第6話 キャラバン①
3度目の探索。
北の三角岩で、人が来るのをただひたすらに待つ。
前の2度の探索では、結局誰にも会えなかった。
今回は気合を入れ、食料も多めに持ってきている。
最大3泊まではする予定だ。
昼になり、火をおこし燻製肉を焼く。
肉を返しながらも、不安な気持ちで遠くを見つめる。
しばらくそうしていると、西の地平線に、僅かに何かが揺らめいているのが見える。
「ついにこの時がきたか…………」
恐ろしく緊張するな。
なんとか友好的な出会いにしたいところだ。
なるべく相手に警戒感を持たれないように、あえて座ったままの姿勢を維持する。
いきなり襲い掛かってきたらどうしようと不安になりつつも、徐々に大きくなっていく揺らめきをみつめる。
人とラクダのようなシルエットが連なりこちらに向かってくる。
ラクダは全部で30頭くらいか。
そのうち人が乗っているのは10頭。
思ったより多い……。
その集団が、こちらまで後15mのところで止まった。
頭にフードをかぶっており、顔が見えない。
何かを相談しているようだ。
暫くすると、そのうちの3人がこちらに近寄ってきた。
1人は女性、白髪で若くはなさそうだが、どことなく上品な感じがする。
敵意は無いようだが、こちらを油断なく観察している。
もう一人は体格が良い男、若そうだ。
鋭い目つきでこちらを観察している。
普通に大きなシミターのような剣を抜き身で持っている。
めちゃくちゃ怖い。
最後に小太りの中年の男。
表情が柔らかく、3人の中では一番話しかけやすそうだ。
この男が真ん中にいるし交渉役かな。
全員彫りが深く、肌の色は灰色がかっている。
そして全員目の色が薄い紫色をしている。
緊張で吐きそうだが、にこやかにいこう。
「こんにちは~」
「――――――。――――――――――――――?」
ああ………………人生で一度も聞いたことない言葉だ。
そうだろうとは思ったけど…………やっぱきついなぁ。
くじけそうになる。
いや、今こそ頑張りどころだ。
ジェスチャーと勢いで乗り切るしかない。
気合いだ。
「俺ボナス!俺の名前はボナス!アイアムボナス!あなたの名前は?」
「――――ボナス――――――?――――――――――――――」
「ああこれは肉焼いてるところ。肉食べる?もうすぐ焼けるけど一緒に食おうぜ? ボナスは俺の名前!」
「――ボナス。――――――ガザット――」
「ガザットっていうのがあんたの名前かな?よろしくねガザット!肉食う?」
「ニク――――――?」
お互いに言葉が全く伝わらないこととわかると、緊張感が若干緩んだきがする。
難しい交渉をする事ばかり考えていたが、いざ言葉が通じないと一気に頭の悪い感じになる。
久しぶりに人と話すせいでテンションが変になっているせいもある。
しかしこんな感じで延々しゃべっていると、相手も少しだけ警戒を解いてくれたようだ。
若い男がシミターを鞘に入れた。
その後お互い片言で何とか意思疎通を試みた結果、3人の名前は何となくわかった。
白髪の女性がメナス、若い男がファビオス、感じのいい小太り中年がガザットという名前らしい。
しばらくお互いの自己紹介らしいことが終わると、メナスがファビオスに何かを指示する。
ファビオスは後ろの小隊に向かっていった。
多分仲間を呼び寄せたのだろう。
それからも俺はひたすら話しかけ続けた。
このキャラバンのメンバー10人に一人一人自己紹介をしてまわった。
今回持ってきた燻製肉は、ジャコウウシもどきのものだ。
こっちで食べた肉の中で一番うまいと思ったものだ。
しかし、初めて出会ったうさんくさい男が用意した謎の肉だ。
いくらうまそうな香りがしても、流石に誰も手を付けてくれない。
安全だよとむしゃむしゃ食べてみせ、大げさにうまいうまいと言っていると、いたたまれなくなったのか、ガザットが手を付けてくれた。
一番小さい肉を、ナイフを使い器用に使って食べる。
暫く咀嚼したかと思うと、目を見開いてほっぺたに手を添えている。
小太りの中年男がやっているので、思わず笑いそうになる。
たぶん一般的なおいしいを表すジェスチャーなのだろう。
そのしぐさが演技なのか本気なのかは分からないが、吐き出されたりしなくてよかった。
ガザットが肉に手を付けたことが呼び水になり、それまで一切手を付ける気配のなかった周りの連中も、どんどん肉に群がる。
追加で肉を焼こうとすると、メナスがニコニコしながら肉を焼くための鉄皿のようなものを持ってきてくれた。
鉄皿に肉を並べると、塩っぽいものをかけていいかジェスチャーで問うてきたので、全身で丸を表現すると上品に笑っていた。
実際久しぶりの塩味は、あまりにもうますぎて泣きそうになった。
そんな風に肉を振舞い、延々しゃべり続けていたせいか、キャラバンの面々とはだいぶ打ち解けたような気がする。
肉を食べ終わり、キャラバンの面々が粛々と野宿の準備を進める中、メナスが話し相手になってくれた。
