第61話 一夜明けて
起きたころには既に日はすっかり日が高くなっていた。
肉の焼けるいい匂いがする。
「腹減った…………」
「おはよ」
「ああ、おはようシロ。起きるまで一緒にいてくれていたのか」
「うん。ごはん食べよ」
シロはペタンと座ってこちらをニコニコ見ている。
調理場から、クロの声とギゼラの馬鹿笑いが聞こえる。
もう俺以外みんな起きていたようだ。
岩壁ベッドからシロと並んで出ていくと、やはりみんな揃っていた。
クロを中心に食事の準備をしているようだ。
寝ている間、皆の服も乾いたようで、着替えもすっかり済ませていた。
「みんな休めた?」
「ええ、ここは過ごしやすいわね」
「なぁボナス。ここでチョコレートとコーヒーを採集していたのか?」
「まぁ今さら隠しても仕方ないから言うけど、その通りだよアジール」
「やっぱりかぁ」
「くれぐれも秘密に」
「わかっている。まぁ、知ったところでこんな場所、中々近寄れんがな」
ミルはクロと肉の焼き加減に全力集中しているようだ。
俺が起きてきたことにすら気が付いていない。
「ボナスー! ここ気に入ったよ~! クロに色々紹介してもらったんだけど、チョコレート以外にも結構食べ物も色々あるんだね~」
「ああ、やっとギゼラとアジトへ来ることができた。本当に良かった」
ギゼラが後ろから抱き着いてくる。
昨日の戦闘でギゼラが危うかった瞬間を思い出す。
こいつを失わずに本当に良かった。
振り向くと、無邪気に目を輝かせているギゼラがいる。
ギゼラは意外と普段、遠慮がちにしか近寄ってこない。
シロやクロに比べるとどこか遠慮している感じがある。
せっかくなので、しっかりと抱きしめ、髪の毛をこねまわしておく。
「え? あれれ? えへへへっ」
「心配したんだぞ~!」
「――うん。でも…………、わたしもだけどね~!」
ギゼラに頭を抱え込まれ、やり返される。
思った以上にギゼラの体が柔らかくて、危ういものを感じる。
慌てて飯に意識を移し、調理場へ近寄っていく。
何故かそのままギゼラもくっついてくる。
「クロ~飯どう?」
「ぐぎゃ~う」
「いいね、これはうまいよ。私にはわかるんだ。間違いない」
ミルが肉を見つめたまま、誰ともなしに言う。
確かに食べなれた焼肉だが、とんでもなくうまそうに見える。
丸一日以上何も腹に入れていないのだ。
もちろん、ここにいるみんな同じように何も食べていないはず。
みんなの肉に向ける視線も中々に熱いものがある。
だが、そのなかでもミルの目は血走っており、何度ものどを鳴らしている。
確かに村では食料に対する不安からずっと粗食だったし、肉なんて一度も出てこなかった。
人のいいミルのことだから、どうせそんな食事についても他人を優先したことだろう。
「ぐぎゃう!」
「よし今だ!」
クロとミルが素早く肉を取り分ける。
ミルはあんなに肉に執着している癖に、他の人に優先的に皿を回し、自分は最後に口をつける。
難儀な性分だな。
「んまーい!」
「おいしいね」
「何だこれ! うめぇ!」
「美味しいわね……ねぇボナス……なにこの肉?」
「ぅんんん~!」
ミルは目をつむり手足をバタバタさせて声にならない声をあげている。
アジールとマリーも驚いた顔をしている。
そういえばこの二人も今までキダナケモの肉を食べたことがなかったのか。
「キダナケモの肉」
「――ぶっ」
「やっぱり……」
「ぐぎゃうー!」
アジールは咽て吹き出しそうになり、クロに怒られている。
マリーは予想していたのだろう。
妙に納得したような顔で、パクパクと食べている。
俺はクロと代わり、せっせと追加の肉を焼く。
クロにもしっかり食べてもらいたい。
ミルは俺の肉焼き技術を信用していないようで、肉の前から動いてくれない。
ぴんくは当たり前のように鉄板の上で肉をかじっている。
熱に強いのは分かってはいるが、焼肉に混ざってウロウロするのは絵的にきついのでやめてほしい。
だがまぁ、ぴんくは毎度のことながら、よく働いてくれたし、もう好きにしてくれればいいか。
「ただし、そのままポケットに入るのは無しな。後、肉汁と油まみれで…………若干うまそうだぞおまえ」
ミルが怪しい目つきでぴんくを見ているのを察したのか、肉を咥えたままそそくさと逃げ出す。
「あっちっち~っと、芋焼けたよ~」
ギゼラが素手で熾火から芋をほじくりだし、皆に配る。
この芋はほのかに甘くて、ホクホクしつつもねっとりした食感がする。
シロの好物だが、ギゼラとザムザもえらく気に入ったようだ。
まだ相当に熱いだろうに、むしゃむしゃ噛り付いてはほっこりと顔を緩めている。
鬼好みの味なのだろうか。
まぁ俺も好きだけど。
一通り皆で遅めの朝食を食べた後、クロにコーヒーを淹れてもらう。
ついでにミルクチョコレートも配り、久しぶりに乳香を焚く。
今日は少々風が強いようで、木々が朝日を散らしながらさざめいている。
マリーはオレンジ色の髪を風に遊ばせながら、ぼんやりと遠くを見ている。
いつもは何処か張り詰めた、独特の迫力を感じさせる彼女だ。
だが、今はそういうものが全て抜け落ちたように、無邪気に目の前の風景に視線を遊ばせている。
武器や防具をすべて外しているせいもあるだろうが、別荘へ遊びに来た淑女のような風体だ。
「気持ちいい…………。素敵な場所ね」
「気に入ってもらえて何よりだ」
「メェエエ~」
おもむろに、エリザベスが木の茂みから現れ、みんなの顔を見渡しながら悠々と歩いてくる。
乳香の匂いをフンフンと嗅いでから、クロと俺の間に静かに寝そべる。
「ぐぎゃう~? ぎゃうぎゃう」
「メェェェエエエ」
エリザベスが甘えた声を出してクロに鼻をこすりつけている。
クロはそそくさとブラシを取り出し、ブラッシングしてやるようだ。
仲良さげに話していたギゼラとミルも、エリザベスに寄ってくる。
「へぇ~! やっぱりこの毛は中々特殊だね」
「こんなに柔らかいのに、ものすごく強いよ」
ふたりは完全に職人目線で盛り上がっている。
エリザベスの毛に夢中なようだ。
「マリー。今日中に出るのだろう?」
「はぁ……。まぁそうしなきゃね」
アジールがやや言いづらそうに、マリーと今後の動き方について確認する。
マリーは諦めたように息をつくと、表情を改める。
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