第98話 うわさのボナス

 エッダが妙にウキウキした様子でこちらへと迫ってくる。

 俺はついさっき酒場を出て、とくにどこかへ立ち寄ることもなく、真っすぐに露店へと戻ってきたはずだ。

 だというのに、すでに俺のしでかしたことが噂として広まっており、さらにいま目の前で拡散しようとしている。

 しかもまったく身に覚えのない、妙にグロテスクな尾ひれまで付けて……。


「いや~ボナスもやるね~! でも、クロやシロもいたのによく死人が出なかったもんだねぇ~」

「ボナスさん。実際はどんなことがあったのですか?」

「人に店番任せておいて、いったい何やってんだか。……ちゃんと詳しく聞かせてよ?」


 メナスやメラニーまでもがワクワク顔で、噂の真相を聞こうとぐいぐい迫ってくる。

 俺はサヴォイアの住民たちの噂好きを舐めていたようだ。

 確かに娯楽少ないもんな……。

 それに、あの酒場は今までサヴォイアで見た中では一番大きな店だった。

 傭兵以外の客も相当数いたのだろう。

 それほど長い間では無かったが、客も少しは出入りしていたはずだ。

 だとしても恐るべき情報拡散速度だな……。

 この様子だと、俺はしばらくおもちゃにされそうだ。

 それにしても、ほんとうにクロやザムザが暴れなくてよかった……。


 

「――――というわけで、まぁなんというか事故みたいなもんだよ」

「そんなことがあったのですね」

「なーんだ、思ったより地味だったなぁ……」

「ピリがなぁ……。あいつは見た目によらず、意外とまともな奴なんだがなぁ」

「爺さん知ってるの?」

「ああ、最近のことは知らんが、昔はよくうちの店に保存食なんかを仕入れに来ていたぞ」

「ふ~ん。爺さんも何か商売やってるの?」

「ああ、儂の店は――――」


 特に隠すことでもないので、酒場であった一連の話をなるべく正確に伝えておく。

 常連達は俺の話から、色々と考察したり、知識を共有したりしつつ、新しい噂話をこしらえているのだろう。

 えらく楽しそうだ。


「ボナスさん。明日のことですが、私も参加させていただきますね」

「ああ……、面倒な話に巻き込んでしまったかな?」

「いいえ、少し確かめたいこともありましたので……ちょうど良かったのかもしれません。むしろありがたいお話です」

「それなら良かったよ」


 メナスにも何か考えがあるようだ。

 一緒に来てもらえるなら俺としても心強い。

 

「あー! ボナスさん! ジャケットを汚されて、キレて傭兵団を壊滅させたって本当ですか!?」

「あっ、ロミナ。いや……ちょっと違うんだけど」


 仕立屋の長女、ロミナが早速噂を聞きつけて店に来てくれたようだ。

 駆けつけた勢いのまま素早く俺の後ろへ回り込み、手品師のようにジャケットをするりとはぎ取る。

 俺が簡単な事情を説明するのを聞きながら、早速ジャケットの状況を確認しはじめる。


「何とかシミにならないように洗ってみますね。まったく……仕立てたばかりのジャケットをこんなに汚すなんて……やはり壊滅させた方が良かったのでは?」

「ぎゃうぐぎゃう!」


 ロミナがジャケットのシミを憎々し気に睨みつけている。

 クロもロミナの意見に賛成なようだ。


「でもクロの場合、洒落にならないからやめておこうな……」

「あっ、ぴんくちゃん! こんにちは」


 ジャケットの胸ポケットから出てきたぴんくと小指で握手をしている。

 ロミナはぴんくが居心地よくいられるように、いろいろとポケットに工夫をしてくれた。

 そのことがあってから、街の人間にしては珍しく、ぴんくにも好かれている。

 

「おいボナス! お前臭い傭兵に抱きついて殴られたって本当か!?」

「んなわけあるか! ……いや間違ってもいないような――――」


 噂話を聞きつけた来たのだろう。

 オスカー親方が、ワクワク顔でやってくる。

 もう説明するもの馬鹿らしいので、コーヒーを注文させ、客席に放り込み、常連客達にすべてを任せる。

 正しく伝わるかは別として、これで説明の手間は省ける。

 何故かシロがザムザにアームロックの実演をして、客たちがやたらと盛り上がっている。

 俺よりはるかに上手いな……。

 ザムザが涙目でタップしているが、シロは大して力を入れていないからか、不思議そうに首をかしげている。

 鬼に関節技なんて学ばせて良かったのだろうか……。


「シロ、ミルに今日の話説明しに行きたいからついてきてもらえる?」

「うん」


 ザムザが俺を救世主を見るような目で見てくる。

 明日領主代行と話をする前に、ミルにも意見を聞いておかないとな――――。





「ねぇボナス……。もう村にみんなを戻したらどうかな?」

「うん? まだモンスターが徘徊しているようだぞ?」


 ヴァインツ村の仮設居住地に来ると、村人たちから声をかけられる。

 昼間だというのに、皆なんとなく気だるげで、暇そうにしている。

 する事もなく、村にも帰ることができないのでは仕方ないのだろうが……。

 

「もともとあたしたちは辺境の村に住んでいるんだ。モンスターの討伐をしたことだって何度もある」

「まぁそれもそうか……人手も足りないし、意外と良い案なのかな? 食料が心配だが……まぁ最悪アジトから持ち込めば何とかなるかなぁ……」

「みんな最近変に街に染まってきてさ。もう見ていられなくって……。これ以上こんな環境でだらだら暮らしていたら、誰だってダメになっちまうよ」


 たしかに、皆の顔にはまったく覇気がなくなっている。

 それに、以前と比べると、ずいぶん仮設避難所は閑散としている気がする。

 あのうるさく、良く目立つマイルズの姿もない。

 とくに目的もなく街へ繰り出している人間が多いのかもしれない。

 そういえば最近は街の人間たちもヴァインツ村について語る際、同情以外の良くない感情が混ざり始めている気がする。

 特に問題のある行動を起こしているとも思わないが、それでも村人と街の住人の間に軋轢がうまれるのも時間の問題だろう。

 

「確かになぁ~。いっそ、みんな連れて村に突撃してみるか……?」

「それはいいね! きっとみんなも喜ぶさ。今日の夜にでも確認しとくよ」

「わかった。一応明日はその方向で領主代行と話をしてみるよ。それにしても、ほんとうに疲れたわ……今日ははやめにアジトへ帰るよ。また休みの日にでもうまいもん作ってくれ」

「ああ、まかせときな!」

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