第62話 領主の噂

「ボナス。私とアジールはこれからサヴォイアへ戻るわ」

「俺達はどうするべきだろうか?」

「ここで待っていて。もしかしたらとても面倒なことになるかもしれない。最悪の場合を考えて、あなたの居場所は分からないと、しらを切れる状況にしておきたい。もちろん何も起こらない可能性の方が高いけど」

「村の生存者の状況確認と今後については、俺が見届けといてやるよ。流石にこのまま領主様に報告するだけじゃ寝覚めが悪いし、ボナスやザムザは気になるだろう」

「2人とも助かる」


 マリーはこれからのことを頭に思い描いているのだろう。

 先ほどまでの穏やかな表情が嘘のように険しくなってくる。

 アジールも疲れたような表情だ。

 髭を剃っていないことと相まって、ずいぶんと老けこんで見える。

 ミルも村の話が出たのを聞いて、エリザベスを撫でながらこちらに視線を向ける。


「アジールから昨日の状況について聞いたかぎりでは、村人たちは無事サヴォイアに着いた可能性が高いわね。ボナス、ありがとう。あなたがいなければ村は壊滅していたかもしれない」

「ここにいる奴の誰か一人でも欠けていたら、どの道やばかったさ。俺は単に期待されていなかった分、いい働きをしたように見えるだけじゃないか?」

「俺は初めて戦いで満たされることができた。それは間違いなくボナスのおかげだ」

「ザムザ……お前かわいいこと言うようになったな~」


 ザムザも話に加わってくる。

 むしろ俺としては、今回のことで一番認識を改めたのはザムザなんだが。


「興味ある」

「そういやどんな感じだったの? 話聞かせてよ」


 ザムザが急に鬼女たちに絡まれだして、焦っている。

 本当に姉弟のようだな。

 とりあえずキャッキャし始めた鬼達は放置しつつ、今後の具体的な動きについて確認する。


「俺達はいつサヴォイアに向かうべき?」

「私とアジールで一度領主様に報告して、報酬を持ってここに戻って来るわ」

「俺達は待っているだけでいいのか?」

「ええ。戻ってくるのは、そうねぇ……長くても1週間程度かしら」

「1週間か……。メラニーとオスカー親方に伝言は頼めるかな? サヴォイアに戻るのが少し遅れると」

「わかったわ。報酬は期待していていいわよ」

「それはありがたいな。でも結局のところ、今回のあの黒狼達は何だったんだ?」

「確かなことはこれからの調査によると思うけど、タミル帝国の呪術師が、何かろくでもないことをしたのでしょうね」


 呪術師か。

 魔法使いやら貴族についても、さすがにもう少し知っておきたいな。


「俺はその辺の知識についてはよくわからないんだが、教えてもらえるか?」

「いいわよ。この中では私が一番詳しいでしょうし……。ただし、サヴォイアから帰ってきてからね。今は領主様への報告以外について頭を働かせる余裕は無いわ。そのとき……、あなたの魔法についても教えてもらえるかしら?」

「――――ああ、わかったよ」


 マリーにぴんくの力を説明をしても、今まで通り彼女はこのピンク色のトカゲを可愛いと思えるのだろうか。

 俺は、彼女が腕にぴんくを乗せて、満足げにコーヒーを楽しむ姿が結構好きだ。

 その姿をまた見ることはできるのだろうか。

 

 

「マリー。領主様は今回のことで結局どう動くと思う? 中央で軍人やっていたお前と違って、俺は小心者なんだ。これからサヴォイアがどうなるのか、正直不安でならん。あの黒狼のことについてもそうだ。サヴォイアでそれなりに長く傭兵をやっているが、こんな酷い依頼は初めてだぞ。あんなの傭兵の仕事を超えているだろ。普通は軍で対応するレベルだ」


 アジールは思った以上に深刻な顔をしていた。

 マリーは元軍人か。

 まるで意外性を感じないな。

 確かに昨日の洗練された戦い方は、しっかりとした戦闘訓練によるものだった。

 普段の立ち振る舞いからも、ただの傭兵では無いとは思っていたが、やはり色々と込み入った経歴がありそうだ。


「前も言ったように、今回の事態は、直接的にはタミル帝国の仕業で間違いないでしょう。でも問題の本質は、レナス王国内の政治にある。サヴォイアの領主様を気に入らない貴族が、意図的に黒狼襲撃の情報を隠蔽したのね」


 あれほどの襲撃を隠蔽するのは、国家に対する反逆と見られそうだが……。

 国の内部的な権力争いにしては、あまりにもたちが悪すぎる。


 「領主様は当然報復にでるでしょう。問題は、そこから報復合戦が起きるのか、それとも一度で片が付くのかね。でもまぁたぶん…………一度で片が付くでしょうね」

「それはなぜ?」

「サヴォイアの領主様は今でこそまともな領主として、堅実に振舞ってはいるけど、若い頃は最も攻撃的で、最も狂気に満ちた魔法使いとして中央では有名だったのよ。それに今回は失敗したようだけど、決して政治力も低いわけでは無いわ」


