第68話 ザムザと測量
マリー達がサヴォイアへ発ってから5日目。
ふと、ひとりでアジトを歩き回ってみたい気持ちになった。
せっかくなのでアジトの簡易地図を作ってみることにする。
「とはいえ……ひとりだと色々面倒くさいな…………」
「手伝おうか?」
ザムザがワクワク顔でこちらを見てくる。
アジトに着いた頃のザムザは、キダナケモの徘徊する地獄の鍋内ということもあり、若干緊張していたようだが、最近はすいぶんと表情が明るい。
毎日とても楽しそうだ。
「んじゃ~、ザムザ。一緒に行くか。このロープ持ってくれ」
「わかった!」
「まずは湖の形状を把握するところからはじめるか」
おやつ用に、適当な果実を収穫しながら泉へと向かう。
シロほどでは無いが、ザムザも身長が高く運動能力も高いので、高木の収穫が捗る。
果実を無駄にしないように、肩車をしてもらい果実をそっともぎ取る。
この年で肩車されることになるとは思わなかったが、大型の動物にでも乗っているような心地でちょっと楽しい。
「ちょっと、集めすぎたな……」
「まぁみんな喜ぶんじゃないか? 俺が持っとくよ」
俺が調子に乗って取りすぎた果実をザムザが布に包んで持ってくれる。
それからも気になっていた場所をちょいちょい寄り道しながら、ゆっくりと湖に到着する。
「んじゃ始めるか~。ザムザはこのロープの端っこもって、泉の外周を俺が言う場所まで移動してくれ」
「ああ、わかった」
コンパスも無いので、ロープと自作の分度器を使って計測しつつ、湖の概形を紙に描きだしていく。
「そうそう、そこでストップ~!」
「なぁ、ボナス……。これで湖の形が分かるのか?」
「まぁたぶん? まぁ狭い範囲だし、そこそこの精度で出来てるんじゃないか? 見てみ」
「おおっ! ほんとうだ。……なんか、おもしろいな」
前にヴァインツ村で配置図を作った時もそうだったが、意外とザムザはこういう作業も好きなようだ。
そして好奇心が強い。
「ボナス、この文字は何を意味しているんだ?」
「ああ~これなぁ。これは俺が使っている数を表す字なんだけど――――」
それから暫く、なぜかザムザにアラビア数字を教える。
ザムザは特別頭が良いというわけでは無い。
だが、集中力と学習意欲は恐ろしく高い。
こういうやつは、変に能力をほめられて、悪い癖がつかない分、予想外に成長したりするんだよな。
それに、教えている方の気分も良い。
「ボナス、これ凄いな! 便利だな!」
「そうだろう、そうだろう。んでも後ちょっとで湖が描き切れそうだから、続きはその後にしよう」
「あ、そうだった。ごめん」
「いいよいいよ」
俺の作業の意味をある程度理解したせいもあってか、ザムザとの作業はそれまでよりだいぶ効率的に進めることができた。
おかげで予定の半分程度の時間で、湖の概形図を完成させることができた。
後はこの湖を起点に、少しずつアジトの地図を作っていこう。
「ちょっと休憩するか」
「ああ」
湖に向かう途中で採集したオレンジを、2人並んでむしゃむしゃと食う。
だいぶ日も高くなり、日差しもきつくなってきた。
だが、湖の畔で水面が風で揺れるさまを見ているだけで、何となく涼しい気がしてくる。
小学校のころ、親父と釣りに行ったことをぼんやりと思い出す。
あの時は結局一匹も釣れなかったが、悪くない一日だった気がする。
ザムザと2人でぼんやり湖面を眺めていると、蹄が岩を蹴る音がアジト内に反響する。
最近ではずいぶんと聞きなれた音だ。
視線を上げると、シロを乗せ、岩壁面を走り回るエリザベスが遠目に見える。
「見慣れたせいで何の違和感もないが、シロもエリザベスもとんでもない動きをするよなぁ~」
「ああ、あれは俺には真似できん……。エリザベスが本気で駆けると、とてもじゃないが体がついていかない」
「あんな狂ったロデオができるのは、シロかクロくらいだろ」
「だな」
そのまま岩壁を一周回ったと思ったら、いつの間にクロもエリザベスに乗っており、そのままアジトの外へと駆けていく。
またキダナケモへ挑戦しに行くのだろうか。
「――――そういやさ、鬼族と人の間に子供って出来るのか?」
「そりゃできるだろ。シロかギゼラと子を作るのか?」
「ん~いや、まぁ~、どうだろうな……。でもそうか、やっぱりできるのか。その場合子供は鬼と人の半々の特徴を持つのかな?」
「うん? いや、どっちかになるぞ。人か鬼が生まれる。ちなみに俺の父親は人だった」
まさか実例が目の前にいるとは……。
聞いてしまって良かったんだろうか。
「もう死んだけどな。俺が産まれる前に、鬼男と揉めて殺されたらしいから、詳しくは知らないが」
「それはまぁ、何といっていいかわからんな……」
「俺は鬼達に育てられたし、生まれる前のことだから特に悲しくもない。母親が父親のことを話すことも無かったしな」
「そういうものなのかなぁ」
「ただ、俺が人の子だということについては、色々なことを考えはした。だが、結局鬼の集落にいてもなんだかもやもやするばかりで、このままでは答えは出ないような気がした」
「それで集落を出たのか」
「ああ」
意外とこいつにも複雑な経緯があったんだな。
すまんザムザよ。
力試しとか、もっと頭悪い理由で村を出たのかと思っていたわ。
「だから、鬼女を連れているボナスを見たとき、こいつについて行くと、何かわかるんじゃないかと思ったんだ」
「そういう……」
確かに、なんでこいつ当たり前のような顔して、延々俺についてくるのかなぁとは思っていた。
何となく人恋しそうな風でもあったし、年も若いということで、なんだかんだシロやギゼラのような、同じ鬼と一緒にいると安心するのだろうなと、勝手に納得していた。
だが、実際はもう少し複雑な感情があったんだな。
「でも、それは本当に正解だったよ。まだほんの短い期間だけど、ボナスと一緒にいたおかげで、色々分かった気がする。それに今では……俺は勝手にボナスのことを父親のように思っているよ」
「――――でっかい子供だな!」
あまりにも素直な物言いに、一瞬息が詰まりそうな心地になる。
気持ちの整理もつかぬまま、ごまかすかのように、乱暴に肩を組む。
少し照れたように笑うザムザに、いままで感じたことの無い複雑な気持ちになる。
くすぐったいような暖かい気持ちと、わずかに懐かしい痛みのような感情が混然とくすぶる。
しかしまぁ……、総じて悪い気はしない。
「もう昼飯の時間だし、一旦みんなのところに戻ろうか、ボナス」
「おぉ? うわわわわっ」
ザムザはそう言うと、俺が肩を組んだままの状態で、急に立ち上がり、背中に俺を乗せたまま荷物を掴んで走り出す。
やはりザムザでも少し恥ずかしかったようだ。
――かわいいやつめ。
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