第88話 久しぶりのサヴォイアで③

「ああっ、クロ~! シロさんもひさしぶり~! 後ボナスも」

「ぎゃうぐぎゃう!」

「メラニー、ひさしぶり」

「ひさしぶりー!だいぶ遅くなってしまって悪かったね」


 市場へ行くと、はじめて会った時と変わらない、少し眠そうな顔で、爪を磨いているメラニーを見つけた。

 近づいてくる俺達に気が付くと、慌てて立ち上がり、笑顔で手を振ってくれた。

 俺は完全にオマケ扱いだが……。


「マリーさんから聞いてるよ。傭兵仕事、とんでもなく大変だったんでしょ?」

「ああ。ほんとうに……とんでもない初仕事だったよ」

「いろんな人が、ボナス達を待っていたんだよ。最近はやっと落ち着いたけど、ボナス達はまだかって、やたらめったら聞かれて大変だったよ~」

「それは悪かったよ。しかし、そんなに心待ちにされていたとは……」

「まぁボナスを待ってたっていうか、コーヒーとチョコレートと……あとはクロだね」


 ……まぁ、そんなことだろうと思ったが、やはりカフェインやチョコレートの魅力はすさまじいのだろうな。

 だが、クロもそれに並ぶほどの人気があったとは知らなかった。


「ぐぎゃう~?」

「ああ~っ! クロに会いたかったよ~!」


 メラニーは、まるで不足していた栄養素でも取り込むかのようにクロを抱きしめている。

 その様子が目を引いたのか、見覚えのある人々が集まってくる。


「あ~! クロちゃん!」

「あれ? おまえらいつの間に戻ったんだ? 今日は露店するの? 早くクロのコーヒー飲みたいんだけど?」

「おーい、クロ! 元気だったか!」

「ぐぎゃーぅ!」

「あいかわらずクロはかわいいなぁ~。早く露店再開してくれよ~」

「シロさん……かっこいい……」

「あ、ボナスもいたんだ」


 あっという間にクロは、ミシャール市場の常連達にすっかり取り囲まれてしまった。

 それほど長い期間商売していたわけでも無いのに、いったいいつのまにクロはこれほどアイドル化していたのだろうか。

 そういえば以前露店を出した際、後半はクロがほぼ一人で切り盛りしていたからなぁ……。

 もはやクロが小鬼であることなど誰も問題にしていないようだ。

 確かに、クロは明るく陽気で、見ているだけで楽しい気持ちになる。

 それに何よりあの美しく透き通った瞳だ。

 あの黄色にも緑色にも見える猫のような不思議な瞳には、モンスター特有の得体の知れなさと、動物的な美しさが同居した、何とも言えない魅力がある。

 たとえ言葉が喋れなくとも、市場の人々に好かれるのも当然だろう。

 後、こっそりとシロのファンも混ざっているな……。


「メラニー、相談なんだけど――――」


 クロとシロに市場の人々の相手を任せ、メラニーに簡単な現状を説明する。

 ここにいないギゼラやザムザのことや、しばらくサヴォイアまで毎日通勤するつもりであること、ヴァインツ村の復興に手を貸すつもりであること、ハジムラドが帰ってきておらず見通しが立てられていないこと等について、アジトの存在についてはぼかしつつも、ある程度詳細に話す。


「なるほどねぇ……難しい状況だね。でもまぁ露店は再開してもいいんじゃないの?」

「う~ん……そうだなぁ。まぁ都合が悪くなれば、辞めればいいだけか」

「前にした提案なんだけど、一応椅子とテーブル、日除けなんかはもう用意してるんだ。それと、少し提案なんだけど……そろそろ値上げした方が良いんじゃないかな?」

「家具はもう用意してくれていたんだ……。それは待たせてしまって、余計悪かったなぁ……。それで、どうしてまた値上げを?」

「ボナス達がいない間にいろいろ考えたんだけど……、多分これからコーヒーもチョコレートもどんどん売れると思うんだ。それこそ、今までの何倍も。でもボナス達は実際それに合わせて供給量を何倍にも増やすことはできないんじゃない?」

