第128話 夕食時
日が沈む前に、皆で夕食の支度をする。
とはいえ料理はすでに完成しているので、俺達はただ絨毯を敷き、料理や食器を並べるだけだ。
できたてを食べるために、いくつかまだ火を入れていない料理もあるようだが、そういったものはザムザが対応してくれている。
最近では見慣れた光景だが、今日は皆の話声に加え、楽し気な木琴の音が響いている。
クロとシロはずっと木琴に張り付いているが、他の皆も代わる代わる一通り叩いてみているようだ。
料理ができる前には、オスカーも試しに演奏していたが、妙にニヤニヤしながら満足げによくわからない曲を叩いていた。
音楽も楽しんでいるようだが、こいつの場合、自分の作ったものへの自信と愛着を噛み締めているのだろう。
自分が作ったカップでコーヒーを飲んでいる時と同じような顔をしている。
その後も定期的に皆が演奏する様子を見ては、色を塗りたいだの装飾をいれたいだの、実に騒々しい。
ちなみにミルはそれほど興味が無さそうだったが、ギゼラやザムザは思った以上に強い興味をもっていた。
「私も一緒に作りたかったな~」
「ギ、ギゼラには今度共鳴管作るの手伝ってほしいなぁ」
ギゼラはどちらかというと作製に混ざりたかったようだ。
珍しく若干拗ねたような声を出しながら、わき腹を突っつかれた。
一方ザムザはクロとシロの二人に挟まれ、演奏指導を受けていたようだ。
天才肌の二人から、やたら高度で難解な要求をふわっとした表現で求められていた。
当初ワクワクした顔で無邪気に木琴を叩いていたザムザだが、徐々に眉が八の字になっていき、こちらに向けて何かを訴えかけるような視線をよこすようになった。
ザムザが木琴嫌いになってもつまらないので、俺が間に入って一緒に叩いているとすぐに笑顔を取り戻したが、調子に乗って力加減を間違えてバチを折ってしまい、顔を青くしていた。
クロやシロがそんなことで怒るわけもないのだが、無意味に俺を盾にしつつ必死に謝っていた。
それ以外もラウラから王国で有名な曲をいくつか教えてもらったり、鬼族の伝統音楽について話しつつも、順調に食事の支度が整っていった。
「それじゃ食べようか。それにしても今日はまた豪華だなぁ~。ミル、このホワイトシチューって……いつものとなんか違う?」
「実は今日のシチューはラウラが作ったんだ。新しい野菜とハーブを使ってるんだけど、ラウラが魔力を感知して見つけてくれたんだよ」
「いろいろ凄いな、ラウラ! ハーブか……、確かにいい香りだな」
「フフフ、これはなかなか美味しいですよ! シロ様が狩ってきてくれたお肉も素晴らしいですしね。まだまだありますから、どんどん食べてください! え、あれ? もうお替り……です……か?」
シチュー鍋の前で自慢げなラウラの肩には、いつのまに黄色い小さな手が掛かり、ニーチェが後ろから覗き込んでいる。
「ひぇっ――――!?」
ラウラは首をひねりニーチェを視界に収めると、声にならない悲鳴を上げ、危うく鍋ごとひっくり返りそうなほどの勢いでのけぞる。
鍋はシロが素早く救出したようだが、ラウラは目を見開き息が止まりそうなほど驚いていた。
今もなんとかニーチェから逃げようともがいている。
そういえばまだニーチェは紹介していなかったような気もするが、さすがにそんな反応をするとは意外だ。
「ひっ……ボ、ボボ、ボナスさん!? ひっぁぁああっ」
「ニェ!? ニィニィ……」
「そいつはニーチェって……何やってんの?」
ニーチェもラウラの反応に驚いたようで、口に手を当ててびっくりしていた。
だが、ラウラが腰を抜かしたまま何とか逃げようともがいているのを見ると、なぜか誘われるようにニーチェもヨタヨタとラウラへ近寄っていく。
「ニィ~!」
「ひぃぃっ!」
「おぉっ、なんかいい勝負な感じが……。いや、ラウラ大丈夫だよ! そいつも近所づきあいがあるから」
「も~、ご飯食べてるんだから、いたずらしちゃだめでしょ~」
「ニェ!? ニェ……」
怯えるラウラとそれを追いかける少し楽しそうなニーチェ。
最終的には見かねたギゼラによってニーチェは両脇を持ち上げられる。
相変わらず「しまった!?」みたいな顔をして回収されていく。
