第47話 遠征前日

 遠征が決まった翌日。

 午前中はいつも通り露店を開き、午後から遠征の準備をすることにする。

 ちなみに昨日の飲み会は後半、記憶が全く無い。

 気が付いた時にはギゼラの家にいて、みんなでぐちゃっと雑魚寝していた。


 

 さて遠征に必要なものは何だろう。

 そもそもアジトから遠征しているので、特別用意するものもないんだよな。

 武器の手入れくらいだろうか……。


 ちなみにギゼラに作ってもらった杖はかなり気に入っている。

 まずはこの杖、結構洒落ているのだ。

 鈍く光る金属部分と、握りやすい小ぶりな持ち手が、軽やかな印象を生み出している。

 また、同時によく手に馴染み、洗練された道具としての安心感のようなものも感じさせる。

 手に持っていると意外なほど気分が良い。

 昔の英国紳士の気持ちがちょっとわかる。

 しかも重心もちょうどよく、軽く振り回せる。

 間違いなく強度も十分だろう。

 武器としても、俺の体力や気質によくあっていると思う。


「ギゼラは鍛冶師として、本当に超一流なんじゃないだろうか。控え目に言ってもこの杖最高すぎるんだけど」

「もー大げさだなぁ~。やめてよ~はずかしいわ~」

「センスも凄くいいと思う。ギゼラおしゃれだわ」

「もうっ! わかったよー! ひえええ~」


 ギゼラは意外と褒められ慣れていないのか、すぐに顔を赤くし、変な声を上げながら逃げていく。

 実際周りの人からの評判も良い。

 マリーにアジールなど、知り合いの傭兵も皆が感心していた。

 みんな俺がこん棒持っているの、内心ダサいと思っていたんだろうなぁ……。


 クロの大型ナイフもいつの間にかギゼラにアップデートされていたようだ。

 刃はより禍々しく光り輝いており、グリップも綺麗になっている。

 ギゼラはこういうちょっとした装飾のセンスが本当にいい。

 さらにはシンプルな小手も用意してくれていた。

 こいつは段々アサシンぽくなっていくな。


 シロは相変わらず金棒と剣鉈のみの蛮族スタイルだ。

 下手な防具より生身の方が丈夫なのだろう。

 シロはいつもニコニコしているし、身だしなみも洗練されているので、とても穏やかな印象を受ける。

 だが、いざ金棒を構えると、まさに鬼と言う感じで、人とは隔絶した迫力を感じる。


 ギゼラは小ぶりのメイスの他手斧を携帯している。

 メイスには蝶の羽のような美しいフランジが6枚付いており、殴られたら痛そうだ。

 手斧は投げても使えるようだ。

 ギゼラは斧投げが得意なようで、試しに見せてもらったが、一撃で的の薪を粉砕していた。

 並みのモンスターであれば即死だろう。

 シロに比べればかなり小柄だが、やっぱりこいつも鬼だね。



 結局、持ち物の簡単な手入れくらいしかすることが無さそうだ。

 これなら一日露店しても本当は問題ないだろうな。

 後は直前に荷物の整理くらいかな。

 それもすぐ終わりそうだが。

 荷物もシロとギゼラが手分けして、ほぼすべて運んでくれることになっている。

 恐ろしく楽だ…………。


「ぐぎゃあ!ぎゃあ!」

「はいはい、そろそろ市場に行こうか」

「うん」

「わかったー。今日の夜はメラニーの家に行く日だね」

「そうだった。危ない、お土産に肉持って行くのを忘れるところだった。ギゼラありがとう」

「この肉美味しいから、メラニー喜ぶと思うよ~」





 市場に着くと当たり前のように親方が待っていた。


「クロおはよう! コーヒーくれ!」

「ぐぎゃうー」


 もはや親方は、この店をクロの店だと思っていそうだ。

 確かに俺もたまにそう思いそうになる。


「もうクロがいりゃ、ボナスいなくても商売成り立つな! はっはっはっ」

「そうだろうよ! クロ、親方のコーヒーを苦くしてやって!」

「ぎゃうー? ぎゃうぎゃう~」


 クロが背伸びをして俺を見上げ、仕方ないなぁ見たいな顔で、頭を撫でてくる。


