第129話 雨
ヴァインツ村。
監視塔もいよいよ今日中には完成するだろう。
後はやぐらの最上部に見張り台を取り付け、最下部に扉を取り付けるだけだ。
「お、おいボナス! こいつは一人でもって上がるのは流石にしんどいぞ」
「ああ、さすがにその木材はザムザと一緒に運んでくれ。しかしピリ、さすがに作業慣れしているな」
「荷物の取り扱いで飯食ってるからな。それにしてもこのクレーンとかいうの、便利だな……」
「これが終わったら捨て値で売ってやるよ」
ちなみに現在作業に当たっているのは、俺以外にザムザとハジムラド、オスカーにピリの五人だ。
非常に暑苦しい。
ただ作業自体は意外なほど効率的に進む。
オスカーやザムザは言うまでもなく、ハジムラドは何をさせてもそつなくこなすし、意外なことにピリがかなり役に立っている。
荷運びメインの傭兵というだけあって、物の取り扱いがやたら上手いのだ。
重く取り回しの悪い木材なども高い場所へと、ぶつけることなく運んでいく。
なにより一連の動きがやたら早い。
下で荷渡し役をしていると、その手際の良さがよくわかる。
荷物を受け取ってから担ぐまでの重心の移動が異様に滑らかなのだ。
ザムザなどに荷物を渡す際は荷物越しにしっかりとした力強い手ごたえを感じるのだが、ピリの場合はまるで荷物があいつの体へと吸い込まれていくように感じる。
「ボナス、そろそろ昼だ。作業の切れ目としても丁度いい。昼休憩にしよう」
「確かにその方が良さそうだな……。おーい! オスカー、ピリも降りてきてくれ、飯食おう!」
「んあ!? あ~もうそんな時間か! わかった!」
「やっとか……」
ハジムラドは監視塔の上から音もなく降りてくると、自分の鞄から昼食をとりだしつつ休憩を提案する。
こいつはこの世界の人間、特に傭兵としては珍しく、なるべくスケジュールに従って時間通り行動しようとする。
常に時計を持ち歩けるわけもなく、いまいち時間感覚が掴めない俺としては、そういったハジムラドの性質にはかなり助けられている。
今思えば作業現場に日時計くらい作っておけばよかったな……。
他の連中へも声をかけると、ぞろぞろと降りてくる。
昼食時、ほぼ真上から降り注ぐ日差しは強烈だ。
監視塔が作り出す貴重な日陰へと、皆壁にへばりつくようにしゃがみ込み、むさくるしい昼食会を開始する。
眼前の景色だけは無駄に美しく、雄大なタミル山脈の姿が良く見える。
こんな時でもクロ達がいれば、ずいぶんと場が華やぐのだが、彼女達は今、皆で釣りを楽しんでいる。
一応復興作業もある程度落ち着いて、残された作業も村人たちが自力で対応できることがほとんどだ。
率先して俺達が手伝うような仕事はもうあまり残っていないのだ。
シロやアジールが広範囲にわたりモンスターをせん滅したおかげで、村が襲われるもほとんどなくなった。
監視塔の完成する今日が、実質的に最後の復興作業となるだろう。
ほとんどの傭兵たちにとって明日の朝ヴァインツ村を発つこととなる予定だ。
そういうわけで今日の夕食は、ヴァインツ村の思い出に、この村の魚料理を皆で囲もうということになったのだ。
特に取り決めたわけでは無いが、自然とミルを中心に魚料理に慣れているボナス商会の女性たちとラウラ、メナス商会の連中、そして村人が集まり、料理の準備することになったのだ。
「なんだか今日はいつもより蒸し暑いな……。おいボナス、おまえらだけなんだか……いつもうまそうなもん食ってるよなぁ」
「ああ? 実際うまいぞ。まぁうちの連中も張り切っているから、今日の夜はそれなりにうまいもの食えるだろうよ」
ピリの妬まし気な視線を無視しつつ、香ばしいバゲット状のパンへと齧り付く。
俺とザムザ、オスカーの昼食は、朝食の余りとミルの焼いたパンだ。
好みに合わせた食材を切れ込みを入れたバゲットへと挟み込む。
簡単な食事だが十分にうまい。
ハジムラドとピリは何とも言えない表情で、サヴォイアから運ばれてきた保存食をつまんでいる。
やたら酸味の利いた石のようなパンと得体のしれないチーズ、紫がかった謎の肉片を仲良く分け合いながらモソモソと食べている。
「おいピリ……、お前はチーズの切り分け方も知らんのか?」
「うるせぇよ! ガタガタ細かいこと言うな、どう切ったってまずいもんはまずいだろうが!」
「ああ~うめぇうめぇ! このキノコっていうのはアジトへ行くまで食ったことが無かったが、最高にうまいなぁ!」
「おいオスカー、ちょっと俺の分も残しておけよ。ザムザも料理上手くなったよなぁ」
「毎日しているからな。料理はみんなが喜んでくれるから嬉しい」
「くそっ、おまえらだけ良いもん食いやがって……。それにしてもボナス商会でザムザだけは唯一可愛げがあるよな」
「ピリ。お前のその言葉、クロやシロ、ギゼラにしっかりと伝えておいてやるよ」
