第160話 サイードの保険

「おーいナナシ、サイードさんがお前のこと呼んでるぞ。中庭で待ってるってよ」

「うん? 最近呼び出し多いなぁ……まぁ、わかったよ」


 昼休み、ビビとガストの三人、火鉢でタコを炙っていると、知り合いの洞穴族が俺を呼びに来た。

 どうやらサイードからの呼び出しのようだ。


「またなの~? ちょっとサイードは人使い荒すぎだよね。ナナシは僕と一緒に働いてるのに……困るよ」

「おう、俺が文句言ってやろうか?」

「そうだね。もういい加減腹が立ってきたから、僕も直接文句言いたい」

「あ、ああ……しかし、二人とも外は大丈夫なのか?」

「ローブ着ればいいでしょ」

「ちょっと俺も工場から取ってくるわ。どこ置いたっけなぁ……」


 そう言うと、ビビとガストは自室へと走って行き、俺はひとり取り残される。

 仕方が無いのでコハクと一緒に残りのタコをパクついて待つ。

 なんだか最近タコばかり食ってるなぁ……美味いんだが、痛風になりそう。

 海に行けば大体二、三匹は採れるのだ。

 最近ではビビとガストのポケットにも、だいたいタコの干物が入っていて、よく仕事の合間に齧っていたりする。

 しばらくすると、全身をぶかぶかのローブに包まれた二人が戻ってきたので、サイードの元へと三人で向かう。

 目の前をふざけながら歩くビビとガストは、子供が雨がっぱを羽織って遊んでいるようにしか見えない。


「あれ……?」

「なんか変な雰囲気だね」

「やべぇな……全員こっち見てるぞ? 俺、工場戻ろうかな……」


 三人で中庭に出ると、どうもいつもと様子が違う。

 人であふれかえっている。

 見たことのない顔も多い。

 全体的にガラが悪いな。

 東区中のチンピラを集めたような雰囲気だ。

 そんな連中の視線が全て俺たちに集まっている。

 なにごとだよ……。


「よしよし、よ~し! 俺の保険が来たぞ! さぁ、助けてくれ、ナナシ!」

「保険? うん? あぁ……前にそんなこと言ってたな。しかし、何が起こってるんだ? ついにサイード、お前もカミラに切り捨てられるのか?」


 中庭中央に陣取っていたサイードは、腰掛けていたベンチを弾き飛ばすような勢いで立ち上がる。

 なんとなく、初めてこの男と出会った時のことを思い出すな。

 あの時と同じ緑色の服を着ているせいか、それとも中庭に漂う緊迫感のせいだろうか。

 いずれにしても、当時とはまるで心の余裕が違う。

 ここの環境には慣れたし、すでにこの先の見通しも立っている。

 なにより、いま俺の影にはコハクが潜んでいるのだ。

 よくわからない状況だが、落ち着いて対応できる。


「鬼が来た。南区のほうでクソほど暴れて手が付けられんらしい。しかも支店だけじゃなく、倉庫や荷車、積み荷に至るまで、シュトルム商会の紋章がついてるものは全部ぶっ壊されるらしい」

「おぉ……来たか、何人?」

「わからんが、少なくとも一人では無いらしい。いずれにしろだ、その連中は間違いなくここにも来るだろう。サクの街に詳しい何者かが先導しているようだしな……。それで、そいつらは大暴れをかましながらも、どうやら人探しをしているようでな。探しているのは中年の男、名をボナスというらしいんだが――――お前、ボナスだろ?」