「確かにそうだなぁ……なるほど。でもだからと言って、唐突に値段を上げて大丈夫かな?」

「だから、家具を置いた段階で、席代込みってことで一気に値段を上げればいいんじゃないかな?」


 確かに、それはなかなかいい考えなのかもしれない。

 実際コーヒーもチョコレートもあまりに売れすぎると、すぐに在庫が無くなってしまうだろう。

 アジトの植物はかなり高効率で収穫できるとは言え、プランテーションを持っているわけでは無いのだ。

 そもそも収穫の手間や製造の手間も大変だ。

 今以上に提供するのも不可能ではないが、多かれ少なかれ新たな人手や資源が必要となるだろう。

 そこまでして商品を売りたいわけでは無い。

 そう考えると、ある程度客が離れることは覚悟して、今のうちに値上げしておいた方が良いのかもしれないな。

 それにミシャール市場に来る人たちは、サヴォイアの中でも裕福な人々が多い。

 値段を上げたからと言って、全く客が来なくなることも無いだろう。


「じゃあそうしようかなぁ。いくらにするか、また相談に乗ってよ」

「もちろんいいよ。それと、私にもコーヒーの淹れ方教えてくれない?」

「おお? 別にいいけども……」

「ボナス達がいない間にも、露店を出せる環境にしておいた方が良いと思うんだよね~。その方が私としてもやりやすいし」

「ああ、構わない……というかむしろ助かるわ。値上げする分、メラニーの人件費にも回せるし」

「まぁ私の分の人件費はどうでもいいんだけど……、いずれは誰かサヴォイアに住んでいる人も雇った方が良いかもね~」


 確かに信用のできる従業員を雇うのもありかもしれないが……、まるで当てがない。

 アジトのことは隠しておきたいし、そこまで信用できる人間となると、さらに難しい問題だ。


「まぁ、その辺は焦らず考えてみるよ」

「うん。それじゃ、明日は家具を用意しておくね!」


 メラニーはもう明日のことを考えているのか、嬉しそうだが落ち着かない様子だ。

 忘れていたが、メラニーは以前会った時から一緒に露店を構えるのをとても楽しみにしてくれていたのだ。


「ほんと助かるよ。そういえば、俺の方からもお願いがあったんだ」

「うん?」

「実は今、俺達ボナス商会っていうことで活動しているんだ」

「へ~! 確かにその方が分かりやすくていいね。……もしかしてまた人増えた?」

「ああ、一人だけどね。それで、メラニーに同じデザインモチーフで、アクセサリーを作ってもらおうかなって思ってたんだ」

「いいねー! それいい! いやぁ~一気に色々楽しみになってきたなぁ。どんなデザインモチーフなの?」

「ぴんくー」


 ポケットから出てきたぴんくをメラニーに向けると、久しぶり~みたいな感じで片手を上げる。

 メラニーは人差し指でその手をちょんと突っつく。


「久しぶり、ぴんく~! なるほどね! 何人分になるのかな?」

「とりあえずは俺含めて6人分かな。ギゼラに資料を渡しているから、デザインの相談しておいて」

「そっか、ギゼラさんは街にいるんだね! 一緒に晩御飯食べたりもできるかなぁ~」

「ギゼラも寂しがり屋だから、きっと喜ぶと思うよ。ただあいつが住んでいる場所、治安が悪いから、明日の朝一緒に市場まで来るようにするよ」

「わかったよ。これは忙しくなりそうだなぁ~」

「ああーっ! ボナスいた~!」


 聞きなれた声に振り向くと、エッダが小走りでこちらへと向かってくる。

 後ろには、手を振るメナスとガザットの姿も見える。

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