまけに彼女の戦い方は、相当な集中力を要する。

 心身ともに尋常じゃない負担がかかっていたのだろう。


「マリー! 大丈夫か!?」

「………………んぅ」



 妙に色っぽい声を出したまま目を開かない。

 普通に呼吸はしているようだ。

 疲労で気を失っているだけだろう。


「ダメだ…………すまん俺ももう…………」


 アジールも限界なようだ。

 目がほとんど開いていない。


「少し回復した。任せな!」


 ミルが再度武器をとる。

 無理せずまたザムザの補助に回るようだ。

 だが、そのザムザもボロボロだ。

 クロたちと合流し、少し治りかけていた傷跡に、さらに新しい傷が加わる。

 傷の再生がまるで追いついていない。

 流石に表情も苦しそうだ。

 ギゼラも同様だ。

 傷だらけの体で、肩で大きく息をして、何とかメイスを振り回している。

 シロでさえ若干動きが乱れてきたようだ。

 相変わらずの超火力を維持しつつも、大分と息が荒く、滝のような汗をかいている。

 クロだけはひたすら精密機械のように狼達を血祭りにあげ続けている。


 ちょうど太陽が昇ってきたようだ。

 サヴォイアの強烈な朝日が徹夜明けの目に染みる。


「すまない。意識を失っていた」

「マリー大丈夫か!?」


 朝日にあてられ、意識が戻ったのだろう。

 マリーは直ぐに剣を杖に立ち上がろうとする。


「少し休んでからの方が良い。今ミルにも参加して…………ってどうした!?」

「ぁ…………あぁ…………なんでいま…………」


 マリーが目を見開き、剣を取り落とす。

 俺の背後を苦悶の表情で睨みつける。

 正直振り向きたくは無い。

 だが、そうも言っていられない。

 連続的な衝撃音が響き、巨大な質量が背後から迫ってくるのを予感させ全身総毛だつ。

 

 意を決して振り向く――――。


 

 するとそこには、何匹もの黒狼が空を舞っていた。

 あまりの非現実的な状況に、夢でも見ているのかと一瞬ぼんやりとしてしまう。

 

 気がつくと、目の前には視界を覆うような巨大な白い塊があり、朝日を反射してキラキラと光っている。

 その塊はやたらふわっふわっしており、見慣れたヤギ面で俺を見て、ペロンペロン舌をだしている。


 

「メエエエエエエエエエエエエエエエエ!」

「エ、エリザベスー!! うわあああああああああああ」


 こんな時だが、思わず駆け寄ってしがみついてしまう。

 ああ、こんな時になんてふっわふわなんだお前。

 久しぶりの感覚に癒されすぎて、このまま意識が吹っ飛びそうになる。

 ダメだ今この状態でエリザベスに触れるのは危険だ。

 あまりにも気持ち良すぎて溶けそうになる。

 それにしても、こいつなんでここにいるんだろう。

 ――ああ、ぴんくの閃光か。

 