ふと木琴の方を見ると、他のカワウソもどき達もちゃっかり上がってきている。
「び、びっくりしました……」
「ニィ……?」
「ニーチェ、それは味が濃いからこっちの食べな~。コハクもおいで~!」
「ニェ~!」
「んなぅ~!」
「ニィニィニィ……」
「うわっ、集まってきた……」
ミルがコハクやニーチェたちのために、別に料理を作っておいてくれたようだ。
相変わらず用意が良い。
ヨタヨタと集まってきたニーチェたちの仲間は、ソワソワしながらもコハクを先頭に綺麗に一列に並んでいる。
「器用に食うなぁ……それになかなか愛嬌のある顔だ!」
「ニィ~?」
「ふぅ……危険な生き物では無いのですね……」
ニーチェたちはもらった肉を手に持ち、むしゃむしゃと夢中で食べている。
オスカーはシチューを貪りながらも、その様子に感心している。
ラウラはまだ挙動不審だが、少し落ち着きを取り戻したようだ。
「ラウラはなんでそんなに驚いていたの? まぁエリザベスとかならわかるけど……、普通にこいつら可愛いと思うんだけどなぁ」
「わ、私もアジトにはずいぶん慣れたつもりでしたが……手足と尻尾でずっと得体のしれない、常識外の魔法を使っているので、肩に手を置かれているのを見たとき、私も彼らと同じような姿に変えられてしまうのではないかと……」
「カワウソ型ラウラか……悪くないな……」
「ボ、ボナス様!?」
こってりとしたシチューを堪能しながらラウラから話を聞く。
ちょうどニーチェ本人がヨタヨタと歩いてきて、俺の肩へ掴まる。
ミルからもらった肉を食べ終えたばかりだが、物欲しげにシチューを覗き込んでいる。
どうも茸を食べてみたいようだ。
「まぁ、こいつら色々光ってるもんなぁ。ほれ、一個だけだぞ――」
「ニィ……? ニィニィニィ」
「確かに可愛いです……。ボナス様と一緒にご飯を食べているところを見ると、私があんなに驚いていたのがほんと馬鹿みたいですね。もう、毎度のことですけど……」
ラウラはむしゃむしゃと茸を食べるニーチェを見て表情を緩める。
やっと人心地つけたようだ。
それでもまだ少し緊張しているところを見ると、ニーチェの使っている魔法はよっぽど変なものなのだろうか。
「ニィ~」
「え? あ……え、あ、握手……ですか?」
一方のニーチェはラウラを気に入っているようだ。
早速手を差し出し、握手をしにいっている。
彼女の妙にどんくさい動きに仲間意識でも芽生えたのだろうか。
「ニェ」
「に、にぇ? え、あっ……よ、よろしくおねがいしますね! ――――なるほど、その手足や尻尾は半分魔法で……輪郭を操作しているのですね。どうやってそれを実現しているのかは全く分かりませんが、それは……水の中では恐ろしく強力な魔法になるでしょうねぇ」
「輪郭の操作?」
「ニィ……?」
ラウラはニーチェと握手をしたことで、何か察することでもあったのだろうか。
なぜかニーチェ自身も不思議そうに首をかしげている。
「簡単に言うと、ニーチェさん達は自分自身の体を水に溶かして操作できるんですね」
「何それ怖い……」
「ニェェ……」
「でも前に体を痛めたときに、ニーチェが治してくれたこともあったんだけど……癒しの力とかじゃないの?」
「なるほど……そういう使い方も……。体内の血流か何かに溶け込み干渉して、間接的に癒したのかもしれませんね」
「確かに人の体も半分以上水分だけども……。ニーチェ、お前……俺に溶け込んできていたの!?」
「ニィ!?」
肝心のニーチェはまったく理解はしていないようだ。
現象としてはラウラが言う通りなのかもしれないが、ニーチェはもう少し動物的直感に従って魔法を使っているのだろう。
しかし水を操作か……。
その力を使って、以前ぴんくが消し飛ばしたバカでかい恐竜のような奴とも渡り合っていたのだろうか。
「まぁ、いまさら何でもいいか……。うん? やっぱ木琴が気になるのか……。いいよ、好きに叩いてきな」
「ニィ~!」
「何でもいいって……相当に凄まじい魔法なんですけど……ボナスさん、相変わらずですねぇ」
「結局俺には魔法はよくわからんからね。それよりニーチェは木琴に手が届くかな……」
「あぁ……ギリギリ届きそうですね」
