第38話 鬼の目にも涙

 みんなで宿に行き、明日からの宿泊をキャンセルする。


「――――そうかい。あんたらいい客だったんだけどね」

「残念だよ」

「また何かあったら使っとくれ」

「よろしくね」


 この双子の婆さんともお別れか。

 随分この宿には世話になった。


「これ、俺の露店で出してるお菓子なんだけど、良かったら食べてくれ」

「へー。これがチョコレートかい」

「クララが言ってたやつだね」

「中々いい心がけじゃないか」

「甘い!」

「うまい!」

「あ、ああ。楽しんでもらえたら何よりだ。今までありがとう。それじゃ」


 婆さんたちはチョコレートを夢中で取り合っているので、放置して宿をでる。

 それにしてもミシャール市場のクララと繋がってたのか。

 やっぱ怖いなこの街。

 下手なことしたら直ぐに商売できなくなりそうだ。




 結構な量の荷物だが、ギゼラも担いでくれたので、ほぼ手ぶらで移動できる。

 みんなで双子の婆さん達の人生について、しょうもない考察して盛り上がりつつギゼラの家を目指す。

 治安のあまりよろしくない地区な上に、遅い時間なので、いつもよりガラの悪い奴らがたくさんうろついている。

 とはいえ、誰も近寄らないどころか、目すら合わさない。

 まぁくそでかい鬼が二人もいれば関わりたくもないよな。


「ぎゃっぎゃーうぎゃぎゃーうぎゃっぎゃーうぎゃぎゃーう」


 クロが変な歌を歌いながら周りを警戒してくれる。

 こいつは能天気に見えて、一番気配に敏感だ。

 成長して以来、いつも必ず最初に敵を見つける。

 おかげで当初のことを考えると、今は随分リラックスして歩ける。


「みんな晩御飯は何食べる? みんなの分足りるかなぁ。 何か買っていくー?」

「いや、俺たち結構食材は持ってきているからそれ使おう。ちょっと野菜は少なめだから、いずれ補充したいけど」

「おーそうなんだ。料理は結構好きだから調味料はいっぱい集めてるんだ。色々使ってみてよ」

「まじか。それは楽しみだわ」

「たのしみ」

「ぎゃっぎゃーうぎゃぎゃーうぎゃっぎゃーうぎゃぎゃーう」


 ギゼラはさっきから楽しそうに喋りっぱなしだ。

 昨日飲みながら随分話したはずだが、まだまだ話たりないようだ。

 相当コミュニケーションに飢えていたんだろうなぁ。

 気持ちはよくわかるぞ!

 初めてメナスに会った時の俺はこんな風に見えていたのかもしれない。

 メナスが俺のことをどう見ていたかを想像するとなんだか恥ずかしくなってきたな。

 メナスは妙に俺にやさしいしな…………。

 ギゼラにもなるべく優しくしてやろう。





 それから間もなく、ギゼラの家に到着し、みんなで中に入る。

 間口は3メートルも無く狭いが、奥行きは深く、天井も高い。

 玄関土間から連続して台所があり、その奥に広い座敷がある。

 ここで寝食する感じかな。

 さらに中庭まであるようだ。

 その中庭を挟んだ向こう側、倉庫のような場所が工房になっている。

 中庭には井戸もあり、実用的だ。

 なんだか間取りの構成が日本の町屋のようだ。


 とりあえず荷物を置かせてもらい、みんなで晩飯の準備をする。

 4人で台所に立つとぐちゃぐちゃだが、気にせず料理を始める。

 熱源は炭を燃やしているようだ。

 中々の贅沢品だが、鍛冶に使った余りだろうな。

 

 ギゼラは家に帰ってきてからずっと笑ってる。


「あっはっはっはっはっは、人いすぎで身動き取れないよー。あっはっは」

「ぎゃう? ぐぎゃうー」

「ぴんく火の中で寝ちゃだめだよーえーなんで熱くないのー?あっはっはっは」

「これで肉焼いていい?」

「いいよ。それ鉄板じゃなくて斧だけどね。あっはっはっは」



 流石に人口密度高すぎるということで、俺は座敷でぴんくと調理の見物にまわる。


「おおっ庭で野菜育ててんの?」

「そうだよ。食べられそうなのあれば適当に使ってねー!」


 結局、大量の肉と野菜を炒め、芋メインのごった煮が出来上がる。

 折り畳み式の座卓があったので、その上に料理を並べると、一気に昭和の食卓感が出る。

 なんだが妙に既視感のある絵面に、鬼や小鬼が並ぶという違和感のある組み合わせ。

 頭が混乱しそうになるな。


「このお肉すっごい! なんなのこれすっごいよ!」

「おいしい」

「ぎゃうーぐぎゃうっ」

「これ昨日食べた辛い奴を使っているんだな。うまいうまい」


 結構一般的な調味料だったんだな。

 アジトにもぜひ持って行きたい。


「ああ~おいしなぁ~。…………ふうぅぅぅぅぅっうぅぅぅぇぇっぇ」

「うんうん」

「ぐぎゃあ?」


 しばらくそうして食べていると、急にギゼラが泣き出した。

 シロが食べるペースは落とさずにギゼラの背中をさすっている。

 クロはギゼラの顔を覗き込みつつ頭を撫でている。

 まぁ案の定余計にギゼラは泣き出している。

 いくら何でも情緒不安定だろと思いつつも、ギゼラの気持ちもよくわかる。

 ほんとうは、こういう時に気の利いた言葉でも言いたいところだ。

 だが、最近は年のせいか、直ぐにもらい泣きしそうになるので、ただただ黙って飯を詰め込む。


「あ~恥ずかしいなぁもうっ。ボナス、いくらなんでも口に詰め込みすぎでしょ…………あははっ」

「ギゼラの鍋、野菜が柔らかくなる。おいしい」

「ぐぎゃうぎゃう!」

「その鍋自分で作ったんだ~」


 ギゼラも少し落ち着いてきたようだ。

 結局相当な量を作ったが、あっという間に料理は食べきってしまった。

 とはいえ7割以上シロとギゼラが食べたようだ。


「やっぱりみんなでご飯作ったり食べたりするのいいね。こんな気持ちになったのは久しぶりだよ」

「そう言ってもらえてよかったわ。しかし今後どうやって生活していくのか考えないとなぁ」

「私はボナスに任せるよ。でも出来れば鍛冶は続けたいなぁ」


 もうギゼラも大切な仲間だ。

 アジトやぴんくについてもしっかり話しておかなければな。

 

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