第67話 窯

 マリー達がサヴォイアへ発ってから4日目。

 

 ギゼラとミルが窯を完成させた。

 初めて火入れをするということで、みんな集まってくる。

 岩壁から剥いできた岩と、湖底から回収した泥、その他採集した植物などを利用して作ったようだ。

 もちろん防水性も低く、簡易的なものではある。

 だが意外と大きく、どっしりとしており、綺麗なドーム状に仕上げられている。

 これなら燻製なんかも作りやすそうだな。


「それじゃ、ゼラちゃん。火入れ頼むよ」

「せっかくだからミルちゃん、一緒にやろうよ~」

「仕方ないねぇ」


 2人がキャッキャしながら火入れをする。

 若干心配していたが、今のところ特にひび割れなどもなく、ただ静かに煙を吐き出し続ける。

 窯の温度が上がってくるにしたがって、特に理由も無くワクワクしてくる。

 当然麦も酵母も無いので、残念ながらまだパンは焼けない。

 ミルは窯の周りを歩き回りながら、妙に手をこすり合わせたり、やたらと窯の中をのぞき込んだりと落ち着かない。

 茶褐色の髪にクリっとした目で、小さくずんぐりした体をソワソワ、ウロウロさせている様子は、まるで子熊のようでかわいい。

 湖の泥を使っているので変なにおいがしてきたりはしないかと心配していたが、特にそんな様子もなく、順調に余分な水分が飛んでいく。

 もうこのまま使っても問題なさそうだ。

 後は火を消し、冷えたときに窯が割れなければ大丈夫だろう。

 だが……、このまま火を消してしまうのも、なんだかもったいない気がしてくる。


 

「窯の完成祝いを兼ねて、試験的にみんなで色々焼いてみないか?」

「いいね! 肉持ってくるよ!」

「ミルちゃんまって~! せっかくだから集めた香草使おう」


 凄い勢いでギゼラとミルが乗ってくる。

 他のみんなも同じ気持ちだったのか、結局全員で食料を漁る。

 シロは芋を大量に抱えている。

 ザムザはギゼラに言われて水を取りに向かう。

 俺はバナナを試しに焼いてみることにする。

 窯の前に着くと、下ごしらえが始まる。

 ミルとギゼラが肉に香草をすり込み、芋は洗って切れ込みを入れている。

 窯の前でみんなうろうろして、食材を突っ込もうとしている。

 俺もバナナを突っ込もうと、少し後ろから様子を見ていると、いつの間にかクロが横にいる。

 同じように窯を見ていたようだ。

 ただ、なぜかびしょびしょに濡れているので不思議に思ったら、両手で大きなカエルを宝物のように握りしめている。


「クロ、ちょっとそれは……」

「ぐぎゃう~?」


 お前はなんてキラキラした目をしているんだ。

 さすがにそんなワクワクした雰囲気を出されると……。


「……良く焼いてお食べ」

「ぎゃぅー!」




 窯に食材を入れた後も、ミルは相変わらず窯の周りをウロウロと子熊のように徘徊し続ける。

 他のみんなは、エリザベスをソファー代わりにもたれかかり、のんびりと焼き上がりを待つ。

 クロが頭を揺らしながら変な歌を歌いはじめる。

 何故かザムザが手拍子で盛り上げ、ギゼラはいつものように馬鹿笑いしている。

 酒も無いのに宴会っぽい雰囲気だな。

 エリザベスは珍しく俺とシロの間に顔を突っ込んで甘えてくる。

 耳の下をかいてやると、舌をペロンペロン出して喜ぶ。

 可愛いのだが圧が凄くて体が持ってかれそうになる。


「エリザベス~」

「メェ~」

「角が痛い」


 

 暫くするとやたら食欲をそそる匂いがしてきたので、窯から食材を取り出しにかかる。

 窯の入り口はかなり熱い。

 取り出す作業はギゼラに任せて、俺達は後ろに下がり窯の中を覗き込む。

 ギゼラが最初に窯から取り出したのは、満足そうな顔をしたぴんくだった。


「……おまえなにしてんだよ」


 整ったわ~みたいな顔しやがって。

 ぴんく的には何やら満足だったらしい。

 

 ミルの仕込んだ塊肉はまだ早かったようで出戻りになったが、それ以外のものは次々に皿に乗せられていく。

 ずっと気になってはいたが、これまで怖くて食べられなかったキノコ類は食感も香りも抜群に良かった。

 驚いたのは芋類の仕上がりで、元々ホクホクねっとりしてうまかったが、もう一回り味が良くなった気がする。

 シロもニッコニコで芋をむしゃむしゃ食べている。


「ん~おいしっ」

「確かにこれはうまいな~」

「メェ~メェ~メェ~」


 何故かエリザベスは焼いた芋の皮が気に入ったようで、やたらとシロにねだっている。

 正直薪で直火焼するのと、それほどは変わらんだろうと思っていたが、意外に味や風味、食感などにも変化が見られる。

 なかなかに満足だ。


 

 そして最後に大きな塊肉が出てくる。

 ギゼラがナイフを差し込むとすさまじい量の肉汁がこぼれだし、思わずみんな声が出る。

 ゆっくりと時間をかけて熱を加えていったせいか、塩だけで抜群にうまい。

 やや大きめに切った肉を、口いっぱいに頬張ると、適度な噛み応えとともに、肉自体の味がしっかりと感じられる。

 香草もしっかり効いており、臭みも無く、ほのかにローズマリーのような香りがする。

 まさに至福。

 これは流石に酒が飲みたくなるな。


「うまいうまい、ボナス、うまい、これ」

「どんどん食え」


 ザムザも片言になるほど肉は美味しかったらしい。

 いくら積んだとしても、このレベルの肉をサヴォイアで食べることは不可能だろう。

 マリー達にも食わせてやりたいなぁ……。


「ミル、ギゼラ、窯最高だわ。ほんとありがとう」

「えっへへ~。ミルちゃんと楽しんで作れたよ」

「食材がいいのさ! 私もこんなうまいの食ったことないよ! ああ、早くパンも焼いてみたいねぇ。燻製なんかもいいと思うし、やりたいことだらけだよ」



 それからも実験と称して、やたらめったら肉やら芋やら野菜を入れたが、結局みんな綺麗に食べてしまった。

 とは言えさすがにいくらなんでも食べ過ぎたようだ。

 腹が苦しくて動けない。

 いつもは活動的なみんなだが、さすがに今は幸せそうな顔で寝っ転がっている。

 今度チーズを手に入れて、ピザなんか作ってみたいなぁ、などと考えながら窯をぼんやり眺める。

 妙に静かだなと、周りを見回すと、皆同じような顔をして窯を見つめている。

 これは、それぞれに試してみたいものがまだまだありそうだな…………。


 ちなみに俺の入れたバナナは微妙な味だったが、クロに分けてもらった蛙の脚は普通に鶏肉みたいでうまかった。

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