「ははっ、今更なんだサイード、俺はナナシじゃあないのか?」

「おい! 時間がねぇんだよ!」

「ああ、わかったわかった。そうだ、俺がボナスだよ」

「たのむうぅぅぅ! 何とかしてくれえぇぇぇ!」


 そう言うとサイードは地面に額をこすりつけるように頭を下げる。

 土下座なんて久しぶりに見たな……いや、凄い奴だなこいつ、ホントに。

 状況判断といい、とっさの思い切りの良さといい……見習うべきことが多いな。


「おいおい、頭は上げてくれ。勘弁してくれよ……そもそも助けるも何も……」

「おい、サイード! 俺にはどういうことか、さっぱりわからねぇ! なんでこんな男に頭下げてんだぁ?」

「うるせぇよ! てめェは黙っとけ! ぶっ殺すぞ!」


 サイードの横で事態を見守っていたチンピラ連中の頭目のような男がサイードに食って掛かる。

 まぁこの男の言う通り、普通はよくわからんよな……俺も正直あまりよくわかっていないくらいだ。

 だというのに、サイードはチンピラの胸倉をつかむと、唾をまき散らしながら怒りをぶつけている。


「俺はなぁ、鬼が怖ぇんだよ!」

「だ、だからって……カ、カミラさんに何て言うんだよ!」

「うるせぇよ! カミラなんてもう終わりだろうが! お前だって最近の噂、いろいろ聞いてんだろ?」

「そ、それでもこんだけ人集めてんだ、別に鬼の一匹や二匹なんと――」

「お前らみたいなチンピラ何人集めたってなぁ! 鬼相手に何ともならねぇよ! 毒も効かねぇし……」


 なぜかチンピラ達とサイードがグダグダと揉め始めた。

 サイードの怖がり方からして、過去に鬼と何かあったのかもしれない。

 実際そこまで怖いのだろうか。

 シロに襲われるところを想像……やさしく体を絡め取られるところくらいしか想像できないな。

 実感がわかない。

 ビビとガストはタコ足を齧りながら、建物のわずかな影に身を潜め、観光客のような顔で状況を見守っている。


「――あら、こんな暑苦しいところにいたのね、ボナス」


 そのとき、混乱状態の中庭に、女の声が静かに響く。

 決して大きな声ではない。

 たまたま街で出会った時に挨拶するような、気やすい響きだ。

 だが――、中庭にいる全員が動きを止めた。

 サイードとチンピラの頭目も、お互いの胸倉をつかんだまま静止している。

 今までの喧騒が嘘のように、中庭が沈黙する。

 そして皆、ただ一点を注視している。

 オレンジ色のショートカットに、大きな猫のような瞳。

 ただゆっくりと歩みを進めているだけで、その場を支配、制圧していくような存在感――。


「あぁ……久しぶりだね、マリー」

「マ、マリー……さん、な、何の御用で……?」


 サイードは俺がマリーに声を掛けたことで、いち早く正気を取り戻したようだ。

 俺に続き、かすれた声でなんとかそう切り出した。

 どうやらサイードもマリーの存在は知っていたようだ。

 マリーはサヴォイアでも最も有名な傭兵だ。

 王国全土にも名前を知られているのだろう。

 久しぶりに見たが、あの派手な容姿に、猛獣のような存在感は嫌でも目立つよな……。

 サイードは気の毒なほど汗をかき、瞬きもせずマリーの様子を警戒している。

 しかしマリーはサイードの方を見向きもせず、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 最後に会った時より少し痩せたような気がするな……いろいろと苦労を掛けてしまったのかもしれない。

 そのまま目の前に立つと、俺の顔をしばらくじっと見て、やれやれと言った表情を浮かべている。


「あなた……髭、似合ってないわよ?」

「知ってるよ!」

「そう」


 マリーはそれだけ言うと、すぐに俺の影、コハクへと視線を移し表情を緩める。

 俺とビビ、ガスト以外、誰もコハクの存在に気が付いていなのに、相変わらず目ざとい。

 だがまぁ、心を癒すにはコハクは効果的だもんな……。

 

