第127話 楽器②

 昼食後、クロとオスカーを連れて木琴づくりへと戻る。

 木材を選り分けながら、何オクターブ分作れるか考えていると、横から柔らかい音色が聞こえてくる。

 クロが先ほど並べた一オクターブ分の音板を繰り返し叩いているのだ。

 体を揺らしながらとても楽しそうだ。


「枠はこっちの木材で作ればいいのか?」

「ああ、今ちょっと枠のサイズを考えているんだが……思い切って増やすかなぁ」


 当初は二オクターブも作れば十分かと考えていたが、クロの楽し気な演奏を聴いていると欲が出てくる。

 材料はまだまだ余裕があるし、一番面倒な枠はオスカーが作ってくれそうだ。

 音板の大きさから枠材のざっくりとした寸法を割り出し、数値をスケッチへと書き込んでいく。


「五オクターブくらい作れそうだから、寸法は……え~っと、大体こんな感じかな?」

「で、でかいな!?」

「前後に少し段差を付けて、こんな風に音板を周期的並べていって、最終的に手前三十六枚、奥の方は二十五枚並ぶようにしてもらいたいんだけど……」

「ふ~ん。だが、まだ十三枚しかないぞ?」

「ああ、まぁそれはそうなんだが……残りはこれからクロと作る予定」

「ぐぎゃぅ~!」

「それなら構わんが……。枠のサイズから考えて材料が短いようだが、どうする?」


 材料は長いものでも九十センチ程度で、枠を作るには長さが足りない。

 膠のようなものもあるので、重ねて接着すれば必要な寸法を確保することは一応できる。

 だが木琴自体、当初想定していたものに比べかなり重いものとなりそうで、強度に不安が残る。


「膠と併用で新しい継手を試してみようか。監視塔で計画していた接合部なんだけど、試作も兼ねてどうだろう?」

「ああ、あれか……確かにちょうどいいかもしれんな。んでどうやるんだ?」

「たしか……長手方向の接手はこんな感じで……木材同士が握手しあうような感じに加工して、最後に両方の木材を貫通するように……木の釘でこうやって固定すれば長い部材を作れるだろ」