「ぐぎゃっぎゃっ! ぎゃうー!」

「ひさしぶり。エリザベス」

「メエエエエ~メエエエエエ~!」


 クロとシロもエリザベスに抱き着き顔をうずめる。

 エリザベスも嬉しそうだ。

 そしてシロはそのままエリザベスに飛び乗る。

 相変わらずなんて絵になるんだ。

 まさにこれこそ英雄の姿だ。

 疲労困憊でボロボロのはずのザムザが、倒れそうになりながらもキラキラした目でシロとエリザベスを見ている。


「みんな、ボナスを守っていて」


 あらためて見ると、キダナケモであるエリザベスの威容がよくわかる。

 黒狼達とは生物としての格が全く違う。

 圧倒的な巨体を軽々と動かす、エネルギーの塊のような姿は、もはや神々しくもある。

 今にして思うと、よくあんな生き物にクロとシロは生身で挑んだな……。

 角を少し揺らすだけで、黒狼達は吹き飛んでいく。

 さらに驚いたことに、あの黒狼達が怯えているのだ。

 今までどれだけ仲間が殺されても、ひたすらに襲い掛かってきた黒狼達がだ。

 エリザベスを前にすると、しっぽを丸め後ずさりし、逃げだし始めたのだ。


「ねぇ…………、ボナス…………なにこれ? 一体どうなってるの?」

「まじか…………」


 マリーとアジールも信じられないものを見たような顔をして、呆然としている。

 俺も正直驚いている。

 まさかエリザベスがこれほどの力を発揮するとは…………。

 ミルはもう色々諦めたように座り込んで体を休めている。

 エリザベスのことを聞いていたはずのギザラでさえも、驚いた顔をしている。


「あれは――――、ペットのエリザベスだ。めちゃくちゃ可愛いだろ?」

「………………ええ、まぁ…………そうね」


 疲れたようにマリーも同意する。

 シロを乗せたエリザベスは、猛烈な速さで黒狼達を追い散らかしていく。

 シロもこれまでのストレスを発散するかのように、エリザベスの上から無造作に金棒を振り回し、黒狼を虐殺してまわる。

 気が付いた時には、あれほどいた黒狼が、周りには一匹もいなくなってしまった。

 後には黒狼だったであろう、色々なものが散乱するばかり。


「さて、一応はまぁ…………任務完了したの……かな?」

「そうね。本当に…………ごめんなさい」


 マリーはそのまま座り込み、頭痛に耐えるように額をおさえている。

 今回は本当に酷い仕事に巻き込まれた。

 マリーがよだれ垂らして白目向いてた時、スマホがあれば写真とってサヴォイアの傭兵斡旋所に張り出してやりたいと思った程度には腹も立っていた。

 だがまぁ、結局仲間は全員無事だった。

 それに彼女のこんな状況を見ると、正直今はあまり腹も立たない。

 どちらかというと、死線を共に潜り抜けた仲間という意識の方が強い。

 

「まぁ余裕だったな! 報酬期待してるよ」

「ええ…………」

 

 アジールは表情が抜け落ちた顔で、その場で倒れるように横になり、悟りを開いたかのような顔で目を閉じている。

 正直最初に出会った頃、優秀で信用できる奴だと思う一方、いかにも女にモテそうなルックスや、そつのない振る舞いに、嫉妬交じりの嫌悪感も少しはあった。

 だけど、今は心からいい男だと思う。

 

 それにしても初の傭兵仕事がこれとは……。


「まぁ一般的な傭兵仕事では無さそうなことは分かるが……実際どの程度なんだ?」

「色々と厳しい戦いは経験してきたけど、ここまで死を覚悟したのは初めてよ。とりあえず今は頭が働かないわ。ただ、少なくとも報酬に関しては、必ずあなたたちの働きに見合うだけのものを用意する」

「クロ、ギゼラ、これが終わったらみんなの服を買いに行こうな~」

「ぎゃうー! ぐぎゃうぎゃう!」

「え~何買おうかな~。楽しみだね~、クロ。えへへ~」


 シロとエリザベスが砂埃を巻き上げながら戻ってきた。


「ただいま」

「お疲れ様、シロ、エリザベス。それじゃあ~ちょっと休んだら…………アジトに行くか!」

「ぐぎゃうー!」

「うわ~! 大変だったけど、楽しみだ~」

「アジト?」


 ザムザが不思議そうな顔でこちらを見る。

 その横でミルは既に熟睡し、派手にいびきをかいている。


「俺たちの…………秘密基地かな。まぁ今更ついてくるなとは言わんが、絶対に秘密にするんだぞ」

「わかった」


 ザムザはさっきから妙に嬉しそうだ。

 

「――それ、私たちも一緒に行っていいのかしら?」


 マリーがこちらを向きそう聞いてきた。

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