「ところであなたたち――、そんな不用意に武器なんて抜いて、大丈夫なのかしら?」

「お、おまえら! しまえ、武器! 意味ねぇから! マ、マリー……さんに失礼だろうが!」

「別に……なにもしないわよ。私はね」

「マ、マリーさん。いまちょっと立て込んでいまして……何かあるならば少し後にしてもらえやしないだろうか? も、もし急ぎの要件なら今すぐに――」

「面接に来たの」

「え? 面接……はぁ? いやうちであんたほどの傭兵を抱えるほど――」

「ボナス商会の面接よ。ボナス――いいわよね? 私、もういい加減疲れたのよ。あなたの商会に入れてもらえるわよね?」


 いかにもマリーらしい、有無を言わさぬ強引さ、わがままさだ。

 面接というより脅迫だな。

 だがまぁ、実際のところ彼女にはメナスと同じ程度には頭が上がらない。

 シロと出会わせてくれた恩人なのだ。


「あ、ああ、もちろん俺は構わないけれど――」

「クロやシロ、他のみんなにはとっくに了解を得ているわ。領主様も、ラウラ様に口添えしてもらえたおかげで問題ないわ。さて――、私の仕事はおわりね。あぁ……はやくアジトに行きましょう? 私には休暇が必要なのよ。コハクちゃん、さぁこっちへいらっしゃい」