「くっ…………癒されてしまう」

「ボナス…………。クロ、シロさんギゼラさんおはよう」


 いつのまにかあらわれたメラニーも、横で露店の準備を始める。


「遅かったな」

「ザムザ……。お前今日もずっといるのかよ」

「うむ」

「ああそう……。そういや、メラニー今日はよろしくね。この肉はお土産、どうぞ」

「ああ、楽しみにしてたんだ。今日は午前中で一度家に帰って夕方迎えに来るよ。後肉ありがと。遠慮なく使わせてもらうー」

「私まで押しかけちゃってごめんね~」

「いや~増えるのがギゼラさんなら、嬉しいに決まってるよ」

「えへへ~」


 メラニーはシロとギゼラにだけは対応が違うな。

 でもクロとも妙に仲いいんだよな。

 俺の扱いだけはどんどん雑になっていく。


「おはようボナス。明日くれぐれもよろしく!」

「おはよう」

「おはよう! アジールにマリー。昨日は楽しかったよ。最後のほう、記憶無いけど」

「あら、良かったわね」


 ちょっと待ってくれ何があったんだよ。

 アジールもなぜそんなに暖かい目で見てくるんだ。

 怖すぎて聞けない。


「ぐぎゃう!」

「おはようマリー、アジール」

「おはよ~」

「おはよう。今日も3人とも可愛いわ」

「おはよう」


 アジールは相変わらずサルのようにギゼラの胸を目で追いかけている。

 気持ちは分かるがもう少し隠せよ。

 こっちが恥ずかしくなるんだよ。


「お前は女の乳房を見すぎだぞ? 子供か?」

「ザムザ…………お前なぁ――――」


 何かアジールとザムザの間で果てしなくしょうもない話し合いが始まろうとしている。

 ギゼラとマリーは2人をゴミを見る目で見ている。

 いたたまれない気持ちが沸き上がると同時に、自分もよくチラ見していることの罪悪感を忘れるため、我関せず純粋にコーヒーを楽しむ親方に話しかける。


「そういえば親方、箱の製作は順調?」

「ああ、いい感じのものができたぞ!」


 そう言うとコーヒーの最後の一口をくいっと飲み干し、ゆっくりとカップを置く。

 にやりと笑い、持っていた道具袋から光沢が美しい木製の綺麗な小箱を取り出す。


「これがサンプルだ」

「おおおおおお、これは綺麗だな! いいわ~これいいわ~。見た目に反していつもめちゃめちゃ綺麗なもの作ってくるな」

「あら、何その箱?」

「うん? こいつはチョコレートを入れる箱らしいぞ! 俺が作った!」

「素敵ね」

「だろ! ありがとな!」


 親方がマリーに自分が作った箱の自慢をしだした。

 いつも男には塩対応なマリーが、珍しくふんふんと話を聞いている。


「これな~思ったより大変だったわ。最初箱屋に頼んだんだが、出来がいまいちでな~。結局全部自分で作った!」

「まじか。しかしほんといい仕事するなぁ」

「あなた確かに腕いいわね」

「このコーヒーカップも俺が作ったんだ! 飲みやすいだろ?」

「あら、そうだったのね。私にもいくつか売ってくれないかしら?」


 マリーも気に入っていたようだ。

 確かにこのコップ、他の客たちにも評判も良い。


「親方俺も追加で頼みたかったんだ。前と同じ分だけ作ってくれないか? そのうちいくつかをマリーに譲るよ」

「わかった!」

「あら、ボナスいいの?」

「マリーには儲けさせてもらっているからね。どうせまたチョコ買ってくれるだろうし、直ぐに回収できるわ」

「であれば遠慮なく貰うわね」

「じゃあ親方、今度箱を回収しに行ったとき、金も払うから30セットほど制作よろしく」

「おう! 最近仕事が少ないからすぐできるわ」


 開店からどんどん客が来るな。

 そしてマリーと親方は意外に気があうのか、楽しそうに喋っている。

 意外と職人にも敬意を払えるタイプなんだな。

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