第82話 キャラバンとの夕食会

 村の復興について相談したところ、メナス達は先ほどまでよりは大分とリラックスした表情で話を聞いてくれた。

 既に俺がこういう話をするのを予想していたのかもしれない。

 ただ、隣のカノーザ領からの物資が滞っている話をした時だけ、一瞬何かを考える様子だった。


「お話はよくわかりました。可能な限り協力させていただきます。ただ私達も今は中々状況が読めませんので、どこまでご期待に沿えるかはわかりませんが……」

「それは助かるよ。もちろん無理のない範囲でいいんだ。むしろ少しでもメナス達に危険が及びそうなら、すぐさま手を引いてほしい」

「ええ、もちろんです」

「シュトルム商会に目を付けられないように、少し動き方に気を付けなくてはならないな……」


 メナスは快く引き受けてくれたが、ガザットは少し心配そうだ。

 俺も説明するうちに、何か無茶なことを頼んでいるような気がしてきて、申し訳ない気持ちになってくる。


「ボナスさん。私達にもしっかりと利益のあるお話ですから、気に病む必要はありませんよ。その代わりというわけでは無いのですが、私からもひとつお願いがあります」

「う、うん?」


 メナスはそう言うと一度立ち上がり、俺のすぐ横に座りなおす。

 妙に近い……。

 少し甘いバラのような香りがする。

 俺が微妙な距離感にどぎまぎしていると、何とか聞き取れるような小さな声で、頭を寄せるようにして話し始める。


「もしかすると……今後私たちのキャラバンは窮地に追い込まれるかもしれません」

「えぇ?」

「その時はどうか、ボナスさん。私たちを……私の娘達を、助けてください。特にエッダは……一人では賢く生き残ることができないでしょうから……。どうかお願いします」


 そう言うと、メナスはその不思議な紫色の瞳で、俺をじっと見つめてくる。

 年を重ねた女性特有の色気に、若干やられそうになりながらも、メナスの言おうとしていることについて冷静に考える。

 

 当たり前だが、彼女は今更俺に色仕掛けをしているわけではない。

 キャラバンの仲間に、あまり聞かせたくない内容なのか、それとも俺が秘密にしていることに配慮したのだろう。

 おそらくメナスは、アジトの存在を前提とした話をしている。

 彼女との付き合いはこの世界では最も長い。

 そして、彼女は賢く、俺は抜けている……。

 ほぼ間違いなく、アジトの存在には感づいていると考えていいだろう。

 そして、いざという時は彼女たちをアジトにかくまってくれと……そういうことなのだろうな。

 

 彼女のキャラバンがやっている商売は、俺が考えていた以上に際どく脆いものなのかもしれない。

 もしかするとメナスには、キャラバンがダメになる未来が既に見えているのかもしれない。

 彼女自身はその未来を受け入れているようだが、娘達だけでも何とかしてやりたいと考えているのだろう。

 いずれにしろ、俺の答えは決まっている。


「メナス。いまさら改まってそんなことを頼まなくても、何かあればいつでも助けるよ。前も言ったと思うけど、俺は最初に出会ったのがメナス達で本当に良かったと思っているんだよ。じゃなければ俺はとっくに死んでいただろうしね……。この感謝の気持ちは、何があっても忘れることは無いと思うよ」


 メナスは俺をややぼんやりとした表情で見つめたまま、何か言おうと少し口を開きかけたようだが、上手く言葉が続かないようだ。

 ふと膝に上品に添えられた手を見ると、少し震えている。

 はっとして、改めてメナスの顔に視線を戻すと、一瞬頼りなさげな少女のように見えた。

 そうしてみると、エッダと驚くほどよく似た感じがする。


「メナス?」

「あ……。ボナスさん、本当にありがとうございます」


 そう言って俺に会釈を返すころには、いつも通りのメナスに戻っていた。

 上品で穏やかでありつつも、どこか余裕を感じさせる、キャラバンのリーダーの顔だ。

 ただ……、実際の彼女は、思ったよりも不安で孤独なのかもしれない。


「ぐぎゃうぎゃう~!」

「さぁできたよー!」

「あら、お料理が出来たようですね。私達も向かいましょう」

「おおっ、たまらない香りだ!」


 考えを巡らせている間に料理が出来上がったようだ。

 いつの間にか、あたりはだいぶ暗くなってきていた。

 匂いにつられて、既に何人かは火を囲み、料理に熱い視線を向けているようだ。

 クロとミルが切り分けた大量の肉を取り分けている。


「さぁボナスさんも行きましょう」

「ああ……、今日は一段といい匂いがするなぁ」



 

 クロから大きめの木皿を受け取る。

 暴力的に食欲を刺激する香りとともに、はじけるような肉汁を滴らせた肉塊がゴロゴロと乗っている。

 他に何かしら作業をしていた皆も、吸い寄せられるように集まってくる。


「さぁ食おう! 肉の時間じゃ!」

「うんまそう~!」

「うっわ~うまそ~! この肉も久しぶりだな~」

「みんなじゃんじゃん食ってくれ!」

「まだまだお替りもあるからね!」

「いやっほ~ぅ!」


 一気にお祭りのような空気になってくる。

 夕空の中、皆焚火に顔を照らされながら、満足そうな顔で肉を頬張っている。

 ジェダがいつの間にか横に来て、ナイフに突き刺した芋を目の前に突き出してくる。


「中々この芋もうまい……まったく、こんなものまで隠し持っておったんじゃな!」

「芋類は結構色々と手にはいるよ。まぁそのうちまた分けてあげるよ。種類や分量についてはミルと相談しておいて」

「ああ、あのドワーフの嬢ちゃんか……。わかった!」


 ジェダはそう言うと、さっそくミルと交渉しに行ったようだ。

 先程までは深刻な顔をしていたメナスやガザットもエッダの横で、しっかりと食事を楽しんでいる。

 そんなメナスの様子を見ていると、先ほどの様子が嘘のようだ。

 