ニーチェが頑張って背筋を伸ばし、木琴を適当を叩き始めると、ニーチェの仲間達も数匹集まってくる。
もはや音楽にはなっていないが、ニィニィ、ニェニェとやたらと楽しそうだ。
音が素朴で柔らかいのもあって、ニーチェたちの調子っぱずれな全力演奏も特にうるさくは感じず、むしろ不思議な心地よさを感じる。
その音色に誘われたのか、いち早く食事を終えたクロとシロが再び木琴の方へ歩いていっている。
これほど気に入ってもらえるとは、頑張った甲斐があったな。
しばらく楽し気な木琴の演奏を聞きつつ、ゆったりと食事を楽しんだ。
ちょうどデザートのフルーツタルトを食べつつ、すっかり調子の出てきたラウラから、もうあまり驚かせないようにとお叱りを受ける。
ニーチェのことはともかく、確かに彼女には毎度重要なことを伝え忘れて、いろいろと大変なことになっている気もする。
「――――ということでボナスさん。今度は早めに教えてくださいね!」
「あ、ああ! でも、ラウラもずいぶんと逞しくなったよなぁ~」
「そうですか?」
一時期ぽっちゃりとしていたラウラだが、最近は体力もついてきた。
豊かな丸みのあるラインは残しながらも、適度に引き締まった体はアジールでなくても十分魅力的に感じるだろう。
相変わらず言動にはややそそっかしいところもあるが、表情にも少し自信が出てきており、最近は年相応にしっとりとした色気のある雰囲気を醸し出している。
ただアジトでの開放的な暮らしの中、他の連中の心身ともにあけっぴろげな振る舞いに引っ張られて、少々目のやり場に困るようなこともあるが……。
「ああ、良く体を動かしているせいか、とても魅力的になったと思うよ」
「魅力的!? ど、どのへんでしょうか!?」
「え? あ、えーっと、もともと品があったし、肌も綺麗だったけど、それに加えて――――」
ラウラは秘蔵のサトウキビジュースを入れたコップを強く握りしめつつ、ぐいぐいと迫るように質問してくる。
少し赤い顔で、妙に距離が近い。
「ラ、ラウラ?」
「そうですか! 私にもまだ少しは魅力が! うふふ、うふふふっ……。嬉しいです、ボナス様、わたし……」
彼女はそう言いながらも俺に乗りかかるような姿勢になるほど近づき、妙に幼い笑顔を浮かべ真っすぐにこちらを見てくる。
ふわふわと柔らかい体の感触や、暗がりの中でもよくわかる艶めかしい象牙色の肌にどぎまぎさせられる。
そして彼女の甘い吐息が……、
「――――酒臭いな」
「ふぇ?」
「ちょっとそのサトウキビジュース貸してみ…………ああ、なるほど。見事に発酵しているわ」
「はっこう?」
「よし、これは今日からラウラ酒と名付けよう」
「へ? わたしのジュース……お酒になっちゃったんですか?」
ラム酒はそれほど好みでは無いのだが、発酵したサトウキビジュースのアルコールの香りをかいでいると、悪くない気がしてくる。
そもそもサヴォイアにはあまりうまい酒が無いのだ。
これを機に、ラム酒を作ってみようかな……。
ある程度ちゃんとした酒を造るとなると、相当な資金も必要だし、色々とややこしい問題も出てくる。
だが、領主の娘の名前を冠する酒にしてしまい、かつては少量とはいえワインも作っていたヴァインツ村内に共同出資で醸造所を作れば案外……。
「ボナス! 酒だって!?」
「やっぱりサトウキビジュースから酒が造れるんだね」
「ああ、まぁな。オスカー、ミル、今は一応秘密にしておいてくれ。いずれいい方法を考えるから……」
「楽しみだな!」
「何か考えがありそうだね。まぁ楽しみにしておくよ。それにしても……ラウラ酒ね。面白いかもしれない!」
オスカーもミルもそれなりに酒は好きだ。
鬼達も特に酒が欲しいとは言わないものの、出せば出しただけ飲むし、飲んだら飲んだでしっかり上機嫌にもなる。
やはり身内が少し楽しめる程度には、良質な酒を確保してもいいのかもしれない。
お気に入りのサトウキビジュースが別のものになってしまい、少ししょんぼりしているラウラの顔を見ながらそんなことを考える。
監視塔が終わったら一度各所に話をしてみよう。
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