第97話 問題点の整理

 ハジムラドによると、現状の問題はおおよそ三つに集約されるようだ。


 一つ目は、拠点確保のための人員が足りないこと。

 それについては俺達ボナス商会が加わることで対応するということらしい。

 少々楽観的な気もするが、かく言う俺もクロ達がいれば何とかなるのではとも思っている。


 二つ目は、拠点確保後の輸送手段。

 ラクダとその乗り手を手配したいようだが、危険なサヴォイア東側へラクダを出すことを良しとする輸送業者がいないようだ。いろいろと伝手をあたっているようだが、いまのところすべて断られているらしい。

 確かに村人を除き、今までサヴォイアの東側で出会った人間はメナスのキャラバンか盗賊だけだ。

 まぁ、これはメナスと相談だな……。


 三つ目は、村の再建を先導できる者がいないこと。

 基本的には村を以前の状態へと戻すのが最善であり、下手に村の規模を拡大縮小するのは政治的に良くないようだ。

 それこそ村人に資金提供して、自分たちでやらせれば済む話だと思うのだが、そうもいかないらしい。

 ハジムラド曰く、村人に直接大金を与えると、ほぼ間違いなく混乱が生じるらしい。

 街で無駄なものを買わされたり、場合によっては犯罪に巻き込まれ、無駄に金が消えるばかりか、最悪命を危険にさらすことになる。

 もちろんそうなれば、村人同士の関係だって悪くなる。

 ……つい最近何処かで聞いたような話だな。

 説得力がありすぎる。


「まぁそういうわけで、こちらで村人をある程度先導する必要がある。とはいえ、これについては俺も専門外だ。領主代行様に丸投げするつもりだ。だが……、代行もそういた事柄について知見を持つ方ではないしな…………難しいところだ」

「とりあえず再建する優先順位さえ決めてしまえば、後は資材と人手さえあればなんとかなりそうな気がするけどなぁ……」

「そう簡単にはいかん。元々何処にどういった建物があり、どのような機能があったか。どの建物にどんな家族が住んでいたか。村人に仕事を振るにしても、誰がどういった仕事ができるのか……現状何もわからんのだからな」

「…………いやまぁ…………それならば分からんでもないんだが」

「ん? それはどういう…………」

「一応村全体の地図がある。何処にどのような建物が建っていたか、誰が住んでいたか、村人全員の名前と年齢、性別、職業、家族構成、なんなら性病も把握している。それと輸送についてだが……一応俺の知り合いに頼めるかもしれん」


