第8話 小鬼
小鬼か……。
なるほど……こんなのもいる世界だったのか。
まぁ、どちらかといえば、ぴんくのほうが不思議生物か。
「ぎゃあぐぎゃあぐぎゃあぎゃあ!」
「ボナスさん、今まで小鬼を見たことあります?」
「いやあ…………全くの初めてだね」
「一般的には、キダナケモのほうが遥かに珍しいのですが…………。最大の特徴は、まぁとても簡単に言うと、人を襲う化け物の一種です」
「ええ、まぁ…………なるほど」
「ぐぎゃあ?」
確かに見た目は何だかやばそうだ。
身長は140センチくらいだろうか。
黒緑色の肌に、若干尖った耳、鷲鼻にサメのような歯をしている。
頭には申し訳程度に黒い髪がぱらぱら生えており、2本の黒い小さな角が生えている。
白目がなく大きな黒い眼をして、目をぱちぱちしている。
手足に枷をつけられて、縄で繋がれ引っ張られながらよたよた歩いている。
落ち着きなく色々な方をきょろきょろ見回している。
あまり自分のおかれた状況も分かっていない感じがする。
たまにこちらやメナスにむけてグギャグギャ言っている。
見た目は総合すると醜悪だ。
しかしその一方で、なんだか子供のような体形のせいか、少し不憫にも感じる。
「小鬼は確かに人を襲う化け物なのですが、実は労働力として飼いならすこともできます」
おおっと、そういう方向の話か……。
若干きな臭くなってきたな。
「危険性はどの程度あるのかな?」
「個体差が大きい種族なので何とも言えないのですが…………まぁ大体の力は見た目の通りです。つまり労働力としても、危険性もそれほど大きなものではありません」
「ぐぎゃあ? ぐぎゃっぎゃっぎゃ!」
褒めてるわけじゃないぞ。
なんだか……こいつ結構能天気だな。
「通常この小鬼が脅威となるのはその数です。群れて攻撃的になると、場合によっては町を滅ぼすこともあります。ですが普通に単体で使役する場合は特に問題ないでしょう」
「なるほど……単体で荷物持ちさせるのには何の問題も無いと?」
確かに、実はかなりいい提案なのかしれない。
崖を上り下りするくらいは出来るだろうし、荷物も最低限は運べるだろう。
喋れないことも、秘密を守るうえでプラスに働きそうだ。
「ボナスさんが予想されているように、小鬼は私たちが扱う裏の商品のひとつではあります。とは言えもちろん違法性はありません。ただ西の王国では、野生の小鬼による被害も多いので、嫌う人も少なくありません。人によっては持ち主を白い目で見てくることもあります。東の帝国では動物と同じ扱いで、労働力として比較的一般に使われています」
「野生動物を家畜化して飼うようなものなのかな」
実際どう考えるべきなのだろうか。
俺のふわふわした倫理的に照らし合わせても、いささかまずい気もする。
ペットなのか、相棒なのか、部下なのか、それとも奴隷なのか。
正直判断が付かない。
命の軽い世界で、そんなぼんやりしたことを考えていても仕方ないか。
現実的に考えよう。
「食事は何を?」
「それもかなり個体差が激しいですが、この個体は私達が食べるものであれば、なんでも食べるようです」
「ぐぎゃあぐぎゃあぐぎゃあ」
なんか楽しそうだなこいつ。
まぁ食い物は一人分くらい何とでもなる。
現状アジトの収穫物は商売に使えないせいで、供給超過多だからな。
「……今までの経験上、この個体は多分あたりだと思います。温和で、人間に対して攻撃性を見せません。若干変わった様子ではありますが、害はないでしょう。せっかくのあたり個体ですので、ボナスさんにお安くお譲りするのもありかと思い、紹介することにしました。」
もしかすると、メナスは俺に少し歩み寄ろうとしてくれているのかもしれない。
そもそも、この提案はメナスにメリットがまるでない。
タミル国へ持って行けば普通に売れる商品を、あえて安く売ってくれようというのだ。
しかもこれを俺に売ることで、俺の心証が良くなることもあるだろうが、悪くなる可能性だって十分に予想しているはずだ。
