第46話 カリスマ美容師

 話がひと段落したところで、続々と料理がテーブルに並びだした。

 既にアジールは酒と精神的な疲労でぐにゃぐにゃになっている。

 鬼たちは快調に火酒を飲み続けている。


「ねぇシロ。髪どこで切ったの? とても素敵」

「クロがいつもきれいにしてくれる」

「あなたそんなことできるの?」

「ぎゃう?」

「こいつやたら器用なんだよ。俺の髭もこいつに剃ってもらってる」

「ええー…………そのまま首切られるかも、とか思わないの?」

「まぁべつにクロに首切られるならそれも仕方ないかな。こいつがいなければ、俺は何度か死んでいると思う」

「ぐぎゃあぎゃう!」


 クロがマリーに何か文句を言っている。

 マリーはそんなクロをじっと見ている。


「ねぇ。私の髪も切ってくれない?」

「ぐぎゃう?」

「さっきの心配は何だったんだよ!」

「面白そうだもの」


 こうやってアジールは振り回されたのか。

 可愛そうに…………。

 あ、なんかクロがその気になっている。


「ぎゃうぎゃう!」

「ここで切るの? どうぞ」


 いや普通に酒場に迷惑かかるだろ。

 女店主がテーブルクロスのようなものを持ってきてマリーに巻き付ける。

 こいつらマリーのわがまま慣れしているな。

 クロはいつも持ち歩いているポーチからブラシとオイルを取り出す。

 そこまでするのかよ。

 まずは軽くブラッシングしたうえで、ナイフを取り出し、マリーの髪をカットしだす。

 全員クロのナイフさばきを凝視する。

 相変わらず手の動きが速すぎて、何が行われているのか理解不能だ。


「ぎゃ~うぐぎゃあ~うぎゃうぎゃう」

「おいボナス…………。なんだあの狂ったナイフ使いは」


 クロが謎の歌を歌いながら、猛烈な速さでマリー髪を切っていく。


「アジールもあれくらいできるんじゃないのか?」

「いや俺はナイフ苦手だし…………。なぁ、あの小鬼俺より強いんじゃないか? お前の仲間色々おかしくない?」

「あれが小鬼か…………」

「クロはっやい~。なにそれー手が見えない~。あっはっはっはっはっはっ」


 ザムザは顔を引きつらせ、ギゼラは相変わらず馬鹿笑いしている。

 マリーでさえも若干緊張した顔をしている。


「ぐぎゃあー!」

「あら? もうできたの?」

「おおークロ凄い~! 完璧じゃない! 私も今度やってもらおうかな~」

「ぎゃうぎゃう」


 そうギゼラが言うと、クロがちょっと待っていろと手で合図する。

 今度は仕上げかな?

 今度は丁寧にブラッシングしだした。

 ヘアオイルの使い方といい、何かと動きにプロっぽさを感じさせる。


「ああ、いいわね。…………いつも頼んでいるところより上手いって」


 マリーが髪の仕上がりを確認しながら珍しく驚いている。


「私でも真似できない領域のナイフ使いね…………。ボナス、この子ちょうだいよ」

「いやだ! アジールで我慢してくれ」

「こんなのいらないわよ」

「あ~もう一杯! 頼む! 酒を早く!」

「クロ凄いわね。可愛いし優秀だし。どこで拾ってきたの?」

「昔は普通の…………いやちょっと変わった小鬼だったんだが、なんか何時の間にかこんな風に成長したんだよ」

「私も育ててみようかしら…………」

「うわああああ! クロはっやああああい!」


 何時の間にかクロはギゼラの髪を切り始めている。

 マリーの髪は店員により綺麗に片付けられている。

 ご迷惑おかけします…………。


「シロ~ボナス~どう? いい感じ?」

「うん。ギゼラはかわいいね」

「銀髪美人お姉さんって感じ。色気がやばい」

「あら、綺麗ね。鬼族の女性はやっぱりいいわ」

「おぉ……」

「ちょっと~!う~恥ずかしいわ~!」


 自分で聞いておきながら褒められるて、くねくね恥ずかしがっている。

 ザムザは口を半開きにしてギゼラに見とれている。

 マリーは綺麗なものと可愛いものに囲まれ、すっかり上機嫌だ。

 特にクロを気に入ったようだ。

 さっきからやたら絡みついたり、頭を撫でたりしている。

 大分酔っているようだ…………クロはやらんぞ。


「ところでアジール、さっきの依頼のことなんだけど、今のところ予定はどんな感じ?」

「んあ~? そうだなぁ……。鬼が2人も参加してくれるようだし、これ以上無理して人を集める必要も無くなった。明日…………は流石に無理があるので、明後日以降なるべく早いタイミングで出たいところだな」

「どれくらいの期間を見込めばいい?」

「長くても1週間程度じゃないか」

「ふ~ん」


 アジトに戻っている暇はなさそうだな。

 最長1週間か。

 まだコーヒーやチョコレートの在庫は半分以上残っているし、思いがけずアジトに帰るまで時間がかかりそうだ。

 エリザベス大丈夫かなぁ。

 ああ、あの手触りが懐かしい。

 顔をうずめたい。

 一気に人付き合いが増えて、少々疲れているのかもしれない。


「俺も行くぞ」

「ザムザ、別についてくるのは構わないがちゃんと指示は聞くんだぞ」

「わかっている」


 なんだか妙に素直だな。

 最初に会った時とだいぶ印象が違う。

 鬼族の男はもっと粗野で、暴力的なんじゃないのか?

 シロに殴られすぎて頭がおかしくなったのだろうか。


「ボナスも危ないことしちゃだめだよ」

「わかっているよ」


 あっ、やべシロに捕まった。

 息がめちゃくちゃ酒臭い。

 アジールが抱き枕扱いされる俺の姿をニヤニヤ見ている。

 ザムザは怯えた目でこちらを見ている。


「あぁ…………久しぶりにエリザベスに会いたいな~」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る