 俺はあの時の、少し視点が定まらないような彼女の表情から、彼女の持つ不安や孤独、キャラバン隊を率いる重圧のようなものを感じ取ったつもりでいた。

 だが、もしかするとそうではないのかもしれないな……。

 俺も少しづつ仲間が増えてきて、どこかメナス達のキャラバンと似たようなところもある。

 彼女はそんな俺の未来に、自分が経験してきた、不安や孤独、重圧を生み出した何かを見て、憐れんでしまいそうになり、あのような反応をしたのではないだろうか。

 もちろん本当の所は分からないが、ふとそんな考えが頭をよぎる。

 少し怖いような気もする、けれども……。


「ボナス、も~、メナスを見てニコニコしちゃダメ」

「シロ? いや、大丈夫だよ。確かにメナスは色っぽいけど……まぁシロほどじゃない」


 後ろからシロに頭を抱き寄せられる。

 俺は、笑っていたのか……。

 まぁメナスの気持ちもわかるが、今更だな。

 確かに俺ももう少し若ければ、精神的にも追い詰められ、色々なものを恨むことになったのかもしれない。

 だが、正直この世界に来る前のほうが、はるかに質の悪い不安や孤独に締め付けられて生きてきたような気がするし、何より俺ももう結構いい年なのだ。


「それに、俺にはクロやシロがいる。エリザベスにギゼラ、ザムザにミル、それと……コハクもな」

「んな~ぅ」

「んぎゃ~ぅ」


 いつの間にかクロがコハクを抱えて横に座ってきていた。

 俺は残念ながらメナスほど賢くは振舞えないし、仲間からそれほど頼られているわけでも無い。

 むしろどちらかというと、俺の方が頼りっぱなしな気がする。

 そう思うと、結局俺も仲間達に対して、ミルと同じようなことを感じているのかもしれない。

 こいつらと一緒にいれば、お互い馬鹿でいられる。

 年を取るほどに、賢く振舞う方が楽になり、馬鹿なままでいることがとても難しくなる。

 そういう意味では、俺はメナスよりもはるかに恵まれているのだ。


「ぎゃうぐぎゃう!」

「おっ、爪切ったのか!」


 クロがコハクの手をにぎにぎして爪を見せてくる。

 そのままコハクを受け取り、抱きかかえる。

 何故か少しだけ伸びてきた顎髭に顔をこすりつけてくる。

 エリザベスの乳の匂いがするな。

 昨日産まれたばかりとは思えないな。

 中々ずっしりとしているが、少々寒くなってきた今の時間帯は、暖かくて抱き心地が良い。


「ねぇ……、私にも抱かせてもらえないかい?」

「ああ、ミル。ジェダとの交渉は終わったのかい?」

「中々珍しい香辛料を手に入れたよ!」

「それは良かった。はいどうぞ」

「ぅな~」


 キャラバンの面子の一人が、ギターのようなもので、妙にエキゾチックな音楽を演奏し始める。

 何故かジェダが得意顔で踊りはじめる。

 妙に動きが滑らかで、堂に入った感じがする。


「ボナス。あまり量は無いけど、よかったらどうぞ」

「うん? ガザット、これって……酒か~。貰っていいの?」

「ああ、今日は色々貰ってばかりだからね」


 ガザットはあまり量が無いと言ったが、一升くらいはありそうだ。

 まぁ、鬼達には少ないか……。


「へ~あんまり飲んだことの無い味だね」

「結構強いな……うまい」


 先程までキャラバンの面子と話していたギゼラとザムザが、いつの間にか貰ったばかりの酒を回し飲んでいた。

 こいつらやっぱ酒好きなんだな……。

 サトウキビでラム酒でも作ってやった方が良いのかな。


「ボナスも、……飲もう?」

「あっ、ちょっとシロ、まてまて――――」

「あっはっはっはっは! ねぇみてみて、クロが凄い動きしてるよ」


 俺がシロに絡みつかれている間に、クロが踊りに参加しだしたようだ。

 ジェダの踊りにアレンジを加えており、キャラバンの連中が盛り上がっている。

 若干悔しそうな表情でジェダが新しい動きを追加して対抗しようとしている。

 さすがに体がついて行ってないようだが……。


「ねぇ……、ボナスってば」

「んむんんん…………ちょっと踊ってくるぜ!」


 シロが口移しで酒を流し込んで来ようとする。

 このままではメナス達の前であられもない姿を晒してしまいそうなので、俺もジェダの謎の踊りに飛び入り参加する。


「ぎゃう? ぐぎゃうぎゃう~!」

「あっはっはっはっ、ボナス面白すぎるんだけど~。あっはっはっは!」

「ちょ、なにそれ? ぶっっはっはっは!」

「あははははっ、ボ、ボナスさん何してるんですか? あははははっ」


 かなり適当に踊っているが、クロはどんな動きにも楽しそうに合わせてきてくれる。

 確かにクロは尋常じゃないキレのある動きするな……。

 ギゼラが爆笑している横で、エッダにメナスまで爆笑している。

 普段は上品に笑っているメナスだが、珍しく大きな口を開けて笑っている。

 そうしていると、エッダにそっくりだな……。

 エッダは涙を浮かべ過呼吸になりかけている。

 まだお前達には俺のダンスは早かったようだな……。

 エッダには引き続き、頭のおかしい奴扱いされ続けるかもしれない。

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