それに、わざわざそんなリスクを冒さなくても、既にある程度のいい関係は築けているはずだ。
彼女は2国間で商売をしているだけあって、個々人の価値観に敏感なところがある。
つまり、彼女がこの提案をすることで、俺が彼女達を見る目が変わる可能性があることを十分わかった上で、やっているということだ。
なにより彼女の声に、今まで感じたことの無い緊張を感じた。
「メナスさん。いい提案をありがとう。襟を開くような提案をしてくれたのはうれしいよ」
「流石におおげさですよ。まぁでもそう言われると悪い気はしませんね」
そう言うとメナスは少しほっとしたように微笑んだ。
「ぐぎゃぐぎゃあ! ぎゃっぎゃっぎゃっ!」
「ということでよろしくな! 小鬼!」
「ぐぎゃああ?」
上手くやって行けるのだろうか不安になる。
「それでは5万レイで良いですよ」
やっすいな。
ラクダと比べものにならないな。
「ありがとう、助かるよ。足枷手枷も貰っていいかな?」
「ええ結構ですよ。しばらくは様子を見てみて、慣れてきて問題ないようでしたら外しても構わないでしょう。寝ている間だけ着ける場合もあります。まぁ人を欺くほどの知性はありませんので、そういった意味では信用できます。」
なるほど。
確かにそういう意味でも労働力として管理しやすいのか。
「ところで、こういうタイプの生き物は他にも結構いるのかな?」
「そうですね。人に敵対的な生物はいろいろな種類が、国を跨いで広く分布しています。総称して……西国流に言えばモンスターと呼びますね」
「モンスター……怖いね。小鬼でも危ない種類もいるのかな?」
「モンスターの中でも小鬼は圧倒的に数は多いですが、単体で危険なものは少ないですね。かなり珍しいですが、上位の小鬼などもいるようです。そういった個体を捕縛するのは難しいので、取引対象とはならず、そのまま討伐されますね」
「色々俺の知らない恐ろしい生き物がいるんだなぁ」
「いえいえ、むしろこの場所、地獄の鍋といわれるこの場所にしか生息しないキダナケモ以上に恐れられる生き物はいませんよ。例え大型の飛竜でさえ、この地には近寄ろうとはしませんから。そんな場所で、平然と生活されているボナスさんがモンスターを恐れる必要は無いでしょう」
飛竜とかいるのかよ。
それにしてもそんなにキダナケモやばかったのか。
ぴんくに焼いてもらってると、その辺の感覚が麻痺してくるな。
「いやいや、俺は運がいいだけだよ。それに俺はとても怖がりだから、ここでも何とか生きていけているのかもしれないね」
「確かに……正しく恐れるのは重要なことですね」
それからしばらく、小鬼の習性や取り扱い方法について教わった。
そもそも小鬼に限らずモンスターは生殖による繁殖はしないようだ。
特に小鬼は洞窟のような穴があればいつの間にか自然発生するらしい。
自然物であれ人工物であれ、穴であれば良いらしい。
その穴の環境によって、多種多様な小鬼が生まれるらしい。
特徴はおおよそ子供位の体格と小さな角があることくらいで、成長も老化もしないらしい。
もはや生物かどうかすら怪しいな。
どうやって仕事をさせるのかと聞いたら、犬と同じだと言われた……。
とはいえ犬よりは知性は高いので、それほど苦労はしないとのこと。
反抗したらどうすればいいのかと聞くと、真顔で、暴力で心を折れば大丈夫、と言われた。
怖すぎるわ……そんなこと俺に出来るのか。
「なんだか自信が無くなってきたけど、がんばるわ」
先ほど貰った袋からメナスに支払いを済ませ、縄を受け取る。
「それじゃあ…………行くか。しっかりついてくるんだぞ」
「ぐぎゃっぎゃ…………ぐぎゃあ?」
「メナスさんおやすみ。今日もありがとう」
「いえいえ~。こちらこそ毎度ありがとうございます」
天幕の外まで見送ってくれる。
いつの間にか陽が沈んでいたようだ。
小鬼は縄を持って歩きだすと、引っ張られるまでもなく、不思議そうな顔をしてついてきた。