 サヴォイアにいる間、領主については良い評判を聞くことが多かった。

 やっぱり妬みなのかな。

 優秀で善良な領主でありすぎると街を守れないとか、因果なものだな。

 それにしても攻撃的で、狂気に満ちた魔法使いか。

 絶対に関わりたくないな……。


「今回は奇跡的に、考えうる限り最高の面子が集まったから大きな被害は無かったけれど、本来はヴァインツ村どころかサヴォイアにも大きな被害が出ていたはず。そのことを領主様が知れば、報復は間違いなく苛烈を極めるでしょうね」

「結局のところ、サヴォイアの一傭兵の俺や街の人間には大した影響は無いと考えていいのか?」

「そう――――多分ね」

「まぁ俺はそれが分かれば十分だ。さっさと帰って報告終わらせて酒飲んで女抱きたい」

「ああそう。あなたは傭兵のかがみね」


 マリーはそう皮肉ると、最後のチョコレートを口へ放り込む。

 アジールはまだ少し不安そうな顔をしつつも、諦めたようにコーヒーに口をつける。


「ミル、あなたも来る?」

「ああ、――――いや、私は少し……」

「まぁいいわ。どうせ一週間もすればボナスたちもまたサヴォイアに行くのでしょうし」


 ミルが何か思い悩むような顔をしている。

 ケインのことで、顔を合わせづらいのだろうか。


「その時は村に戻るさ。あいつの……、ケインの最後を村のみんなに伝えて、墓を作りたい。でも今は…………残りの人生のこと、色々考えなおしたくなった。もし今、村のみんなの顔を見ると、流されちまいそうなんだ」

「俺達はミルなら全然かまわんから、ゆっくりしていってくれ」

「ありがとうよ」



「ぐぎゃう~」

「メエエエエエエエ~」


 いつのまにかブラッシングも一区切りついたようだ。

 三角岩までエリザベスに送迎頼むか。


「クロ、エリザベスとマリー達を三角岩まで連れてってもらえる?」

「あら、いいの?」

「ぐぎゃうぎゃう!」

「うれしいわ。ありがとう」


 マリーはにっこり笑いクロに抱き着く。


「ぐぎゃう?」

「クロ、……可愛いわ。あなたには本当に助けられたわね」

「クロはやらんからな!」

「ボナス、お前には世話になったな。今度サヴォイア戻ったら、俺のとっておきの店連れてってやるよ!」

「はいはい」


 アジールが爽やかな笑顔で、下品に誘ってくる。

 ギゼラのじっとりとした視線を感じたので、とりあえず気の無い返事をしておく。

 正直めちゃめちゃ楽しみだわ。


「ザムザはどうするよ?」

「うん? とっておきの店か?」

「いやいや、これからの身の振り方だよ。サヴォイアに戻らなくていいのか?」

「いや、俺はボナスについていくぞ……え……だめなのか?」


 ザムザが不安げな顔で迫ってくる。

 でかいので圧が凄い。


「正直ザムザにはこれからも一緒に来てほしいと思っているよ」

「そうか! ああ、良かった……」

「まぁでも色々と、守ってもらう秘密もある。その辺は頼むぞ」

「ああ、わかった!」


 ザムザが図体に似合わない、少しあどけない笑顔を浮かべている。

 メラニーあたりが見たら涎を垂らして喜びそうだ。

 昨日の、それこそ鬼のような形相がまるで嘘のようだ。


「じゃ、そろそろ行くわね」

「ああ、報酬期待している! 後アジトについては内密に、出来れば俺達についても――――」

「あなたの不利になるようには動かないわ。誓いも聞いたでしょう?」


 この場所、アジトだけは秘密にしておきたい。

 だがそれ以外については、俺が下手に考えたところで、良く知りもしない領主に対して上手く振舞うことなどできないだろう。

 ある程度はマリーに任せるほうが結果的に良い気がする。


「まぁ、ある程度任せるよ」


 今回の依頼では、予想外の事態ばかりで、一見マリーは下手を打ったように見える。

 だが、結果的には、あの絶望的な状況に対し、望みうる限り最もいい結果を引き寄せたのではないだろうか。

 所謂こいつは持ってる奴ってことなんだろう。

 ぜひ、おこぼれにあずかりたい所だ。


「それに、死線を括り抜けた仲だ、信用しているさ」

「そう。じゃ行くわ」


 マリーは、徐々にいつものペースを取り戻しつつあるようだ。

 隙の無い佇まいに、華のある佇まい。

 いつものマリーだ。

 

「ああ、気を付けて」

「マリー、戻ってくる時は迎えに行かなくていい?」

「大丈夫よ、シロ。キダナケモの躱し方はある程度習っているわ。それに、最悪逃げに徹すれば何とかなるでしょう」

「そっか」

「それじゃ、またね」

「またね~。クロも気をつけて~」

「ぎゃうー!」



 そう言い残すと、クロとマリー、アジールを乗せたエリザベスは、あっという間に崖を駆け上っていった。


 

 

 マリー達が戻ってくるまで、ゆっくりと体を休めるか。

 そして何より、気持ちを落ち着ける必要がある。

 あまり考えないようにしているが、ふと昨日のことを思い出すたびに動悸がする。

 今でもあの遠吠えが耳の中に残っている。

 あの黒い濁流が、このアジトに流れ込んでくるのではないかと、不安になる。

 何か無心になれる作業を探そう……。

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