 その場に二人でしゃがみ込み、地面に簡単な絵を描きつつ説明する。

 あまり正確に覚えていなかったので、思い出しながら説明していると、なんだかぐちゃぐちゃで分かりにくくなってきた。

 ただオスカーは意外としっかりと頭に図が入っているようで、やたらと的を得た質問や気づきを伝えてくる。


「なるほどな! 家具でも似たようなの見たことがある気もするが、なかなかよく出来てるな……ここは何で斜めなんだ?」

「ああ、俺もあんまり詳しくないが多分――――」


 少々古いやり方だが、今でもたまに社寺や凝った住宅に使われたりもする木材の繋ぎ方だ。

 最適化された形状にたどり着くのは難しいが、仕組みとしては比較的単純だ。

 しばらく中年二人でしゃがみ込み、地面を木の枝で突っつきまわしながら、暑苦しくうんうん言い合っていたが、オスカーは唐突に立ち上がると、間髪入れずに作業を始める。

 今見たことを忘れる前に手に覚えさせようとしているのだろう。


「――――よし! こんな感じか?」

「ぐぎゃ~ぅ!」

「凄いな……説明していた時間の方が長いとか……」

「いやこれは監視塔に向けてのいい練習になるな! しかし、これなら膠もいらんかな……」


 オスカーはぶつぶつ独り言を言いつつも素早く手を動かし、あっさりと試作品を作り終えた。

 二つの部材ががっちりと継がれており、微塵も緩む気配が無い。

 普段からかなり細かい木工作業をしているだけあって、この手の加工は得意らしい。

 それにしても見た目に反してほんとうに器用な男だ。

 あんなぐちゃぐちゃの絵と簡単なやり取りだけで、これほどしっかりとしたものを作り上げるのは相当に優秀だ。

 オスカーの大きく肉厚な左手には、人差し指と中指の第二関節より先が無い。

 職人にはよくあることなのだろうが、作業をする上で枷にならないわけがない。

 だというのに、短くなった指を巧みに使い、実に効率よく作業する。

 こいつのそんな様子を見ていると、粗野な風体や短くなった指からさえも、なぜか洗練や気品、知性のようなものを感じさせられる。


「お前も中々不思議な奴だよな……。それじゃ枠の方はよろしく!」

「わかった!」

「それじゃクロ、音板作るか!」

「ぎゃうぎゃぅ~!」


 それから二時間程度かけてやっと、六十一枚の音板すべてを完成させることができた。

 もちろん音程はかなり怪しい。

 最初に作った一オクターブを元に、クロやぴんくと一緒に音を探りながら微調整を繰り返したが、思った以上に苦戦した。

 やはりこういう類のものこそ理屈を持って当たらなければ難しいのだろう。

 俺のおぼろげな知識とぼんやりした音感を頼りに音を探していると、集中するほどに何が正解なのか分からなくなっていく。

 クロに関しても、目はとびきり良いが耳は人並みだし、ぴんくに至ってはバッハのような表情で音板の振動を楽しんでいるだけだった。

 それでも二人と一匹で、不器用に音を探す作業は中々楽しかった。


「わぁ~。おおきいのつくってるね」

「おっ、シロ。獲物の処理は無事終わった?」

「うん。これはどうやって音をだすの?」

「ああこれは……オスカー! そっちはどうよ?」

「んぁあ~色塗りたいけどなぁ……まぁ後でいいか。大体できたぞ!」


 俺とクロがいかにも素人っぽく作業している間に、オスカーはプロの技を持ってやたらと完成度の高い枠を完成させていたようだ。

 ゆがみのないがっちりとしたフレームで、きれいに磨かれている。

 このままでも十分売り物になりそうだ。

 さらに枠を少し削ることで、音板の位置をうまく固定できるような仕組みになっている。


「後はエリザベスの毛糸を撚り合わせたものを張り付けて、その上に音板並べればいいかな。共鳴管の筒は……まぁ今は良いか」

「ぐぎゃうぎゃう?」

「でかいし重いから脚は取り外しできるようにしておいたぞ!」

「おお! なるほどな……シロ、ちょっと枠を持ちあげてもらえる?」

「いいよ」

「うぉ、片手かよ……」

「オスカー、意外と取り付けやすいな、この仕組み。外すことも出来るんだろ?」

「ああ、もちろんだ! 今ミル達が使ってる調理作業台も同じ仕組みだぞ」


 シロが軽々と枠を持ち上げている間に皆で足を取り付ける。

 脚部材を所定の位置に突っ込んで、少しひねるとスコンという音がして、しっかりと固定される。

 あまり見たことの無い仕掛けだが、よくできている。

 元々オスカーは家具を作っているだけあって、こういったやり方にはいろいろと詳しいようだ。


「こんなもんかな?」

「ぎゃうぐぎゃぅ~!」

「やっぱり、おおきいねぇ」


 音板を並べ終え、改めてその前に立つと中々の迫力を感じる。

 クロには少し高かったようだが、肘をやや高く上げれば問題なさそうだ。

 バチを両手に目を輝かせている。


「面白いな! なぁボナス、これは何て楽器なんだ?」

「木琴なのかな? う~んなんなんだろうなこれ」

「ぐぎゃうぎゃ~ぅ~」

「もっきん? 変わった名前だな」

「うわぁー! すごい!」

「おお! 思ったよりいい感じだなぁ」


 俺がオスカーと話している間にも、クロが低音から順に音を鳴らしていく。

 エリザベスの毛糸で少し浮かせているので、先ほどよりはるかに音が響く。

 音程はもう少し調整した方が良さそうだが、やはり音質は柔らかくて心地良い。

 クロはとても楽しそうに音を鳴らしていくが、意外なことにシロも子供のような声をあげて感動している。


「ぐぎゃぅぎゃう? ぎゃうぎゃう!」

「えっ、う、うん。うわぁ……」


 シロはクロに誘われて、控え目に木琴を鳴らし始める。

 一音一音確かめるよう慎重にバチを振る姿は、シロの体格からしてかなり不思議な絵面になっている。


「これ、おもしろいねぇ……。でも、ちょっとずれてる感じがするけど」

「少し裏側削ると音が高くなるから調節してみてもいいよ。失敗してもまだ材料に余裕あるしね」

「うん」


