第29話 ウォークライ

 なんだかんだ2週間経った。


 次の露店で売るコーヒーとチョコレートの準備は1週間もかからずに終わったが、新しい商品を考えているうちに結構な時間がたってしまった。

 加えてアジトの生活が快適で、どうも街へ行く気になれなかったのもある。

 とはいえ、別にだらだら過ごしていたわけではない。

 キダナケモを倒したり、色々収穫をしたり、何かと作ったりと充実はしていた。

 そんな2週間の生活の中で、一番印象的だったのはシロの変化だった。


 ひとつは食生活が一気に改善したためか、体がさらに大きくなった。

 特に太ったわけでは無いが、バッキバキだった体の線に女性らしい柔らさが出た。

 相変わらず目が合うとニコニコしてくるので、たまに乙女のように恋に落ちそうになる。

 とりあえず今のところは何とか耐えている。

 後角が10センチくらい伸びた。

 文房具として持ち歩いていたコンベックスで身長を測ると、角込みで2メートル32センチあった。

 圧迫感が凄まじい。

 大きくなるのはこれくらいで勘弁してほしい。

 とはいえ見た目以上に力仕事をこなしてくれるのは本当に助かる。

 軽自動車くらいあるキダナケモをそのまま担いで運ぶ。

 やはり恐ろしく力が強く、特に瞬間的な力は凄まじい。

 多分だが、この馬鹿力の要因は、体の大きさや筋肉量だけでなく、鬼族の再生力にあるのではないだろうか。

 というのも、シロはいくら筋力が強いと言っても、明らかに無茶な動きをしている。

 静止状態からの突発的な動きや、各関節への負担を無視したような動きを平気でする。

 人間のような骨や筋肉、関節を保護するためのセーブ機能が無い代わりに、鬼特有の回復力を活かした体の使い方をしているのではないだろうか。

 常に100パーセントに近い力を出し、そのことで受けた筋肉や関節のダメージを即座に回復させていると思われる。

 なんだか想像すると、すごく痛そうなんだが大丈夫なのだろうか。



 

 もうひとつの変化は、シロが徐々に喋りだしたことだろう。

 元々シロは鬼族特有の言語しか喋れなかったようだ。

 だが、延々話しかけているうちに、徐々に語彙も増えてきたようで、かたことなりに会話が成立するようになってきた。

 とはいえ、元々よくしゃべるほうではないのだろう。

 簡単な言葉を交わす程度で、後は大体穏やかにニコニコしている。

 

 言葉も通じるようになってきたので、いい加減放置していた用心棒代金の話をしようかなと思い、相談を持ち掛けたのだが、結局不要ということになった。

 とはいえ好きに買いたいものもあるだろうから、いくらか支払おうかという話をすると、珍しく凄く困った顔をされた。

 多分シロ、あるいは鬼族は、財布を分けるタイプのコミュニティのあり方がいまいち理解できないのかもしれない。

 しかし、鬼族もちょいちょい傭兵をやっているという話を聞く限り、それぞれ個人財産を持って活動しているはずだ。

 それにパーティーを組むこともあるだろうに、どうしているのだろう。

 それともシロ特有の性質なのだろうか。

 まあシロは俺たちに対して、家族的仲間意識を持ってくれているということは分かるし、それについては悪い気はしない。

 とりあえず金や持ち物は共有の財産で、その管理を俺がするということでいいか。

 まあ計算しなくていいのは助かるが、保護者気分で必要なもの買い揃えていくと、意外と余計に出費が増えたりするんだよなぁ。

 気をつけねば。

 保護者と言えばクロについてだが、俺は長らくクロの保護者気分で接していたが、実はクロも俺を保護者的な立場から見ているのかもしれない。

 最近なんとなくだが、どうしようもないダメな子を可愛がる保護者のような視線を感じるのだ。

 そのことについては、あまり深く考えないようにしている……。



 ちなみに今回拡充した商品ラインナップは2点ある。

 ひとつは新種のチョコレート。

 今までのシート状のチョコレートに、刻んだオレンジを入れたものも用意した。

 個人的にはかなりいい出来だと思う。

 ただ好き嫌いありそうな味ではある。

 マリーあたりに食わせて反応を見たいところだ。

 今回うまくいけば、少しずつバリエーションを増やしていきたい。

 ナッツ類はありそうなので、次回街で仕入れて新商品に挑戦したいところだ。



 他にもこの2週間、細かなことは色々あったが、基本的には特に大きな事件は無かった。

 アジトでの充実した暮らしで、心身ともいい状態にある。

 そろそろ街に行かなければならない。

 クロとシロのおかげで、商品も大量に用意できた。

 保存食も在庫は十分だ。

 生活の中で、欲しい道具や生活雑貨、衣類などもたくさんでてきた。

 今日中に荷造りを終わらせて、明日早朝から出かけるか。

 今回はなるべく長く滞在してみよう。

 出来れば久しぶりにメナス達にも会いたいところだ。

 