とりあえず自分のいつもの野営ポイントに移動する。
改めて小鬼を見てみる。
人のことは言えんが、汚らしいな。
風呂に入ったことは無さそうだ。
まぁこの地では水が貴重だしな。
アジトに戻ったらよく洗おう。
こっちを不思議そうに見ながらたまに、ぐぎゃぐぎゃとなにかを言ってる。
微妙に保護者の気分になってきてかなり複雑な気持ちにさせられる。
これ、このまま寝て大丈夫なんだろうか。
この紐どうすりゃいいだろう。
ずっと握りしめて寝るのか………………何かに巻き付けておけばいいか。
なんか歯がとげとげしていて、噛みつかれたら痛そうだ。
今更ながら、早まった気がしてきたぞ。
こんな後ろ向きではだめだ、名前を付けると考え方も変わるかもしれない。
よし……こういうのは安易かつ手早く直観で決めるのだ。
全体的に黒いな。
「よし、今日からお前はクロだ! そして俺はボナスだ!」
「ぐぎゃぁ?」
何度も指をさして名前を言っていると、何となくわかったのか、名前を呼ぶと、ぐぎゃぐぎゃ跳ねるようになった。
思ったより頭いいな。
そしてやはり名前を付けるだけで微妙に可愛げを感じる。
我ながら単純だな……。
まぁ人間なんてそんなもんだよな。
少し気持ち的にも整理がついた。
そのせいか、一気に疲れを感じる。
もう紐もって寝るか。
「クロ!俺寝るわ。お前も横になって寝るんだぞー。」
「ぎゃっぎゃっ!」
とりあえず紐を体に巻き付けて横になると、同じように近くにクロも寝転がった。
こいつ結構臭いな。
洗うとましになるんだろうか…………。
なんだかおとなしくなったけど、目は開きっぱなしでぼんやり星空をみているようだ。
大きな目がぎらぎらしていて不気味だ…………しばらく寝たふりして観察するか。
こんな状況で寝られるのだろうか。
結局あれから30分くらい観察したが、クロは特に動かなかった。
それからもクロが寝るまでは観察していようかと思ったが、最終的に眠気に負けて目を閉じてしまった。
朝目を覚ますとクロがぴったりくっついて真横で寝ていた。
心臓が止まるかと思ったわ。
そして相変わらず臭い。
アジトに帰ったら歯も磨かせねば。
周りではキャラバンが出発の支度をほぼ終わらせていた。
昨日は色々あった上に、寝るのが遅かったせいか、朝日が昇ってから結構な時間がたっていたようだ。
「おはようボナス。そいつ連れていくことにしたんだね。」
「おはようガザット。そうなんだ、昨日メナスに売ってもらったよ。もうそろそろ出発かい?」
「ああ、きっと役に立つさ。……おっと、そろそろ出発だね。そういや昨日は肉ありがとう。お礼を言いそびれるところだったよ。」
「いやいや、いつもあんたらには世話になっているからね。またこちらこそよろしく頼むよ」
「ぐぎゃあ?」
起きたか。
暫くきょろきょろしていたが、俺の姿を見つけるとひょこひょこやってきた。
「クロ。おはよう!」
「ぐぎゃっぎゃっぎゃっ」
「おはようボナス。そいつに名前つけたんだ。クロか~」
「おはようエッダ。ジェダもおはよう」
「なるほどのぉ、そいつなら多少は役に立つかもしれんな。流石メナスじゃな。面白い提案をする」
ジェダは勝手にうんうんと納得している。
エッダがふと何かを思い出したようで、少しいたずらでも仕掛けるような顔をして話し始めた。
「そういえば、モンスターって突然成長変化して暴れだすことがあるって噂があるんだよね。その子に食べられないように、気を付けてね~」
「迷信じゃろ。あまり脅かしてやるな」
エッダめ……変なフラグ立ててくれるなよ。
「そんなことより飯をしっかり食わせておくことじゃ。基本飯さえ最低限毎日食わせておけば、何の問題も起こらんわい。腹が減りすぎると、食い物を探しに逃げ出したり、暴れだすこともある」
「まぁ前も言ったが、肉だけは大量にあるから大丈夫さ」
「ぐぎゃーぐぎゃー」
さりげなく会話に混ざってくるなこいつ。
エッダはともかくジェダの言葉には実感があるな。
