第96話 引退傭兵の嘆願ーハジムラド視点ー

「ハジムラド、どうする?」


 ボナスが少し困ったような表情で聞いてくる。

 まったく……この遠征が始まってから、何かと裏目に出る。

 さっさと斡旋所の事務机に戻り静かに暮らしたいものだ。

 とはいえ、まずは謝罪だな。

 

「ボナス、俺の落ち度だ。わざわざ来てもらったのに、こんなことになって、ほんとうにすまない。……俺もずいぶん耄碌したようだ。お前の仲間達の殺意に気を取られてしまい、止めるのも遅れてしまった」

「何なら日を改めてもいいが……」


 ボナスに気を使われているのを感じる。

 先ほどまでの粗野な振る舞いが嘘のようだな……。

 単純なようで読めない。

 この男はいつも予想外の結果を呼び寄せる。


「いや、早いに越したことはない。ピリ、これ以上面倒ごと起こすな。そこで他人の振りしているお前ら、テーブルを繋げて椅子を四脚もってこい」

「あ、ああ……」

「え、あ、はい……」

「皆もひとまず座ってくれ」


 ボナスと仲間達が席に着くと、酒場全体が一種異様な空気に支配される。

 ボナス商会の面子とそれ以外で向かい合うように座りなおす。

 正面にはボナスを中心に、鬼三人に小鬼一匹。

 よく見知った顔ぶれだ。

 だが、あらためて目の前に並ぶと、その異様さは凄まじい。

 まずはザムザという若い鬼だ。

 先程は激しく怒りをむき出しにしていたが、ボナスに注意されてからは、周囲を警戒しつつも静かに座っている。

 そう、鬼の男が人に注意されておとなしくしている。

 まずこのこと自体あり得ない。

 短気で粗暴な鬼は恐ろしいが、それ以上に俺は冷静なこの鬼が恐ろしい。


 だがそれよりはるかに恐ろしいのが、二人の美しい鬼女だ。

 優雅といってもいいほど落ち着いた様子で、ゆったりと静かに椅子へ腰かけている。

 一人は昔ボナスが斡旋所でマリーに紹介され、それ以来ずっと一緒にいるシロという鬼。

 さりげなくボナスに寄り添い、守るように腰掛けているが、こいつが本気で暴れればこの建物ごと破壊できるだろう。

 もう一人が、シロの横に座るのがギゼラだ。

 一部では悪辣のギゼラと呼ばれている鬼女だ。

 俺の顔を見てにっこり笑っていやがる。

 喉元に剣でも突き立てられているような心地がする。

 ドゴールの闇市周辺では、悪い意味での有名人だ。

 どんな裏稼業のやり手でも、こいつに敵対する勢力は、いつのまにか姿を消していく。

 今では誰もこいつには手を出さない。

 ついこの間まではその悪評に見合った、荒んだ姿を晒しながら、闇市で武器を売っていたはずだ。

 だが今やその面影は微塵もない。

 シロにも言えることだが、十分な金と時間をかけて、美しく身だしなみが整えられているのが一目でわかる。

 よく手入れされた髪に、彼女達のためだけにあつらえられた上等な衣服、アクセサリーまで身に着けている。

 元来の整った容姿と完成された肉体にそれらが加わることで、強烈な色気と暴力のまじりあった異様な気配をまき散らして周囲を威圧している。

 まさか俺が鬼から色気なんてものを感じることになるとは思わなかった。


 そしてクロ。

 マリーのお気に入りの小鬼だ。

 確かに見てくれはこの上なく愛らしい。

 だが、ボナスの仲間達が酒場に入ってきたとき、最も脅威を感じたのはこいつからだ。

 こいつがナイフを抜いた瞬間、ピリは死んだと思った。

 シロが止めていなければ、実際そうなっていただろう。

 この小鬼は、出会った頃からずっとボナスにくっついている。

 今も椅子に座らず、椅子の後ろからボナスに後ろから抱きついてピリを睨みつけている。

 こいつはボナスに関わること以外、一切のためらいを感じない。

 ある意味モンスターらしいと言えばそれまでだが……。


 控え目に言って、こいつら全員マリーと同程度には化け物だ。

 ボナスはそんな面子に囲まれて、心底安心したように笑顔を浮かべている。

 こいつが一番狂っているのかもしれん……。



「腹減ったな……食い物でも頼もうぜ?」

「おお! それはいいな。いいだろハジムラド?」