「お、おい、やめろ! じ、冗談だって……。お前の所のあのバカ強い小鬼、たまに目があうとナイフ舐めながら笑いかけてきて、クソ恐ろしいんだぞ……」
「クロか……可愛いだろうが。喜んでおもちゃになっとけよ」
「気が狂いそうになる」
俺としては別にこいつらの分を用意しても構わないのだが、ハジムラドからそれは断られている。
よくわからないが、傭兵として取り決めや慣習などがあるのだろう。
それにまずそうな保存食も、遠征仕事についてくるものとしては相当に良い方らしい。
一方オスカーは、そんな事情はまったくお構いなく、ザムザが作った茸のソテーを片っ端から口へ放り込んでいく。
ポルチーニのような茸で、オスカーに限らずアジトでも人気の食材だ。
意外と見つけるのは難しいのだが、この茸は微妙に何らかの魔法を使っているようで、ラウラに頼むと大量に採集してきてくれる。
サラダにしても食べられるほど優れた食材だが、個々に味や香りの強さに差が大きく、おいしく調理するのは意外と難しい。
この茸の取り扱いに関してはザムザがやたらとうまく、採れた茸に一番合った形で調理してくれる。
ちなみに個人的には味がしっかりしているので、エリザベスのクリーム系のスープに入れて食べるのが好きだ。
「そういやハジムラド、ちょっと相談なんだが、酒って勝手に作るとまずかったりするのか?」
「なっ、おまえ……酒を造ったのか? いや、作るのは構わない。ただ酒を販売するには領主様の許可が必要だ」
「酒だって!? お前……一体どんな酒作ったんだ?」
「やっぱりラウラに聞いた通りか……。どんな酒かと言われてもなぁ、これからその方向性を決めるというか……。まぁ今度試飲させてやるよ」
「おお! ボナスにしては殊勝じゃないか」
「ただ、実際にまとまった量の酒を造るとなると、うちの商会だけじゃ中々手が足りなくてさ。このヴァインツ村に醸造所を作ろうかと考えているんだが……」
「醸造所か。しかし……いや、案外良いのか……、ただ商売にするとなると……だがまぁラウラ様も……」
前から考えていた酒造りについて少し話を投げてみると、二人とも思った以上に激しく食いついた。
ハジムラドも妙に真剣な顔でぶつぶつと何かつぶやいている。
「基本的には自前で酒造りできる施設を所有してみたくてさ。なので基本的には商売としては考えていないんだけど、あまり金が出ていくのも困る。施設を維持できる最低限の収益は見込みたい。それで、領主の許可についてもラウラとは相談していて、基本的に販売は領主を通して行うということで問題なさそうなんだ。酒の販売は自分でやって、売れた分について税金を納めるような形になるか、酒自体を直接領主へ買い取っても貰うことになるのかはわからないけれど……まぁ、この酒の場合は領主様が一括購入ってことになりそうな気もするが……」
「それは……何か特別な酒なのか?」
「ラウラが意図せず最初に醸した酒なんで、ラウラ酒って名前にしようかと。ちなみに、原材料は俺達でなければ調達できない特殊な植物だ。甘くいい香りのする酒だ」
「そんな都合のいいことがあるのかよ……ボナスお前さては……」
「ピリ、ただでさえあれなんだから、そんな面するな……ほぼ野盗に見えるぞ。実際、狙ってこうなったわけじゃないぞ。酒になるのは知っていたが……、まさかラウラが作るとは思わなかった」
「面白い。ヴァインツ村は水もいいし、元々少量とはいえワインも作っている。最低限の酒造りの下地はあると考えていいだろう。他にも酒造りを人に任せる場合、重要となるのは信用だが、ボナスであれば村人の顔も性格もすべて把握している。加えて仕事とはいえ黒狼から村を守り再建まで協力したお前にはほとんどの村人は何らかの恩義を感じている。信用できる適役を見つけるのは簡単なことだろう。それに……その話を俺達にしたということは、何か続きがあるのだろ?」
ピリはすっかり悪事を企む盗賊のような顔になてしまっている。
ハジムラドも意外なほどぐいぐいと迫ってくる。
果たしてこいつらにこの話をしてしまって良かったのだろうか。
「予算が足りないんだ。もちろん無理して頑張ればなんとかならなくもないのだが……。せっかくならそれなりにしっかりとした施設にして、質の高い酒を造りたいんだ。ただまぁ……さすがに金が足りなくなりそうでさ」
「当たり前だな! 俺はうまい酒が飲みたい!」
「品質は重要だ。安酒であればサヴォイアにもあふれている。せっかく作るのであれば妥協すべきではない」
「お、おう……。そういうわけで、お前たちも一口のらないかと思って声をかけたんだ。一応今のところメナスと村長には声をかけて、了解ももらっている。出資額の割合に応じて酒とその収益を分け合う予定だ。施設が村にある以上しっかりと地元に還元もしたいし、この手のものづくりは、地元民の愛着を持ってもらえた方が長く続けやすいだろう。ちなみに村からの出資はラウラが立て替えておいてくれるらしい」