実際に労働力として使っていたことがあるのかもしれない。
「わかったよ。エッダよりいい食生活させてやるさ」
「ぐぎゃ!」
「確かに毎日あの肉を食べられるのはうらやましいね…………」
「…………わしもやっぱり連れて行ってくれんかの?」
「まぁ次回はこいつもいるし、多分肉も多めに持ってくることができると思う。ジェダもあの調味料頼んだよ!」
「あいわかった!」
まぁそんなこんなで、今回の取引では思いがけないこともあったが、無事終了した。
最後、メナスに改めて挨拶をして別れた。
「メナスありがとう!また今度もよろしく!」
「ええ、こちらこそ。またよろしくお願いしますね」
それにしてもクロを買ったのは予想外だったな…………。
まぁ色々不安なところもあるが、何とかするしかないか。
「さあクロ、それじゃアジトに帰るか。………………とその前に、朝飯食いながらぴんくとも顔合わせしておくか」
「ぐぎゃあ?」
なんだか状況を理解できず、ぽやんと突っ立っているクロをおいて、朝食の用意をする。
とりあえずあまり手の込んだことをする気力も無いので、鞄に入っているすべての肉と芋に軽く塩を振って焼く。
肉がいい具合に焼けてきた。
「ぐじゅるるるる…………」
横を見るとクロがじゅるじゅるよだれを垂らして肉を見ている。
顔がモンスターすぎる。
とりあえずある程度火が通ったものから適当に皿にとりわけていると、ポケットからぴんくが出てきた。
クロは突然出てきたぴんくに驚いてひっくり返っている。
「クロ!こいつはぴんくだ。お前の先輩だから仲良くしろよ!」
「ぴんくもよろしくしてやってくれ」
「ぐぎゃぎゃぐぎゃ」
ぴんくはチラッとクロを見ただけで肉にかぶりついた。
一方クロはなぜか恐々とピンクの様子を観察している。
「クロ、これはおまえの分の肉と芋だ。芋は皮剥いて食えよ」
「ぐぎゃっぎゃっぎゃっぎゃ!」
声をかけて皿を渡すと、器用に皿を揺らさず跳ねている。
とりあえず謎の踊りを放置して、自分の皿のものを食べる。
俺が食べるのを見てから、クロもガツガツと自分の皿のものにむさぼりつく。
「ぎゃっ!ぐっぎゃっぎゃっぎゃ!」
常に騒がしい奴だな。
それにしても相当腹が減っていたのか、それともうまかったのか、異常に機嫌がいい。
目をつむって手を振り回して謎の踊りを踊っている。
テンション高いな……。
さて、アジトに帰るか!
帰りはクロに荷物を持ってもらった。
行きに比べて軽くなったのもあるが、結構余裕で運んでくれそうだ。
思ったよりは力もありそうだ。
ただ危ないので鞄を振り回すのをやめてほしい。
そういえば、壊れた鞄はカザットが一瞬で縫い直してくれた。
あの小太りのおっさんは、実はかなり色々なことができる。
手も器用だし、実は戦闘も結構得意らしい。
若いころは有名なカットラス使いだったらしい。
ぱっと見は、ただの気のいいおじさんなので騙されてしまう。
邂逅時3人で来た際、交渉役で選ばれたのかと思っていたが、実はいざという時の戦力でもあったようだ。
アジトへ着く直前に運悪く、大型のカバと遭遇した。
仕方ないのでいつもの通りぴんくに処理してもらった。
それを見たクロが興奮してうるさかった。
お疲れのぴんくにむかってぎゃあぎゃあ言っているので、たいそう迷惑そうだった。
最終的に俺のポケットに逃げ込んできた。
しかし意外だったのは、クロがカバから逃げようとしなかったことだ。
それどころか、むしろビビりながらも俺の前に出て戦おうとしていた。
手を振り上げてぎゃあぎゃあ言っていただけだったので、本当のところはわからないが。
まぁ何にしろ、この件があったことで、何となくこいつと一緒にやっていけるんじゃないかと安心した。
もちろんなんの根拠も無いが。
アジトが一気ににぎやかになりそうだな。
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