「アジールおまえ……まあボナスがそれでいいならかまわん。だが次もし寝たら、お前が起きることは二度とないと思え」

「あ、ああ、わかってるって。おーい、注文いいかー?」


 こいつらの様子を観察している間に、ボナスが能天気な声で腹が減ったと言い出す。

 アジールがすかさずその提案に乗ってくる。

 昼食は話が終わってからにする予定だったが、確かにこの空気を変えるにはいい提案だ。

 先程から周りの傭兵たちまで静まり返っている。

 俺達とは関係の無い連中もいるだろうに、酒場全体に緊張感が漂っている。

 一方ボナスは完全にリラックスしている。

 注文をアジールに任せ、上着を脱いで縫い目をやたらと心配そうに見ている。

 シロがボナスの耳に口をつけ、何か囁いている。

 ボナスは少し笑うと、黒い毛の塊をシロから受け取り膝の上に乗せる。

 あれは……子猫か?

 にしては異様に大きいような。

 それにボナスが撫でるたびに、尻尾の辺りから火の粉のようなものが……意味が分からん。

 ダメだな。

 疲労と寝不足、空腹のせいか、思考がずれていく。

 早く話を進めねば。


「それではこれまでの経緯について話をはじめる」

「よろしく頼む」

「聞いていると思うが、まず基本的に俺はヴァインツ村の復興を目的として動いている。今回の遠征はその下準備のためのものだった。具体的には村周辺の安全確保と黒狼の死骸処理、そして復興拠点の設置が目的だった」

「ああ、その辺まではなんとなく聞いている」

「だが現状、そのどれも成し遂げていない。まずは黒狼の死骸処理。これはピリ達の役割だが……、あまりにも黒狼の数が多すぎた。説明してくれピリ」


 ピリは先ほどからずいぶん緊張し、委縮していたが、運ばれてきた酒に口をつけると少し落ち着いたようだ。

 話を振ると、思ったより冷静な声で説明をはじめる。


「あ、ああ。多いとは聞いていたが、まさかあんな狂った量だとは誰も思ってもいなかった……。俺達は輸送や建築が専門の傭兵だ。その手の仕事ではサヴォイアじゃあ一番腕がいい。領主様からも何度も仕事を貰っている」


 酒のおかげか、ピリは調子がでてきたようだ。

 ただ、目は泳ぎっぱなしだ。

 ピリをずっと睨みつけているクロの視線を避けているのだろう。

 確かにザムザのような屈強な男に睨まれるより、可憐な少女のような見た目のクロに睨まれる方が、ある意味こたえるのかもしれない。

 

「だが、それでも今回の遠征では、村にある死骸を七割程度埋めるだけで精いっぱいだった。肉が腐り始めてやがったせいで、やたらと臭ぇし、余計な手間が増えたのもある。たまにモンスターが襲ってくるのもきつかった。まぁそう言うわけで、死骸を埋めきれなかったし、拠点も建てられんかったわけだ。…………死骸はなるべくはやく何とかした方が良いな。病が広がるぞ」

「あ~…………なんかすまんな臭いとか言って」

「ふんっ。構わん。臭いのは間違いないからな。毎日掘って運んで埋めて、死骸を扱ってりゃ、誰だってそうなる」

「そういえば井戸は無事なのか?」

「ああ、井戸の周辺からは真っ先に撤去した。それに黒狼の死骸はほぼ壁際に集中していたしな」


 ボナスとピリは普通に言葉を重ねているようで、少し安堵する。

 ただでさえうまくいっていないのだ、ボナスとピリから協力を断られた段階で村の復興は厳しい。

 もしそうなれば俺もこの仕事を降りられるかもしれんが…………まぁそうもいかんか。

 サヴォイアの利益にならんことは俺もしたくないし、領主様には借りもある。

 とはいえ、せっかく傭兵を引退して、毎日静かに事務仕事をしていたというのに……、ほんとうに領主様はいつも無茶なことをおっしゃる。


「次に安全の確保についてだ」

「ああ、なんかモンスターが集まっているって?」

「黒狼の死骸を食いにモンスターが群がってきており、さらにそのモンスターを食いに来ている大型モンスターまでいる状況だ」

「質の悪い……まぁでもそうやって自浄作用が働いているともいえるのか……?」

「確かにそうやって時間をかけて掃除されていくだろう。だが、村の周囲はそうもいかん。元の環境に戻るまで時間がかかりすぎるし、放っておくと厄介なモンスターが定住しかねない」