 それからしばらくクロとシロとぴんくは木琴を囲みながら音の調整を始める。

 シロは意外と耳が良いようで、かなり細かく微調整しようとする。

 確かに彼女の言う通り、木材を入れ替えたり削ったりしていくと、次第に耳馴染みのある音階に近づいていく気がする。

 音楽の知識も無いだろうに、彼女の頭の中はどうなっているのだろうか……。

 シロが音を聞き分け、クロが木材の微調整をし、ぴんくは音板の上でベートーベンのような難しい表情で邪魔をしている。

 何となく長引きそうな雰囲気だったので、オスカーと監視塔について接合部の相談をする。

 枠づくりで接合方法を試せたので話が早い。

 簡単な構造計算も同時にその場で済ませてしまう。

 平面的に対称な計画なので、それほど難しい作業では無い。

 感覚に頼る木琴づくりと比べるとはるかに楽だ。

 手探りで音を探していくのも面白かったが、やはり理屈と計算でものづくりをするのも爽快だな。


「お前は本当に面白いな、ボナス。これでも俺は職人としていろいろと自信があったんだが……、お前とつるんでいるとまるで別の世界にでも連れていかれるような感じがする」

「別の世界か……俺も常々そう感じるよ。まぁ、なにかしら刺激になっているなら何よりだ。ぜひボナス商会に還元してくれ」

「ボナス。調整おわったよ~」

「おっ、早いな。どれどれ――」


 何をどう調整したのかよくわからないが、先ほどに比べると遥かに良くなった気がする。

 シロは意外と音楽の才能があるのかもしれない。

 何か演奏してみるか。

 自分で楽器を演奏するのは二十年ぶりだろうか。

 子供の頃あれほど嫌だったピアノ教室に感謝することになるとは……。

 辛うじて記憶の端っこに引っかかっている曲を、探り探り演奏してみる。


「わぁ~すごいね、ボナス」

「ぎゃうぎゃう~!」

「ありがとう。木琴だと和音を掴めないけどどうすればいいんだろ……」

「あら? 変わった音楽に……面白い楽器ですね!」


 頭に浮かぶ曲の断片を次々に演奏していると、コハクを抱きかかえたラウラがやってきた。

 不思議そうに俺と木琴の周りをグルグルと回る。

 コハクはその音よりもバチの動きが気になるようで、丸い先端に目が釘付けだ。


 それにしてもラウラの反応を見るかぎり、木琴は彼女にとっても見慣れない楽器のようだ。

 仕組みとしてはとても単純だし、基本的な材料もただの木材だ。

 誰でも思いつきそうな気がするが、意外なことにそうでもないらしい。

 もちろんこの世界でも、音楽はそれなりに親しまれている。

 実際酒が入ると、メナスキャラバンの仲間達がギターのような楽器を演奏しはじめるし、酒場でもそういう風景は見かける。

 エキゾチックな印象の音階だったが、曲は多様性に富んでおり、文化的な成熟を感じた。

 それなのに、楽器の種類はそれほど多くないのだろうか。


「ああ、ラウラ。単純な楽器だと思うんだけど、似たようなのこの辺りには無いの?」

「木と木を打ち鳴らすような楽器はありますが、こういうのは見たことが無いですね。あまり詳しいわけではありませんが、王国や近隣の国々では一般的ではないと思います。基本的には太鼓か弦を張ったものが多いですね。後は笛はいろいろな種類がありますね。ですがこの楽器は……曲と一緒に売りに出せば、欲しがる王国貴族は多いでしょうね! 楽器もとても面白いですが、それ以上にボナス様が演奏されている曲が魅力的に感じます。とても素敵な音楽ですねぇ」

「なるほどねぇ……」


 なんだか面倒なことになりそうだから、しばらくはサヴォイアへは持ち込まない方が良さそうだ。

 ラウラは別にしても、正直付き合う貴族は少ない方が良い。


「そう言えば、ラウラ何か用事があったんじゃ?」

「あっ、忘れていました……。ミルさんから伝言です。今日はこの岩場で夕食をとる予定ですので、ボナス様たちはこのままここでお待ちくださいとのことです」

「そうなんだ。こっちで何か用意は?」

「かまどに火を入れておいて欲しいとのことです」

「了解~。オスカーよろしく!」

「ああ、わかった!」


 最近はこの湖畔の岩場で食事をとることも多い。

 この場所は程よい木陰と湖からの風が心地よく、昼夜を問わず風景もすばらしい。

 さらに調理場からも比較的近く、水も手の届く距離にあるので利便性も高い。

 絶好の釣りスポットな上、最近では釣れなくてもニーチェがおまけしてくれるという……。

 気が付くと当たり前のように皆の憩いの場所になっていた。

 いつのまにか常設のかまどもできており、煮炊きにも不自由しない。

 平坦な岩の上に二、三枚絨毯を敷けばかなり気持ちよく過ごせる。


「それじゃ、お手伝いに戻りますね! また後で~」

「ありがとう! 料理楽しみにしてる」


 ラウラと俺が話している間にも、クロとシロが仲良く二人並んで木琴を叩いている。

 先程俺が演奏したキラキラ星を二人で叩いているようだ。

 しかも結構上手い。

 そんな曲でも無いと思うのだが、二人できゃあきゃあ言いながら妙に盛り上がっている。

 クロはともかく、いつも落ち着きのあるシロが、こんな風に無邪気な笑顔で声をあげるのは珍しい。


「頑張って作った甲斐があったな」

「ねぇボナス。これたのしいねぇ」

「きゃ~ぅ~! ぼなす~! し~ろ~!」

「あははっ、クロはおもしろいね~」


 クロは妙にリズミカルな謎のアドリブを入れているが、それに対してシロは違和感のないアルペジオをあわせている。

 シロは先ほどの調律のような作業で、ある程度音の組み合わせや響き方まで確認していたのかもしれない。

 それにしても彼女はまだ木琴を二時間も触っていないはずだが、頭の中はどうなっているのだろうか。

 そして先程から湖の方で黄色い手足がチラチラ見え隠れしている。

 この調子だと日が沈む前にあいつらも出てきそうだな……。

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