「ぅにゃうにゃう」


 マリーはもう自分の仕事はおわりと言わんばかりに、周囲のすべてを置き去りにしてフラフラとコハクへ吸い寄せられていく。

 サイードはじめ、周りの連中は全員唖然としている。

 マリーの強烈な存在感に当てられ、急な展開に頭がついて行かず、最後にコハクが俺の陰からぬるりと姿を現したのだ。

 状況が飲み込めないのも仕方ないだろう。


「――サイード!」

「……え、は?」

「火急シュトルム商会本店へ向かえ! カミラ様の命令だ!」


 全員が呆然と立ち尽くす中、さらに混乱を生むような連中がなだれ込んできた。

 鉄兜に盾まで持った完全武装の兵士たちだ。

 装備に多少の差異はあるが、全員右腕にシュトルム商会の腕章をつけているな。

 武器を抜き身で持ち、剣呑な雰囲気を全身から醸し出している。

 逆らえば問答無用で切りかかってきそうな雰囲気だ。


「え、あ……え? 本店ですか? え? なにか……御用でして? カミラ様が……?」


 サイードは全力誤魔化しにかかっているようだ。

 混乱の極致だろうに、よく頑張っている。

 俺に向けて目玉がとれそうなほどのアイコンタクトを送ってくる。

 ただ、そのあまりにあからさまな様子に、兵士も怪しんだようだ。


「お前はなんだ……なっ、お前……双剣のマリーか……? それに……なんだその化け物は!? おい、サイード、これはどういうことだ!」

「あら、コハクちゃん、大きなおて手ね~」

「お、俺は知らん! マリーは……気が付いたらいたんだよ!」


 当のマリーはまったく我関せず。

 すべてを置き去りにして、俺の後ろで幸せそうにコハクと遊んでいる。

 猛獣同士気が合うのだろうか。

 コハクも楽しそうだ。

 さらにその後ろでは、ビビとガストがなぜかワクワクした顔で展開を見守っている。

 サイードはもう次々に顔色を変え、滝のように汗をかいている。

 兵士たちもマリーとコハクの存在に気づいてからは、先ほどまでの、有無を言わさぬ高圧的な態度に焦りと戸惑いが混じっているようだ。

 隊長格の兵士も、口をパクパクと動かしつつも、言葉がすぐには出てこないようだ。


「……で、では、その男は誰だ?」

「俺はボナス。ボナス商会の会頭だ。よろしく――」

「え……」

「あ……」

「ほら、だから言ったじゃないの。馬鹿な連中ね~コハクちゃん」


 俺に剣を突きつけ、そう尋ねた兵士は、突如力が抜けたようにぐにゃりとその場に崩れ落ちる。

 横たわったまま明後日の方向へ視線を固定させ、ぴくりとも動かない。

 いや、横たわっているのはその兵士だけでは無い。

 シュトルム商会の腕章をつけたカミラの私兵、その全員が横たわっている。

 ただその場で静かに石畳を黒く血に染めているのだ。

 時間差で濃厚な血の匂いが鼻を突く。

 あたりが一気に血生臭くなる。

 そして、そんな空気を切り裂くように走る一筋の黒い影。

 そのまま俺の腹を貫くのではと思ったその時――思いがけずその影は、柔らかくすっぽりと、俺の腕の中におさまった。


「――ぅぅぅぅっ……ぐぎゃぅぅっ……ぼなすぅぅ!」

「っぁあ……クロ!」

「きゃ~ぅっ……」

「ごめんよ……会いたかった、クロ、会えてよかったよ……」


 まるで数年ぶりに声を発するようなかすれたクロの声。

 思わず息がつまる。

 その声に、これまで、どれほどの思いで俺を探してくれたのかが分かってしまう。

 お互いの額をこすり合わせるようにして、その目を覗き込む。

 クロの美しく明るい瞳に心が溶けていく。

 その大きな目には、見る間に涙があふれ、大粒の玉となってぽろぽろと頬を滑り落ちていく。


「ああ、クロ、こんなに汚れちゃって、はじめて出会ったときみたいじゃないか……あぁ、ほんとうに辛い思いをさせてしまったな、ごめんよクロ」

「ぎゃうぐぎゃう! ぎゃうぎゃうぎゃう……うぅ……」


 あれ程綺麗好きだったクロだが、全身真っ黒に汚れている。

 俺と別れて以来一度も風呂に入っていないのではないだろうか。

 汚れた頬が洗い流され、涙の痕がくっきりと残るほどだ。

 俺の頬を包み込むようにして手を放さず、ただひたすら俺の瞳を見つめたまま涙を流す。

 ここへ連れてこられて以来、俺なりに考え、最善を尽くしたつもりでいたが、それでもなお、目の前のクロの姿に心が締め付けられる。

 同時にクロが俺の目の前にいることの多幸感で、体がおかしくなりそうだ。


「ぎゃ~ぅ、ぼなす」

「ああ、クロぉ……」


 そうして、クロがやっと笑顔を浮かべてくれたことで、今度は俺の方の涙が止まらなくなってしまう。

 この小さく愉快な小鬼は、俺のおまけのような人生を、いったいどれほど幸せで明るいものへと導けば気が済むのだろうか。

 実際はそれほど長い間離れていたわけでも無いというのに、あまりに強くそう感じる。

 ただもう、一刻もはやく皆でアジトに帰りたい……。


「ボナス、私に感謝しなさいよ? クロを抑えるのは本当に大変だったんだから……、もしあなたが死んでいたらと思うとぞっとするわ」

「ぎゃぁ~……ぅ……」

「クロが? いったいなにを……」

「あなたは聞かない方が良いわ。まぁでも、レナス王国に魔王が産まれなくてよかったわね~」


 魔王――目の前で小首をかしげる可愛いクロからはあまりに程遠い言葉だ。

 ただまぁ、その背景に転がっている兵士たちを見ると、おおよそ想像がつかなくもないが……。


「ちょっといいかね? ナナシ……いや、ボナス商会のボナスさん!」

「お、おう……?」

「ぐぎゃう?」


 ついさきほどまで極限まで慌てふためいていたサイードが、急に落ち着いた調子で話しかけてきた。

 その声色に不自然なものを感じつつ、サイードの方へ視線を向ける。

 血走った目で気色の悪い笑顔を浮かべている。

 完全にキマってるな……怖い。

 クロがカミラの私兵を皆殺しにしたことで、なにか感情の閾値を超えてしまったらしい。


「ここはボナス商会の面接会場のようなので……、え~、わたくししがない町工場を営むサイードというものですが、どうかボナス商会の末席に加えていただけないでしょうか? いえいえ、わかっております。別にマリーさんと肩を並べる様な立場でなくても結構です。ええ、その下、はるか下でなにか小間使いでもさせていただければ十分でございます。ですから……ね? いいだろナナシ! そんな悪い扱いをしたわけでも無いだろ!? たのむ! 頼むよ~! 助けてくれぇ! いてえっ~!」