「村の周囲だけでも結構大変なのか?」

「意外と数が多い。それに厄介な種類が多くてな。特に最近は夜にあらわれる腐肉漁りと夜行性の小鬼への対応に苦戦している」

「腐肉漁りって……あの手の長い猿みたいな……?」

「ああ、あいつらは腐肉を求めて徘徊し、人間を見ると遠くから石や死骸の一部、自分のクソまで投げてくる」

「俺より臭いぞあいつらは」

「このタイミングで食欲の失せる話だな……」


 丁度料理が運ばれてくる。

 傭兵には人気のある料理だが、アジールの注文したものは胃もたれしそうなものが多い。

 それにしても、この手の知識に疎いボナスだが、腐肉漁りには覚えがあるようだ。


「それで小鬼はどんな感じなんだ?」

「ぎゃう~?」

「……おい、そいつは?」

「こいつはクロ、俺の大切な相棒だからあんま気にするなよ」

「ぐぎゃうぎゃう!」

「な、なんだっ」


 ピリはクロが小鬼だということに気が付いていなかったのだろう。

 確かにこの中の誰よりも器用にナイフを使って食事をしている様子を見ると、到底小鬼だとは思えない。

 少なくとも昨日まで毎日見かけたあの小鬼は、爪で腐りかけた死骸をほじくり、欲望のまま腐肉へ食らいつくような生き物だった。

 それにひきかえクロは、ボナス達の中でも最も華やかな服を着て、最も多くのアクセサリーで美しく飾り立て、器用にナイフを使い食事を楽しむ。

 この酒場で最も文化的な存在と言っても差し支えないくらいだろう。

 たまにボナスが苦戦している固い肉を、素早く一口サイズに切り分け、食べさせたりと世話まで焼いている。

 ピリはその様子を何ともいえない表情で見ている。


「夜に活動する小鬼で、黒く小柄で、闇に紛れて行動する。非力だが素早く、爪や歯で攻撃してくる。とはいえそれで人が死ぬことはない。どちらかというと問題は戦闘後に遅れてやってくる。この小鬼にやられた傷口からは毒が入りやすく、下手をすると体が腐ってくる。どちらも強くはないが、対応を間違えると非常に厄介なことになる」

「確かに……想像するだけでも、どちらもたまらなく嫌な相手だな」

「んなぅ~」


 ボナスは眉を寄せながらそう言うと、黒猫を抱き上げ顔を埋め、深呼吸している。

 何をしているのだ、こいつは……。


「そう言った奴らが昼夜関係なく、定期的に襲い掛かってくるのだ。交代で見張りは立てているが、襲撃のたびに全員一度起きざるを得ない。どうしても寝不足になり、作業もはかどらん」

「なるほどな。だがアジール、気持ちは分かるが今は寝ない方が良いんじゃないか?」

「んあ? いや……、寝てないぞ!」


 アジールめ……。

 こいつは酒場についてから、一人だけずっとリラックスしている。

 相当に神経が図太い。

 たしかに戦闘では一番活躍してくれた。

 頭も悪くないので、本来なら領主様の専属傭兵としてマリーと肩を並べてもいいくらいだが……。

 まぁこれ以上ないくらい傭兵らしい男ではある。


「ハジムラド、もう少しモンスターの数と頻度について教えてほしいのだが」

「ああ、当初はひっきりなしに襲撃があったが、今は日に十回も無い程度だ」

「そうか……まとめて討伐できないのが面倒だな」

「ああ、まさにそこが厄介だ」


 ボナスは何か考えるようにナイフの先で肉をつついている。

 ピリに殴られた箇所が少し腫れているな…………。

 果たしてボナスの手を借りることができるだろうか。

 もし鬼の一人でも遠征に加わってもらえれば、戦力的に大分余裕がでる。

 わざわざ襲撃のたびに全員起きる必要もなくなるだろう。


「タミル山脈にもモンスターはいるのかな?」

「昔よりは多いだろうが、村の周辺に比べれば無視できる程度だ」

「そうか……」

「ああ。まぁ簡単だが現状については大体こんなところだ」

「なるほど、わかった」

「それでだが…………ボナス、あらためて協力を頼めるだろうか? 五日ごとの契約で、報酬は前払い。最低でも一般的な金額の五割増し程度は支払う。露店もあるだろうし、全員参加でなくても構わない。予定外の事態が起こった場合、臨時報酬も約束する」