「よし、乗ろう」
「な!? 金額は……いやいいだろう! おれも金を出す!」
「ラウラ様が主導した復興事業が見事に成功し、その村でラウラ様の名前が付いた酒が造られる。これはいい話だ。だが、必ずうまい酒にしなくてはならん」
「ああ。だがまぁそうだな……、少なくともラウラらしい酒にはなると思うよ」
「そうか」
具体的な金額を提示する前に金を出すことを決めるとは思わなかった。
ハジムラドはともかく、ピリも意外と金を貯め込んでいるのだろうか。
「ボナス……。これほどうまい話、なぜ俺に声をかけた?」
「ピリ、酒を扱うとなるといろいろ面倒くさい連中が絡んできそうだろ? もちろん領主様を通しているから表立って敵対してくるような奴はいないだろう。だが、ごろつき連中は目先の利益に走ってどんな馬鹿をしでかすかわからない。サヴォイアに大量にいる野盗まがいの連中が、このヴァインツ村へ押し寄せてこられても困るわけだ。俺もお前のせいで色々と悪評が広まっているようで、そう言った連中に対してある程度抑止力はあるのかもしれない。とはいえ、実質サヴォイアの裏社会のことはまったくわからない」
「ああ……、まぁそうだな……」
「ということで、お前が何とかしろってことだ。詳しいんだろ、そのあたり? お前の従弟のマーセラスも裏社会ではそれなりに有名らしいが、ずいぶん仲良さそうだったじゃないか」
「……まぁわかった。少々面倒だが酒には代えられん」
「それほど難しいことでもあるまい。いろいろな意味で最近有名になったボナス商会とピリー傭兵団、メナス商会、それに傭兵斡旋所の所長の俺、何より領主様が関わっていて手を出す奴がいるか? まぁいたとしても俺が潰してやる。そんなことより酒造りの方向性だ、いやまずは試飲してみなくては……」
ハジムラドの食いつき方が思った以上で怖い。
これまでそれほど酒好きという印象もなかったので不思議だ。
ピリーは普通に酒が好きなだけな気がするが……。
などと考えていると、ザムザが素直にそのことについて質問する。
「ハジムラド、お前は酒好きなのか?」
「うん? ああ、まぁもちろん酒は嫌いでは無いが……、それよりも醸造所のオーナーの一人として酒造りに関わるというのが良い。俺にとってはそういうのが最高の贅沢なのだ」
「鬼の俺にはあまりよくわからんな……」
「そういえば、ボナス。マリーに声をかけていないのは少し心配だな……」
「うん? マリーもこういうの……ああ、好きそうだな」
基本的に甘い酒だしな。
最近会っていないのではっきりとしたことは言えないが、何となくラウラ以上に気に入りそうな気がする。
なんだか頭の中のマリーが俺を睨んでいる気がしてきた。
「一応彼女の分も確保した方が良いかもしれないな……色々と世話になったし、俺が立て替えておくよ」
「そうか……それがいいかもしれん。あいつが切れると俺でも止められんからな」
「えぇ……そんなに?」
「ボナス……お前、あのマリーともつるんでいたのかよ。うぇっ、なんて面倒くさい奴と関わっちまったんだ……」
「お前のその反応、きっちりマリーに伝えておいてやるわ」
「あ、いや、ちょっとそれは待て――――うん? 雨?」
ピリの声に空を見上げると、いつのまにか大きな雲が空を覆っていた。
話に夢中になっていたせいか、気が付かなかった。
「おぉっ、雨か!? もう少しで仕事も終わるとこだったんだがなぁ」
「まぁ天気のことは仕方ないさ、オスカー」
「雨とは珍しいな。足を滑らさないように注意しねぇとなぁ……荷物も滑るしあまり無茶して運べんな」
「どうするボナス? この村の雨は……黒狼を思い出して嫌だな」
「う~ん、あとちょっとだしなぁ……。雨脚が強くなったり雷が鳴りださない限り、仕上げてしまおうか。ただ……確かにザムザが言うように、この雨の匂いを嗅ぐとあの時のことを思い出すな――――うん? あれは……」
今にも目の前に黒狼が現れるような気がして、タミル山脈の麓へ視線を移すと五十メートルほど離れた場所にぼんやりと佇む人影のようなものが見える。
雨のせいもあって、ここからではよく見えないが、やたらと腕が長く全身がぼんやりと白っぽいことだけはわかる。
もう少し情報が得られないかと目を眇めていると、白い人影がおもむろに腕を上をあげた。
次の瞬間直ぐ近くで鈍い音がしたと思ったら、横に座っていたザムザが急に俺へともたれかかってくる。
「ん? なんだ? え、おいザムザ! 血が……まずいザムザがっ」
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