 錯乱しかけたサイードが、泣きながら俺に縋り付いてこようとして、クロにその顔を蹴り飛ばされひっくり返っている。

 こいつはこいつでやっぱり凄い男だな……。


「ねぇガスト、あれってクロだよねぇ?」

「ああ、間違いないな! スゲェ攻撃だったなぁ……ほとんど何も見えなかったぜ?」

「――ぐぎゃぅ?」

「あっ、うわっ! こっち見た! ど、どうしようガスト?」

「ど、どうしようか?」

「ああ、クロ、あいつらはビビとガストだ。ここにいる間いろいろ助けてくれた洞穴族だ。アジトにもつれてく予定だから仲良くしてやってくれよ」

「ぎゃぁう~。ぐぎゃうぎゃう?」

「あ、ああ、握手してほしい!」

「うわっ、ほんとに小鬼だよ……嘘みてぇだ」


 背後できゃあきゃあ騒いでいた二人にクロが気が付いたようだ。

 クロは俺の腕をしっかりと抱き込んだまま、ビビとガストの様子に首をかしげている。

 ビビとガストはまるで憧れの有名人にでもあったかのような反応だな。

 クロの物語もずいぶんしたからなぁ……。


「なぁマリー、シロ達もここで合流する予定なのか?」

「ええ、南を潰し終えたらすぐにこちらへ合流するはずよ」

「そうか……良かった。全体の指揮はマリーが?」

「私とラウラ様、メナスがいろいろ話し合って動いているわ。もちろんボナス商会のみんなもね」

「そうか……、詳しくは後で聞くとして、みんなは大丈夫?」

「えぇ、なんとかね。クロと鬼達はなかなか食事もとろうとしないもんだから……ミルには感謝なさいよ。ああいう時にしっかり食べて寝て、当たり前の日常を維持できる人間はそういないわ」

「ああ……わかってる。クロもこんな汚れちゃって、ごめんよ」

「ぎゃぅ……ぐぎゃうぎゃう。ひ~げ」

「ああ、これな。アジトに帰ったら、また剃ってくれ」

「ぎゃうぐぎゃう!」


 クロはそんなことより俺の髭が気になるようで、妙にワサワサと触ってくる。

 こそばゆいが、クロのそんな様子も、少しづつ日常が戻ってきているようで嬉しい。


「なぁサイード、さっきの面接の話は受けるから、とりあえずこの中庭の状況を何とかしてくれないか。さすがにこう見られてちゃ、気になって話もできんし、そこに転がってる連中もさすがに気になる……」