 ハジムラドが表情の抜け落ちた顔で口をパクパクさせている。

 少し面白い。

 ギゼラはその顔を見て笑っているが、ザムザは妙に得意げな顔をしている。

 クロとシロは飽きてきたのか、コハクと遊んでいる。

 ピリはすっかり自分の役割は終わったものと考えているようだ。

 無駄に難しい顔をしてはいるが、ほぼ話を聞いていないのがよくわかる。

 俺が昔会議中によくやっていた顔だ。

 たまに思い出したかのように自分のからだの匂いを嗅ぎながら首をひねっている。


「これがボナス商会の力だ!」

「なんでお前がそんなに偉そうなんだよ…………そういえば図面はザムザが持っていたっけ?」

「ああ、いつもあれを参考にしているからな」


 そういえば、ザムザは俺達が出かけている間、ずっとアジトの地図を作っているのだった。

 まだまだ未完成ではあるのだが、意外と精度も高く、はじめてにしてはよくできている。

 特徴的な樹木や石、収穫できる果物や野菜の絵など、その大きなからだからは想像もつかないほどの細かい絵と文字でびっしりと描き込んでおり、見ているだけでも楽しい。

 夕食後、うれしそうに進捗を見せに来てくれるのだが、二人で少しずつ完成していく図面を囲んでいる時間は俺としてもかけがえのないものになっている。

 時には他の誰かが加わり、意外と知らなかった新しい情報を指摘してきて、それを描き加えたりしながら休日の予定などを立てて盛り上がることなどもよくある。


「ボナス……お前は一体……」

「いやまぁ、前に村へ行ったとき、手持ち無沙汰だったんでな。ザムザと二人で作っておいたんだ」

「ザムザは……鬼なのだろう?」

「ああ、そうだ。俺はボナスの弟子の鬼だ」

「おい、ザムザ。英雄じゃなかったのか?」

「や、やめてくれ……」


 ザムザはそう言うと顔を覆う。

 もう英雄はやめたらしい。

 シロとギゼラがそんなザムザを見て笑っている。


「ボナス…………、明日領主様の代行をされている方と今後の方針について話し合う予定なのだが、一緒に来てはもらえないだろうか?」

「えぇ……う~ん」

「穏やかな方だ。協力者に対しては誠意を尽くす。少なくともお前の不利になるようなことはなさらないだろう」


 以前、マリーから受けた忠告を思い出す。

 確かに、俺もいい加減しっかりとした後ろ盾を得た方が良いのかもしれない。

 これだけの面子を引き連れて商会を名乗っているのだ。

 俺達のような中途半端に力のある勢力は、下手に恐れられると排除されかねない。

 今日の振る舞いひとつとっても綱渡りだった。

 それに、今ならば恩を売る形で関係を築ける。

 たとえ権力に組み込まれるとしても、まだその方がやりやすい。


「わかった。協力させてもらうよ」

「そうか……助かる。できれば輸送協力してもらえる人間にも同席してもらえると話が早いのだが……」

「それは俺が答えられることではないな。まぁ聞いとくけど、同席できるかはわからん」

「わかった。それでも十分助かる」

「それじゃ…………アジールも白目をむいていることだし、そろそろお開きにするか?」

「おい! アジール!」

「んあ? 起きてるぞ俺は?」

「目を開けたまま寝るとは…………器用な奴だな」


 アジールは起きていたと言い張っているが、ついさっきまで口は半開き、涎は垂れ流し放題で白目をむいていたのだ。

 ピリが思わず顔をしかめる程度には十分やばい姿だった。

 もう全員集中力は限界まできているようだ。

 俺も早めにアジトに帰ってゆっくりしたい。

 殴られたところが、今更痛くなってきた。


「んじゃ、解散するか」

「悪かったなボナス。だが来てくれてほんとうに助かった。感謝する」

「いやまぁそっちもいろいろ大変だったようだしな…………。んで、明日はどうすればいい?」

「昼過ぎに露店へ出向こう」

「わかった。それじゃ明日な! ピリ、まぁ色々あったが…………またよろしく!」

「ふんっ! まったく、とんでもない奴らと絡んじまったもんだ…………。俺もずいぶん長いあいだ傭兵やっているが、おまえらほど化け物じみた連中は初めてだ。……だがまぁ、味方として仕事する分にはこれほど頼もしいことも無い。……よろしく頼む……おいボナス! 自分だけはまともだとでも言いたげな顔をしてるがな、間違いなくお前が一番イカレてるからな!」

「……うそでしょ?」

「んじゃ~な、ボナス。今度の遠征はよろしく。ああ、ねむ……」

「アジール、お前ほとんど寝てたよな……まぁ、また今度遠征時はよろしく」





 酒場を出て、露店へ戻る。

 皆で酒場の飯の文句を言いながら帰っていたのだが、その道中、妙に視線を感じた。

 クロ達は一人でも相当に目立つ。

 特に服を新調してからより視線を集めるようになった。

 そんな連中をぞろぞろと連れて歩いていれば、地味な俺もそれなりに注目もされるということなのだろうか……。

 

 ミシャールの市場へ戻り、露店の客席を見ると、まだメナス達は残っていた。

 露店を預けてから一時間程度は経っているはずだが、メラニーや他の常連達とえらく盛り上がっているようだ。


「あっ! 狂犬ボナスが帰ってきた! ねぇねぇ、傭兵団長半殺しにしたんでしょ!? 目玉をえぐり取って飲み込んだって聞いたよ! 詳しく聞かせてよ!」

「え……なにそれ怖い……」

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