 ボナスは俺の話を聞きながら、先ほどまでつつきまわしていた肉を口に放り込む。

 だが予想外に固かったのか、俺が話し終えた後も、ずっと口でモゴモゴさせている。

 顔をしかめているが、提案が気に食わなかったのか、飯が気に食わなかったのか……いまいち読み取れない。

 静かにザムザの前に自分の肉料理を押しやっている。

 よく見ると既にザムザの前には同じ皿が三枚並んでいる。

 シロとギゼラか……。

 ザムザは妙に丁寧に肉を切り分け、焼き加減がどうのこうの、ソースの味がどうのこうのとぶつぶつ言いながらも、粛々と肉を口へと運んでいる。

 いったい何なんだこいつらは……。

 俺がよく知る鬼というものは、肉であればまともに火が入っていなかろうが気にしない。

 わざわざナイフで切り分けることもせずに齧り付く。

 ましてやソースなど、存在自体理解しているかすら怪しい。

 こいつらは普段どんな食生活をしているのだ……。

 それにここの飯はそこまで食えないような料理ではないはずだ。

 …………俺が用意した提案も、こいつらにとっては手を付けるに値しないものなのだろうか。

 気が滅入る。

 傭兵仕事なんぞ、二度としたくない。


 

「――――ああ、わかった。まぁ出来る範囲でだがな」

「たすかる…………」


 やっと肉を飲み下したボナスが、軽い調子で答える。

 どうやら俺が提案した条件とは関係なく、はじめから受けるつもりだったようだ。

 一応アジールからはそのようなことは聞いてはいた。

 とはいえ又聞きの約束というものは、本人の口から直接聞くまで、どう転ぶかわからないものだ。

 だが、今回は運が良かったようだ。


「それでは…………ピリ。お前はどうなんだ?」

「…………わかった。俺達も次回の遠征に参加する」

「うん? こいつも参加するか決まっていなかったのか?」

「ああ。今の面子のままでは拠点を設置するだけでも難しいというのが本当のところだったからな。もし新規に実力のある参加者が加わらなければ、ピリー傭兵団はこのまま抜けて解散するということだった。そうなれば俺は一旦村の復興を諦めざるを得なかっただろう」

「それはまた……。だが報酬も良いんだから、参加したがる傭兵も多いのでは?」

「まともな傭兵であればサヴォイアより東側へ、しかも長期となると、なかなか行きたがらない。キダナケモと遭遇する可能性がゼロではないし、そんなことをしなくても十分稼げるからな。名を売れるような仕事であればまた違うのだろうが……主な仕事が死骸の処理と、腐肉漁りや小鬼の討伐ではな……。実績のあるピリが参加していることがかなり異例なのだ」

「俺はこれまで領主様にいただいた仕事で名を売ることができたからな。一応の義理は果たす」

「そうか……」

「二人とも、どうか力を貸してくれ。よろしく頼む」

「わかった」

「ああ、わかったハジムラド。だが一つだけ……今回の件、俺のジャケットの洗濯代金は報酬に上乗せしておいてくれよ?」


 ボナスはそう言うと、黒猫をシロの膝に預け、少し身を乗り出しながら上着の下襟をつまんで見せる。

 あまり見ない形状だが、なかなか洒落た服だ。

 昔のボナスの格好から考えると、ずいぶん立派になった。

 一端の商会長らしく見えなくもない。

 だが、確かにピリの血でシミができているようだ。

 灰色なので目立たないとはいえ、よく見ればすぐわかる。


「ああ、そうだな。すまなかったボナス。……ピリ」

「わ、わかっている! 俺も喧嘩腰になって悪かった。すまん」

「キレて頭突きした俺も悪かったよ。まぁピリ……これからは仲良くしようじゃないか! ただ、あとで風呂はしっかり入れよ。せっかく腹減っていたのに食欲がすっかり失せたぞ!」

「ぐぎゃうぎゃう!」

「う、うるせぇ……」


 なんとか今後の目途も立った。

 少し安堵したせいか、いよいよ集中力が切れてきた。

 急ぎ話を進めさせてもらおう。


「ちなみに拠点の確保の後にはなるが、別の問題もある――――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る