「はい、よろこんで! おい、お前達も動け! 武器なんか持ってたらそこに転がってる連中の仲間入りするぞ?」


 サイードはそう言うと、テキパキと周囲へ指示を飛ばし始める。

 寄せ集めのチンピラ連中は未だ状況に取り残されているようだ。

 ただ、それでも特に反抗する様子もなく、従順にサイードの指示を受け入れているようだ。

 ヒソヒソと漏れ聞こえてくる話から察するに、どうやら殺された兵士たちは、それなりに腕が立ち、これまで相当恐れられていた存在だったらしい。

 それを瞬く間に殲滅してしまったクロの所業に、すっかり震えあがっているようだ。

 確かにその手際は驚くほどのものだった。

 残された死体の出血は凄まじく傷も多いようだが、その痕跡は恐ろしく小さい。

 最小の動きで確実に、命を刈り取っていったようだ。

 やってることは真逆だが、まるで熟練の執刀医ような腕前だな。

 武器を手放したチンピラ連中は、壁際に小さく集まって、たまにこちらへ怯えた視線をなげかけてくる。


「そういえば、メナス達も協力してくれたんだな」

「ええ、メナス商会も怒らせると怖いのね――ただ、彼女があそこまで怒ったのは意外だったわ……」

「俺はもうメナスには一生頭が上がらないな……」


 意外なことに、メナス商会とピリ傭兵団がかなり活躍してくれたようだ。

 まずシュトルム商会がおおよその犯人であること、そして俺がサヴォイアの街からさらわれたことを突き止めたのはメナスだったらしい。

 サヴォイアに潜伏していたシュトルム商会の密偵をすべてあぶりだし、限界まで情報を集めてくれたようだ。

 その手際は、マリーが言いよどむ程度には凄惨なものだったらしい……。

 彼女達も伊達に国をまたぎ商売をしていない。

 最外部とはいえ、世界一の危険地帯と言われる地獄の鍋を通り、モンスターの多いタミル山脈を超えて商売している商会なんてメナス達くらいだ。

 たしかに全員戦闘力も普通に高いもんな……毒にも詳しいようだし。


「そういえば、あなたがピリ傭兵団と顔見知りだったのも意外ね」

「ああ、いろいろあってな。あいつにも良い酒おごらないとなぁ……」

「クロやシロ、ラウラ様にずいぶん詰め寄られてぐったりしていたけど……それでも自分の意に沿わない仕事は受けない男よ。あなた案外気に入られてるようね」

「そうか……だけど、まさかあいつの顔を見てホッとする日が来るとは思わなかったわ」

「そういえば情報を集めるのにマーセラスとかいう裏町の男も協力してくれていたようね」

「おお、それは意外だなぁ……」


 ピリ傭兵団とメナス商会、ヴァインツ傭兵団、そしてマーセラス達が手分けして、サヴォイアからカノーザ領に広く分散し、俺の情報を探し回ってくれていたようだ。

 コハクを通して、たまたまサクの街にいたピリへと手紙を渡せたのはそのおかげだったようだ。

 すぐに俺の安否を確認し、その足で他のみんなに最速で情報共有してくれたらしい。

 コハクの移動能力は、ほぼ距離を無視できるような反則的な性質ではある。

 だが、どうしても光に溶けるように進もうとすると、その実体を失うようで、手紙がすり抜け、落ちてしてしまうのだ。

 長距離輸送はどうしても難しい。

 なので、匂いの分かる範囲にピリがいてくれて本当に助かった。


「ちなみにメナス商会とピリ傭兵団、ヴァインツ傭兵団は今西門を見張っているわ」

「なるほど……カミラはどう動くかな?」

「南にいれば今頃シロ達に殺されているでしょうし、東区にいたとしてもここだったでしょう。西門を抜けようとすればピリたちが生け捕りにしているはずよ。もし領主が匿ったとしても、いま向かっているラウラ様が到着すれば終わりね。ただ、常識的に考えると北区の本店で籠城してるんじゃないかしら」

「そうか……皆、ほんとうに良く協力してくれたんだな」

「裏町から貴族まで……あなた、しばらく会わない間に顔が広くなり過ぎよ。もうサヴォイアじゃ、私より知り合い多いんじゃないかしら。それで、なに……今度は洞穴族拾ってきたの?」

「えっ? なになに? 僕たちのこと?」

「おい、ビビ。あれ双剣のマリーっていうんだ。舐めたこと言うと玉切り取られるらしいから気を付けろよ!」

「こ、こわいよ……」

「ぎゃ~ぅ?」


 いつのまにか二人でクロを取り囲み、楽し気にきゃあきゃあ騒いでいたようだが、マリーに話題を振られてクロの背中に隠れてしまった。

 いつのまにかクロの口からタコ足が一本はみ出ているところを見ると、うまく打ち解けられたのだろう。


「可愛い顔して、相変わらず洞穴族は変ねぇ……」

「こいつらにはかなり助けられたんだよ。命の恩人といってもいいくらいだ」

「あら……? もう来たのね」

「――ひ、ひえっ、な、なんだ!? ボ、ボナス~! だ、大丈夫なんだよな? 俺はお前の手下になったんだよな!?」

「ぎゃうぐぎゃ~う!」

「あっ――」


 建物全体に、雷でも直撃したかのような衝撃が走る。

 それが三度、四度。

 そのたびに中庭を囲む外壁の石積み、その隙間からパラパラと目地材や間詰石がこぼれ落ち、粉塵がまきあがる。

 分厚く積み上げられた頑強な石壁が、いまはまるで頼りなく感じる。

 そうして五度目――。

 ついに、その一部が震え、爆散した。

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