おかげでこの短時間に、色々と情報を仕入れることができた。
まずはメナスがこのキャラバンのボスらしい。
多種多様な商品を扱っており、2つの地域を跨いで商売しているらしい。
主に東の山向こうにある街と北西にある街の間で商売をしているらしい。
何となくだが、2つの街はそれぞれ別の国に属するようだ。
そして、やはりこの場所はかなりの辺境で、非常に危険なところという認識のようだ。
その危険地帯を跨ぐように商売をしているのは、ほぼメナスくらいのもので、おかげで結構儲かるらしい。
ちなみに人差し指と親指で円を作るお金のジェスチャーは、こちらも同じらしい。
このメナスという女性、年齢は50前後かと思われるが、仕草に気品があり魅力的で話していて気分がいい。
言葉が通じない相手とも、これほどの情報のやり取りができることからも、相当理知的で共感能力が高い。
なんだか上手く転がされているような気もするが、それも悪くないかと思わる魅力がある。
何より俺の酷いジェスチャーと言葉のゴリ押しでも、かなり正確に質問を理解し、ジェスチャーを交え丁寧に答えてくれるのは、ほんとうに助かる。
もし言葉がわかる状態で出会っていたら、あっという間にアジトの情報を吸い上げられていただろう。
そういう意味では、今回は言葉が通じなくて良かったのかもしれない。
その後予定通り、持ち物を見せて取引できないか相談してみると、なんと全て買い取ってくれることになった。
しかも相当の価値を見込んでくれたようだ。
やはり巨大な獣たちからの収集品は珍しいようで、どの商品についても驚いていた。
ただ、流通量が少なすぎて値段がつけづらいようだ。
乳香も結構な高級品らしく、いい値段をつけてくれたようだ。
とはいえ、買いたたかれていたとしても全く分からないわけだが……。
まぁそうだとしても今は別に構わない。
こちらは塩とナイフ、布、鉄鍋、鉄の器と木の器、麻ひもなどを売ってもらった。
それだけでも十分な収穫だ。
嬉しすぎる。
一気に文明レベルが上がったわ。
これで砂糖を煮出したり、チョコレート作ったりできる。
メナスキャラバンは大体毎週ここを通りかかるらしい。
良い情報を聞いた。
次回、服が何着かほしいとお願いすると、持ってきてくれることになった。
ちなみに相変わらず俺はスーツを着ている。
しかもネクタイまで締めている。
大事な商談だからね。
正直こんな場所でスーツ着ているのは馬鹿みたいだが、意外とこの格好のおかげで、警戒を解いてもらうのが早まった気もする。
少なくとも暴力とは縁遠そうには見えただろう。
次回と言えば、今回売れた採集品が思ったより高く売れたら、次会った際に還元してくれるらしい。
こちらもまた乳香やそのほかの採集品を持ってくると伝えておく。
それにしてもあまり詮索されなかったな。
こちらの礼儀なのかな。
まぁ、お互い何言ってるかほとんど分からなかったら、詮索しようもないか。
今回に限っては言葉が通じなくて本当に助かったのかもしれない。
変に交渉じみたことや演技じみたことをしていたら、お互いもっと警戒したままだったかもしれない。
しかしファビオスだけは最後までこちらへの警戒を解かなかったな。
むしろ若干いら立っているような気配さえ感じた。
メナスと話した後、ジェダという枯れ枝のように細く筋張った高齢の男性に話しかけられた。
どうも先ほどの肉について教えてくれないかとのことだった。
かなりうまかったようで、どうしてもまた食べたいとのことだ。
説明が難しかったので、地面に木の枝で絵を描いた。
こんな感じの生き物と説明をするとかなり驚いたようで、何かワーワー興奮していた。
ジェダはかなり話好きなようだ。
あたりが暗くなり、周りの面子が全員天幕に引っ込むまでずっと話し相手になってくれた。
しかもゆっくりとしたしゃべり方で、同じ言葉を何度も使うので、言葉を覚えるのにとても助かる。
お互い全然知らない言葉でべらべらと喋っているだけなのに、なぜか深く分かり合えたような気になる。
次の日、キャラバンはあっという間に出発の支度をし、朝早くから旅立って行った。
別れ際に、プレゼントということで燻製肉の残りをプレゼントしたら、大いに喜んでもらえた。
特にジェダは変な小躍りして喜んでくれた。
ファンキーな爺さんだ。
最後にメナスとお互いに腕を交差させながら手を握る、握手のようなことをして別れた。
この辺の風習かな。
命のやり取りも覚悟してきたが、初めての交流としては、かなりうまくいったんじゃないだろうか。
まぁでも久しぶりに喋り倒したせいでだいぶ疲れた。
ちなみにぴんくはずっとポケットで寝ている。
2週間後に向けて乳香やら集めるか。
こんどはジェダにカバの羽を食べさせてやろうかな。
色々手に入ったし、帰ったらチョコレート作ろう。
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