 などと今後の考えていた夕食後のこと、シロがとんでもないことを言いだした。



「ボナス、シロもキダナケモと戦う」

「んあ? ………………まじか?」

「ぐぎゃあ?」

「シロはシロの力を……みたい」

「……力試ししてみたいのか?」

「うん」


 なんだか急にどうしたんだろう。

 う~ん、困ったなぁ。

 あまりそうは見えなかったが、やはり鬼としての血が騒ぐのかな。

 意外と闘争本能が強いとか。


「うーん……やっぱり心配だなぁ。さすがにシロでも危ないんじゃないか?」

「ぐぎゃあぐぎゃあ」

「逃げると……死なない……思う?」

「いざとなれば逃げられるから大丈夫ということ?」

「うん」


 まあ確かに、シロは圧倒的に耐久性も高いし足も早い。

 即死さえしなければ逃げられそうではある。


「う~ん、それでもやっぱり心配だなぁ……。どうしてキダナケモを倒してみようと?」

「シロはボナス心配。ぴんく強い……でも、ぴんくだけ強い……危ない」


 なるほど…………。

 俺が弱すぎる問題か……。

 まあぴんく頼みすぎて、保険が何も無いのはその通りなんだよな。


「シロ、心配してくれてありがとう。でも俺はシロがいなくなってもすぐ死んじゃいそうだから、なるべく危ないことは……やめておいてほしいんだけどなぁ」

「ん~~~~~う〜〜~~~」


 シロが突然ポロポロと泣き出した。

 ぱっと見た感じ大人っぽいお姉さんなのに、まるで子供のように泣く。


「お、おい。なんだ、どうしたよ?」

「ぎゃっ、ぎゃうぎゃうぎゃう」


 クロと一緒に焦り散らかす。

 いや、焦ってる場合じゃないな。

 基本的にシロは俺たちを家族のようにとらえている。

 いざとなれば自分の力で家族を守れる、という実感が無いのは意外と苦しいものだ。

 とはいえ下手うつと死ぬしなぁ。

 こんな時こそ冷静に考えてみるべきだ。

 

「シロちょっと待って。泣かないでくれ。俺も今からもっと真剣に、よく考えてみるよ」

「ぐぎゃあぐぎゃあ!」

「うん……」


 なぜかクロがシロの頭をなでている。

 さてどうするか。


「確かに、このアジトの環境において、キダナケモの脅威をぴんくに任せっきりなのは、客観的に考えてまずい」

「……うん」

 

 これまでそういう事態にならないように振舞ってはいるが、もし2体に前後から襲われたら終わりだ。

 それにぴんくも最大火力でぶっ放すと、暫く寝てしまう。

 その直後に襲われたら終わりだ。

 経験上、ぴんくがぶっ放した後は、暫くキダナケモは近寄ってこない。

 だが、それもただ単に運がいいだけかもしれない……。

 

「そういう意味では、キダナケモに対抗する手段はなるべく早く用意すべきだろう」

「うん」

「ぐぎゃあぐぎゃあ!」

「タイミングはどうなんだろうか……」


 実際俺もこの問題については、その危険性から意識的に先送りしていた。

 ただ本当はもっとできることが色々あったのではないかとも思う、少なくとも罠くらい考えられただろう。

 

「確かに、行けると思ったときに挑戦しなければ、いずれ無意識に避けるようになって、その結果手遅れになるかもしれない」

「ぐぎゃあ!」

「うん……」

 

 多分シロは直観が優れている。

 むしろ色々充実している今こそと思ったのかもしれない。

 


「よく考えてみたが、キダナケモに挑戦するのはいいと思う」

「ぐぎゃあぐぎゃあ!」

「でも、それでも十分に安全を確保しなければいけない」

「うん」

「そのためには見たことの無いキダナケモはダメだ。よく性質を知っているキダナケモである必要がある。主な攻撃方法や動きを把握している必要があるだろう……さらには一匹でいる時だけだな」

「うん」

「ぐぎゃあ」


 次に最悪シロが倒せなかったときについて考えなくては。

 その場合は逃げるか、ぴんくに倒してもらうかだ。最悪の場合アジトの岸壁に逃げ込めば助かる可能性は高いだろう。

 同時に事前に俺が岸壁に潜んでおけば、ぴんくに焼いてもらうこともできるだろう。


「色々考えると、アジトから100メートル以内であることも重要だな」

「うん……」

「無理はせずに、危なくなったらアジトの亀裂に逃げ込むんだ。俺は亀裂に潜んでおいて、何かあったときはぴんくに処理してもらう」

「ぐっぎゃー! ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃ!」

「お、おい。クロは俺と一緒に隠れておこうな〜?」

「ぎゃあ! ぐっぎゃー!」


 あ、あれぇ……何故かクロが完全にやる気になっている。

 なんか余計面倒くさいことになってきたなぁ……。


「クロは俺といっ――――」

「ぐっぎゃあああああああああああああ!」

「クロは……大丈夫と思う。シロでもクロには当てられない。とても……クロは良い目がある」

「あぁ……、うん~そうね……」


 クロは好戦的に雄たけびをあげながら踊っている。

 ハカ?

 もう止められなさそうだ…………。

 むしろ途中で興奮して突撃されても困るし、意外とシロの安全性が上がるかもしれない。

 俺だってクロには命を助けられているしな。


「クロ、シロが逃げたらクロもちゃんとアジトに逃げ込んでくるんだぞ。最悪ぴんくに燃やしてもらうから射線には入っちゃだめだからな」

「ぎゃあ――――! ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃ!」

「シロは一緒に踊らなくていいぞ…………」

 

 ああ……街に行く算段をするはずが、なんでこんなことに……………………。

 

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